今日のイベントも死屍累々   作:卵のかなっしー

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蒼騎士と星の管理者

 曰く、世界の全てを凌駕した国が何処かにあるらしい。その国に辿り着くことができたなら、世界の全てを手にしたと言っても過言ではないと言う。神話に名高い楽園のような国がこの世界の何処かにあるのだ。

 だが、多くの者達がその地を目指して旅をするも、その殆どが辿り着くより先に息絶え、僅かに辿り着いたとされるものすら、帰ってくることは無かった。本当は実在しないのではないかと囁かれるも、世界地図にはぽっかりと穴が開いていて、それが永遠の国であるという論調は後を絶たない。

 その地に何があるのかは分からないが、何かがあるのは間違いない。

 

 己が役目を果たした好奇心旺盛な英雄が……蒼騎士が幼き頃に夢見た国を目指すのは半ば必然のことだった。

 古から何かを極めた者達が更なる高みを求めたとき、その行く先は常にその永遠の国だと決まっていた。それゆえ蒼騎士が永遠の国を目指すのは既定路線のようなもので、なんら奇妙なことではなかった。

 

 だがしかし、永遠の国への道は平坦な道ではない。当然、蒼騎士はその旅路が生半可なものではないのは分かっていた。幼いころの物語で散々に聞かされてきたのだ。賢者、英雄、王、豪商、ありとあらゆる多種多様な人たちが挑んでは散っていったという物語を。そして、その物語を語る夢持たぬ者たちが語りの最後に口々に付け足すのも知っていた。永遠の国など在りはしないと。馬鹿なことはやめろと。

 そう、夢持たぬ者達はかつての旅人たちを罵る言葉を口にする。

 蒼騎士もまた、そのように言い聞かせられてきた。

 

 だが、夢持たぬ者達の言葉だけで、どうして胸の奥底から湯水のように湧き上がる感情を抑え込むことができようか。己が内から湧き出るものは言葉一つで収まるはずがない。次から次へと溢れ出る物を抑え込むことができないのは子供でも知っていることだ。

 もしかすると、己を顧みることができる賢人ならばその矛盾を通すことができるのだろうか。だが生憎、蒼騎士は賢人などではなく、ただの戦うしか能のない剣士だった。他者の常識に寄り添い、己を律し、己が内から溢れ出る欲求を見て見ぬふりをすることなどできようはずもない。

 それになにより、蒼騎士にとって、大志を燻ぶらせたまま祖国で朽ち果てるのは何よりも受け入れ難いことだった。

 だから蒼騎士は己の欲求を他に話すことなく、ただひたすらに秘密裏に計画を立て、そしてある日の朝、相棒の狼を置いて旅に出た。

 

 その旅の末路は想定外のものだった。

 

 ◆

 

 執事の朝は朝食作りから始まる。この城に住まわせてもらっている恩と命を救ってもらった恩に報いるために、エブリーは毎日かかさず家主のために朝食を用意していた。

 家主が起きてくるよりも先に眼を覚まし、テキパキと身だしなみを整えてから、使用人としての制服である執事服を着る。エブリーは女性だから使用人としての制服はメイド服の方が適切なのだが、家主たっての要望で執事服を着用することになっている。自分の性別に反する服装というのは人によっては嫌悪するものだろうが、エブリー的にはそこまで嫌でもなかったし、城に来るまでは男性の騎士として国民の前に出ていたのもあって、素直に家主の命に従うことにした。

 よって、エブリーは男装の執事として、おおよそ百年もの間この城に仕えていることになる。

 

 キッチンに来ると、エブリーは慣れたように食料保管庫から食材を取り出した。今日使うのは以前に採集した特別な食材で、市場には滅多に出てこないような高級珍味だ。それも一つではない。今日は二つもある。出不精な家主ならきっと喜んでくれることだろう。

 エブリーは朝食を食べる家主の良い反応を思い浮かべながら、広いキッチンの中を右に左にせわしなく動いて朝食の支度を進めていった。

 

 カチャカチャ、コトコト、チーン。

 

 そうこうしていると廊下の方から聞きなれた足音が近づいてくる。使用人のエブリーがこれを無視することはない。エブリーは調理途中ではあったが、一度手を止めてから、扉を開けて廊下に顔を出した。

 そこに居たのはエブリーの想像通り家主だった。

 

「おはようルーン、今日は早いね。寝つきでも悪かった?」

 

 朝にはぴったりの清々しいエブリーの挨拶に対し、ルーンと呼ばれた少女はゆっくりと首を横に振る。盲目なのだろうか、両目を覆う黒い目隠しを付けた少女だった。

 

「なんでもない。たまたまよ」

 

 男装が似合う中性的なエブリーに反して、ルーンは随分と女性的だ。低い背丈と目を見張るほどの大きな胸。自然体で居るだけで窮屈なのか、ドレスは随分と張っていた。その具体的な大きさは、最も一般的な性癖を圧縮して降臨させたと言っても過言ではない驚異的なサイズである。然るべき場所に行くだけで数多の男たちの視線を集めることができるのは間違いないだろう。世界人口の半分を手中に収めることができるとなれば、世界平和も夢ではないかもしれない。否、反面に女たちを敵に回すことで世界を混沌に陥れる可能性も捨てきれないか……。大変だ。この夢と欲の塊が厄災を生み出してしまう。……ともあれ、ルーンが持つその二つの理想の塊は暴力的な影響力を持つということだ。

 そしてルーンは声もまた素晴らしいものだった。可愛らしい、悪く言えば媚びて良そうな声色である。かと言って、そこにあざとさはなく、不快感はそこまで覚えないのが調整されたかのように完成されていると言える。

 全身を通して、まるで黄金比のような少女だ。

 男なら誰しもが一目見ただけでノックアウトだろう。執事服を着ているエブリーも……っと、思われるがしかし、エブリーは執事服を着ているが性別は女性だ。寝起きで儚さを存分に放っているルーンを正面にしても平気な顔で自然な笑みを浮かべた。

 

「なら、もうすぐ朝食ができるから待ってて。今日はとびきりのを用意したから、それも二つ! きっとその眠気に効くと思うよ」

 

 聞き逃せない内容にルーンが布で隠れている眼を細める。

 

「とびきりの? ……あなた、また変な場所に行ったんじゃないでしょうね」

「え!? そうなるの!? 大丈夫だって、そんなに危ない場所には行ってないから!」

 

 予想外のルーンの反応にエブリーは慌てて両手を前に突き出して問題はないとアピールした。主であるルーンを想っての行動だったが、まさか裏目になるとは思っても見なかった。日頃の無茶な遊びが祟ったのかもしれないが、エブリーは今回は変な場所に行ったわけではない。ルーンの心配は誤解だ。

 具体的に何を取って来たかを言えば誤解は解消できるのだろうが、それを言ってしまえば朝食時の楽しみが一つ無くなってしまう。エブリーはこの場を引きつった笑みで耐えることにした。

 ルーンが嘆息吐く。

 

「まあ良いわ。あなたが無茶をするのはいつものことだから」

「だ、だから私は別に危ないことをしたわけじゃないんだけど……」

「良いのよ。私はあなたを嘘つきにしたいわけじゃないから」

 

 ルーンがくるっと回ってエブリーに背を見せる。それからクスリと笑い声を零してから小さく呟いた。

 

「それじゃあ、朝食は楽しみに待っておくわ」

 

 その期待の言葉にエブリーの口角がニッと上がる。

 

「うん、ルーンをアッと言わせてあげるから待っててね」

 

 エブリーは今日も今日とて、家主のために料理の腕を振るうのだった。

 

 ◆

 

 気合十分にしてエブリーが作った今日の朝食がテーブルに並べられる。

 が、そのメニューは普段のものとあまり違いが無いようだった。

 食パンに卵とトマトの炒め物に申し訳程度の薄いハム。ルーンはエブリーが用意してくれた朝食に文句をつける気はないが、少々肩透かしを食らったために思わずエブリーへと顔を向けた。両目を覆う布越しにルーンの瞳がエブリーへと突き刺さる。

 その視線を受けて、エブリーがふふんと鼻を鳴らす。

 そして、ルーンの隣の席に座って、ぐっと張り付くようにルーンに身を寄せた。途端の出来事にルーンが耳を真っ赤にしながら遠ざかるように腰を浮かした……が、エブリーはルーンの行動の意図を理解できずに更に身を寄せた。

 何でもないように説明を始める。

 

「今日の特別はねぇ。料理じゃなくて調味料なんだよ。この瓶の中に入れてるのがそう」

 

 瓶の中には黄色の液体が詰められていた。エブリーがそれを手元にまで持ってきてルーンの手元に置く。ルーンは赤くなった耳をエブリーに気付かれない様に片手で隠しながら瓶の中をしっかりと覗き込んだ。どうやら目隠しをしていてもある程度見えているようだ。

 

「これは、蜂蜜……かしら」

 

 ぱちんと指が鳴る。

 

「正解! 黄蜂のローヤルゼリーだよ! 運よく採集できる機会があったから採っておいたんだ!」

 

 エブリーが誇らしげにえっへんと胸を張った。女性にしては薄い胸が執事服を引っ張ってピシッと張る。ルーンほどの夢を蓄えてはいないものの、最低限にはあるようだ。

 ローヤルゼリーとは蜂が女王蜂を生み出すために使用する極上の蜂蜜である。女王蜂以外の蜂には一切与えられることのないため、ローヤルゼリーの希少価値は蜂蜜とは比べ物にならない程高い。それを採ってきたのだからエブリーが自慢げになるのも当然のことだった。きっと家主の喜ぶ顔を想いながら採集したのだろう。

 が、ルーンは仰天して、「なッ!?」と目隠しの裏の眼を見開いた。

 

「あなた一体なんて無茶をしてきたの!? ローヤルゼリーって……、黄蜂の報復は!? あいつらは地獄の果てまで追ってくるって知らないの!?」

 

 先程まで耳を赤くしていたことなどすっかり忘れて、ルーンがエブリーと鼻がぶつかるほど至近距離まで顔を近づける。

 エブリーはルーンの鼻先に指を当てて冷静に距離を離しつつ、「まあまあ落ち着いて。ルーンが思ってるような危険なことはしてないから」と言い訳を言い始めた。

 

「私が採るよりも先に誰か他の人達が巣を襲ってたんだよね。それで巣にいた大半の蜂はその人達を追っていっちゃったから、私は空巣からローヤルゼリーを採ってきただけで、蜂とは一切戦ってないよ。だから、危険なことは一切してないし、私以外の人達が囮になってくれてるから、追われる心配もないよ」

「うーん、今時黄蜂を襲う馬鹿が居るなんて話は信じがたいけど……」

「調べてみたら? ルーンはフーラの地下には詳しいんでしょ?」

 

 ルーンはフーラの地下の管理者のようなものだ。フーラの地下のことに関してならルーンよりも詳しいものは存在しないと言って良い。

 

「まあ、考えてみれば調べるまでもないわ。どうせ都市の馬鹿共がやったんでしょうし」

「はぇ、フーラにも都市があるんだ」

「行く価値はないわ。あなたが見たって言う馬鹿が沢山居る狂った街だから」

 

 ルーンは普段、この城がある場所『星空の庭城』の外についてあまり言及をしない。以前にエブリーがその理由を尋ねたことがあったが、適当な理由を付けてはぐらかされた。

 そのせいもあって、ルーンが地上の話をしたのはエブリーにとっては好機だった。

 

「……ふーん、でも、いつか行って見たいかな」

 

 その呟きを、ルーンは何も返さずに流した。代わりにパンに蜂蜜を塗って齧り付く。

 

「……おいしい」

 

 パンが美味しいのはいつものことだ。エブリーの焼き加減は絶妙で、外はサクサク、中はモチモチの最高の食感に仕上げてくれている。それだけでもエブリーのとっておきの一品に仕上がっていたが、今日はそれに合わせて蜂蜜の特別な甘さが加えられている。口の中が甘味に酔いしれて躍るようだ。

 これには思わずほっぺがとろけるというもの。

 正面に座りなおしたエブリーがしてやったりと言わんばかりに、ニヘヘと微笑している。

 

「それは良かった。採って来たかいがあったよ」

「……でも、次からは私に一言いうように。あなたが死んでしまったら私はもう……」

「そんなに心配しないでいいよ。どれだけ死んだって復活してくるんだから」

 

 今のエブリーは百年の前のエブリーとは別人と言っても良い。いや、別人どころか別の生物と言ったほうが正しいか。幾ら死んでも再び復活し、幾ら時が進もうとも衰えない身体を持っているのだ。

 ルーンの心配など今更だろう。それはルーンも分かっているはずだ。

 それでもルーンはめげずに説得を続ける。

 

「身体は何ともなくても心はどんどん擦り減って行く。実感としては何の問題も無くても、いえ、死んでも何も感じないのは既に擦り減ってるわね。あなたには死に対して慣れて欲しくない。慣れてしまうのは、とても悲しいことだと思うから」

「ルーン……」

 

 エブリーの目じりが赤くなる。心を動かされたのだろう。エブリーは素直な性格をしているから、こういった場合に感情を抑えることができずに直ぐに顔に出してしまう。

 ルーンはそんなエブリーが好きだった。

 ルーンがそっと手を伸ばす。自分の言葉に心を動かされてくれたエブリーが愛おしくて、その感情に触れたくなったのだ。黒い布に遮られた視線をエブリーの瞳に向ける。

 

 が、しかし、ルーンはエブリーの視線が無粋にもあらぬ方へ逸れているのに気づいた。

 

「何が……」

 

 このタイミングで他に気を奪われることなどあるか? と疑問になったルーンはエブリーの視線を追ってそれを見る。

 

「…………ティーパック? なにそれ?」

「えッ、いや、な、なんでもない……よ? うん、ただのティーパックだから」

 

 数秒から数十秒、ルーンの熟考と逡巡が挟まった。

 

「そう言えば、二つあるって……。まさかこれが?」

「えっと…………いや?」

 

 エブリーを詰問するようにルーンがエブリーの視線を追うが、その度にエブリーが逃げるように視線を泳がせる。

 それから更に数秒して、

 

「危険なものじゃないから!?」

 

 エブリーがバッとティーパックを庇うように両手で包み込んで胸まで引き寄せた。どうやらそれは危険な物のようだ。

 

「普通、本当に危険なものじゃないならそんなに焦らないんだけど? それは何?」

 

 再び目を逸らすエブリー。

 

「……知らない。ローヤルゼリーを採るときに近くに落ちてた保存用の魔道具の中に入ってた。多分、さっき言ってた人達が落として行ったんだと思う」

 

 間髪入れずにルーンが叫ぶ。

 

「捨ててきなさい!」

「やだ! 美味しいお茶かもしれないのに捨てるなんて嫌だよ!」

「あの地上の馬鹿共が美味しいお茶を飲んでるわけがないのよ! あいつらは闇の民だのクズだの粗大ゴミだの呼ばれてる正真正銘の馬鹿なのよ!」

「で、でも!」

 

 ジリ……ジリ……。

 二人は互いに譲れないと言わんばかりに立ち上がって、すり足で牽制をするも、割とすぐにルーンが先に折れた。

 

「はぁ、あなたの好奇心を止める気はないわ。どうせ今ダメだって言っても隠れてこっそり飲むんでしょ? なら今済ませてもらった方が良いわ。飲んでどうぞ」

「さっすがルーン! 私のことを良く分かってる!」

 

 エブリーが「では早速」とお湯を注いでパックを付けた。するとすぐに色が広がって行く。エブリーがカップに顔を近づけて香りをかぐ。

 

「お茶じゃない……のかな?」

 

 何かマズイ気がするが、今更止められるはずもない。ルーンはおどおどした気持ちを抑えて事の成り行きを見守った。

 エブリーがカップに口を付け、ツツと中の液体を啜る。

 と、

 

 ガハッ……!!

 

 どうやら劇物だったらしい。

 最後の力を振り絞って、カップが割れて壊れてしまわないようカップをテーブルに置いたエブリーが床に倒れ伏した。

 

「エブリーッ!!! しっかりして!!!」

 

 慌ててルーンがかけよるも、致命傷が治ることはない。治療魔術を使えば助けることは可能だが、生憎ルーンにはそこまで頭は回らなかった。使えない訳ではないが、ルーンにとって治療魔術は机上のものであって、実際に使うものではなかったから、咄嗟にその思考に至れなかったのだ。

 そのせいで、その時のルーンに出来ることと言えば看取る事だけだった。

 吐血したエブリーが最後の力を振り絞ってルーンに手を伸ばす。ルーンはその手を取って両手で包み込んだ。

 エブリーが辞世の句を詠む。

 

「狂虫の毒は、辛い……」

 

 それを最後にエブリーは死んだ。最後の顔はとても良い笑顔を浮かべていた。

 

 ◆

 

 エブリーが来てから、毎日が本当に楽しくなった。

 ルーンはこんな日が続けば良いのにと思うも、その気持ちに反してルーンは口元を固く結んだ。その表情には怯えの色が見て取れる。

 

 それもそのはず、100年続いた二人だけの幸せな生活は今、極悪非道な者に脅かされているのだった。今日、ルーンの寝つきが悪かったのはそのせいだ。

 この生活が脅かされていることを、エブリーはまだ気づいていない。……否、ルーンが情報を統制してエブリーが気付けないようにしている。

 もし、この事実がバレてしまったら、エブリーがルーンの下を去って、どこか遠くに行ってしまう気がして……。エブリーのことだからそんなことはないとわかってはいるものの、信じ切ることが出来ずにいた。だから知らせられなかった。

 ルーンの脳裏に最悪の可能性がよぎる。

 ルーンに出来ることと言えば、地上の都市にいるであろう厄災が地下に降りてこないよう祈るだけだ。

 

 控えめに言って、ルーンはエブリーを愛していた。100年も一緒にいたのに今更手放すなど絶対に嫌だ。また独りきりになるのは想像するだけで耐えられない。ずっと二人で居たい。

 それが今のルーンが最も強く抱く唯一の願いだった。

 

 灰となって消えていくエブリーの死体を眺めながら、ルーンはグッと拳を握って誓った。地上の都市で暴れ回っているという噂の闇の民の王には絶対にエブリーを近づけないと。

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