侍が去ってからひと段落して、俺は恋愛相談をするために暇そうにしていたパラディンを一人捕まえた。パラディンは光の民のみで構成された治安維持組織であり、フーラに住むありとあらゆる光の民の味方だ。
その人気は老若男女問わず、特に女性陣からの評判は測れないほどに高い。街中を少し散策するだけで通りすがりの女性陣の視線を独り占めするほどだ。あまりにモテすぎて思わずぶん殴りたくなるほどのモテ度だが、今の俺にはパラディンに嫉妬しなくて済むだけの心の余裕がある。
俺はそのパラディンのモテ経験を見込んで、ミルキィとの先行きの相談をしてみることにした。
パラディンがシャルルへの手土産として飴を買いたいと言うため、飴屋に向かいつつ話をする。パラディンは先程のクズとは異なり俺の話を熱心に聞いてはその都度反応をくれた。その最中、パラディンが突然首をかしげて怪訝だと言い出した。
「先程から居候の話が頻繁に出てくるが、その、失礼な質問になるが、デルゲンは自分の家を持っていないのか?」
「ん、ああ、色々あってな。今はマミーに外で暮らしてこいってことで転々としてるんだよ。ミルキィだけじゃなくて爺さんの家だったりコンコンの家だったりな。その日の気分で居候先を変えてるんだ」
「……随分と奇妙な生態をしてるんだな。それでよく文句を言われずに受け入れられるね。君は、私達が思っていた以上に異質だ。どうしたらデルゲンみたいな人が出来上がるのか興味が出てきたよ」
はい、来ました。パラディンからのアプローチを頂きました。今まで散々俺を馬鹿にしてきた奴らは俺の凄さを見抜けなかったマヌケなのが証明されたな。俺はあのパラディンに興味を持たれるほどの実力者だというのになぁ! はぁ~~あいつらは見る目がねぇなぁ! 特にクズ共の他人を見る目は酷い! 光の民達は俺の凄さに気付きだしていたのに対して、あいつらは俺を闇の民の王だの言って侮辱してきたからな。やはりクズはクズだな。あいつらも俺のように素晴らしい人になってほしいものだ。
俺はそのような溢れ出る自尊心を誤魔化すように頭を掻いた。
「そうかな。自分ではそうは感じないんだけど、やっぱり俺って凄いのかなぁ」
「……異質だと言っただけで凄いとは言ってないのだが、そうだね、デルゲンには他の人にはない凄さを持っているね。ミルキィさんがデルゲンに心を許しているのも分かる気がするよ」
あのモテモテ集団のパラディンから見てもミルキィは俺に心を許しているように見えるのか。これは、ゴールインも近いのかもしれない。
「俺はどうすればいいと思う?」
「どうとは?」
「ミルキィの件だ。しばらくの間、ミルキィの居候になるわけだがこの機に関係を一歩進めたいと思ってる。でも、こういうのって相手のタイミングもあるだろ? 俺が進めたいと思っててても相手がそう思ってなかったら上手く行かないからさ。どうすれば良いかなって」
パラディンは俺の悩みを真摯に聞いてくれた。数度頷いてから熟考するように少々黙る。それから再び口を開くまでにかなりの時間と距離を要した。
「難しい話になる。先に糖分を取ろうか。頭を働かせるなら糖分が良い。これはシャルルの口癖さ」
いつの間にか飴屋に着いていたようだ。飴屋の前には例に漏れずガキどもがわんさか集っている。飴屋のおっさんはガキどもに人気だから頻繁にガキが集まるようになっているのだ。
俺はそこに集まるガキが苦手だから、飴屋に来るときはいつも時を見計らってきているのだが、今日はパラディンと一緒なせいでそれができなかった。
俺は恋愛相談の方を一刻も早く進めたかったものの、ガキどもに俺とミルキィの話を聞かれたくなかったため仕方なくパラディンに応じた。
「そう、だな。焦る話でもないしな」
本当は今すぐにでもパラディンの意見が欲しかったが俺は我慢した。流石にガキどもに指を刺されている状況でこんな話をしたくはない。
衝撃は直ぐに来た。
俺の身体にクソガキの突進攻撃が複数炸裂する。
「どっせ~~~い!!!」
相変わらずだなこのクソガキどもはこれだから会いたくないんだよ。
俺は突進してきたクソガキどもを受け止めると、痛めつけることも血まみれにすることもなく纏めて束にして立てた。俺からしてみれば街中で先制攻撃をしてくるなど打首獄門なのだが、俺は女子供には優しいからな。この程度の突進キレる俺ではない。
俺は内心のイライラを隠してガキどもの相手をする。
「元気が有り余ってるじゃねぇかお前ら。ちょっとびっくりしちゃったよ。だが、元気なのは良い事だ。子供の内は元気なのが一番だからな」
そんな感じで俺が爽やかに言うとガキどもは失礼な態度を取ってきた。
「なにこいつキモ……」
あ˝? こっちが下手に出たら何だこいつら。殺してやろうか?
そう思ったがパラディンの手前、俺はその感情を押し殺して対応した。
「こらこら、そんな酷い言葉をつかったらダメだぞ。言われたが傷つくし、何よりそんな言葉を使ってたら悪い人になっちゃうからな」
「……やべぇ、キモいな。キモすぎて吐きそう」
殺してやろうかな。
そう思ったが飴屋の手前、俺はその感情を押し殺した。が、クソガキどもが俺が思ってた以上にクソガキだったせいで、堪忍袋の緒は俺の意志に反していとも簡単に切れてしまうことになる。
ガキどもが飴屋の方を向いて叫んだ。
「おっちゃん! 戦犯が何かキモくなってる!」
「誰が戦犯だって?」
俺はガキの後ろから頭を両手で掴んで上に持ち上げた。こめかみの辺りを親指でぐりぐりと押し付ける。
「痛い痛い痛い!!! おっちゃん、戦犯がキレた!!!」
「誰が戦犯だって?」
俺はガキに説明を求めた。戦犯などといわれのない悪口は今すぐに撤回させねばなるまい。
「ハッ、とぼけんな! イベント中にデルゲンが爆弾を誤爆させたせいで一掃されたのを俺達は見てたんだぞ! あれのせいですっげー大変だったんだからな!」
なんだそんなことか。イベントの最後、俺を含めた光の民と闇の民の混合パーティで巨大なカマキリを退治した時の話だろう。俺が空中で爆弾を爆破させたせいで、その周囲に集まっていた闇の民が丸ごと戦線から屠られたのだ。
こんなのは普段からよくある事だ。特段、戦犯などと言われるようなことじゃない。
だが、ガキどもからしてみればそのせいで戦線が崩壊し、カマキリが客席を襲ったりなどして迷惑だったのだろう。俺を責めたくなるのも分からんではない。分からんでもないが、俺はガキの言い分を拒否した。
「情けねぇなぁ! それでも観客かよ!」
「なんで観客の俺が情けねぇとか言われねぇとか言われるんだよ! お前らが情けねぇんだろうが!」
「はぁ、これだからお前らはガキなんだよ。まあいい、ガキにはわからんこともあるからな。少しずつ覚えて行けばいいさ」
「なんだよデルゲンの癖に偉そうに!」
「偉いんだから偉いんだよ! お前らも見ろよこのお方を!」
俺はガキを地面に落としてパラディンをバーンと前に突き出した。パラディンは急に話に押し込まれて若干驚くもすぐに順応して手を振りだす。この対応力、流石だ。
「……なんでパラディンとデルゲンが一緒なんだよ」
「ふっふっふっふ……。それはなぁ、俺がパラディンと仲が良いからだ」
ガキどもから「なッ」と声が鳴る。
「ば、馬鹿な!? あのデルゲンが……ッ!」
失礼なガキだな。あのってなんだよあのって。
「言っとくが今の俺はお前らの知ってる俺とは全くの別物といっても過言じゃないぞ。今の俺は俺が闇の民だとかいうデマを晴らすために精進してる光の戦士だ。なあ、パラディンの人」
「あ、ああ、そうだね。光の戦士かはちょっと怪しいけど、最近のデルゲンはかなり頑張ってるね」
「ま、マジかよ……」
それがマジなんだよなぁ。まっ、ガキ相手に粋がっても仕方ねぇ。パラディンの自慢はこの辺にしてやるか。
「つーわけだ。最近の俺は一味違うんだよ。お前らみたいなクソガキの相手をしてる暇はないんだ。俺達は飴屋に用があって来たんだ。だから今日は帰れガキども」
「あはは、ごめんね飴屋さんと少し話したいこともあってね。みんなの憩いの場を奪うようで忍びないけど少しだけ時間をくれないかな?」
「うーん、パラディンが言うなら……」
クソガキはパラディンに言われて納得しかけたが、半歩後ろにいた別のガキがちょんちょんとその肩をつついて、何かをささやいた。直後、クソガキが「妙案だ」と言わんばかりにニッと笑みを浮かべて、ビシッと指を突きつけてくる。
「だったら交換条件だ!」
なんだよいきなり……。
「ラーディだ! ラーディを出せ!」
「はぁ? 出せって?」
ガキどもが急にしゅんとした。
「ここ数日ラーディが来てくれないんだよ。いつもは二、三日に一回は来てたのにもうずっと来てない。それに何処にいるのか知ってる人も居なくてさ。それで飼い主のデルゲンなら知ってるかなって」
ラーディが? 変な話だな。何か……。心当たりとなると、蒼騎士の捜索に何かあったとか? 前に泥の人にあった時に聞いた話だとそろそろ見つかるかもしれないって言ってたよな。それが現実味を帯びてきた……って先が一番丸いな。
だが、あくまで仮説か。
「さあな。俺は寝たきりの飼い主の見舞いにすら来ないペットが何をしてるかなんか一々把握してないからな。何処かで道草でも食ってるんじゃないのか? まあ、そのうちまた来るだろ」
「……ほんとうか?」
「ああ、大体獣なんてそんなもんだぞ。それに、あいつは百年ぐらい生きてるのもあって、道草を食う時間が長そうだからな。適当に待ってりゃ帰ってくるって」
「……わかった。もうちょっと待ってみる」
「ああ、そうしろ。ってわけで、お前らはさっさと散った散った」
ガキどもはちぇぇとぶーたれつつも散っていった。ガキどもの背中を眺めながらパラディンが言う。
「随分と好かれているようだね」
「何でだろうな。おかげで迷惑してるよ」
「おや? 楽しそうにしていたように私には見えたが、見間違いかな?」
「見間違いだな。俺はガキが嫌いなんだ」
「なるほど、そういうことにしておこうか。さあ、ようやくだ。飴を買おう。私達は子供とじゃれるために来たわけじゃないからね。飴屋さんとも話がしたい」
そういえばさっきそんなことを言ってたな。
「何か知りたいことでもあるのか?」
飴屋と言えば情報だ。繁華街の中心人物とも目される飴屋は多くの情報を持っている。それを当てにしている者は多く、かくいう俺もその一人だ。
「そうだね、さっき話していた恋愛相談について飴屋さんの意見を聞いた方が良いんじゃないかと思ったんだ。かなり真に迫った意見が聞けるはずだよ」
そうなのか? 良く分からんがパラディンが言うのならそうなのだろう。
早速聞いてみることにするか。
「というわけで飴屋、どう思う?」
飴屋は腹がでっぷりとしたおおらかな見た目をしている。優しさが外面ににじみ出たような人だ。きっと俺に良いアドバイスをくれることだろう。
飴屋はパラディンの注文の飴を袋に詰めながら唸った。
「あんまり言いたくはないんだがぁ、良いか?」
「率直な意見が聞きたいんだ。何でも言ってくれ」
俺は密かに心の準備をした。
「今回はやめとけ。俺の勝手な想像になるが、これは多分チャンスじゃない」
「何故だ?」
異を唱えたのはパラディンだった。
「ミルキィさんのほうは間違いなくデルゲンに気を許している。それは二人を見れば明らかだ。その上で今回の誘い……。これは攻めても良いと思うが、寧ろ攻めない方が失礼だろう」
飴屋は再度唸った。
「直感的に俺が思っただけだから正直どうしてなのかを言語化するのは難しいなぁ。一つの参考にしてくれって程度だ。ただ、動くべき時に動かない男が減点対象なのはそうだ。まあ、決断は己を一番知ってるデルゲンにゆだねる。お前はどうなんだ?」
「俺は……」
俺の状況とミルキィの状況。関係を前に進める上でそれらを一致させることは重要な要素だ。俺が良いと思っていてもミルキィもそう思っているとは限らない。
飴屋は俺だけではなくミルキィとも関わりがある稀な人物だ。この三人の中では唯一、俺とミルキィの視点に立って考えられる人と言える。
特に、言語化できないという言い方がそれっぽい。
言葉は人間の意志を100%正確に示せるものではないから、人間関係の複雑さを無理に言葉で表そうとすると、どうしても無理が生じ、誤解が生まれてしまうものだ。飴屋はそれを嫌ったのだろう。理由のない主張には説得力が伴わないと知っていながらも、俺とミルキィを本当の意味で大事に思ってくれているから、あえて理由を言わなかった。
俺が飴屋を信じる理由に足りる。
「しゃーない。俺の信じる飴屋がこう言ってんだ。今回は慎重に行くことにするよ」
「まあ、デルゲンがそう言うなら。急ぐ話でもないからね」
パラディンは思うところがあるようだが俺の結論を尊重してくれるようだ。
「頑張れよ、デルゲン。チャンスはまたくる」
「おう、ありがとな飴屋。やっぱりお前は頼りになる。それとパラディンも相談に乗ってもらって助かった。シャルルによろしく言っておいてくれ。ガンザイとの戦いでかなり消耗してるようだったのが心配だったんだ」
「承知した。シャルルに言っておくよ。丁度、シャルルもデルゲンの体調を心配していたからね」
「シャルルが俺を? 嬉しい話だな。ミルキィに自慢できる」
俺はパラディンと飴屋のアドバイスを手にして居候先のミルキィの家に帰るのだった。