午前の授業を一足先に終え、シドの教室へ向かおうとするアレクシアだが、教室を出てからすぐ一人の騎士に足止めされた。
彼はアレクシアの姉であるアイリス王女の部下で、アレクシアも彼の顔を知っている。
騎士はアレクシアに一礼をし、アイリス王女からの呼び出しがある旨を伝えた。
「姉さまからの呼び出し?」
「はい、至急騎士団へ向かってほしいとのことです」
「……そう、分かったわ」
シドとの昼食を期待してはいるが、アイリスを無碍にもできず、アレクシアは結局昼食を諦め、使用人にシドへの伝言を頼んでから、騎士の案内の元、学園のすぐ近くにある騎士団駐屯地へ向かうことにした。
歩いても全然いける距離だが、馬車がすでに用意されたのでそれに乗った。軍事の要である駐屯地に、事前通達もあるおかげでアレクシアはすんなりと入り、事務室にまで案内された。
事務室の扉前に立ち、アレクシアは自分の装束を整えてから、扉を叩く。
「入れ」
威厳のある声が室内から伝わり、アレクシアは「失礼します」と返事し扉を開いた。
「アレクシア!来たのか」
さっきの声と全く逆の印象を抱かせるほど柔らかい口調で言いながら、アイリスは椅子から立ち上がり、アレクシアを迎え入れる。
「姉さま……」
おそらく家族の中でも、自分にだけ見せるであろうアイリスの歓喜に満ちた笑顔。その太陽のような笑みに、アレクシアは対応に戸惑う。
同じく魔剣士を目指しているのに、アイリスに遠く及ばない「凡人の剣」と呼ばれる自分の剣に、アイリスだけが「好き」と言ってくれた。しかしそれが余計にアレクシアの劣等感を刺激し、アレクシアは一時期アイリスに口すら利かなくなった。
なのにアイリスはアレクシアがどれほど自分に冷たく当たろうと、変わらない親愛をアレクシアにぶつけ、示した。騎士団の仕事で忙しいのに、時間があればアレクシアに構い、時間がなければ時間を作ってもアレクシアに会いに行った。
一緒に外食したり、買い物に行ったり、稽古をつけたり、不器用ながらも、アイリスはそうやってアレクシアに自分なりの愛を与え、アレクシアが自分から離れた分、自分からアレクシアに近付いていった。
やがてアレクシアも気付いてきた、アイリスは本当に自分の剣が好きだと。それでも素直に受け入れられないアレクシアは、結局、アイリスを必要以上に拒まなくても、自分からアイリスに声をかけることができずにいた。
それでもめげないアイリスは、きっと本当の本当に、心の底からアレクシアを愛しているのだろう。
「さあさあここに座って……そういえば昼食はまだでしたね。丁度サンドあるけど食べます?」
少し動きがぎこちないアレクシアに対し、アイリスはお構いなしにスキンシップを敢行し、ソファに案内した。
「……姉さま、私に用があってここに呼んだのでは?」
隣に座ったアイリスからの触れ合いを不快に感じずとも、恥じらいの心はあるようで、早速本題を切り出す。
「そういえばそうでした」
思い出したように言うアイリスに、アレクシアはボケをツッコみたい衝動をぐっと我慢する。
「まあ、話は食べてからでもいいから」
机に置いてある『まぐろなるど』の紙袋を開けサンドを取り出し、ブレずに妹に勧めるアイリス王女である。
結局曲げたのがアレクシアのほうで、彼女は少し溜息をし、仕方なくサンドを受け取った。
それを見て「よろしい」と、満足げに頷いたアイリスは、アレクシアがサンドを食べ終わってからようやく本題に入る。
「アレクシアのクラスに明日から編入生が入ることになりました」
「編入生?この時期に?」
アレクシアのクラスには大貴族や国家重鎮の息男息女が集まっている。よっぽどの身分でない限り、アイリスが態々これを伝えるために自分をここに呼ぶ必要がないと、アレクシアは考えた。ということは、編入してきたものは今在籍しているローズ・オリアナのような異国の王族か、それに相当する身分のものか、あるいは……
「その編入生は何者ですか?」
「それが……資料によれば平民だそうです」
「平民?」
平民だとすれば、それが相当な実力を持っている魔剣士でなければ、アレクシアのクラスに入ることなんてあり得ない。しかしそんな者が今このミドガル王国にいれば、きっと天才剣士として持て囃されるのに、それらしい情報はアレクシアの耳に入ることすらなかった。
「資料を見せてくれませんか、姉さま」
「……本来ならダメ、と言いたいところだが、状況は状況ですしね」
という前置きをしてから、アイリスはすでに用意してあった資料をアレクシアに渡した。
資料を受け取ったアレクシアはすかさず読み始めた。
「ノア・エスポワール、プリュームフルヴ領カット村出身……実技試験においての実力は一年生の並み以上……筆記試験の成績は優秀……なにこれ?」
一通り読み終えたアレクシアは顔を上げ、複雑な顔をしているアイリスと目が合った。
「確かに入学には十分でしたが、私のクラスに入るのが少し……」
「足りない、と思うのかしら」
「はい、それにこれ、資料そのものが本物ですが、内容はどう見ても偽造でしょう?カット村って……二年前大規模な魔物災害によって滅ぼされた村じゃない?生き残りがいるなんて聞いたこともないですし。姉さまも当時の討伐部隊に参加したでしょう?」
「ええ、当時はフルークス・プリュームフルヴ辺境伯と一緒にカット村へも向かったが、到着したときあそこはすでに蹂躙された跡でした。生き残りは誰一人もいませんでした。あの惨状は今にも覚えています」
「ではどうして……」
「彼の編入が、父上の手によるものらしい」
「お父様が?」
アレクシアは少し驚いた。
外交に関して事なかれ主義のミドガル国王だが、国内では公正であることが知れ渡っている。アレクシアの父に対する印象では、こんなあからさまな小細工をするような人ではなかったはず。
「お父様が私のクラスに間者を送り込んだとでも?」
「それは分からない……ですが、アレクシアは彼にあまり近付かないほうがいい」
「……そうですね。私も変なことに巻き込まれたくありません」
「そう言ってくれて私も安心です」
アイリスはほっとしたように、眉間からしわが消えた。
しかし、また何かを思い出したかのように、アイリスはソファから立ち上がり、窓際まで歩いた。
外を見て、アイリスは「それにエスポワールは……」と微かな声で呟いた。
「姉さま?」
「……ううん、何でもない」
アイリスは頭を振り、またアレクシアに向き直る。
「あともう一つ、大事な話があります」
「大事な話?」
お父様が自分のクラスに間者を送ったかもしれないことと並んでも、大事な話と言えることって何だろう。アレクシアは訝しんだ。
「最近恋人を作ったって聞いたんですが……」
「ギクッ!」
アイリスの表情は笑顔のままだが、アレクシアは何故かただならぬプレッシャーを感じた。
「それなのになぜ、私に一言も伝えませんでしたの」
「あ、そういえば私午後まだ授業があるので先に失礼しま……」
まずいと感じさっさとトンズラしようとするアレクシアだが、その左手がアイリスにがっちりと掴まれている。
「あの……姉さま、手が……」
「アレクシア」
「はい!」
途轍もなく逃げたいが、ここで逃げたらもっと大変なことになるだろうとアレクシアは本能的に理解した。
「あなたがゼノン侯爵のことを信頼していないのは分かっています。なぜ信頼していないのは、多分私には理解できませんが、きっとアレクシアなりの理由があるでしょう」
「はい……」
「それに、アレクシアは多分私よりも人を見る目があるの、最近は何となく分かってきました」
「そんなことは……」
ないと言いたいアレクシアだが、アイリスは首を横に振り、それを止めた。
「あなたが今付き合ってる相手、平凡とか、冴えないとか、釣り合わないとか、噂は散々だったが、彼を選んだということは、アレクシアは彼をゼノン侯爵と違って『信頼できる人』として見ているでしょう」
「そ、そうですね」
ただお金を投げればホイホイついてくる都合のいい当て馬として選んだのは口を割っても言えないアレクシアである。この一週間でそれなりの信頼関係は築いたはずと思ってはいるが。
「アレクシアはその人のことを信じているのなら、それ以上のことは何もいいません。ただ、後悔のない道を選んでほしい」
「はい……」
「国民からの期待を背負っている以上、王族としての責任は何よりも優先せねばならないことは承知の上です。それでも、アレクシアには幸せになってほしい。これは私の、姉としての唯一のわがままなのです」
「姉さま……」
ここでゼノンと婚約を結びたくないと言ったら、アイリスはきっと父にも掛け合ってくれるだろうと、アレクシアは思った。だからこそ、姉の愛を応えるためにも、軽率な発言は許されない。
「……まだ少し、見極める時間が欲しいです、姉さま」
「そうか、分かりました。アレクシアの思うがままにしよう」
「はい」
姉妹二人が見つめ合って微笑んだ。まだ心の中のわだかまりが完全に消えたわけではないが、それでも一歩近付いただろうと、アレクシアは信じたい。
「そうだ、今日の仕事も一通り片付いたし、午後はアレクシアの授業を見学でもしに行きましょう」
「え?!」
「その彼氏君もアレクシアと一緒に王都ブシン流の授業に参加してるでしょう?いい機会ですし、顔合わせも済ませましょうか」
そう言って目を輝かせるアイリスは、本気でシドに会いたいらしい。それが分かったアレクシアは、苦いものでも食べたような渋い顔をした。
「それだけ……それだけは……勘弁してください!!!」
まるで両親の授業参観に嫌がる子供のような反応をするアレクシア。
アイリスに見学をやめさせるための説得は、午後の授業に遅刻しそうな時間になるまで、続いたのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日のホームルーム前、教室窓際の後ろから二番目の席に座っているアレクシアは、いつも通り貴族の息男息女たちに囲まれ、営業スマイルを維持し、彼彼女らの話を聞きながら適当に相槌を打っている。
実力のアピールから領地の宣伝、この教室はすでに社交の場、それに参加することがアレクシアの日課で、責任である。とはいえ、幼少期からそういった場に慣れたアレクシアとて、毎日の授業前でこうも絡まれるの流石にちょっとは疲れる。
アレクシアとシドとの交際の噂が広がって以来、そういった宣伝やアピール、特に男性からのがよりしつこく、過激になった。
おそらく噂を聞いて、男爵家の息子も王女と付き合えるなら自分にも機会があるとでも思っているのだろうと、アレクシアは鼻で笑い出すのを我慢しながら内心で嘲笑う。
こいつらの愛想笑いより、ポチの素っ気ない顔のほうが何倍マシだと、アレクシアは思わずにいられなかった。ゼノン避け目的の恋人関係とはいえ、金で結ばれた間柄とはいえ、ポチと一緒にいる時間は別に嫌いではなかった。
というか、自分のような美人と付き合えるだなんて、神に感謝した方がいいくらいだ。なのにポチは結局金に釣られたようなもので、お金にしか目がなく、自分の美貌に見向きもしない。そう思うと少々腹が立ってきたアレクシアである。
少しずつ考え込んでしまい、『昨日は昼食一緒に食べられなかったかし、朝練の時はお互いだんまりだったし、少し弄り足りなかったかも。今日のお昼はいつもの倍くらいいじり倒さないと』と、周りの話を聞き流しながら、脳裏にこの後のポチとのデートプランを計画し始めた。
気付かないうちに、ホームルームの鐘が鳴りそうなときまでに時間が進んだ頃、アレクシアの右斜め後ろの席にいる黒髪の少女がいきなり拍手しながら立ち上がった。
「みなさん、そろそろホームルームの時間ですよ。アレクシア様も少しお疲れになったみたいですし、今日はこの辺にして席に戻りましょう」
彼女の声を聴いて、アレクシアの周りにいる令息令嬢たちは思い出したかのように、アレクシアに謝ってから各々の席に戻った。
アレクシアは思わず自分をミニ社交場から解放してくれた彼女に目をやる。
眼鏡をかけ、三つ編みを前髪にきっちりと揃え、この魔剣士学園で少し場違いな如何にも文学少女っぽい雰囲気を醸し出している彼女はレゼル・プリュームフルヴ。フルークス・プリュームフルヴ辺境伯の唯一の娘であり、そして……
面倒くさいと思って辞退した委員長職を喜んで引き受けてくれた変人であると。
心の中で他人に大変失礼なイメージを抱くアレクシアだが、外面がちゃんとしているので、微笑みの仮面を被りレゼルに声をかけた。
「助けていただきありがとうございます、レゼルさん」
「いえ、当然のことをしたまでです、アレクシア様」
屈託のない笑顔で一礼をし席に戻った彼女を見て、やっぱこの人のこと苦手だわとアレクシアが思ってしまう。
ゼノンみたいに外面を取り繕い完璧を装っている人のことが嫌いだが、レゼルのような人は嫌いではなく苦手だ。
彼女はゼノンのような胡散臭さはなく、その完璧さはあくまで自然体だ。レゼル自身の言葉から取れば、彼女の一挙手一投足がすべて『当然のこと』だ。
当たり前のように満点を取り、当たり前のように親切に振舞い、当たり前のように他人を助ける。正しいことを当たり前のようにできてしまう完璧人間、それがレゼル・プリュームフルヴ。
唯一欠点があるとすれば、彼女の選択授業はアレクシアと同じく王都ブシン流だが、1部にいるのではなく2部に所属している。だがそれも彼女の『どんな状況であれ他人を傷つけることを良しとしない』という正しさゆえに、魔剣士としての評価が落ちてしまっただけのことだ。
学年最初の1と2部の部分け授業で、教官の「守るべき人々を前に君は尚も他人を傷つけたくないと剣を緩めるのか」という問いかけに、迷わず「剣を緩めるつもりはありません。ただそれでも、他人を傷つけることがよくないと思います」と答えてしまった彼女に、アレクシアは不気味ささえ覚えた。
彼女の正しさが本物だということを理解したアレクシアは、彼女が『大噓つき』ではなく、ただただ『頭がおかしい』だけだと、口には出さないが頭の中で容赦なくも辛辣な評価を下した。
そうしているうちに、ホームルームの鐘が鳴り、担任の先生が教室に入った。
出欠を取ってから、先生は少し咳をし、口を開けた。
「今日は皆さんに新しい仲間を紹介したいと思います。入ってください、エスポワール君」
先生の言葉の後、教室の外から「失礼します」という声が伝わり、教室の扉が勢いよく開けられた。
彼が昨日姉さまが言った編入生。そう思い、アレクシアは教室に入ってくる彼を観察する。
「ノア・エスポワールです。田舎者で、学校も初めてで、失礼なことがあれば遠慮せず言ってください!皆様のご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」
声が大きい。教室の後ろにもよく響くノアの声に、アレクシアは彼のことを『うるさい奴』と、第一印象を決めた。
顔は整っているがイケメンというほどでもない。身長はそこそこ高く、立ち姿は竹のように真っすぐだ。きっちりと着こなし、着崩しをしない制服から、本人の生真面目さが伺える。そして何故か白い手袋までつけている。
特徴的と言えるところは多分薄緑色の短髪しかない。それを見てアレクシアは『白菜みたい』と、またしても割と失礼な第二印象まで決定した。
他は特に目立ったところもない。編入生でないなら目を逸らしたらすぐ忘れ去られちゃうくらい印象が薄い。この存在感の無さなら確かに間者に適しているかもしれない。
「えー、すでに存知ている方もいるかもしれませんが、聞いての通りエスポワール君は平民です。このクラスにいる皆さんとは身分の差があります。ですがこの学園にいる限り、皆さんは貴族である前に学生です。綺麗事かもしれないが、身分の差を気にせずに、彼と仲良くやってください。不慣れなことも多いだろうし、色々と助けてやってください」
などとまともそうな言葉を、アレクシアは適当に聞き流した。
先生の発言が終わった後、ノアは「よろしくお願いします」ともう一度腰を折った。
「で席なんですが、空いてる席は……窓際の一番後ろですね。エスポワール君、あそこに座ってください」
「はい!」
そういえば空席は自分の後ろしかないということを、アレクシアは今更思い出す。
アイリスからの忠告もあるのに、いきなり接近しない方が無理な状況に立たされてしまった。
悩む暇もなく、ノアはすでにアレクシアに近付き、挨拶をした。
「初めまして、ノア・エスポワールです。よろしくお願いします!」
「……知ってますよ。アレクシア・ミドガルです。よろしくお願いします」
「アレクシア……王女様ですか!?大変失礼いたしました!」
直角の最敬礼をかましてくるノアに、この人自分の国の王女様の顔も知らないのと心の中で呆れながら、顔に出さないよう営業スマイルで「気にしないから」と言葉を返す。
「寛大な言葉ありがとうございます!」
ノアは感謝を述べてから体を起こし、自分の席に着いた。そして隣にいるレゼルにも、「初めまして」と挨拶をした。
「初めまして、レゼル・プリュームフルヴです。このクラスの委員長をやってます。今後ともよろしくね」
「委員長さんですか。よろしくお願いします!」
挨拶を返されたノアは、また立ち上がって会釈しようとしたところ、先生に注意され、慌ただしく席に座り直した。
「これからはもう学友関係なんだから、畏まらなくていいよ」
緊張しているノアの様子を見て、レゼルは小さく笑みを零した。
「ですが、師匠……親代わりの人から、身分の高い方たちには敬称を使わなければならない、役職を持つ人にはその職名で呼んだ方が礼を失しないって、言いつけられたのです。昨日も助けてくれた貴族の方についいつもの調子で喋って、あい……友達に怒られてしまいました」
申し訳なさそうにノアは言う。
「そうなんだ。確かに親代わりの人からの言葉ならちゃんと従わないと」
レゼルは頷き、話を続く。
「でも私、エスポワールくんとこれからもっと仲良くなりたいと思うから。ずっと敬語なのも変だし、エスポワールくんも疲れるでしょう?」
「しかし……」
「エスポワールくんって結構頑固だね。じゃあ委員長命令です。今後私と話すときは敬語禁止。いいですね」
レゼルの言葉に、ノアは反応に困ったようで、暫く喋れなくなった。
「……かしこ……いや、分かった、委員長さん」
「よろしい。それと私のことはレゼルでいいよ、エスポワールくん」
「……分かった、レゼ……すまない、やはりまだ少し気恥ずかしさが……今はまだ、委員長って呼んでもいいか」
女子との距離の縮め方をまだよくわからないようで、初心な反応をするノアである。
「本当固いですね。分かった、今はまだ、委員長でいいよ」
「かたじけない。俺のことは名前って呼んでくれで構わない。苗字で呼ばれるのをあまり慣れてないから」
「う~ん、今はまだ、エスポワールくんかな」
「あ……すまない」
ノアのいかにも申し訳なさそうな反応を見て、レゼルはつい鈴を転がすように笑った。
「ごめんごめん、冗談です~そうね、ノアくんって呼んでもいいかな」
「……はい、もちろん!」
「じゃあ改めてよろしくね、ノアくん」
「ああ、よろしく、委員長」
恋愛小説の導入のような会話に少し虫唾が走ってきたアレクシアは、なんとかして自分の意識を後ろの二人から逸らした。
さっきは間者に適していると思ったが、今は前言撤回したいくらいだ。ノアの言動からして彼は間者なんて器用な真似ができそうな玉じゃない。アレクシアはそう分析した。
しかし、微かな違和感がアレクシアに喉を詰まったような不快感を覚えた。
一限目授業の終了後、ノアとレゼルがまた楽しく会話を始めた。
ノアの音量は最初自己紹介の時と同じくらい大きくて、レゼルに注意されてから音量を下げた。
幸いなことに、このクラスの生徒たちのほとんどはノアのような平民に興味がなく、彼に嫌がらせをするくらい暇で品位のない人もいない。
小説の定番展開のようにならなくて済んだことに、アレクシアは少し肩透かしを食らったような気持ちになり、でも騒々しくならないことに安心したような複雑な心境になった。
午前の授業がすべて終え、昼休みの時間になり、レゼルはノアとこれから学園を案内する約束を交わし、二人で教室を出た。
他の生徒たちは、「また委員長のお節介か」と大して気にしない様子だ。
午前中の観察を経て、アレクシアは違和感の出所をなんとなく分かってきた。
ノア・エスポワール、彼は自分と同じく、外面を偽っている。しかしそれは完璧な外面で偽っているのではなく、欠点を持つ外面で本当の自分を隠している。
似たような感覚はポチが自分に告白したときも抱いたことはあるが、付き合って以来のポチの態度は割と素であるはず。
まあ、ノアが彼自身を偽っていようとなかろうと自分には関係ない。そう思いながら、アレクシアは教室を出て、今日のポチ捕獲に向かうため足を速めた。
後書きも書きました。キャラ紹介のようなもで、読まなくても本編への理解に支障は出ないので、興味がある方だけでも是非:
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296679&uid=421765