それでも「英雄」になりたくて…   作:JohnDu

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 異物混入(クロスオーバー)


SIDEシド:尋問

 ゼノン先生に連行された僕は留置場的な場所の拷問部屋に入れられ、文字通り拷問を受けた。

 如何にもモブっぽい二人の騎士による如何にもモブっぽい拷問だ。警棒で殴り、針で刺し、爪を剥ぐ。こんなにも典型的な拷問をモブとして受けられるとは思わなかった。

 この絶好なチャンスを逃すはずもなく、僕は遅れを取らず自分の考え得るもっともモブっぽい反応をした。涙と鼻水を垂れ流し悲鳴を上げ、全身震えながら命乞いまでした。このシーンを見ている観客がいれば、この中で一番モブっぽいキャラに選ばれるのはきっと僕だろう。

 

 おそらく今までのモブ人生で一番輝いているであろうこのイベントを存分に楽しみたいのだが、如何せん尋問官の二人は普通の人間で、いつまでも僕を尋問している体力はあるはずもなく、残念なことに他に交代してくれる騎士もないらしく、おおよそ半日経ったら僕をほって飯を食いに行ったり、部屋のすぐ外で談笑したりしていた。

 ちなみに僕は当然飯抜きで、死なない程度で水だけを与えられた。たまに水責めもされる。

 あの二人が僕をほったらかしている間、僕は魔力操作の訓練や瞑想やイメトレくらいしかやることがなく、実に暇だ。

 

 できれば一通りの拷問を受けたら僕を解放してくれればありがたいだが、ずっと同じような尋問をされてちゃあ数日で飽きてしまう。さすがに今はまだ大人しくしているが、一週間以上経っても釈放されないなら脱走も考慮に入れる必要があるだろう。

 けれどそれをしたら、僕の無実が証明されるまでは晴れて指名手配犯だ。アレクシア王女を誘拐した大罪人として国じゅうに知れ渡ってしまう。こうなったら僕のモブ人生は真っ暗闇だ。これだけは避けたい。

 まあそうなったらそうなったって、名前と顔を変えて新しいモブ人生を歩むのもありかもしれない、面倒だけど。

 もしくはシャドウとして生きるのもありかも、でも僕今アルファたちにハブられているよな……

 

 人生の岐路に立たれそうな今この時、将来について真剣に考えている中、拷問部屋の外から聞き慣れた落ち着きのある声が伝わる。

 

「騎士様方、中へ通してくれませんか。うちの坊ちゃまと少し話をさせてくれればいいんです」

「なんだなんだ、ここは学生寮じゃないぞ。そうホイホイと人を通すわけないだろう」

 

 この声って……メイドさん?

 

「もちろん存知ております。いつも苦労している騎士様方に、ささやかなお礼を……」

「へぇ、中々分かっているじゃないか。いいだろう。少しだけ中に入らせてやる」

「お前んとこの坊ちゃまを逃がすとか、アホなこと考えない方がいいぜ」

「そんな大層な真似をできるわけありません。便宜を図っていただきありがとうございます、騎士様方」

 

 話し声が止み、足音が響き、その人が堂々と拷問部屋に入ってきた。

 モブキャップの代わりにホワイトブリムで頭を飾り、漆黒の髪は纏めておらず肩にまで自然に伸ばし、いつもの伊達丸メガネはつけておらず、その何もかもを吸い込むような黒い瞳を露わにしている。

 普段の格好とは少し違うが、僕のよく知るメイドさんが目の前に現れた。

 彼女が入ってくるのと同時に、かちゃりと戸が閉められた。

 

「ご無事で何よりです、シド様」

「僕のどこをどう見て無事と言えるんだ、メイドさん」

「相変わらずお元気で何よりです、シド様」

「言い直すんかい!」

 あ、やばい。ちょっと声出しすぎたのかな。僕はまだ話す余裕が残っていることをバレてしまったら困る。

 

「声が外にバレるのを心配する必要がありませんよ、シド様。今この部屋の空間は声が外に伝わりづらい作りになっていますから」

「なんだそのめちゃくちゃご都合主義的な空間?」

「細かいことは気にしないでください、シド様」

「流石の僕でも気にしないのは少し無理があると思うよ」

 え、これもしかして僕がツッコミ役をやらないといけない感じ?苦手なんだけどツッコミ役。

 

「で、わざわざこんなところまで僕に何の用ですか、メイドさん」

「あれ、己がどうやってここに入ったのか気にしませんか?」

「気にしねぇよ」

「そんなに知りたいなら教えて差し上げましょう」

 コイツそのまま押し通すつもりだな。

 

「己がここに入る方法、それはずばり――賄賂ですよ」

「あ、はい」

 ついさっきの外でのやり取りを聞くにそうだろうとは思った。腐ってやがるなここの騎士団。

 

「金貨五枚もかかったので、来月までに三倍返ししてくださいね、シド様」

「僕が返すんかい!しかも三倍返しってどこのホワイトデイかよ!」

 ああ、こんなにハイテンションで叫んだの随分久しぶりな気がした。

 

「冗談ですよ。後から自分でこっそりと取り返しますから」

 手癖悪いねメイドさん。

「コホン、茶番はこの辺にして本題に入りましょう」

 自分から茶番を振っておいてこの言いようとはたまげたものだ。

 

 突如、メイドさんの雰囲気は、揶揄い好きな小悪魔から、無機質な彫像に様変わりした。

 

「あなたにいくつか質問があります、シド様」

 その声もいつもの柔らかさが失われており、透き通るような冷たい声に変わった。

 さっきまでとはまるで別人のようだ。

 

「何の質問ですか?」

 僕は問い返す。

「そうですね……」

 少し間を置き、メイドさんはまるで僕の心の底まで見通すかのような黒い瞳で僕を見つめながら、問題を投げつける。

「最初の質問――あなたは、この世界を陰から支配する黒幕的存在がいると思いますか」

 

 なんだこの問題?

「えっと、つまり裏社会を牛耳るフィクサーか悪の組織的な?」

「そう理解しても構いません」

 

 どういう意味での質問かは分からないが、僕はとりあえず答えた。

「いるならおもし……おっかないかもしれないけど、そんなのいるわけないだろう?流石にもう子供じゃないから、これくらい僕にもわかる」

 答えを出し終えたその一瞬、メイドさんの口が嗤った風にも見える三日月の形を取った。しかしそれが瞬く間に無表情に戻り、僕の見間違いかって思ってしまうくらいだ。

 

 僕の答えに賛同することも否定することもなく、熟考するように彼女は目を閉じ、暫くして再び口を開けた。

「では次の質問」

 メイドさんは第二の質問を投げる。

「あなたにとって、『シャドウガーデン』とはどのような存在でしょうか」

 

 問題を聞いた瞬間、僕は悟った。

 これ厨二病診断だ。

 

 メイドさんはアルファやベータらの存在を知っているのは何となく分かっている。アルファたちが連絡役として僕の部屋に入って近況報告をするとき、彼女はいつも空気を読んでアルファたちに気付かないよう気配を消し部屋の外で待っていた。アルファたちも細心な注意を払ったが、残念ながらメイドさんの気配消去が一枚上だ。そんなメイドさんだからこそ、部屋から漏れた音から『シャドウガーデン』の名を判明できるかもしれん。

 『平凡を装う陰の実力者』という設定で彼女たちと接しているから、大凡の時はいつもの口調で喋っているが、たまに興が乗ったらシャドウの口調で意味深な言葉を喋ったりもする。一昨日ベータが来た時もそうだったし。僕が自分に『シャドウ』という二つ名を付け、演じていることも、彼女は知っているだろう。

 この世界に『厨ニ病』と同じ意味を持つ言葉は聞いたことはないが、メイドさんはおそらく僕と同じく日本から来た転生者、彼女ならば厨ニ病を知っていてもおかしくはない。

 

 そこから導き出した答えはただ一つ――メイドさんは僕が邪気眼ではないかと疑っている!

 

 質問の意味を理解した僕は、メイドさんがなぜこうも無表情を貫いていることも理解できてしまう。

 メイドさんはきっと僕に同情の目を向けていることを僕にバレないため、僕の羞恥心を刺激しないため、敢えて冷たい口調で、無表情なまま僕に質問することを選んだ。そうに違いない。

 なんてことだ。早く誤解を解かないと。

 

 ここで弁明させてもらう、僕は決して邪気眼でも、厨二病でもないと。

 確かに僕はカッコいいセリフを決めるのが大好きだし、この世界は『闇の勢力』に裏から支配されているみたいな設定が大好きだし、表向きただの学生でその実は陰で暗躍する組織のリーダー的ポジションにいるようなキャラ作りが大好きだ。

 しかし、それらの設定はただの虚構で、実際には『闇の勢力』も『陰の組織』も存在せず、僕は愉快な仲間たちとよく陰の実力者ごっこを楽しんでる(今はハブられたけど)ただの魔剣士学園の学生十五歳であるということを、自分は異世界からの転生者で前世からの記憶を持っていること以外大して特別ではない一般人であるということを、僕はちゃんど理解しているつもりだ。

 だからこそもう一度言わせてもらう、大事なことなのでもう一度言わせてもらう。

 僕は断じて――邪気眼でも厨二病でも、ない!

 

「なんで何も言わずにずっと俯いてるんですか。早く質問を答えてください、シド様」

「……え?あっ、はい」

 

 どうやらつい考え込んでしまった。

 顔を上げると、メイドさんは無表情でなくなり、ジト目で僕を見ている。

 やめろ!そんなまるで可哀そうな奴を見ているかのような目で僕を見ないでくれ!正直拷問よりも圧倒的にこっちのほうが利いてる。

 

 もたもたしている僕を見て、呆れたようでメイドさんは少し溜息をした。

「質問の仕方を少し間違えたようですね。問題を変えましょう」

 一瞬だけ考え、彼女がもう一度口を開ける。

「あなたにとって七陰……アルファやベータたちは、どのような存在でしょうか」

 

「アルファたち?」

 

 少し戸惑う、正直今まで、アルファたちが僕にとってどのような存在なのかはあまり考えていなかった。

 彼女らのことは、僕の陰の実力者としての演出を文句もせずに協力してくれる得難い遊び仲間だとずっと思っている。2年前彼女らが僕から離れた時は、僕に付き合え切れず、僕を置いて大人になったと勝手に思ったが、アルファたちは今にも『シャドウの連絡役』と称して僕の陰の実力者ごっこに付き合ってくれている。

 いくら僕が彼女たちの命の恩人とはいえ、彼女たちは僕の妄言に反論もせず真剣に聞いてくれて、それどころかその妄言を元にカッコいい設定を作り上げ、僕の山賊狩りにも付き合ってくれるし、シャドウとしての演出も一緒に盛り上げてくれる。僕のほうこそ、彼女たちに感謝しても感謝しきれないくらいだ。

 

 ここまで考えると、やっと分かってきた気がする。

 陰の実力者になるために、今まで大事なものを少しずつ削ってきた。しかし、たとえそれが、必要でないかもしれなかったとしても、削り切れないものがある。

 ああ、なるほど、彼女たちは僕にとっての……

 

「友達だ。少なくとも、僕はそう思っている」

 僕は答えた。

 

 僕の答えを聞き、メイドさんはやはり少し笑ったような気がする。

 その顔は、いつもより和らいだようにも見える。

 

「よくわかりました」

 メイドさんは頷く。

「では、最後の質問です。この質問をどうか誤魔化さずに、真剣に答えてくださいね」

 先ほどの質問と違って、わざわざ注意までしてきた。

 それほどの質問なのかと、つい身構えてしまう。今椅子に拘束されているけど。

 

 耳を澄まし、質問を待つ。時の流れが少し遅く感じてくる。

 メイドさんからの注意のせいか、今の僕は戦闘中のような集中状態に入ってしまった。

 そのメイドさん当人は、まだ無言を維持しており、真意を捉えさせない微笑を顔にかけ、感情が凪いだような目で僕を見つめる。

 

 一秒一秒に時間が過ぎ、短いはずなのに、長く感じるほどの時間。

 形容しがたい緊張感が続く中、ようやく、彼女の唇が動いた。

 

「あなたにとって、『陰の実力者』とは何ですか」

 

「憧れだ」

 

 考えもせずに、僕は即答した。

 しまった。とそれを口にした瞬間思ったが、ちっとも変わらないメイドさんの表情を見て、僕は何故か、言葉を続けたくなった。

 

「……ああ、そうだ。僕は『陰の実力者』に憧れている。小さい頃から……いや、この世に生まれた以前から、ずっとだ」

 メイドさんは相変わらず無言なまま、ただ僕に話を続けるよう漆黒の目で促す。

 

「たとえこの世に、『闇の勢力』も、『陰の組織』も、本当は存在しなかったとしても」

 前世から判り切ったことだ。舞台は自分から整えてくれない。

 

「周りの人たちが次々と大人となり、取り残された自分は幼稚だと笑われようとしても」

 これは決して一時的な熱病ではなく、心の底に燻ぶり続ける渇望。

 

「それに至る道のりがどれほど長く、辛く、どれほどの困難だあったとしても」

 踏破できると、乗り越えられると、信じている。

 

「僕は憧れを、夢を、諦めるつもりはない」

 流れるように口元から、言葉が零れる。

「陰の実力者になりたくて……たった一つの、この理由だけのために、今世に生を受けたんだ!」

 我が決意、我が一心、裏切るつもりはないと、そう断言した。

 

 語り終えた途端冷静になり、僕は口を閉じた。

 珍しく熱くなったな。僕らしくもない。

 本当に大切なモノは口に出さないと決めたのに、なんで言ってしまったのだろう、それもよりによってメイドさんに。

 これはモブとしても陰の実力者としても失格だね。鍛え直さないと。

 

 僕の最後の答えに、メイドさんは嗤うことも、笑うこともしなかった。

「シド様のこと、よく理解しました」

 ただそれだけ、それ以上のことは、何も言わなかった。

 

「……バカのやることとか、現実を見ろとか、言わないのか?」

「言ってほしいのですか?」

「いや、まったく」

 他人からの嘲笑を気に留めなくても、好き好んで信念を否定されたい人間はどこにいる。

 

「確かに、シド様にはもう少しだけ現実に目を向けてほしいですけど、目標を諦めさせるつもりなんてこれっぽっちもございませんよ」

「そっか……」

 

 ほっとしたような気がする。

 僕は他人の言葉はあまり気にしないたちだが、身近な人に否定されたら、やはり少しだけ悲しくなる。アルファたちが僕から離れた時も、結構萎れてしまった。

 現実見ようと忠告されたが、彼女は僕の夢を否定しなかった。

 これだけでも、大分気持ちが楽になった。

 

「己としては、シド様はこのままでいても構いません。少なくとも、今のところは」

「それはどういう……」

 聞こうとするとき、忽然、拷問部屋の鉄扉が開けられた。

 

 僕が視線を扉のほうへ向け、メイドさんも身を後ろに向いた。

 入ってきたのは、僕を尋問してた騎士の二人だ。

 

「随分と時間かかったじゃねえか。もしかしたら本気でそっちのお坊ちゃん逃すつもりかと思ったぜ」

「残念だが話はここでおしまい。残るは出所からにしな。できるかどうかは知らないんが」

 騎士にしては随分と粗野な口調で、二人がメイドさんに話しかける。

 

「ごめんなさい、つい話し込んじゃって。すぐ出ていきます」

 メイドさんは一礼をし、余所行きな口調で返事した。

 

「おっと待ちな」

 彼女が部屋から出ようとしたとき、騎士たちがその進路を塞いだ。

 

「そう焦るな。まだ時間がたっぷりあるんじゃないか?」

「ここからはあのお坊ちゃんじゃなく、オレたちの相手をしねえか?メイドちゃんよ」

 これは流石に酷いな。これじゃあモブ騎士というよりモブチンピラじゃないか。

 

「ごめんなさい。急いでますので、通してもらえませんか」

 メイドさんは焦ることなく、冷静な口調で二人の騎士からのナンパに対応している。

 

「冷たいね、メイドちゃん。オレたちの体で温めてあげようか」

「大丈夫、優しくしてあげるから」

 僕の存在を忘れているかのように、二人はすでにやる気満々だ。そしてその一人はゆっくりとメイドさんに手を伸ばし……

 

「その汚い手で触れるな、ゲスどもが」

 内容の鮮烈さと裏腹に、冷徹にして無機質な声が拷問部屋内に響き渡った。

 

 その声は、僕に最初の質問をするときよりも遥かに冷たくて、まるで人ではなく、機械音声とも違った、異質な何かの鳴き声。

 

 テケリ・リ

 

「ひいぃ!!!」

 二人の騎士が、まるで何か恐ろしいものでも見たかのように、その顔が一瞬にして真っ青になり……次の瞬間、二人とも白目を剝き、抜け殻のように地面にへたり込んだ。

 

 メイドさんは僕に向き直る。

 その顔は騎士たちが入ってくる前と変わらず、やわらかい微笑みのままだ。

 

「このような醜態をお見せしてしまい、申し訳ありません」

 綺麗なカーテシーを決めたメイドさん、さっきまでの不気味さはまるで嘘のようだ。

 

「いいよ、別に気にしてない。それよりこの二人大丈夫なの」

「こちらの虫けらどもに気をかける必要がございませんよ、シド様。己が去った後すぐ何もないように、動かない粗大ゴミからいつものゴミクズに戻りますので」

「さいですか」

 言葉に所々毒入ってるねメイドさん。

 

「では、己はこれで。寮でシド様の帰りを心よりお待ちしております」

 また一礼をし、メイドさんは踵を返し、拷問部屋を出た。

 彼女が歩き出す瞬間、その足元の陰に、何かが蠢いたような気がした。

 

「メイドさん、もしかしてコズミックホラーか何かかな」

 そう疑いたくなる僕であった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 メイドさんが離れた後、あの二人の騎士が虚ろな目で起き上がり、操り人形のように拷問部屋から出た。

 しばらく経ったら、また部屋の外から話し声が伝わり、ようやく目を覚ましたようで、そしてどうやらメイドさんのことも忘れたようだ。

 

 メイドさんは一体どのような存在なのか、謎が深まる一方だ。

 一応僕に害意はないはずだと自分を納得させた。

 でもメイドさんのような存在がいるってことは、つまり他の神話生物や神格なども普通にいるかもしれないってこと?これ対策しないとやばい感じ?どう対策すんの?やっぱ鍛錬?鍛錬しかないか。やっぱ鍛錬あるのみなのか。

 

 結論が出ないまま色々と考えているうちに、時間は夜へと移り変わった。

 拷問係の騎士たちが、夜でもなんてことなく、元気満々で僕にモブ式拷問術を施したが、メイドさんのことを全く聞いてこないあたり、本当にメイドさんに関する記憶だけが綺麗さっぱり消し飛ばされたようだ。

 

 夜が深まり、僕が逃げられるはずもないと思ったか、監視の兵士だけ部屋の外に残し、騎士の二人は帰って行った。

 いつでも逃げれるが、将来のモブ人生のために逃げずにいた。

 しかしこの自分以外誰もいない拷問部屋で、今度こそ本格的に修練やイメトレ以外他にやることがなくなった。まあこういう退屈さも、精神修行のうちに入れるから、今はとにかく我慢だ。

 

 未明の時、看守の兵士すらも仮眠を取るようになり、外からは虫の鳴き声しか伝わってこない。

 春の夜や、囚人坐り、椅子の上。なんちゃって。

 退屈の中、僕は拷問で出来た傷口を避けながら、魔力操作の訓練を続ける。うっかり傷を治させないようにしながらの魔力操作、これも中々面白いかもしれない。

 一応付けられた鎖に魔力封じの効果はあるが、ようは封じられないよう魔力を強く細く練れば済む話だ。

 

 そういえば魔封の拘束具を付けながらの修練はやったことないな。効果はあるかどうかは分からないが、今度イータに頼んで魔封の重りでも作ってもらおう。

 それでネームドキャラとの戦いで「本気を出すか」と言いながら重りを下し、「バカな!今までは魔封を付けながら戦闘していたとでも言うのか!」的な反応をもらえ……うんうん、悪くない。

 

 魔封の重りを利用した陰の実力者ムーブ、その構想を立てていると、突如、後ろから微かな、壁に釘を刺したような物音が響いた。

 後ろが見えるよう首を反らし、そこには拷問部屋の鉄窓があった。どうやら音はその鉄窓の外から伝わってきたようだ。

 

 続いて感じたのは魔力の波動、それも僕でさえ魔力感覚を研ぎ澄まさないと感じづらいほどに抑えられたものだ。この緻密さはイプシロンを彷彿させる……いや、それ以上か。

 四閃、鉄窓の縁をなぞった魔力による斬撃。鉄窓を壁に固定した部分だけを綺麗に切断し、それ以外の所にはかすり傷も与えなかった。

 切り取られた鉄窓は静かに壁から外された。次に、まるで音を立たずに、誰かが残された穴を通って、この部屋に入ってきた。

 

 月明かりに照らされたその人影は――ノアだった。

 

「無事……ではなさそうだけど、元気そうで何よりだ、シド」

 声を抑えながら、ノアは僕に話しかけた。

 あ、そういえば拷問部屋で一人だから考えるのに夢中し過ぎて、拷問されたモブの演技をしてなかったわ。今度はちゃんとやらないと。

 

「ノア……」

 外の看守は寝ているようだが、一応僕も自分の声を細める。

 

「どうしてここに?」

「助けに来た」

 簡潔な答えをどうも。

 

「いや、助けるって……なんで僕を?」

 本当になんで?

「僕よりも何倍助ける必要のある人他にいるだろう?アレクシアとか、アレクシアとか、アレクシアとか」

 そうだ、この際だから、アレクシアのことはノアに任せよう。やっぱ王女みたいなメインキャラは主人公キャラとくっつく方がお似合いだろう。

 

「アレクシア王女殿下のことは、まずシドを助けてから探しに行くつもりだ」

 なん……だと?

 

「僕の方が優先順位上かよ。どう見ても王女様のほうが重要度高いだろう?」

「アレクシア王女殿下は同じクラスで知り合いだけど、シドは友達だから、シドのほうを先に助けたいと思った」

 なるほど、お前こういう奴か。地位関係なく、周りの人やより親しい人のほうを優先する。主人公らしいっちゃあらしいが……

 

「でも、ここで僕を助けたらその……僕脱走犯になってしまうから、ものすごく困るっていうか……」

「シドは無実だ」

「えっと、そう言ってもらえるのは嬉しいけど、どうしてそう断言できるの?僕たち友達と言っても知り合って一週間しかたってないだろう?」

 僕にそう聞かれて、ノアが少し沈黙に陥った。

 

「……シドを連行したあの騎士から、悪意を感じたからだ」

「騎士?ゼノン先生……あの金髪イケメンの騎士のことか?」

「そう、あの人だ。あのゼノンという騎士がアレクシア王女殿下のことを伝えた時、王女を攫われたという緊張感はまるでなかった。それどころか、シドに対する悪意しか感じなかった」

 確信しているような口調で、ノアが言った。

 

「どうしてゼノン先生の感情が分かるの?」

「……俺は生まれつき、他人の感情に人一倍敏感だ。師匠と修行して以来は、他人の言葉や身振り手振りから感情を読めるようになったのだ」

 へぇ、機微に聡いタイプの主人公なのか、珍しいね。

 

「うん……ノアの言い分は分かった。けど証拠がないだろう。証拠がないままここを出ちゃうと、やっぱ僕脱走犯になるんじゃない?」

「一応アレクシア王女殿下が見つかるまで、シドを町の外の隠れ家に匿う予定だ」

 隠れ家?何それ、ちょっと興味あるかも……いや、ダメだ。モブとしての僕が主人公(仮)の秘密基地(仮)に足を踏み入れるなんて言語道断。

 今はとにかくアレクシアを彼に押し付けることに専念しないと。

 

「そんなのしなくていいよ、わざわざ僕のようなモ……一般民衆を匿うなんて。僕のことは大丈夫から、ノアは先にアレクシアのほうを探してくれ」

「しかし、シドはここで拷問を受けているだろう。友達が拷問を受けているのに何もしないなんて、俺には耐えられない」

 はい、友達想い。でも今の僕本当にこういうのいらないから。

 

「いやその……実は僕、割と平気だよ。見ての通りピンピンしているし」

 僕は傷くらいなんてことないと言わんばかりの満面の笑みを見せた。実際に痛みなんて僕にとっては全然大したことない。

 ちょっとモブらしくないが、この際苦肉の策だ。何としてもノアを先にアレクシアの行方を捜すほうに向かわせる。

 

「そう……みたいだが……」

 僕の笑顔を見て、ノアは少し悩んでいるように見えた。

 

「それにアレクシアは一応僕の元カノだし。僕も彼女のことが心配……なんだから、先に彼女のことを探してくれた方が僕もありがたい」

「……」

 ノアが無言で僕を見つめる。

 

 あ、そういえば彼感情に敏感だっけ。さすがに今のはちょっと不味かったか。

 僕あんまアレクシアのこと心配してないし、そもそもアイツ割としぶといタイプって感じだし、うちの姉さんのように危機に陥っても自分で何とかなる可能性も……

 いやいや、今はそんなこと考えている暇はない!ノアの説得のほうが先だ!

 

「えっと、その……そうだ!アレクシアが見つかったら、彼女の証言で僕を無罪にできるだろう。そしたらわざわざ僕をここから連れ出してから匿うみたいな、危険で面倒くさいこともしなくて済むだろう」

「……そうだな」

 よし、こっちの方向で説得するのは大丈夫そうだ。

 

「それにほら、僕、本当に平気なんだから、僕のことは心配しなくていいよ。指名手配にはなりたくないし、無理に僕をここから脱走させなくてもいいから、先にアレクシアを見つけてくれた方が僕的に都合がいいというか何というか……」

「分かった。シドがそこまで言うのなら、そうしよう」

 あれ、案外あっさり納得してくれた?

 

「この場でシドを連れ出すのを諦めよう。先にアレクシア王女殿下を探す」

「おう、そうしてくれ」

 ふー、これで一安心……

 

「ただし、シドの救出自体を諦めるつもりはない」

「……あれ?」

「シドは脱走した場合、俺たちが犯罪者になりかねないことを心配しているのだろう?ならば正式な方法でシドをここから出せばいい」

「正式な方法?」

 まあそんな方法があれば僕としても構わないが。

 

「騎士ゼノンが悪意を持ってシドを容疑者にでっち上げた。この逮捕自体、かなり強引に執行されたものだ。なのにシドはここで拷問まで受けている」

「うん、まあ……」

 言うほど強引かな?他人から見れば先日アレクシアと喧嘩した僕が相当怪しいと思うよ。

 面倒だし指摘しないでおこう。

 

「シドが釈放されるよう、上に掛け合ってみる」

「上?」

「国王陛下だ」

「あ~国王か……って国のトップじゃねえか!?」

 叫び出しそうなところ、必死に声を抑え込んだ僕である。

 

「必ずシドをここから解放する。では、また会おう」

 そう言って、ノアが来る時と同じように、音も立たずに空いた窓からここを出た。

「ちょっまっ……!」

 引き留めようとしたところ、ノアがすでに見る影もなく、後ろの鉄窓までも、少なくとも表面上元通りだ。魔力痕跡すらも残ってなく、まるで誰もが窓からここに入ったことないかのように。

 

「はあ……どうしようこれ?どうなるんだ?」

 僕一人しか残らない拷問部屋で、これからの展開に頭を悩まされることになった。




 今回のシドのキャラ作りにかなりの独自解釈が入ってます

 前回の後書きでストーリーが動き出すと言ったのに丸一話拷問部屋の話しか書いてないのほんとすみませんでした!
 次回はちゃんと進展あるので……多分

 後書きを追加しました。本編に対するちょっとした説明があります。両オリキャラのキャラデザのラフもあそこに投げました。良ければどうぞ
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297362&uid=421765
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