罰ゲームで王女に告白したらなぜかOKもらった。以上。
アレクシアの対ゼノン先生用当て馬となってから一週間。
毎日ゼノン先生への愚痴を聞かされるのは少し参ったが、昼食が豪華になるしお金ももらえる。面倒くさい接客を要求されるバイトだと思って我慢してきた。
ところで今日の僕は珍しく一人で食堂へ向かっている。
いつも通り教室の外で待ち構えられると思ったが、来たのは使用人だけで、「アレクシア王女殿下は用事があって来られない」とだけ告げられそのまま去った。
教室に戻ってヒョロとジャガと一緒に食堂へ行こうにも、二人がすでにどっかへ行ってしまい……
仕方なく、今日は陰の実力者らしく孤独の道を歩むことにした。
食堂に着くのが一足遅いせいで、数台しか置かれていない食券販売機の前に、どれも長い列が並んでいる。
とりあえず一番人が少なそうな列の最後尾に入り、並びながら暇つぶしに鍛錬を始めた。もちろん周りに気付かれないようにだ。
金持ち貴族コースを注文できる上級貴族たちはこんな列に並ぶ必要はないだろうが、貧乏貴族の我々はこうして節約と引き換えに時間を費やさねばならない。
2、3年前にまだ食券販売機という代物がなかった頃、行列が食堂の外まで伸びてしまうのも日常茶飯事と聞くが、今は食券販売機のおかげでかなりスムーズになった。
本当、時代の進歩さまさまだ。
あるものないものを考えて、スライムゼリー製ハンドグリップで筋トレしながら魔力操作の訓練をしているうちに、あと一人で僕の番が回ってくる。
「うん?これどうやったら……」
しかしどうやら前の人が食券販売機の操作にあまり慣れていないようで、数分経っても未だにボタンの群れと睨めっこしている。
後ろの人たちも列が止まっていることに気付き、舌打ちや罵声が響く。
「まだなのか……」
「なにモタモタしている!」
伝わってくる不満の声に気付いたようで、前の人が申し訳なさそうに順番を僕に譲った。
「すまない。お先にどうぞ」
「いいの?」
「大丈夫です。もう一度並びなおすので」
と、薄緑色の短髪をした青年が立ち去ろうとしたところ、僕は彼を引き留めた。
「注文、何にするの?」
「……え?」
「ちなみにおすすめは日替わり定食980ゼニーコースだ」
「……あ!はい、それで」
僕の言葉に反応し、青年は財布からきっちり980ゼニーを取り出し、僕に渡した。
彼からもらったお金と自分の分のお金を販売機に入れ、日替わり定食のボタンとカツ丼定食のボタンを押してレバーを引いた。カチンとした声と共に二枚の食券とお釣りが吐き出され、押し込まれたボタンも復元した。レバーから手を離したら、そのレバーも自動的に元の位置に戻った。
この食券販売機は現代日本でお馴染みの電器タイプではなく完全機械式だ。初めて使った時僕も少し迷ったが、流石に入学から数ヶ月も経てば、目を閉じても注文できる。
日替わり定食の食券を青年に渡し、列から離れカツ丼定食を取りに行こうとするその時、今度は青年が僕を引き留めた。
「助けてくれてありがとう!」
「大げさだよ。食券買うのを手伝ったくらいだし……」
「いいえ!本当にものすごく助かった!」
と僕の両手を固く握りしめた。結構筋肉あるな。
「俺はノア・エスポワール。良ければ名前を教えてくれ!」
「……シド・カゲノー」
「シドか、いい名前だ!俺のことはノアで呼んでくれ!」
いきなり呼び捨てしてくるし要求してくるよこの人。
「この学校も食堂も、今日が初めてでな、右も左も分からない。食事を取ろうにも注文の方法がさっぱりだ」
「初めて?」
「明日からこの学校へ正式に編入することになってる。今日はその下見だ」
「編入……」
あれ、この人ひょっとして……
「シドがいないと、今日は昼食抜く羽目になるところだった!一食分抜いても死にはしないが、死ぬほど悲しくなる!」
「あ、はい」
いや、まだだ。断定するにはまだ早い。
ノア・エスポワールと言ったな。顔は整っているがイケメンというほどでもない……かも?
身長は……高いな、ヒョロよりも少し高いくらい。それに身長ばかりあるヒョロと違って、体つきも、制服に隠されているが相当引き締まっている。魔力ばかり頼る並の魔剣士とは大違いだ。
それどころか、さっきは気付いていなかったが、彼は常時全身に微弱な魔力を巡らせている。おそらく僕と同じく、四六時中魔力操作の訓練をしているだろう。僕でなきゃ見逃しちゃうね。
……これはもう、確定ってことでいいかもしれん。
「それで、もしシドさえよければ、俺の……」
編入生だし、結構鍛えているし、性格もストレートに暑いし……
ノア・エスポワール、彼はおそらく、きっと、十中八九――少年漫画の主人公だ!
「友達になってくれないか!」
「遠慮させていただきます!」
直感的に断っちゃった。
さっきまでに満面の笑みだったノアが目に見えて落ち込んでいく。結構顔に出るタイプだな。
「いや……知り合ったばかりだし、だから保留で」
「そうだな……すまない。俺のほうこそ気が早かったようだ」
逆に彼のほうから謝ってくる。素直だなこの人。ずっと真っ直ぐにこっちを見ているし。
「引き留めて悪かった……あ、そうだ。この後一緒に食事するのはどうだ?」
「えっと……友達が待っているので」
いい奴っぽいだが、今の僕はあくまでモブ。メインキャラ、ましてや主人公とはあんまり関わりたくないので、嘘言って誤魔化した。
「……そうか。分かった。じゃ今度会ったら俺に奢らせてくれ」
「いいよ別に、僕全然気にしてないし」
会う気は全くないし。
「お願いだ!そうしないと俺の気が済まない!」
グイグイ来るよなこの人。滅茶苦茶暑苦しい。少年漫画の主人公らしいっちゃらしいけど。
これは、一旦頷いとかないと引いてくれないだろう。
「分かった分かった。今度会ったら奢ってくれ」
会う気は全然ないけどね。
「無理言ってすまない。それでも了承してくれてありがとう!また会おう、シド!」
「マタネ~」
だから会う気ないって。
心の声は伝わらないだろうし。笑顔で手を振りながら去っていったノアを見送りながら溜息を零し、カツ丼定食を取りに行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アレクシアは昼休み後学校に戻ったので、午後はいつも通り彼女と一緒に王都ブシン流の授業に参加し、終了後は彼女を寮に送り帰るまでゼノン先生に対する嫌味を聞き流しながら適当に同意するだけの単純作業だった。
とはいえ、体が元気なのに精神にストレスが溜まってきた。それを解消するにはヨガが丁度いいだろうと、この後やるべきことを決め、ようやくアレクシアから解放された僕は寮のドアをくぐり……
迎えるのはメイドさんだった。
「お帰りなさいませ、シド様」
「ただいま~」
そう、メイドさんだった。
黒いドレスにフリルのついた白いエプロン、艶やかな黒髪が白いモブキャップの下に綺麗にまとめ上げ、何故か度数のなさそうな丸眼鏡までつけている。
前世たまにテレビとかで見かけた萌え萌えキュンしてくれるメイドとは違った、いかにも正統派なヴィクトリア朝家政婦の雰囲気を醸し出しているメイドさんだ。
正直実家のメイドたちよりもメイドっぽい。何故かな?モブキャップ被っているからかな?
メイドさんは僕に掌を差し出し、僕は自分の剣とカバンを彼女に手渡した。
下町の安アパートでこのようなやり取りをするのは流石に目を引くと思ったが、何故か気にする人は全くいない。貧乏貴族だからって貴族は貴族、メイドが付いていても不思議ではないとでも思われているのか。
ヒョロとジャガと一緒に下校した頃は、空気を読んで部屋の中で僕の帰りを待っていたが、僕とアレクシアが『お付き合い』を始めてからはこうやって毎日玄関まで僕をお出迎えしてくる。
僕がミドガル魔剣士学園に入学してから一ヶ月くらい経った頃の出来事だった。ある日の放課後、部屋の前に着いたら何故か中にはすでに人の気配がいて、補佐役の七陰でも来たのかと思ってドアを開けたら、まさかのメイドだった。それが僕と彼女の出会いだった。
出身不明年齢不詳。名前を聞いてもメイドとだけ答えた。怪しすぎて扱いに困った。
メイドさんによると、彼女は僕が学園に入学してからカゲノー家に新しく雇われたメイドで、母の話し相手をしているとき、母が僕の学園生活を心配していると聞いて、自分から世話役兼監督役を買って出たと。
この件は姉さんも了承済みとのことで、「年下に興味はない」の一言だけで姉さんからの信用を勝ち取ったというのが本人談、本当かどうかは分からないけど。
一応アルファが連絡役だった時彼女に頼んで調べてみたんだが、報告によるとメイドさんはカゲノー領のチョウドクゼツ家という商人一族の娘で、メイドという名前も本名だそうだ。
アルファの有能さには疑いようがない。彼女が問題ないというのなら本当に問題ないのだろう。しかしどうにも背景が綺麗すぎて、それが逆に怪しく感じてしまう。
ではなぜこのような怪しい人物に自分の世話役をさせているかというと、その理由の一つは――仕事がちゃんとしている。
「シド様、夕食はもうなされましたか」
「まだだよ」
「ではすぐに用意するので、少々お待ちを」
「はいよ」
話しながら自分の部屋に戻ると、部屋着はすでに用意されていて、流石に着替えは自分でやるので、メイドさんは僕に一礼してから部屋から退出した。
僕が部屋着に着替えてからすぐ、メイドさんはサービスワゴンに載せたパンやシチュー、サラダなどの夕食を部屋に運んできた。
彼女は毎日朝食と夕食を用意してくれている。夕食は一週間日替わりで、朝食もパンとご飯とお粥の三パターンある。どれもがレストランに出されてもおかしくないレベルで、それでいて栄養価の高いものばかりだ。
正直昼食の弁当も作らせたいところだが、ヒョロとジャガに睨まれそうなのでやめといた。
僕が今日の夕食を美味しく頂き、ナプキンで口を拭いたら、メイドさんが話しかけてきた。
「クレア様から、シド様とアレクシア王女殿下との交際の具体的の状況を知りたいという話を伺いましたが、如何なさいますか?」
「姉さんから?適当に答えればいいんじゃねぇ」
もう知ってるのかよ姉さん。今度会ったらどう誤魔化せば……
「ではクレア様には、シド様が毎日アレクシア王女殿下の飼い犬としてペットプレイを勤しんでいるとでも伝えておきましょうか」
「それだけは勘弁してくれ!!!」
僕はすぐ椅子から起き上がり、彼女に向けて見事な土下座を決め込んだ。この瞬間は誰からどう見ても、僕らの主従関係は逆転しただろう。
そして彼女はというと、微笑んだまま、豚を見ているかのような目で僕を見下ろしている。
「メイドに向けて土下座だなんて、はしたないですよシド様」
「なんでもするからそれだけは、姉さんにだけは言わないでくれ!!!」
「ん?今『なんでも』と、おっしゃいましたよね」
「あ、はい」
聞き覚えのあるようなネタについ真顔になった。
「メイドとしては、ご主人様に何かを要求するだなんておこがましいにも程があるんですが、シド様はどうしてもというのなら……」
如何にも心苦しそうな演技をしているが、目が笑っているよメイドさん。
「ミツゴシ商会が春末に発売予定の限定版クマミンぬいぐるみ、定価10万ゼニー、お願いしますね」
うわぁ~、満面の笑みだ。
「十、十万!?それは流石にちょっと……」
「シド様はこの一週間、毎日犬のようにアレクシア王女殿下から放り投げた金貨を回収しながらヨシヨシされているんでしょう。それなのにたった10万ゼニーのぬいぐるみを、毎日お世話されているメイドに賜ることも惜しむだなんて、それはもうクレア様どころか、奥様にも報告しなければならない由々しき事態かもしれません……」
「分かったから!一週間後買いに行くから!」
僕の活動資金が……まあ金貨一枚程度なら、全然、心が、痛まないよ……
「流石シド様、下の者の頼みも快く受け止めてくれる。メイド、感服いたします」
彼女はわざとらしく頭を下げた。最初からこれが狙いだろうこの下剋上メイド!
とりあえず危機を乗り越えた僕は、一息ついて椅子に戻った。
こんなことをされても、僕は彼女が自分のそばにいることを許したもう一つの理由、それは――彼女はおそらく僕と同じく、現代日本からの転生者からだ。
そして、僕が未だに彼女に自分のことを明かしていない。それは彼女も同じ。お互い相手の言動からなんとなく察してはいるだろうが、彼女にその気はないなら、僕もそれを暴くような無粋な真似はしない。
「……あ。そういえばななんでメイドさんは僕とアレクシアのやり取りを知ってるんだ?」
「いいえ、存知ておりません」
「え?」
「自分はただ出まかせを言っただけで、まさか本当に言い当てられるとは」
「……ウッソだろう」
目の前の彼女は、まさしくアレクシアにも引きを取らない悪魔。
これは流石に、陰の実力者として鍛え抜いた僕の精神にも少し来るものがある。
「では、自分はこれで。ゆっくり休んでください、シド様」
メイドさんは僕に一礼をし、食器と洗濯物を持って部屋から退出した。
彼女が部屋から出てからすぐ、また別の者が窓から僕の部屋に滑り込んだ。
「シャドウ様!私にその無礼者を始末することをお許しください!!!」
憤りに満ちた顔で片膝を地面に着いたものは銀髪のエルフ、七陰のベータだった。
「……いいよ、別にそんなことしなくても」
一難去ってまた一難か。これは何とかしてベータを宥めないと。
「ですが!」
「よく聞いてベータ。彼女は別に僕に悪意をもってそんな態度を取ったわけではない。あれは……そう!心を交わすための行為だ。僕と彼女はそうやって、立場を入れ替えることを通じて相手の立場で物事を観察し、相手への理解をより深め、主従関係を確立していくわけだ」
断じて弱みを握られたからって媚びるような態度を取ったわけではない、断じて!
「あのやり取りにそのような意味が!?」
「そうそう。それに、ベータがここで彼女を始末してしまったら、僕を仕えているメイドがいきなりいなくなってしまうことになる。僕の家族が心配するし、色々とややこしくなるだろう?」
「そう、ですね。でも……もしやシャドウ様は……さ、蔑むように扱われているのを好んでおられますか?」
「それはない」
ここだけははっきりしておかないと僕の性癖が疑われるどころか、陰の実力者としてのイメージまでも粉みじんになってしまう。
「しかし、あの女の言ってることが本当なら、シャドウ様が毎日アレクシア王女にい、犬のように扱われていて……」
やばい、誤魔化さないと。
「……それは、とてつもなく深~い理由があるんだ」
「深い……理由?」
「そう、実は、僕が犬の真似をした理由、それは……油断させるためだ!アレクシアの周りの人たちに」
これでどうだ!?
「!まさか、アレクシア王女が狙われている!?」
ヨシ、かかった!
「そう、彼女もまた英雄の血を持つ者」
僕は喉の調子を弄り、信憑性の持てそうな低い声を出せるようにする。
「確かに、アレクシア王女に悪魔憑きとしての症状がないとはいえ、ミドガル王家のものとして、英雄の血を受け継いでいるのも不思議ではありません。それでいて彼女は姉のアイリス王女の陰に隠れ、あまり注目されていません。逆に言えば狙われても、王家の対応が遅くなる可能性が高いということですね」
「その通りだ」
うんうん、その調子。僕が口出さなくてもベータがいつも通り勝手に設定を補完してくれる。
「では、アレクシア王女の周りに不穏な動きがないか他の者たちにも調査を……」
「待て、下手に動けば、却って藪蛇になりかねん」
これ以上誰かに僕がアレクシアにペット扱いされていることを知られては困る!
「私のしたことが、考えが足りませんでした」
「今は静観するのみ。いずれ馬脚は露わすさ」
「流石シャドウ様!敵を油断させずつ、更なる動きを誘い出すおつもりですね」
「そうそう、そんな感じ」
いい演技だベータ。この尊敬に輝いた眼差し実に堪らん。
「でしたら、この件はアルファ様にだけ伝えて、他の者たちにはいつでも動けるように準備だけさせておきます」
「う、うん……そうしよう」
アルファにも知られちゃうのか……ま、仕方ないか。アルファなら僕の言い訳を信じてくれることを信じよう。
「すぐ報告へ参ります。失礼しました」
ようやくすべてを納得したベータは一礼をし去っていった。
部屋には僕一人しか残っていない。
本当、今日は散々だった。
アレクシアしかり、メイドさんしかり、ベータしかり、どうして僕の周りにいる女子はこう、一癖も二癖もある者が多いのだろう。
「しかし、一体何者なんだ。あのメイドさんは……」
ようやく静かになった部屋に、僕はつぶやいた。
扉の前に、ベータが去ってからようやく消えた気配に見て見ぬふりをして。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、僕は運命のいたずらを感じずにはいられなかった。
朝食を終え、階段から降りて、寮の玄関で僕を迎えたのはヒョロとジャガ、そして……
昨日出会ったばかりの少年漫画主人公めいた人物――ノア・エスポワールだ。
「おはよう!まさかこんなにも早く再会できるとは、これはきっと縁だな、シド!」
朝日にも負けない輝きを放った彼の笑顔に、僕は目を細めた。
「え、知り合いなの?」
「聞いてないよシド君」
ヒョロとジャガの怪訝な顔を横目に、つい溜息が出てしまいそうだ。
「おはよう。ヒョロ、ジャガ……そしてノア」