いきなりだが、うちの嫁はどちらかと言うとメシマズだ。和食はまだ食べられるが、洋食、中華は正直どうしてこうなったというのが多い。だが一緒に食べる本人も首を傾げているし、食べられない程まずいものはそうそうない。ので、本人の「次はもっとがんばるから」という言葉を信じて好きなようにさせる事が多い。だが、今日の弁当はひと味違った。
「Oh……」
弁当を開いたら米が青いとは、ちょっと予想外の事態である。どうしてこうなった。昨日の桜でんぶのピンク飯も鮮やかだったが、この鮮やかブルー飯は何で色をつけたらこんなに鮮やかになるんだ?
「今日も愛妻弁当かー? 羨まし……Oh……」
隣りの席の山田が俺の弁当を覗き込んで、俺と同じ反応をした。たまに奇抜なものが入ってはいたが、こんな大冒険弁当は初めてじゃなかろうか。食えるもので味付けをしたのか不安になって、青飯の臭いを嗅いでみる。なんだか甘い匂いがする……どっかで嗅いだ事のあるような臭いだ。具体的には、かき氷のシロップを薄めたような……?
「あー……うん、随分斬新な色の弁当だな……?」
「ブルーハワイっぽい臭いがする」
嫁の中で桜でんぶ=甘いで甘い飯が解禁されたというのか。いや、でもいきなりブルーハワイはちょっと冒険し過ぎだろ……。
「嫁さん、家でもこんな感じなの?」
「ちょっと独創的な味のこともあるが、どちらかと言えばひと味足りない事が多いかな」
そう、決して食べられないメシマズ製造機ではないんだ。稀に食べられない事もあるけど。
「でも青い飯は初めて出て来たわ」
「他にどんなの作ったの?」
ちょっと嫁の作る料理に興味を惹かれたらしい山田が、興味本位で飯のパンを齧りつつ聞いてくる。それに俺も青飯を口に運びながら答える。
「大した事ねえよ。最近あったのはニンニク味のボンゴレかな。じゃりじゃりしててちょっと生臭かったけど」
青飯はほんのり甘い。うん、ブルーハワイシロップだな。青色の着色料っぽいものは他に家で見ていない。
山田はちょっと気の毒そうな顔をして俺を見た。ほっとけよ、原因は解ってるんだから。
「じゃりじゃりって砂?」
「砂抜きしなかったらしい」
というか砂抜きを知らなかったのは予想外だった。でも教えたら今度は砂抜きして作ってみるって言ってたし……ニンニクも次は少しでいいって言ったし、多分なんとかなると信じたい。
「立花、苦労してんなあ……」
「うちのお嫁さんの手作りだぞ。苦労なもんか」
二度目はもうちょいマシな料理が出て来るんだぞ。ちゃんと努力されてんだから何を文句言う事があろうか。大概失礼な事を真顔で宣う山田を放置して俺はウインナーを口に運ぶ。創作料理っぽくない弁当のおかずは割と普通だ。たまにやたらしょっぱかったり味がしなかったりするのは愛嬌だ。
黙々と弁当を平らげて思う。家帰ったら嫁さん、ちょっと正座な。
終業時間になって、切りがいいところまでやって帰ろうと思っていた所で俺の電話に着信があった。取引相手が直に携帯に掛けて来る事も稀にあるので画面を見ると、嫁からの着信である。
「なんだ……? ちょっと電話行って来る」
「おー、いってらー」
隣りでまだ片付かないと嘆いていた山田の言葉に見送られ、電話スペースも兼ねたエレベーターホールに行ってから電話を取った。
『あ、カナくん、ごめんね、お仕事中だった?』
「時間的には終わってたから大丈夫だよ、どした?」
『あのね、怒らないで聞いてくれる……?』
電話の向こうから焦ったような困ったような、悪戯がバレた子供のような可愛らしい声の不穏な響きに苦笑する。こういう時はなにかしらやらかしている事は経験則から知っている。
「聞いてから判断するよ」
『うぅ……あのね……レンジ壊しちゃった……』
何を言われたのか、脳が審議を拒否した。ちょっと待て、何を壊したって?
「……は?」
『だから、レンジ壊しちゃったの……ごめんなさい』
「…………レンジって電子レンジ?」
『そう……』
あれ、待てまて。うちのレンジは俺が独身の頃から使ってる、もう五年くらい使ってるぼろい奴だが壊れた事はなかった筈だ。軽く肯定してくれたけど、電子レンジってそんなに簡単に壊れるものだっただろうか。
「何したの。てか、怪我は? サオは怪我とかしてない?!」
そんなレンジが壊れるような事態で何があったのか気になったが、先ずは怪我の有無が先だ。病院にかかるような怪我とか本気で勘弁して欲しい。沙織が痛いとかやだやめて辛い。
『びっくりしたけど怪我とかはないよ』
「それはよかった……もー、寿命が縮まるような事言わないでよ……で、何がどうしてそうなったのか詳しく」
怪我が無いとの知らせに思わほっとして溜め息が出た。と同時にお説教を固く心に誓う。いや、沙織の所為じゃないかも知れないし、状況を聞くのが先か。うん、まだ混乱してるかも。
『えっとね、ポテトサラダを作ろうと思ったの。前に陽くんがレンジでジャガイモあっためたら簡単に作れるよって教えてくれたから試してみようと思って』
バカ友の高槻と沙織がよくメールしてるのは知ってたけど、ンな事いってたのか。よし〆る。
『それで、レンジでジャガイモをちんしたらなんか凄い音がして……レンジの中のお皿が割れてたの』
「まじか」
ジャガイモって爆発するのか。というか、そう言う使い方は予想外だった。
『あと卵って爆発するんだね、びっくりしちゃった』
「まって何やってるの」
さらっと恐ろしい事を言うな。
『ジャガイモの前にゆで卵作っておこうと思って、器に水入れて卵入れたの。で、レンジでちんしたらボンッ! て……ごめん、器割れちゃった』
一日に二回もレンジで爆発させてる君にびっくりだ。ちょっと頭が痛くなって来て、左手で目元を覆って座り込む。どうしてそうなった。
「……怪我は無いんだね?」
『うん、大丈夫』
「それならいいや。今度の休み、電子レンジ見に行こうか。あと、家帰ったら説教な」
『…………はい』
再度怪我がないことを確認する。一先ず君に怪我がないようで何よりだ。大きな溜め息と共にそう言えば、しゅんとした可愛い返事が返って来る。……いくら可愛くても、鬼にならなきゃ駄目だ。これは危ない。万一があったら洒落にならない。心を鬼にするんだ俺。
「はあ……で、夕飯はもう何か作ったの?」
『コレカラデス……』
作り始めに起こった過失のようで、まだ夕飯は手つかずの状態らしい。不幸中の幸いといった所か。
「じゃあ駅前の弁当屋で買ってくから、それ食べよう。レンジは危ないから触らないように。いいね?」
『はい……』
「これから帰るから、待っててね」
『うん、まってる』
十分に言い含めてから、じゃあねと言って電話を切った。仕事の残りとかそれどころじゃなくなるなんて誰が予想出来ただろうか。若干気が重くなりながらも俺は自分のデスクに戻って帰り支度をする。
「お、遅かったな」
「何かうちのお嫁さんがレンジ爆発させたらしいから今日は帰るわ」
戻って来た俺に気付いた山田が声をかけて来るのにそう返したら、職場に残ってた奴らが一斉に顔を上げてこっちを見た。
「なにそれこわい。え、嫁さん怪我は?」
「無いって。卵とジャガイモ爆発させたらしいよ」
「嫁さん爆弾卵やったの?!」
ひええと盛大に顔を引き攣らせて言う山田に、神妙に頷いてやる。どっかの深夜番組でも取り上げられてたあれを、まさか実践される日が来ようとは思わなかったよ。
「お、おつかれ……」
「おう、お疲れ」
久々に旨い飯が食えるというのに、気分はどんよりしている。山田に一言返してから、そっと席を後にした。ああもう気が重い……うちのレンジ……。
買って帰った弁当は旨かった。レンジは無惨な姿になっていた。嫁にはめちゃくちゃ説教した。
取り敢えず、嫁のモノシラズーは矯正しなきゃいけない事は痛感した。高槻はあとで〆る。