居候の朝は誰よりも早い。……と思っていたが、今日の俺はそんなに早くなかった。
今日の俺は珍しく他人の音につられて眼を覚ます。ギィと、ドアが開いた音がした。今日の家主はいつもより早起きのようだ。
「あっ、デルゲンおはよ。って、あれ、もしかして起こしちゃったかな?」
ミルキィは自分が立てたドアの音で俺の眠りを妨げたのではないかと慌てた。
俺はスッと上体を起こしてミルキィの方を見ると、寝ぼけ眼を擦りながら気にしなくて良いと首を振る。
「ミルキィおはよ。今日は朝が早いんだね。いつもは俺の方が早く起きるのに。何か寝付けないようなこともでもあった?」
「ううん、私はいつもどおりの時間に起きたよ。だから私が早かったんじゃなくてデルゲンが遅かったんだよ」
そうなのか。俺は大体体内時計が安定してるから、だいたいいつも決まった時間に眼を覚ましてるんだがな。今日の俺の体内時計はネジでも巻き忘れたのかね。これも先日から続く体調不良が要因かもしれない。
まあいい、起きられたのなら今日一日でまた体内時計のネジを巻いたら良いだけだ。しばらくはミルキィの家に厄介になれるわけで、居候としてその辺はしっかりしないとな。家主よりも早くに起きて、家主よりも先に準備をするのは居候の義務であり、俺の矜持だ。
俺は眠気を断ち切るために、ぐーっと腕を伸ばして立ちあがろうとして、腰に巻き付いていたものの存在に気付いた。小さくて黄金色でふわふわしている、眠っていれば小動物みたいな奴だ。
ついでに、ミルキィがそれをじーっと見つめているのにも気付いた。ミルキィがぼそっと呟く。
「二人って仲いいよね」
俺の腰に巻き付いていた小動物が「のーん」と鳴く。そいつの正体はコンコンだ。
俺はコンコンのふぁっさふぁさな耳と尻尾を撫でながらミルキィの言葉を否定した。
「そうみえるか? 俺はそうは思えないんだが」
「……うん。私じゃなくてもそう思うと思う」
ミルキィからの視線が痛い。別にミルキィの顔が怖いとかそんなことはないし、ミルキィの性格からして俺を咎めようという気持ちはないのだろうが、何となく俺はいたたまれない気持ちにさせられた。
由々しき事態である。なんとしてもこの誤解を解かねばなるまい。
ミルキィ宅の長期居候開始の初日の朝にして、俺は重大なミッションを負うことになった。
◆
カタ、コト、カタ、コト。
ミルキィと協力して今日の朝食を食卓に並べる。ここはミルキィの家なのだが今日はコンコンもいるため配慮して和食だ。いつも俺が作る和食セットを三人分作ったので、それをテーブルに置いていく。
俺とミルキィが食卓の準備をしている間、コンコンは椅子に座って、ぐでぇ~っとくつろいでいた。まだ起きたばかりで眠いのだろう。こいつはミルキィよりも朝が弱いから朝のこいつの世話は割と面倒だ。
「お茶は熱い方が良いか?」
「んー、ん」
「いや、頷かれただけじゃどっちか分からんが」
「んー、んん」
……わからん。まあ、大概は熱い方を入れておけば良いから分からんでも良いか。ただこいつ時たま面倒くさいこと言い出すからなぁ。今日は冷たい気分だったとか言い出してグチグチ言われるんだよなぁ。今日はコンコンの宿じゃなくてミルキィの家だから部下の子狐達はいないし、そうなったらすげぇ面倒くさそう。
はぁ、なんでこんなのが俺とミルキィの園に入ってきたんだよ。こいつさえいなければ俺は今頃……。ん? なんだ、コンコン。
コンコンがごそごそと虚空を漁っている。じっくり漁ること数十秒、中からリンゴを取り出した。
「ん、持ってきたから食っとけ」
「おう、ご丁寧にどうも」
「礼は良い。それよりも早く飯だ。私は腹が減っている」
ここを何処だと思ってやがる。他人の家で態度がデカい奴だな。
俺はミルキィの家でデカい面をしているコンコンに殺意を覚えたが、丁度良いタイミングでミルキィが来たので振り上げそうになった拳を抑えこんだ。
「はいはーい、コンコンさん、用意できましたから食べて良いですよ。今日のデルゲンの料理もとっても美味しそうなのでコンコンさんも満足できると思いますよ」
言って、ミルキィはコンコンの前に皿を綺麗に並べると、コンコンの真正面の席に座った。
チッ、コンコンめ。俺が密かにミルキィの対面の席を狙っていたのに奪いやがって。仕方ない。今日はミルキィの隣の席に座ることにするか。
と、コンコンが自分の隣の席をぽんぽんと叩いた。
「ん、お前はここだ」
俺はそれを無視してミルキィの隣の席に移動する。すると、トントントン、とテーブルが静かに小突かれた。
コンコンが露骨に嘆息吐く。
「はぁ、仕方がない奴だな。これはお前の体調管理も兼ねてるんだ。私の言う通りにしろ」
テーブルにリンゴが置かれる。二つ目のリンゴだ。普段なら二つも持ち出してくることはない。よっぽどコンコンは俺を自分の隣に座らせたいようだ。
コンコンの餌付けに乗せられるのは俺としては癪だが、俺は大のリンゴ廃人だったので喜んでコンコンの隣に座った。
「気が利くじゃないか。そう、それで良いんだよ。俺を操りたいのなら相応の対価を出すべきだ」
「対価か……。なら、お前のその減らず口をなくすにはどれだけの対価を払えばいいんだ?」
「それは簡単だな。お前が俺にちょっかいをかけなければすぐにでも辞める自信があるぞ」
「なるほど、お前の口を縫い留める以外にはなさそうだな」
「……やってみるか?」
「そうだな。ここいらでお灸を据えておくのもいいかもな」
俺とコンコンが言い合っているのを黙ってみていたミルキィが聞き捨てならないことを呟いた。
「二人ってやっぱり仲良いよね」
そんなことはない。
俺は即座にミルキィの言葉を否定しようと身を乗り出すも、声を出すことなく再び席に着いた。こういうのは意固地になって否定すればするほど肯定されるものだ。特に人間関係の仲が良いなどの話になるとそれは顕著になる。
俺がやるべきなのは言葉での否定ではなく、自らの行いで否定することしかない。
……これが俺の試練なのか。俺はこの試練を何としてでも乗り越えて見せる。