今日のイベントも死屍累々   作:卵のかなっしー

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グロい刀

 戦っていたノミ達が急に上空に向かって跳び出したと思ったら何故か揃いも揃って爆死した。

 その事実はカマキリの頭を混乱させるに十分すぎる珍妙な出来事だった。

 

 カマキリは如何にも「ふぁッ!」と言いたそうな素っ頓狂な顔で首を傾げている。よっぽど想定外だったのだろう。数秒の間、完全に固まってしまっていた。

 猛獣をも恐れる魔蟲が呆けている姿は何となく愛らしさがある。だが、思考と動きを止めることは戦場においては致命的な隙だ。

 それを見過ごすラーディウルフではない。鋭い牙と強力な顎がカマキリの鎌を襲う。

 

 ギチギチギチ、ガリガリガリ……ッ!

 

 ラーディが持つ鋼鉄の鎧をも噛み砕く顎はかつて周辺国を脅かした畏怖の象徴そのものだ。ラーディは向かい来る敵を片っ端から噛み砕くことで国に迫る脅威を退けて来た。その破壊力は今もなお健在であり、それどころか今では更に威力を増している。

 魔蟲の外骨格など然したる敵では……。

 

 ガリガリガリ……ッ!

 

 外骨格とは骨と鎧の役割を持つ魔蟲の特別な装甲だ。外敵から身を守るために発達したこの鎧は鋼鉄よりも高い硬度を持つことがある。フーラの魔蟲となればその硬度は世界最高レベルの一級品だ。

 如何な牙と顎であろうが、そうやすやすと破壊されるような鎧ではない。

 

 しかし、今回はラーディの牙が鎧を砕くに至った。

 カマキリの鎌の根本が砕かれ、腕から分離され、地面に落ちた。鎌に貯えられていた特濃の死の魔力が外部に漏れ出し、大気に黒い灰のような物が散布される。異質で危険な現象だが、魔蟲が死ぬときに見られる一般的な光景だ。フーラの民がそれをわざわざ気にすることはなかった。

 あるのはただただ歓声のみ。我らがラーディウルフがカマキリの凶悪な鎌を落とした事実を黙って見ていられるわけがない。スタンディングオベーションの歓声が瞬く間に劇場を包んだ。

 もう決着がついたかのように騒ぎ立てられているが、まだ鎌が一本落ちただけ。

 

 カマキリの息が止まったわけではなく、更には現在、前衛を務めていたゴミ共は自爆してしまっている。劇場に立っているのはウルフが一体と後衛をしていた心優しき民……瓦礫を操作して空中に足場を作っていた魔術師、それと魔術師の護衛をしていたパラディン、あとは頭のネジが外れた馬鹿について行けなかった元前衛、合わせて四役の演者のみである。

 特大サイズの魔蟲と戦うには随分と健常的な構成だ。健常的過ぎて今すぐこんな馬鹿な戦いはやめろと言いたくなる。まともな人間は命を懸けて戦うべきではない。そんなのは馬鹿がやる酔狂だ。

 

 まともに後衛をしている魔術師と重たい鎧で回避能力の低いパラディン。そのパーティにラーディウルフという劇物が加入したが、それでもまだ常識的すぎる。

 戦線の崩壊は避けられないだろう。どれだけ劇場が盛り上がっていようが、現実が観客の理想について来れるとは限らないのだ。

 戦線の崩壊は必至。会場のだれもが己の死を悟っていた。

 

 が、

 

「それはどうだろうか?」

 

 ガダンッと、重たく硬いものが落ちる音が劇場に響く。何が落ちたのだろう。そう思った者達の視線が集まる。観客だけでなく、共に戦っている演者もまた視線を音のした方へと目を向けていた。

 それの正体は純白の鎧だった。それはパラディンが正装として着ている正義の鎧だと知られている。

 

「ふん、軽いな……」

 

 筋骨隆々の肉体が白日の下に晒される。パンツ一丁の半裸の男は衆目を浴びながらも一切の羞恥を知らないとばかりに自信満々に肩を回しながら呟いた。

 

「シャルルが多忙な中、私達がその穴を埋めねばならない。ここ以外の場所で戦っている仲間たちのためにも、私達は無様をみせるわけにはいかない。私達は新たなステージに進む必要がある」

 

 鎧が無ければ己の身体を守れないが、鎧が有れば観客を危険に晒すことになる。

 身軽に動ける前衛の粗大ゴミ共が一斉に爆破処分された今、誰かがその代わりをやる必要があり、それをやるのは残されたメンバーの中ではパラディンしかいなかった。パラディンが前衛をやるしかない状況にかられているのだ。

 それを知らしめられた残りのパラディン数名も次々に鎧を脱ぎ、パンツ一丁になり始める。重たい鎧によって鍛え上げられた肉体はどれも見事なものだ。それらが一列に並ぶ姿はまるでボディビルの大会を想起させる。

 

「さて、第二ラウンドと行こうじゃないか」

 

 一列に並んだ筋肉達は熱い眼差しでカマキリに相対する。

 

 ◆

 

 などと息巻いたのは良いものの、パラディンの成果は芳しくないものだった。第一、脳みそが空っぽの猿がやっていたことの代わりをやれというのが土台無理な話だ。猿が普通の人間になれないように、普通の人間は猿にはなれないのだ。それがこの世の理である。

 それでもまだカマキリを劇場に抑えられているのは、ラーディの多大な活躍と先程までの空中曲芸とは別の戦略があったからだ。

 

「はぁはぁ……助かるよ、ラーディ。君が来てくれなかったら……、ぜぇ……どうなっていたことか。ぜぇ……はぁ……少なくとも、この演目はとうに……崩壊していただろう。そうなれば……はぁ、全てが水泡に帰すことになる。感謝するよ」

 

 わふっ。

 

 息も絶え絶えになってるパラディンに比べ、ラーディの方は幾分も余裕そうだ。

 

「まだやれそうか? できればデルゲン達がリスポーンしてくるまで保たせて欲しいのだが」

 

 わふっ。

 

 ラーディは問題ないと元気よく鳴いた。

 

「頼もしいな。こんな優秀な狼はうちに欲しいぐらいだ。デルゲンが羨ましいよ」

 

 ラーディがフーラに来てからというもの、ラーディは多くの場面で活躍している。闇の民の暴走を止めるのに率先して動いてくれたり、困っている子供や老人に手を貸したりなど数え出すと枚挙にいとまがない。

 初めこそ、ラーディは先のイベントの影響もあって住民達に恐れられたりしたが、そんなのは半日もたたずに消え去った。理由として考えられるのはやはり……。

 パラディンは憎めない人を思い出して目を細めた。

 

「彼が戻ってくるまで、時間を稼がないとな。……皆、気を張っていくぞ!」

「「「おう!」」」

 

 それを合図に瓦礫が展開された。

 カマキリを中心にして、今度は空中ではなく地面スレスレの位置に瓦礫が配置される。それら瓦礫は人を隠せるほどに大きく、また数も多い。攪乱にはもってこいだろう。

 パラディンとラーディはその瓦礫に姿を隠しながらカマキリへと距離を詰めていく。

 

 カマキリの攻撃は重く鋭いものの、今やカマキリの鎌は一つしかない。攻撃の手数は先ほどと比べて半減している。

 鎧を捨てたパラディンは身軽な戦闘に慣れてこそなかったが、弱体化したカマキリの攻撃に対して時間稼ぎ程度をするだけの優位性はあった。あわよくカマキリが隙を見せてくれれば、そのタイミングでラーディが残された鎌を落としてくれるだろう。そしたら勝利がほぼほぼ確定する。

 パラディンや観客達はそんな淡い期待を抱くも、しかし、一向にカマキリは隙を見せず、時間は刻々と過ぎて行くのみだった。

 

 やがて爆死したはずの奴がリスポーンして帰ってくる。

 そいつは生意気にも高い位置から演者を見下ろすようにして参上した。

 

「やっぱり俺がいないと進まねぇよな。……ってわけでもねぇのか。腕が一本落ちてる。やったのはラーディか? さすがは俺のペットだな。俺と一心同体のペットの戦果ってことは、これもう実質俺がやったようなもんだろ。ってことはやっぱり俺がいないと進まなかったってことで良いよなぁ」

 

 ……なーんて言ってる暇はないか。下でパラディンがさっさと来いって催促してるしな。ヒーローは遅れてやってくるとは言うけど、それにも限度がある。被害が取り返しのつかないレベルになるまで来なかったなら、そいつはヒーローではなくなってしまう。

 

 俺は片腕を水平に伸ばした。すると、遠くから刀が飛んでくる。コンコンか他の子狐の誰かが俺のために刀を投げてくれているのだろう。コンコンはそうすれば堪え性のない俺が戦場に行くことを知っているのだ。あいつは俺が無様に死ぬのを見るのが好きだから、俺が不利な戦いに挑む時にはいつも俺に武器を寄越す。

 今回もそうだった。

 

「ん?」

 

 だが、今回は二本の刀が俺の方へ投げられていた。

 一本はいつものコンコンが用意する安物の刀。もう一本は、これは、侍大将が預かっているはずの俺の本当の刀だ。

 ……侍大将が見てるのか? 珍しいな。あいつがイベントに顔を出すなんて。

 

 俺は投げられた二本の刀の内、侍大将が投げてきたであろう刀を掴んだ。手にとって間近でみて確信する。俺の予想通りこれは侍大将が預かっているはずの刀だ。鞘の紋様から刀の重量まで俺の記憶と完全に一致している。間違いなくこの刀はかつて侍大将が俺に贈った物だ。

 

 これで殺せということなのだろう。

 俺は鞘を握り、柄に手をかける。そして、鞘から刀を引き抜いた。鞘から深紅の刀身が顔を出す。鮮血に墨汁を垂らして混ぜたような赤黒い色だ。一般的に綺麗と言うのは憚られるグロっぽさのある色だろうが、俺はこの深みのある色合いが気に入っていた。

 

「そうそう、これだよこれ。いつ見ても惚れ惚れする。この深い赤みがたまんねぇんだよな」

 

 美しい。だが、残念だ。

 太陽の光があれば、この刀の色合いをもっとよく見れたはずなんだけどな。灰が空を覆ってしまっているからだ。運が悪い。

 この刀は普段は侍大将が預かっているため、今回のような大規模な戦闘の機会でもないと俺がこの刀の刀身をじっくり拝むことはできない。だからこそ、俺はこういう機会を大事にしていきたいと思っているのだが、時の運までどうにかできるとまでは思っていない。潔く今日はこれで満足するしかないか。

 ……まあ、今は使えさえすればそれで良い。そもそも、刀は斬ってこその道具だ。鑑賞用や身分証用であってはならないだろう。

 俺は刀を手にして下へ降りた。瓦礫を操作している魔術師の一人が俺を見て、否、俺の持っている刀を見て目を見開く。

 

「なにそれグロ……いえ、カッコいいですね」

 

 何で言いなおした? 俺が傷つくと思って配慮してくれたのか? それは逆に失礼って奴じゃないのか? 俺は他人の言葉に傷つくほど軟な精神はしてないぞ。俺は人には人の好みがあるのを理解してるつもりだ。ちょっと他人に俺の趣味を否定されたぐらいじゃどうってことないぞ。……いやまあ実際傷ついたけどさぁ。

 俺は無言で刀を水平にすると、刀身を撫でるように視線を這わせた。

 良く言えば深みのある、悪く言えばグロい色だ。

 ……これそんなにグロいのかなぁ。まあ、普通の刀身がシルバーで人を斬るごとに赤黒くなっていくのと比べると、最初から人を斬った色をしてるのはグロい気はするけどさぁ。でも口に出していうほどではないよなぁ。うーん。これ、他の人の意見も聞いた方が良いかなぁ? 一人の意見だけだと偏っちゃうからなぁ。

 

「あの、刀の色とかはどうでもいいんで、早くパラディンの方達のサポートに行ってくれませんか? 私の発言が気に障ったのなら謝るので……」

 

 いや別に? 気に障ったとかそういうのは無いけど? 俺はこの程度じゃダメージを受けたりしないから? そもそも別に俺は色合いがどうとか口に出したわけじゃないからな? 勝手に想像して俺が刀の色合いにケチをつけられて気に病んでるみたいなことを言われても困るんですけどね? ちゃんと事実を診てもらわないと。

 

「はいはい、そういうのは良いですから」

「いやいや、俺は何も言ってないのぞ」

「目は口程に物を言うって奴ですよ。もう目が語ってるんですよね。俺の趣味にケチつけやがってクソーって感じの視線が。その癖、口にするのはダサいから自分の中で言い訳をして誤魔化してる感じも」

「いやいやいやいや、別にそんなことないからな? ほんとに俺はなんとも思って──」

「はいはい、良いから早くパラディンの方々をサポートしてあげてください。その変にグロい刀があればできるんですよね?」

「あ! 今グロいって言い切った! しかも変とまで言った!」

「はいはい……」

 

 まあ良い、思うところはあるが、俺の啓蒙活動が足りなかったからこうなったと思えば溜飲は下がる。今はそれよりも……だ。

 俺は心機一転、気合を入れるためにブンッと刀を振った。

 

 ……素晴らしい。たったこれだけで片付くとは……。流石だ。

 

「「「はぁ?」」」

 

 カマキリの身体が真っ二つに割れている。昆虫の身体を構成している頭・胸・腹の内、胸の部分で切断されている。支えを失ったことで頭と胸の半分が重力に引き寄せられて地面に落ちて行く。そして数瞬後には頭が地面に付いていた。

 

「「「はぁ?」」」

 

 二回も言わなくて良いぞ。お前らが驚いてるのはよーく理解してるからな。そんなのよりも、もっと他にいうことがあるんじゃないか? 例えばほら、賞賛とか……?

 

「「「はぁ?」」」

 

 いやだから──

 

「「「はぁ?」」」

 

 アナウンスが鳴る。

 

『congratulation!!!』

 

 これにてイベントは終了。

 

「「「はぁ?」」」

 

 …………はぁ。

 俺はしばらくの間、botのように「はぁ?」と言い続ける奴らの相手をし続ける羽目になった。

 

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