『テステス、マイクテスト、マイクテスト、マイク良好。え~、後夜祭に参加の皆さま、聞こえていますでしょうか』
クソデカ音量でクズの声が拡散されている。イベントの主催をしたクズは話したいことが沢山あるのだろう。企画の立ち上げや計画段階に関する秘話的な奴だ。聞きたいと思う奴は多いだろう。
しかし、俺はそれを聞く気にはなれなかった。ガハッと喀血する。傍にいたメメルンが俺の体調を心配してくれた。
「で、デルゲン大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だ。それよりもシャルルを……」
シャルルはガンザイを殺す勢いで襲い掛かっている。シャルルの身体は誰が見ても動ける状態ではないボロボロの瀕死状態だったが、己の身体に気合で鞭を打つかのように叫び声を上げて剣を振っていた。後夜祭の会場にシャルルの死に物狂いの悲痛の叫びがこだまする。
頬を伝った水分が激しい動きによって飛ぶ。出血の処置をされていない腕から滴り落ちた水分が地面に赤い染みを作る。顔は血が抜けたかのように青く、しかし、その瞳は痛いぐらいに血走っていた。
「はぁ……。ああああああッッ…………!!!」
シャルルの鬼気迫る張り詰めた声は後夜祭のほのぼのとした空気を両断するような緊張感がある。この場の誰もがシャルルに目を釘付けにされていた。
アナウンスが鳴る。
『まず、我らが『闇の民連合』が開催した『バグサーカス』は楽しんでもらえましたでしょうか? 楽しめたという人は是非拍手をお願いします!』
拍手する者などいるはずもない。
今、目の前で起きている男と男の戦いが一体何が原因なのか。そして、どのような結末を迎えるのか。それを知りたくて仕方がないのだ。拍手をする暇などあるはずもない。
『……? マイクの不調ですかね……。ん? 今はつながってる? よし、では改めまして、楽しめたという人は是非拍手をお願いします!』
一切の拍手がないのを訝しんだ主催のクズが再度呼びかけるが、その呼びかけに応えるものは誰一人としていなかった。
『……………………チッ』
主催の舌打ちがマイクに乗っかる。
『………………おい! サクラ部隊は早く拍手をやれよ! ファーストペンギンがいないと始まんねぇんだよ!』
誰かが始めないと誰も動き出さないのは人間の悪いところだ。だが反面、誰かが始めればみんなが始めるという利点でもある。普段から群れて暮らしているクズどもはその辺をよく理解できているようだ。
しかし、主催のクズは抜かりなくサクラ部隊を配備していたようだが、サクラ部隊の拍手は依然として聞こえてこない。……どうやらサクラ部隊すら拍手を忘れてしまっていたようだ。ついでに述べるなら、放送内容も耳に入っていないようだった。
それもそのはず、シャルルとガンザイが互いにボロボロになりながら死闘を繰り広げているというのに、後夜祭のサクラなどやってる暇はない。人生の無駄遣いにもほどがある。
俺もそうだ……。ガハッ。喀血が止まらない。喉が痛い。全身が重い。拍手なんてできないし、視線を前に向けるだけで精一杯だ。だが視線を前に向けるそれすらも、おぼつかなくなっていっているのがわかる。原因は分からないが、俺の身体は限界を迎えていた。
これも恐らくガンザイのせいだろう……許すまじッ……!
「視界が、暗くなってきたな……。カハッ、もう、死ぬかもしれない……」
「大丈夫、視界が暗くなってるのは私もだよ。多分、あのナイフが死の魔力を集めて濃度をあげてるんだと思う。調べてみて分かったけど、あのナイフにはそういう力を集めて吸収する力があるみたい」
「そうなのか。なら、良かった。今死んだら決定的な場面を見逃すかもしれないから、死にたくなかったんだ……」
状況は刻一刻と変化している。こうしている間にもめまぐるしい変化が起きており、いつ二人の決着がついてもおかしくない状況だ。俺が今死んでリスポーンしてきたとしても、リスポーンしてくるまでのラグの間に全てが終わる可能性も十分に考えられる。
俺は死にたくなかった。今この瞬間をこの目に焼き付けんばかりに集中する。
すると、気付くことがあった。
「あのナイフ、どんどん大きくなってないか? あれもナイフの力なのか?」
「そう、だと思う。多分だけど、あのナイフは更に強力な武器を作るための土台なんだよ。だから集まった死の魔力を吸収してるんじゃないかな」
強力な武器を作るため……。そういうことか。デルゲンはこの時のためにイベントに首を突っ込んでたのか。ガンザイの腕に腕章が付いている。その腕章はガンザイがイベントの関係者であることの証だ。
魔蟲は体内に死の魔力を蓄えている。
そのため、魔蟲を大量におびき寄せて殺すイベントが完遂するということは、街中に死の魔力が充満することでもある。その魔力を集めて武器を作る。これがガンザイの計画だったようだ。
それを危険視していたシャルルはイベント中、ずっとガンザイを追っていて、ガンザイの反撃によってボロボロになりながらもガンザイの所業を止めるために戦い続けた。
「あれは、そんなにやばい武器なのか?」
イベント中において、街は一時機能不全に陥った。そんな危機的状況下でもシャルルが表に出てくることは無かった。ずっとガンザイを追っていたのだろう。シャルルはガンザイが作ろうとしている武器をそれほどまでに優先順位の高い危険度を持っていると判断したようだ。
俺の疑問に答えたのはいつの間にか俺とメメルンの傍に来ていたフィールだった。フィールはコンコンの部下で子狐の少女だ。
コンコンはかなりの情報通なために、フィールにも多くの情報を期待できる。
「女将様曰く、いうてそこまでないらしいですよ。デルゲンさんが先程使った刀よりは格下だって言っていました」
そりゃあ、あれと比べたらどの武器も格下だろうな。あれは侍大将が史上の武器だと認める程の武器だからな。そんなことより……
「何でこのタイミングでフィールが俺のとこに来たんだ? またコンコンが何か企んでるのか?」
「さあ、どうでしょうね。私としてはそんなことよりもデルゲンさんが苦しんでる方が気になります」
……はぐらかしたな。やっぱりコンコンは何か企んでるのか。
俺ははぐらかしたフィールを追及せずにフィールの話に乗ることにした。どうせ聞いても教えてくれないのなら、追及するのは時間の無駄だからだ。
「何故か身体の調子が悪いんだ。さっきから喀血が……ゴホッ、止まらない……。お前のその口ぶり、フィールなら治せるのか?」
「治すことはできませんが、楽にすることならできますよ。首をこちらに向けてください」
「おお、流石は狐の。助かるよ……」
俺はフィールの有難い申し出に首を差し出すことにした。だが、何かを悟ったメメルンが待ったをかけた。
「ダメ! それはダメだから!」
「どうしてですか? 殺せば解決するでしょう」
殺せば? え? 楽にするってそういう? だからメメルンは止めてくれたのか。やはり持つべきは頭の良い友人だな。そう思った俺はメメルンのことを理解できていなかった。
「だって……殺すのはダメだよ。あなたは、そういうのじゃないんでしょ?」
「そういうの?……とは?」
「そういうのだよ…………」
何かを悟ったフィールの顔が炎のように赤く染まる。
「あっ……。わ、私は全然そういうのじゃないです! ただ私はデルゲンさんを楽にさせてあげたいだけですから!」
フィールがぶんぶんと手を振って全力で違うとアピールした。
なんだ? 何の話をしてるんだ? 話が見えてこないな……。
何がなんだかわからないが、取り敢えず俺は死にたくないと意思表示をする。
「フィール、悪いが俺は死んで楽になりたいわけじゃないんだ。今はあいつらの戦いの結末を見届けたいんだよ」
「そうは言っても、デルゲンさんの身体はもうボロボロで……。今もかなりの激痛のはずですよね? 血を吐いたり、顔だってひどく青いですよ。見ているこっちが痛々しいほどです」
「それは、わるいな。でも、今は見逃してくれ……。俺は生きてその時を見届けたい。これが戦いに参加できないせめてもの俺に出来ることなんだ」
今はシャルルだけでなくパラディンのメンバーも戦いに参加している。死の魔力を吸収して刻一刻と成長を続けるガンザイのナイフは強力で、多勢に無勢なはずなのに、シャルル達は悪戦苦闘を強いられていた。
ガンザイが叫んでいる。
「君達じゃ僕には勝てないよ! 何人集まろうが、剣を避けることよりも剣を盾と鎧で受けることを選んだ君達じゃこの剣には勝てない! 絶対にね!」
ボロボロのシャルルの代わりに他のパラディンの奴が叫び返す。
「そんなことはない! どんな強大な敵だろうと力を合わせれば勝てる! それを私達は証明してきた! お前がどれだけ強い剣を持っていようが、お前の一本の腕と一本の剣だけでは私達には勝てない!」
アナウンスが鳴る。
『あーもう、台無しだよ……。さっきまでイベント完遂SUGEEEEEって主人公みたいにチヤホヤされてたのにもう終わっちゃったよ。一日天下ですら無かったぞ。どうすんだよこれ。主人公の俺等をそっちのけでバカスカやりやがって。その戦い荒らしてやろうか?』
メメルンが意見を180度変える。先程は俺を殺すのは間違ってる的なことを言っていたのに、今度は異なっていた。
「そんなにデルゲンを殺して楽にさせたいなら私がやってもいい? それなら良いよ」
フィールは顔を真っ赤にさせて反対した。
「そ、そんなのはダメです! っていうかあなたは良いんですか!? デルゲンさんは悪名高い人ですよ! それなのに……、こ、殺すなんてッ……! は、はしたないですよ!」
俺はガンザイが持つ剣の性能に夢中だった。死の魔力で霞む空気の中を目を凝らしながら観察を続けている。
「なんだあれ……。刃に触れたものが空気に溶けるように消えてる。死の魔力を吸収したから、即死の能力でも持ってるのか?」
成長を続けるナイフの大きさは既に剣と呼べるほどまでになっている。それなりのリーチがあるため、パラディンは迂闊に近づけないようだ。刃に触れれば、その部分が消え去る力。なるほど、そうであるなら鎧など意味を為さないだろう。ガンザイの先程の主張もうなづける。
その仕組みがどのようにして成っているのかは不明だが、警戒するに越したことは無い。ガンザイが最高傑作の武器と言うだけのことはある。
さて、これに対してパラディンはどう出るか……。見ものだな。ゴホッ……。そろそろ俺の身体も限界か? ……決着の瞬間が来るまで死ぬわけにはいかねぇ。
と、ちょいちょいと肩を叩かれた。
「デルゲンさん、話がまとまりましたよ」
「はぁ、悪いけど俺は死ぬ気はないから話をまとめられても困るぞ。治療系の魔術を使ってくれるのが一番良いんだけど……。あ、っていうかそれで良いじゃん! フィールは使えないのか?」
フィールは目を逸らした。僅かに頬が赤い。俺がシャルルとガンザイに夢中の間に何か恥ずかしい話でもしていたのだろうか。
ちょっと可愛いな。コンコンは普段から狐の耳を隠しているから分かりづらいが、フィールは狐の耳を隠していないため、感情に合わせて動くのを見ることができる。……やはり狐耳は良いものだ。恥ずかしがっているフィールの狐耳がピクピクしているのが愛くるしい。ナデナデしたい。
こんな可愛らしい少女に治療魔術を使ってもらえたらきっと心地良いのだろう。俺はドキドキした。
「もう、決まった話なので……はい」
なにが? 決まったってのは治療魔術の話じゃないよな? え?
「覚悟を、お願いします」
覚悟って? フィールさん? ちょっとちょっと、どういうこと? メメルンさん、なんとか言ってあげて。
「そういうことだからデルゲン、私達二人ですることになったんだけど良い?」
なにが? 二人でするって何を?
「とぼけちゃって……。ほんとはわかってるんでしょ?」
何が?
「デルゲンさんは恥ずかしがり屋なんですね。いつも堂々と馬鹿を晒してるから私てっきり勘違いをしてたみたいです」
何が?
「ふふ、デルゲンは幸せ者だね。こんな可愛い狐のお嬢さんにしてもらえるなんて」
何で?
「メメルンさん、得物はどうします? 二人でそれぞれで使いますか? それとも同じものを、使いますか? キャッ……」
得物? どうして恥ずかしがってるんですか?
……いや、よそう。この期に及んで現実逃避は悪手か。現実に目を向けないといけない。もう、誤魔化しは効かない段階に入ってしまっている。
そう、俺はこの二人に殺される直前に居るのだ。その事実から目を背けるのは死を受け入れることと同義だ。
──逃げねば。
俺は二人から逃げるため身体を起こそうとした。が、喀血しまくってズタズタになっている身体で出来るはずもなく、俺は地面に突っ伏す羽目になった。
突然無茶をし出した俺を二人が子供を躾けるように咎めてくる。
「もー、デルゲンだめだよ。怪我人なんだから安静にしてないと」
「ダメですよ。そんな無茶をしたら余計に痛くなるだけですから」
二人の中で、俺の死は確定しているようだ。何がどうなってそんな結論になったのか分からないが、逃げなければならない。だが俺にはもうそんな力は残っていない。
だったらやることは一つだ。
俺は周囲の人たちに助けを求めることにした。
「た、助けてくれぇ! 俺はまだ死にたくな……ガハッ!」
ガンザイとパラディンを傍観していた人が俺の声に気付いてくれた。何人かが俺達の方へ目を向ける。
「こいつらがッ! 何かおかしいんだッ! 助けてくれぇッ!」
俺の異常な恐怖心に気付いてくれた数人が寄ってきてくれる。
が、メメルンとフィールがその道をふさいだ。
「いえ、大丈夫ですよ。怪我が深刻でちょっと頭がおかしくなってるだけみたいなので。結構酷くて血とか吐いちゃってるんですよ。ああ、はい、手は足りてますから安心してください。私達の方で介抱できてますから」
介抱じゃなくて介錯の間違いだろ。
アナウンスが鳴る。
『えー、はい。それでは今回のイベントはこれにて終了とさせていただきます。『バグサーカス』を楽しんでいただけたようで我々『闇の民連合』は光栄の至りにございます。それではまた会いましょう。…………はぁ』
これにて、イベント『バグサーカス』は終了した。そして今、俺の命もまた終了しかかっている。それなのに、ガンザイとパラディンの戦いは今が一番ヒートアップしているように見える。俺はその戦いを最後まで見届けたい一心に狩られた。
しかし、現実は非情なもので、俺の首元にはフィールとメメルンの持つ刃物が添えられている。
こんなことってないだろ。なんだよこれ。俺が望んだのはこんなことじゃない……。
そう叫びたい衝動に駆られるも、俺の喉はもう潰れてしまっていて何の抵抗も出来ない状態にあった。
「では、行きますよ。いっせーので一緒にお願いします」
「うん、デルゲンも準備は良い?」
ガンザイの剣が完成している。俺は完成した姿を知らないがすぐにわかった。死の魔力の吸収が止まっているのだ。ガンザイが浮かべている笑みもまた、剣の完成を示唆している。あいつがあそこまで愉快に笑うのは滅多にない。
パラディンが纏う緊張感もより一層増している。応援部隊が来たのかパラディンは十数人でガンザイを囲んでいた。既に死んだ奴も含めれば大体三十人前後で戦っていることになるだろう。
ここからが本当の見せ場なのは誰の目にも明らかだった。なのに俺は……。
すがるようにフィールとメメルンの顔を伺うも、二人の意志は固いようで赤い頬はより一層に惚けたものになっているだけだった。よっぽど興奮しているのだろう。頬が赤いだけにとどまらず瞳がトロンとしていて、どうにも色っぽさが出ていた。こんな状況だというのに俺をドキッとさせるほどだ。今の二人は今までで見たどの瞬間の二人よりもずっと魅力的だった。
こんな状況じゃなければ、と思わざるを得ない。だが、かなしいかな。今はこんな状況なのだ。
二人はどういうわけか俺を殺す気のようで、今の俺には二人を止める力がない。止める力どころか、身体や喉すらまともに動かすことができない。今の俺に出来ることと言えば、頭の中で思いを叫ぶぐらいだった。
ぽつりと涙が頬を伝う。
こんなのってッッ……、こんなのってないだろッ! シャルル達があんなに全身全霊で戦ってる中で、何で俺だけこんな理不尽な死を迎えないといけないんだよ! 俺だって……ッ! 俺だってあの中に混ざりてぇよッ! なのに何で……! こんなの…………、あまりにも酷すぎるだろッ!
俺の魂の叫びは、されど届かなかった。
色香を持つ美しい少女たちはそれぞれ得意の得物を俺の首元に当てた。
「それじゃあ行くね。……せーのッ!」
そして俺は死んだ。