今日のイベントも死屍累々   作:卵のかなっしー

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『バグサーカス』後夜祭

 イベント開始当初に用意されていたLv1~5の条件を全て満たした俺達は無事に『バグサーカス』を終了させることが出来た。

 終了してしばらくはbotになってしまった参加者達をなだめる災難に見舞われたが、それも無事に片付き、皆がおだやかな心を取り戻している。今はそれぞれが広場に集まり、後夜祭のノリでいくつもの団欒を作っていた。

 

 まだ時刻は夕方で陽は昇っているが、死の魔力が可視化するほどに濃くなってしまっているせいで辺りはもう薄暗い。集まった人たちは互いの姿が見えるようにと段々と炎を焚き始めた。

 大量に転がっている魔蟲の死骸を薪として使って炎を焚いているようだ。黒い灰に包まれた広場が瞬く間に明るくなっていく。魔蟲の身体が焼ける度に体内に溜まっていた死の魔力が炎から噴き出している。

 炎から黒い灰が噴出する光景はあまりにも厨二的だった。

 

 俺は先程のカオスパーティの奴らと一緒に小さな炎を囲んで、俺達が殺したカマキリの死骸が灰となるのをながめていた。魔蟲はマミーと契約を交わしていないから、一度死ねば二度と蘇ることは無い。それを自然の摂理というらしい。国外ではこれが常識なのだとか。俺には少し想像が付かない話で、カマキリが焼けて行く姿を見るだけでも、俺には多少なりの関心を抱くことができた。

 俺がそんな感じの賢そうなことを考えていたからだろう。一緒に炎を囲んでいる奴らは俺に声をかけてきたりはしてこなかった。後夜祭の一仕事を終えた後の浮ついた喧騒の中、俺の周囲だけがやたらと趣のある侘しい空気に包まれている。

 しかし、空気を読めない奴がべたべたと俺に寄ってきた。

 クズ共である。それもイベントの主催を現す赤い腕章を付けたクズ共だ。イベント開催中は自粛して俺に寄ってきていなかったようだが、イベントが終わったことで大手を振っている。そのまま永遠に黙っていれば良いのにと思わざるを得ない。

 

「どうだったよぉ~。俺達のイベントはよお~」

 

 俺は助けを求めるようにチラリとパラディン達に目をやった。それなのに、パラディン達は肩をすくませるだけで俺に一切の援護をくれなかった。ついさっき肩を並べてカマキリと戦ったというのにつれない奴らだ。でも俺はパラディンの雄姿に強いあこがれを持っているから、この冷たさは俺とパラディンの距離が近くなったことによるものだろうと勝手に納得した。

 パラディンの援護を得られなかった俺が渋々といった風にクズの方を見ると、クズは見てるこっちが気持ち良くなるぐらい清々しい笑みを浮かべてやがる。よっぽどイベントが無事に全部終わったのが嬉しいらしい。これじゃあまるでガキみたいだ。

 ……ガキのお守りは好きじゃねえんだけどな。

 俺は「そうだな……」と言葉を選ぶように時間をおいてからゆっくりと答えた。

 

「まあ、正直見直したよ。お前らが最後までイベントを通せる力を持ってるとはおもってなかったからな」

「だろぉ~? 実はそうなんだよ。俺もまさか最後まで通せるとまで思ってなかったからさぁ~。条件を全て達成するなんてすげえよ。俺はフーラの底力を舐めてたぜ」

「はぁ? お前も失敗すると思ってたのか? ってことは何だ? お前らは失敗すると思っていながら修正することなくスケジュールを進めてたのか?」

 

 馬鹿だ馬鹿だとはおもってはいたが、まさかここまで馬鹿だったとは思わなかった。俺以外にもパラディンや光の民、主催ではない闇の民の奴らまで目を丸くしている。

 

「よくそんなのでうまく回ったもんだな」

「それだけフーラの力がずば抜けてるんだろうな。というより、ああ、今回は人寺(ジンジ)も参加してたんだよ。これが大きかったのかもしれねぇ」

 

 俺は仰天した。興奮のあまりに尻を浮かせる。

 

「人寺が!? あいつら滅多にイベントには参加してこないだろ!?」

 

 人寺は端的に言うとバランスブレイカーだ。戦闘において、人寺が参加した日にはものの数分で全てが解決すると言われている。例え世界を滅ぼす宇宙人がやってきたとしても人寺が出張れば解決するとの噂まで出るぐらいだ。

 奴らの戦闘能力は俺たちの定規の外に居て、それを人寺達は自覚しているから、イベントを台無しにしないためにこういった催しに参加することはしない。それが周知の事実だったのだが、どうやら今回はイベントに参加していたらしい。こんなのは例外中の例外だといえる。

 だが、俺には心当たりがあった。

 

「侍大将が俺に刀を投げてきたからもしかしてとは思ったが、まさか本当に参加してたのかよ……」

「マジだぞ。屋敷ぐらいデカいムカデを一人で一刀両断してやがったからな。あんなのは人寺にしかできねぇ」

「……うわっ、そんなのが居たのかよ。気持ちわるッ」

 

 人寺が出張ってくれて助かったな。ムカデなんてただでさえ見た目がキモイのに、デカくなったら戦うのすら億劫になるわ。下手すりゃあと数日は長引いてたかもしれねぇ。バランスブレイカーの力を借りてたってのは気に入らんが、今回は流石にそうは言ってられなかった。人寺には素直に感謝すべきだろう。

 俺とクズが駄弁っていると、機会をずっと伺っていた光の民が口をはさんできた。

 

「そういえば、デルゲンさんが使ってたあのグロい刀はどうしたんですか? 今は持ってないみたいですけど」

 

 片手に持ってるのは……マシュマロか?

 俺がクズの相手をしている間にほかの奴らは炎で焼きマシュマロをしていたようだ。羨ましい。俺にも食わせろ。

 俺は飄々と返事をしながらさりげなくマシュマロを要求することにした。

 

「あれはもう侍に返却したよ。あれは特注の刀らしくて、俺が死んだりして無くすわけにはいかないらしいんだよ。だから、必要な時だけ侍大将が俺に渡して、俺が使い終わったら返すことになってる。……あ、俺にも串とマシュマロを頂戴」

「良いですよ。今日はデルゲンさん頑張ってましたからね。それと、闇の民さん達もどうぞ。今回は珍しく上手くやれたのでそのお礼です」

「ラッキー。俺は甘い物が大好物なんだよ。サンキューな」

 

 俺とクズは串とマシュマロを貰って、焼きマシュマロに参加した。串の先に白いマシュマロを付けて、炎に近づける。それから、じーっと焼けてトロトロになるのを待つ。すると、段々とマシュマロの色が変わってくる。そして、時を見計らって口に頬り込んだ。

 

「はふっ、はふっ。あっついなッ。でも、美味い」

 

 うぅ……。がうがう。

 

「お、そういえばラーディは熱いのは無理だったな。じゃあ、生暖かいぐらいに調整してやるよ。ちょっと待ってな」

 

 わふっ。

 

 ったく仕方のねぇ奴だなぁ。ここは飼い主の俺がしっかり面倒を見てやらねぇとな。これも飼い主の責務ってやつだ。

 そう思ってラーディのマシュマロを焼き始めた俺だったが、思わぬ伏兵がヌッと顔を突っ込んできた。

 パラディンである。

 

「おっとデルゲン、生暖かいマシュマロなら私に任せて欲しい。何を隠そう、私も熱い食べ物は苦手なんだよ。このマシュマロもあつあつにならないように注意してつくったんだ」

 

 パラディンが猫舌? ちょっと想像できないというか……なんか裏がありそうな気はする。いや、猫舌かどうかなんて日常じゃ分からんからそういうもんか。

 ペットの手間は飼い主がするのが鉄則だが、まあいいだろう。俺はパラディンからの申し立てをありがたく受け入れた。

 

「パラディンがそう言うなら、頼もうかな。ラーディも良いよな?」

 

 わふぅわふわふっ。

 

「良いってさ」

「では任された。ふふふ、やっと機会が降りてきた。これで私はラーディの胃袋を掴んで見せよう。こんなに優秀で利口な人材は貴重なのでね。デルゲンの下に就かせておくのは勿体ないというものだ」

 

 おいおいおいおい、そんなこと考えてたのかよ。なんかおかしいかもと思ったけど、やっぱりだったか。パラディンにラーディを渡してなるもんかよ。こいつはもう我が一家の大黒柱だからな。よそ様に出稼ぎに行かれるわけにはいかねぇんだよ。

 

「クソッ、俺もやってやる! ラーディの胃袋は渡さねぇ! 勝負だパラディン!」

「良いだろう。受けて立つ! 皆行くぞ! 今ここでラーディをパラディンに勧誘するんだ!」

「「「おう!!!」」」

「はぁ!? 一対一じゃねぇのかよ!? チッ、だが良いぜ。パラディンにラーディは渡さねぇ! 俺が最強の飼い主だってことを知らしめてやるよ!」

「あーあー、お前らマシュマロぐらい静かに食えねぇのかよ。光の民の皆さんに笑われてるぜ」

 

 うるせぇなぁこのクズが。お前は黙ってろよ。

 

「ふふ、良いんじゃない? 男って生き物は少しうるさいぐらいが見てて面白いよ」

 

 酷い言われようだな。まあ、そうなんだが。少しうるさいぐらいが丁度良いんだよ。静かなのは冷たいからな。

 俺はマシュマロを焼きつつ、火を囲ってガーガーと言葉を交わしているのを見て、光の民の女子が言ったことにひそかに賛同した。口に出して言っても良かったが、なんだか湿っぽいような気がしたから口にはしなかった。

 光の民も闇の民も魔物も関係なく、皆が同じ魔蟲で焚いた火を囲って焼きマシュマロに興じている姿はなんとも言い難いものがある。静かになどなれるはずがない。誰もラーディをかけたマシュマロ合戦を止めることはできなかった。

 

 それからしばらくして、俺は別の連中の様子が気になってきた。広場にはここ以外にも焚火がたくさんあって、そのそれぞれに参加者が集まっている。そいつらもまた俺達と同様に『バグサーカス』に参加した仲間だ。積もる話は山ほどある。何処かで一緒にイベントに参加してくれていたであろうシャルルやミルキィとも話しがしたい。

 

 ……そう思って立ち上がった俺の身体に、不意に柔らかい衝撃が飛び込んできた。どうやら人のようだ。この衝撃の心地……女子だな。

 俺はその柔らかい衝撃に攻撃する意図があったわけではなかったため、胸で包み込むように受け止めた。

 

「おっと、危ない。こんな日に急ぎの用事か? 走るなら周りを気を付けないと……って、メメルンか。どうしたんだ?」

 

 俺の胸に飛び込んできたメメルンがバッと俺の顔を見上げてきた。ここに来るまで走っていたようで顔に汗が大量に流れている。手にはナイフと思われる物が握られていた。

 イベントはすでに終了しているというのにナイフとは、物騒なことこの上ない。それにメメルンには前科がある。俺を殺した前科だ。

 俺は内心ビクッと恐怖に震えたが、メメルンのただ事ではない様子を見て、すぐに警戒する必要はないと肩の力を抜いた。

 

「それは、俺が前に調査を頼んだ奴か?」

「うん、そうなんだけど、これがね……」

 

 メメルンは何か言いたいことがあるようで、飛びついて来て早々に口を開いた。出不精のメメルンが外に出て走ってくるなんてよっぽどのことのはず。俺の興味がメメルンとその手の内にあるナイフに向く。

 なのに、クズが空気を読まずにそれに割り込んできた。

 

「おいデルゲン、お前いつの間にこんな別嬪さんをひっかけてやがったのかよ! ひゃー、羨ましいね! 流石デルゲン様は違いますなぁ!」

「え、あ……」

 

 メメルンは知的で陰気な女性だ。空気を読めないクズの猛攻に対抗できる手札はあまりにも少ない。メメルンはクズから身を隠すように俺の背後に位置を変えた。

 クズが慌てて両手を軽く上げて敵意がないことをアピールする。

 

「あ、悪い悪い。怖がらせるつもりは無かったんだよ。デルゲンの知り合いってんでてっきりいつもの調子で行ってしまったんだ」

「は、はい。私の方こそ、その、すみません。こんな感じで……」

 

 ……俺の知り合いだったら何でいつもの調子になるんだよ。

 俺はクズの発言にケチをつけたくなったが、やめた。それよりも今はメメルンだ。こいつが家から出てきてまで俺に会いに来るなんて普通じゃ考えられない。よっぽどのことがあったようだ。

 特にメメルンが握っているナイフに関係するとなると、俺は黙ってはいられない。このナイフはメンヘラ症についてガンザイを問い詰めた時に出てきた物証だ。この情報をないがしろにすることは俺にはできない。

 

「そのナイフについて何か分かったのか?」

 

 俺の問いを聞いて、メメルンは軽く首肯するとナイフを鞘から出した。

 ドス黒い入れ墨が入ったナイフだ。メンヘラ症患者の殺人道具として使われていたのが一目でわかるような趣味の悪い意匠をしている。ガンザイの悪趣味の極みとも呼べる気持ちの悪さだ。

 当然、ガンザイの悪趣味が見た目だけに留まるはずがない。

 

「これはね、カウントをして力を貯めてるの。でも、その力を吐き出す機構が作られてないから、これだけじゃ何もできないようになってる」

 

 はぁ……。カウントして、力を貯めるけど、力を吐き出すことはできないナイフ……。

 

「つまり?」

 

 俺の問いに答えたのはメメルンではなかった。

 ガンザイだ。

 

「つまりはこれを素材にして新しく武器を作ろうとしてるってことだよデルゲン君」

 

 ガンザイはそれが当然と言わんばかりに俺とメメルンの傍まで歩いてくる。後夜祭の喧騒の中を、参加者でもなかった奴が我が物顔で歩いている。だからだろうか、この時の俺はガンザイに言いようのない翻意を感じた。

 

「ちょっと貸して」

「え? い、いや……」

「良いからさ」

 

 ガンザイは流れるように近づいてくると、メメルンにナイフを寄越すように言った。ごくごく自然に、特に悪意は無いといわんばかりに……。まるで長年の友達と会話するような自然な発声でメメルンに話しかけた。

 もし、メメルンじゃなかったらそのまま流れで渡してしまっていただろう。誰だって悪意のない友人に貸してと言われたらポンと貸してしまうものだ。メメルンが俺以外の人を過剰に怖がるような陰気な女性じゃなかったらガンザイの思い通りになっていただろう。

 

 が、メメルンは特に力が強い訳ではなかったため、普通に力づくでガンザイにナイフを取られることとなった。

 ガンザイは奪ったナイフの刀身をまじまじと見つめる。

 ……何か不味いッ。何がどうと言葉にすることはできないが、何かが不味い……ッ。

 そう思って俺が動き出そうとするも、それは遅かった。

 すでにナイフはガンザイの手に渡ってしまった。

 ガンザイが不敵に笑みを浮かべる。

 

「へぇ、カウントが一つ進んでるね」

「はぅッ!」

 

 急にメメルンが顔を真っ赤にしてうずくまった。予想外の流れに、俺の動きが止まる。

 な、何の話だ? カウントってのは何だ? それが一つ進んだから何なんだ? ……いや、そんなのはどうでも良い。今はガンザイをどうにかした方が……、何だッ……! 身体がッ……!

 

 ドッと全身から力が抜けていく。急に身体が重くなったようだ。

 

 俺は何が起きたのか理解できず、地面に膝をついて無理矢理身体を固定した。そうすることでギリギリ地面に倒れ込むことは回避する。

 何が起きたのか分からないが、どうせ元凶はガンザイだろう。俺は力をふり絞ってガンザイに手を伸ばす。だが、ガンザイには届かなかった。

 ガンザイはニタニタと気味の悪い笑みを浮かべていた。

 

「デルゲン君、君のおかげだ。ありがとう。やっぱり君は僕の最高の友達だよ」

 

 膝をついたまま動けない俺をガンザイは見降ろしてそう口にした。

 俺を見下しやがって気に食わねぇ。何が何だが知らねぇが殺してやる。

 そう決意してガンザイにとびかかろうとするも、身体は鉛のように重くて碌に動かない。勢い余った俺は思わずたたらをふんだ。顔面から倒れそうになった俺をガンザイが片腕で受け止める。思いがけずガンザイに助けられたが、俺は感謝をできなかった。

 こいつが来てから俺の身体はおかしくなった。状況証拠的に俺が動けなくなったのは恐らくこいつのせいだとするのが自然だ。助けられたとはいえ、俺が感謝するいわれはない。

 ガンザイは俺が反骨精神をむき出しにしているのを意にもせず、悠々とナイフの刀身を眺めながめだした。

 

「奇跡だよ。これは細い道を辿らないと届かない境地にある。僕の最高傑作だ。デルゲン君のおかげだよ。だから、君にはぜひ特等席で見てほしい。…………さあ、最後の仕上げを始めよう」

 

 言って、ガンザイがナイフの切っ先を天に向かって突きつけた。

 直後──

 

 ──ザッ!!!

 

 天に掲げられたガンザイの腕が切り裂かれた。胴との繋がりを失った腕がナイフごと宙に飛ぶ。

 切り離された箇所から鮮血が噴き出た。強烈な痛みがガンザイを襲う。

 

「くッ……!」

 

 ガンザイの瞳が驚愕に染まり、ニタニタと笑みを浮かべていた口元は食いしばったものへと変わった。視線がその憎き相手に向かう。今しがたガンザイの腕を斬り飛ばした男は振り切った剣を掲げるようにして直ぐ傍にいた。そいつもまた、ガンザイと同様に痛みに耐えるように歯を食いしばっている。

 そいつを視界にとらえたガンザイは叫ぶ。眼を逸らしている人々の視線を集めるような怨嗟の籠った声で。

 その声は後夜祭の会場である騒がしいはずの広場一帯に響き渡った。

 

「いい加減しつこいなァ! もう!」

 

 普段は怒りという感情の一切を外に漏らすことのないガンザイが、俺の前で始めて見せた怒りの感情だった。俺は重たい身体を必死に膝で固定しながら、首をまわしてガンザイの腕を落としたそいつの姿を視界にとらえる。

 

「シャルル……」

 

 シャルルはパラディンが常用している鎧は着ていなかった。それどころか服すら上下に薄い布があるだけの最低限の服装だ。シャルルにしては随分と気が抜けてると言わざる得ないが、そんなのがどうでもよく思えるぐらい受け入れがたい事実が別にあった。

 全身がぼろぼろなのだ。

 服の所々が破れていたり焼けていたりして肌の大部分が露出している。服だけでもよほどだが、肌の部分は服よりも傷だらけだ。皮が裂けて肉が見えている箇所もある。俺だったら死んでリスポーンすることを選んでいるだろう。

 

 シャルルはガンザイの腕を切り落としてもなお、その勢いを止めようとはしなかった。一般人のことなんか一切見えていないと言わんばかりに、見栄も体裁も外聞も面子も忘れて、ただただガンザイとガンザイが持っていたナイフだけに集中している。

 

「はぁ……ッ。はぁ…………」

 

 息が荒い。距離があるせいでその吐息を直に耳で聞くことはできないものの、それでも荒い息なのが分かるほどにシャルルの肩と胸が大きく動いている。激しい運動を終えた直後の人間でもああはならないだろう。

 シャルルには荒い息を抑えるだけの体力も残っていないようだ。激しい動きをする時は呼吸を安定させることが重要なのは誰もが知っている常識なのに、それすらもおざなりになってしまっている。ここに来るまでによほど疲れることがあったのだろうことは想像に難くない。

 

 所有者を失ったナイフが宙を舞っている。

 

 ガンザイがナイフに向かってまだ落とされていない方の腕を伸ばす。シャルルはガンザイがナイフを手にできないように剣を伸ばした。互いがナイフを己が手にせんと死力を尽くす。

 その競り合いに勝ったのはガンザイだった。切り落とされた腕が持っていたナイフが運良く、いや、運悪くガンザイの側へ落ちて行ったのだ。地面に向かって自由落下を続けるナイフにガンザイの指が触れた。

 その手がナイフの柄を握りしめる。

 ナイフを手にしたガンザイの口元が再び弧を描いた。片腕から血を垂れながらしているのにもかかわらず、その笑みには苦痛が伴っておらず、その瞳は場違いにも悠々自適に細まっている。

 どうやらガンザイには確約された勝利しか見えていないようだった。

 

「悪いね。この勝負は、僕の勝ちだ」

 

 俺はガンザイとシャルルのやり取りを血反吐を吐きながら見ることしかできなかった。

 

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