リンゴを食べ終えてフィールが去った後、ミルキィが眼を覚ますと、俺はようやっと今回のあれこれについて詳しい話を聞く機会を得た。俺が死んだ後に何があったのか、俺の体調が急変してベッドで眼を覚ましたのは何故か。ついでにイベントの詳細も。聞きたいことは山ほどある。
ミルキィはまだ眼を覚ました直後だが、俺はフィールに情報をお預けされていたのもあって、俺は我慢できずにミルキィを質問攻めにした。ミルキィが寝起きのぽわぽわとした様子で腕をグッと伸ばして大きく欠伸をする。
「ふぁぁ、デルゲンおはよ。朝から元気だねぇ」
ミルキィは寝起きに弱い女性だ。眠気がまだ強いのか、瞼を閉じたまま頭を左右に振っていた。
「おかげさまで元気だよ。ミルキィが看病してくれたんだろ?」
「うん、狐の……コンコンさんのところの娘がデルゲンをここまで連れてきてくれてね。えっとぉ、フィールさん?だったかなぁ? リスポーンしても一向に眼を覚まさないから診て欲しいって」
「フィールが? それは俺が死んでどれぐらい経った時だった?」
段々と頭が覚めてきたようでミルキィの瞼が開いた。綺麗な瞳が物を考えるために虚空へ視線を飛ばしだす。
「んー、デルゲンが死んだ正確な時間は分からないけど、多分かなり早いタイミングでここに運ばれて来たんじゃないかな? フィールさんがそんなに時間は経ってないみたいなことを言ってたような気がしなくもない……かも。ごめんね。デルゲンを診るのに必死だったからそこまで余裕が無くて」
必死なミルキィ……。くっ、何故俺は寝ていたんだ。せめて途中で眼を覚ますことさえできていればッ……。
俺はそんな後悔を胸に押し込めた。
「ミルキィが謝ることは無いよ。元々は俺がぶっ倒れたのが原因な訳だし。それよりも、俺の症状については何か分かったりした? 急に血を吐くとか今まで無かったことだから、俺としては見当もつかないんだけど」
「うん、それについてはおおよそ判明してるよ。かなり珍しい症状だったから直ぐにわかったんだ」
マジか。俺はこの症状に関して完全な無知だったのに、ミルキィは知ってたのか。てっきり全く聞かない症状だったからミルキィでも分からないのかと思っていたが、流石はミルキィだ。日頃から様々な病気を調べているのだろう。良く耳にする病気から、滅多に耳にしない病気まで。こういう時のために日々の研鑽を怠らないのが素直に凄い。
「それで、何だったんだ?」
俺はミルキィに尊敬の眼差しを向け、ミルキィの言葉を待った。
ミルキィが眠気から解放されてか、それとも内容が深刻なのか、少し真剣な表情を作る。重々しく「落ち着いて聞いてほしいんだけど」と前置きした。
「これは死の魔力によるもの……で間違いないと思う」
……それは、有り得るのか? いや、ミルキィがそう言うのなら、有り得るのだろう。
「多分だけど、デルゲンは今も体調が万全ってわけじゃないよね?」
俺は首を横に振ろうと思ったが、ミルキィの目に逆らうことが出来ずに首を縦に振った。
ミルキィの言う通りだ。楽にはなったが、万全ではない。
「やっぱり……。さっき元気だって言ったくせに。私に嘘ついたんだ……」
「それは、ミルキィを心配させたくなかったっていうか。ちょっと体が怠いぐらいでそんなに辛くもなかったし……」
「ふーん、医者の私を理由にして病気を誤魔化そうとしたわけなんだ」
俺を咎めるように細められた目に、俺は目を合わせることが出来ずに顔を逸らした。そのままぐいっと身体をまわして、ベッドから足を出して座る。すると、ミルキィが俺の隣に寄ってきて腰を下ろしてきた。
視線を逸らした俺を逃がさないとばかりに距離を詰めてくる。ミルキィの丸く透き通った瞳に俺のノロマな顔が映っていた。
「デルゲンは特異体質なんだよ。普通の人と比べて死の魔力に対する耐性が低いから、魔力濃度が高くなるとそれにやられちゃう。今のフーラはイベントとガンザイ君が作った武器の影響で死の魔力の濃度がとっても高くなってるらしいよ。だからしばらくは苦しいと思う。私としては安静にしていて欲しいな」
って言われてもなぁ。
俺としては安静になんかしたくない。今は特にそうだ。俺は話を逸らした。
「そう、そのガンザイが作った武器ってのが気になってるんだよ。あれはどうなったんだ? 死ぬ直前の俺の記憶が正しいなら、ガンザイとパラディンが戦っていたはずだけど」
「……えーっと、それは言いたくないなぁ。言ったら絶対首を突っ込みに行くでしょ?」
そりゃそうだ。多少身体が怠い程度でこの祭りに参加しないのは明確な損だ。ガンザイが作ったあの剣、あれがとんでもない力を秘めているのは間違いない。ガンザイと計画した花火の打ち上げの話もある。
このタイミングで全部が終わるまで待ち呆けを喰らうなんて愚行はおかせない。俺は心苦しいながらもミルキィに重ねて嘘を吐く。
「どう、だろうな? 100%絶対ってのは有り得ない話だからな。もしかしたら大人しくしてるかもしれないな」
「ムー、絶対嘘。いつもデルゲンはそんなこといって闇の民さんたちと暴れ出すんだから」
「いつもはそうかもしれないけど、流石に今回は俺も多少の病があるわけで、それなら……」
「それなら? やめてくれるの?」
言って、ミルキィがぐいっと腰を寄せてきた。逃げるように顔を逸らしていた俺はワンテンポ遅れてそれに気付くが、ミルキィの流れを止めるには遅かった。
「み、ミルキィ?」
戸惑う俺をよそに、ミルキィは両手を俺の胸に当ててきた。今はまだ触れているだけで何も力は感じないが、ミルキィが力を込めればいつでも俺を押し倒せるだろう。そうなれば俺が倒れこむのはベッドだ。
今日のミルキィはいつもより少し積極的だった。
至近距離で視線がかち合う。透き通った丸い瞳に俺の少々見栄えの悪い顔が映っているのが見えた。ミルキィから見たら俺の眼にミルキィの顔が映っているのだろうか。そんな今はどうでも良いことを考えてしまったのは、俺がこの現実から目を逸らしたいと思っているからかもしれない。
時間がとてつもなく遅く感じる。心臓の鼓動がドラムのように煩い。高速で血液が循環しているせいで俺の全身は過剰なまでに栄養を受け取っていて、そのせいで俺の高揚感はまるで戦闘中のように高まっていた。こんなんじゃ平常心では居るのは困難だ。
そんな状態だから俺の中の冷静な部分が俺に現実逃避をさせているのだろう。目の前の光景から目を逸らすことができれば、少なくとも俺は高揚感を抑えることが出来る。……ミルキィを襲わずに済む。
俺はどうでも良い事を考えることで思考を紛らわせた。
だが、ミルキィはそんな薄情な俺を現実に引き戻そうとしてくる。
「私は本気だよ」
透き通る声が俺の脳内を駆け巡る。
「ほ、本気って? 監禁でもするのか?」
ミルキィが俺を心配してくれているのは嬉しいが、俺としては安静にするのは受け入れがたいことだ。これはミルキィがどれだけ望んでも……決してゆらぐことは、ない。
……………………ゆらぐことはない。
嘘だ。俺の心はブレブレだった。ミルキィがこのまま俺を押し倒して日夜俺をベッドに押さえつけてくれるのなら、俺はこのままミルキィの望むとおりに安静にしても良いというピンク色の思想があった。
ミルキィの方から積極的にアタックしてくれることなんか今まで無かったことだ。この機会を逃すことはできない。ガンザイやシャルルの件も逃がしたくはないが、俺からしてみればあいつらよりもミルキィの方が大事なことで、俺がミルキィを優先させるのはリンゴが木から落ちるよりも真理であった。
だというのに、ミルキィの本気は俺が想像したものとは大きく食い違っていた。
ミルキィが俺の胸に当てていた手を引いて、俺との間に距離を作る。それからクスクスと誤魔化すように笑みを浮かべた。
「デルゲンでもそんなに動揺するんだね。私、初めて見たかも。監禁なんて言い出すとは思わなかったよ」
「ミルキィが俺を監禁してくれるんじゃないのか? それなら俺は……」
「もー、私がそんな酷いことをするわけないでしょ? デルゲンは私のことを何だと思ってるの?」
「わ、悪い……。でも、あの普段は大人しいミルキィが本気を出すなんて言うから何事かと思って」
「私もちょっと脅しすぎちゃったのかな。ごめんね。強く言い過ぎちゃった」
俺は露骨にがっかりした。ミルキィに監禁されるのが満更ではなかったのにと肩を落とす。
「じゃあ何をするんだ?」
「んーっとね、これはフィールさんの提案でもあるから、あんまり詳しいことは言えないんだよね」
フィールが? ってことはコンコンの提案でもあるのか。増々きな臭くなってきたな。あいつは何を企んでるんだ?
俺はミルキィの言葉に集中する。一言一句聞き漏らさないように耳を傾けた。
ミルキィはとんでもない提案を持ち出してきた。
「ちょっと恥ずかしいからあんまりじっと見ないで欲しい……な」
「ああ、そうする」
俺はミルキィから目を逸らさなかった。
ミルキィは俺が見開いた眼を一向に戻そうとしないのに嘆息をつくも、割とすぐに諦めた。俺から身体を横に向けて、僅かに赤く染まった耳を隠すように髪を整えてから、ぼそりと呟きだした。
「フィールさんの方で準備ができるまで数日かかるらしくてね。それで、その間デルゲンは体調管理をしないといけないんだけど……」
「俺はどうすれば良いんだ? ミルキィの頼みなら何でも受け入れるつもりだぞ」
「ほんとに? あとからやらない何て無しだよ?」
もちろんだ。俺は強く首を縦に振った。
ミルキィが横目で俺の決意の首肯を見てから、ボソッと囁くかのような小さな声で言った。
「じゃあ、今日からフィールさんの準備が出来るまで、デルゲンは毎日私の家に泊まるようにしてね。毎朝私がデルゲンの体調管理をするから」
ということになった。