それでも「英雄」になりたくて…   作:JohnDu

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 嵐(原作ブレイク)の前兆

 今回も独自設定や独自解釈が多めに含まれております


嵐の前兆

 昼過ぎの頃、ミドガル魔剣士学園騎士団執務棟最上階の事務室にて、獅子の鬣を連想させた背中を覆い尽くす長い赤髪と、ワインに似た色合いをした深い赤紫色の瞳を持つ美女――アイリスは、机を前にして書類を片付けている。

 一昨日の夜、アレクシアが失踪し、誘拐された可能性があるという知らせを受けて以来、アイリスはほぼ休まずにアレクシアの捜索を推し進めている。

 アイリスが動員できる騎士の数が少なく、他の捜索に参加している騎士団とも積極的に情報交換を行っているが、結果が芳しくなかった。

 

 書類の片付けも一段落ついた頃、事務室の扉がノックされた。

 アイリスは一言「入れ」と言い、入室を許可した。

 この時間に面会の予定はないが、来るであろう人物は概ね予想がつく。

 

「失礼します」

 案の定、入ってきたのはゼノン侯爵だ。

 

「どうしましたか、ゼノン侯爵」

「アイリス様」

 ゼノンは一礼してから続けて言う。

「なぜ、シド・カゲノーの釈放を命じたのでしょうか」

 

 予想通りの質問に、アイリスは机に肘を立て、両手を組み、口元を隠す。

 

「ゼノン侯爵も知ってるでしょう。シド・カゲノーがアレクシアを攫ったという確たる証拠もないし、彼にそれを実行可能な実力もない」

「確かにそうですが、彼が現段階の最重要容疑者であるということも間違いない。現にアレクシア様失踪当日の夕方、列車中で彼がアレクシア様と揉めたという乗務員からの証言もあります。彼本人が力不足でも、薬物を使えば、あるいは協力者がいれば、アレクシア様を誘拐できても不思議ではないはず」

 

「あなたの言うことにも一理ある」

 アイリスは点頭する。

「とはいえ、シド・カゲノー自身も、延いてはカゲノー男爵家も、この王都で王女の誘拐を実行に移せるほどの人手はない。もしあなたの言う通りのであれば、シド・カゲノーはただの下っ端か、利用されたに過ぎないでしょう」

「ッ……そう、かもしれません」

 その可能性に、ゼノンは否定できなかった。

 

「ちなみに昨日の尋問で、シド・カゲノーは何か吐いたか?」

「今のところ何も」

「そうか。聞けば彼の尋問に、拷問部屋まで使ったようね」

「はい……」

 拷問したのは事実故、ゼノンは頷くしかなかった。

 

「となれば、おそらくこれ以上拷問したところで、何の情報も得られないでしょう。シド・カゲノーは自身が利用されたということすら知らないか、あるいはそもそもアレクシアの誘拐に関与していないかのどちらで結論付けても……」

 断言こそしないが、アイリスの中でシド・カゲノーがこの件に関与していないのはすでに確定事項、というのは彼女の口調から読み取れる。

 

「待ってください!」

 ゼノンはアイリスの言葉に割って入る。

「どうしてアイリス様は、一介の学生にそれほど肩入れする?アイリス様の推測に間違いがあると言いたいわけではありません。しかしそれはあくまでも推測、シド・カゲノーがアレクシア様の誘拐に深く関与している可能性だってあるではないでしょうか?」

 

「私がシド・カゲノーに肩入れしているように聞こえると?」

 アイリスのゼノンを見る視線が鋭くなる。

 

「事実として、アイリス様は今朝彼の釈放を命じたのではないか?今のところ彼は唯一、この件に関する手掛かりを握っているかもしれない人物であるにも関わらず。まさかアイリス様は、アレクシア様のことを大事な妹君だとは思っていな……」

 

「口を慎んでくれ、ゼノン侯爵」

「ッ!」

 聞く人に氷獄(ひょうごく)を感じさせるほど冷たい口調に、ゼノンが気圧された。

 

「いくらあなたはアレクシアの婚約者候補とて、言っていいことと悪いことがある。それを理解できないほどのあなたでもないでしょう」

「……申し訳ありません、出過ぎた真似を」

 ゼノンは頭を下げた。

 

 謝罪を受け取り、アイリスもそれ以上責めなかった。

 

「あなたの言い分は分かります。要はシド・カゲノーが不審点こそあれ、事件に関与していないと証明できるほどの証拠がないということですね。ならば……」

 アイリスは一冊のファイルを取り出し、ゼノンに見せるよう机上に置いた。

 

「……これは?」

「シド・カゲノーに関する調査報告です」

「騎士団以外からの調査報告?」

 

 アイリスが出したファイルに、ゼノンは半信半疑しながら手に取る。

 しかし、すぐにゼノンは目を見開いた。

 

「これは……王立特務隊の紋章!?」

 報告書に印刷された王立特務隊を象徴する、ミドガル王家の紋章を守るように包み込む骸骨の紋章を見たゼノンは驚きを隠せなかった。

 

「私は極めて個人的な理由で、シド・カゲノーがアレクシアとの交際を始まって以来、彼の身辺調査をしていた。これはアレクシアが誘拐されるまで、調査員たちからもらった定期報告をまとめたものです」

「……なるほど」

 少し引きつった顔で、ゼノンは報告書を読み始める。

 

「調査結果によると、シド・カゲノーという人物はいかにも典型的な田舎貴族の坊やで、特出した点もなければ、特別に劣る点もない、平凡な少年そのもの。普段からの行動は正しく一般生徒のそれで、この王都での人付き合いは同じ寮に住んでいる友達以外ほとんどいなく、外部との交流がある痕跡も見当たらなかった。怪しまれるような点が皆無と言っていいでしょう」

 ゼノンがファイルを読んでいる傍ら、アイリスは説明する。

 

「もし彼が本当に今回の事件に加担しているのであれば、それはつまり彼とその協力者は、王室直属の調査員をも出し抜けられるほどの実力者だということになる。そんな実力者は、アレクシアが誘拐された後も学校へ行き、まんまと逮捕されるような間抜けなことはするか?それともあなたは、王室直属の調査員たち全員の目が、簡単に騙されるような節穴とでも言いたいのか?」

「いいえ、そんなことは……」

 反論できないゼノン。

 

「シド・カゲノーはアレクシア自ら選んだ相手だ。彼の周りからの評価がどうだろうと、私はアレクシアの選択を尊重したい。アレクシアが信頼している人物を、私も信じたい。」

 自分自身にも言い聞かせているように、アイリスは言う。

 

「アレクシアは少なくとも、私よりも人の見る目がある。シド・カゲノーはともかくとして、私はアレクシアを信じて、今回の判断を下した」

 

 何を言ってもアイリスの決断を覆すことができないだろうと分かったゼノンは、反対の言葉をこれ以上口にしなかった。

 

「彼の釈放後、監視を付けても構わない。これで文句はないかしら、ゼノン侯爵」

「……分かりました。私もアイリス様の判断を信じましょう」

 ファイルをアイリスに返した後、ゼノンは一礼をし、事務室から退出した。

 

 暫く経ったら、アイリスは深く溜息をし、机の下からさっきのファイルと違ったもう一冊のファイルを取り出す。

 

 ファイルには、王立特務隊の紋章だけでなく、鮮明な赤色をした『検閲済み』の判子と、国王の象徴たる印璽まで捺印された。

 そして肝心の中身は、ほとんど黒塗りされている。

 辛うじて視認できるのは『シャドウガーデン』という組織名だけ。

 

 このファイルを見ながら、アイリスは今朝のことを思い出す。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 アイリスは一昨日の夜から、捜査活動に参加する以外のほとんどの時間はミドガル魔剣士学園に過している。食事も、清潔も、就寝もだ。

 さすがに学生や教職員が普段使っている食堂で食事はせず、メイドもつけられているが、体の清潔は職員用のシャワーだけで済まし、夜は事務室のソファでそのまま寝てしまい、メイドたちを大きく困らせている。

 本人も申し訳なく思っているが、如何せん今はアレクシアを見つけることが、彼女の中での最優先事項で、他の全てが後回しされている。

 

 今日の朝食も事務室で摂っている。

 朝食しながら、昨日深夜の捜査報告、および最重要容疑者と思われる生徒――シド・カゲノーに関する資料を目に通している。

 捜査報告に関しては手掛かりなし。シド・カゲノーのほうも、不審点こそあれど、尋問では知らぬ存ぜぬの一点張りで、このまま進展がなければ、遅かれ早かれ証拠不足で釈放されるだろう。

 

 朝食を終え、メイドたちに食器を片付けてもらい、アイリスが今朝の捜査活動に参加する準備に入る。

 しかし、彼女が事務室から出ようとするよりも先に、扉を叩く音が響いた。

 騎士団が昨日深夜で行った捜査の報告は朝食前すでに済まされた。次の定時報告は午後になるはず。朝食の間だけで捜索に大きな進展があるのは考えにくい、であれば他の要件この事務室に来ただろうとアイリスは推測する。

 しかし、アレクシアの捜索に関係のない用件は全部断ったはず。

 

 疑念を抱きつつも、アイリスはメイドたちを下がらせ、外にいる人物の進入を許可した。

 

 入ってきたのは、ファイルを腕に抱え、青いマントと騎士団制服を身に着け、薄緑色の髪をした青年だ。

 

「失礼します。こちら、国王陛下からアイリス王女殿下に渡すよう申し付けられた資料です」

「父上から?」

 戸惑いながら、アイリスは青年からファイルを受け取る。

 

「国王陛下からは、アイリス王女殿下にこの資料をすぐ目に通すようとのご指示なので、王女殿下が読み終わるまでここに残ることをお許しください」

 緊張しているか、青年の口調がかなり硬い。

 

「分かりました。私が読む間ずっと立っているのも疲れるでしょう。あそこのソファに座りながら待てばいい」

 アイリスが青年の後ろにいる談話スペースのソファに目をやる。

 

「あ、いいえ!俺は立ったままで大丈夫です」

「そうか」

 青年のぎこちない振る舞いをおかしく思うも、アイリスはこれ以上言わず、ファイルの方に視線を注ぐ。

 

 ファイルを開き、中身を読む。

 資料に一枚ずつ目を通していくうちに、アイリスの面持ちが怪訝になっていく。

 やっと全部の資料を読み終えた頃、何とも言えない顔で、アイリスは溜息をついた。

 

「まさか騎士に変装して忍び込んでくるとは中々大胆ですね、ノア・エスポワール」

 目の前の青年を見つめ、アイリスは言った。

 

「申し訳ございません。急を要しています故。それと、この方法でしか、手っ取り早くアイリス王女様にお会いできませんから」

 とぼけることなく、ノアは認めた。

「一応、国王陛下から許可をもらいましたので、この服も陛下が用意していただいたものです」

 

「そのようね」

 アイリスはまた一つ溜息をつく。

 

 正直、アイリスは資料の最後に書かれたミドガル国王からの伝言を読むまで、目の前のノアは偽の騎士だと気づいていなかった。

 一般の騎士と見分けのつかないような空気感は、並の諜報員も事前準備もなしに簡単には出せないものだ。唯一違和感があるとすれば、その腰に剣は差していないところだろう。

 

「この資料、君は読んだか?」

「いいえ、俺はただ国王陛下に資料をアイリス王女殿下に読ませるよう渡されただけです。実は別件であなた様に会いに来ました」

「別件、とは?」

 アイリスは眉毛を上げた。

 

「俺の友人――シド・カゲノーを解放してほしいです」

 

「それはまた……彼は今私の妹を誘拐したかもしれないという最重要容疑者です。なぜ私に頼めば解放してくれると思うのかしら」

「シドは無実です」

「証拠は?」

「ありません」

 余りにもあっさりとした受け答えだった。

 

「証拠もなしに最重要容疑者を解放しろと?」

 アイリスが訝しんだ。

 

「無理を言ってるのが承知の上です。なので……」

 真っすぐな目でアイリスを見つめ、右手を左胸に置く。

「俺にもアレクシア王女殿下の捜索を協力させてください」

 

「協力……だと?」

 アイリスは目を見開く。

 

「アレクシア王女殿下を見つけるための方法があります。けれどその方法にはあなた様のような、アレクシア王女殿下のことを知っていて、尚且つ魔力が強い人からの協力が必要です」

「私の協力が必要?」

「はい、アレクシア王女殿下はまだこの王都から連れ出されていないなら、あなた様の協力さえあれば、すぐ見つけられると思います」

 

 アイリスはノアの目を見、その目からは、はっきりとした自信が伺える。

 彼の言うことは信じられるかどうかは分からない。けれど、もし彼が本当に『エスポワール』を継ぐもので、アイリスの父であるミドガル王もそれを認めたのならば、あるいは……

 

「……どうしてゼノン侯爵ではなく、私にこの話を?ゼノン侯爵はアレクシアの婚約者候補として、アレクシアのことは当然知っている。彼の魔力量は私に及ばなくも、この学園内で随一のものだ。それに、表向きは学園側の協力者とはいえ、今アレクシアの捜査を仕切っているのは実質ゼノン侯爵だ。シド・カゲノーの逮捕を行ったのも私ではなく彼のほうだ。彼に交渉を持ち込んだ方が、より確実なのでは?」

 アレクシアを探す方法以外、気になるところはこれしかなくなった。

 

「ゼノン侯爵……彼は、信用できない」

 ノアの言葉が少し歯切れ悪く感じさせる。

 

「どうしてそう思う?彼が君の友人を逮捕したから?」

「いいえ……強いて言うなら、勘です」

 

「……ここに来て『勘』か」

 ノアは何かを誤魔化していると、アイリスは何となくそう感じたが、これ以上は聞かなかった。

 

 自分にも説得力が足りないと思ったか、少々悩んだ顔を見せ、ノアが再び口にかける。

「あと一つ、アイリス王女殿下に会ってからできた理由があります」

 

「私に会ってから?」

「はい、アイリス王女殿下と話せば話すほど、確信へと変わって行くものでもあります」

 

 軽く息を吸い、意を決したようにノアは言う。

「あなた様は、シドが逮捕された日に会ったあのゼノン侯爵より、よっぽどアレクシア王女殿下のことを愛している……少なくとも、俺はそう感じています」

 

「フッ」

 アイリスは思わず失笑した。

 

「コホン……『愛』と来たか。とはいえたしかに、アレクシアに対する愛情だけ、誰にも負けない自信があるわ、私には」

 

 ノアの言ってくることは、どれもアイリスを説得する決定打にはなり得ない。しかし、アイリスはその言葉に心を動かされたのも、また事実。

 

 アイリスは俯き、左手を顎に当て、熟考する。

 それを見て、ノアは何も言わず、目を閉じ、アイリスが結論を出すのをただ待つ。

 

 そう長く無い時間が経ち、ようやく意を固めたか、アイリスが顔を上げ、鋭い眼光がノアを射抜く。

 

「いいでしょう。あなたの口車に乗ってやる」

 決意を感じさせる力強い言葉で、アイリスは宣言した。

「シド・カゲノーの釈放に関しては私が手配しよう。今日中に済ませられるはず」

 

 それを聞いて、ノアは一瞬喜んだ顔をするも、すぐそれを隠し、頭を下げた。

 

「ありがとうございます!」

「礼はいい。あなたのことを信用したわけではないが、少なくとも父上があなたを私の所に送ってきたのは、それなりの理由があるでしょう。単純にあなたの助力になるためかどうかは分からないが」

 

 アイリスは椅子から立ち上がり、ノアに近寄る。

「シド・カゲノーのことも、彼からこれ以上は何も聞き出せないだろうし、そもそも彼が犯行にかかわっている可能性が低いと私も思っているから、釈放してもいいと判断しただけです」

 

 アイリスがノアの前に立ち、ノアと見つめ合う。

 

「彼の釈放後、監視だけは続くでしょう。何か不穏な動きを見せたら、また逮捕されるかもしれない」

「分かりました」

 アイリスからの警告に対し、ノアは納得しているように見える。

 

「俺とシドは、会ってからまだ一週間しか経ってないが、それでもこの一週間で、彼のことが色々と分かってきているつもりです」

 ノアの目に曇りはない。

 

「学園ではたまにアレクシア王女殿下と一緒にいるシドを見かけます。その時のシドは、王女殿下に弄られることに対する不満こそあるが、それ以外の悪感情は全くなかったです。少なくとも、シドはアレクシア王女殿下の誘拐には関わっていない、これだけが確信を持てます」

「一週間しかない友情が、あなたにここまで奔走させるほどの価値はあるのか」

「友情の価値を量ったことはないです。それに……」

 

 独り言のように、ノアは言う。

「もう二度と、自分が行動を躊躇ったことで、後悔したくない……」

 

「……そうか」

 

 アイリスは深呼吸をし、気持ちを切り替わる。

 

「大体分かったわ。ともかく、今はあなたの言葉を信じましょう」

 ノアに右手を差し出す。

「よろしく頼む、ノア・エスポワール」

 

 差し出された右手を見て、ノアは少しぼうとしたか、一瞬迷った素振りを見せた後、自分の右手でアイリスの右手を握る。

「よろしくお願いします」

 

 アイリス自身も手袋をつけている故、ノアが手袋なままで握手を応じることに思うところはなかった。

 しかし、手袋越しに、わずかな違和感が伝わる。

 それを、アイリスは追及しなかった。

 

 握手を解き、アイリスは続けて話を切り出す。

「さっきまでは敢えて聞かなかったが、協力に応じた以上、聞かなければならない。あなたはどんな方法でアレクシアを探すつもり?私はどう協力すればいい?」

「そうですね。アレクシア王女殿下を探すには、あなた様の魔力源を借りる必要があります」

 

「魔力源を借りる?そんなことができるのか」

 

「できます」

 迷わず、ノアは答える。

 

「具体的に言うと、アイリス王女殿下の魔力源を操作して、魔力を増幅した上で振動に転換し、振動を通して街をスキャン……調べます。アイリス王女殿下ほどの魔力があれば、王都全体を調べるのも、多少時間は掛れど、問題はないはずです」

 

 ノアの言ってることは、言葉自体は分かるが、それが繋いでいると分からなくなってしまうという、学者と対話する時たまにある感覚をアイリスに覚えさせた。

 

「えっと……魔力感知による探索と感覚的に少し似ているし、実際に魔力も消費するが、探索に用いるのは魔力ではなく振動です。これでアレクシア王女殿下が魔封じで魔力自体が感知できなくなっても、アレクシア王女殿下のことを熟知している人がいれば、その姿形に対する記憶を通じて、アレクシア王女殿下の居場所を探知できます」

 ノアは追加で説明する。

 

 ノアの説明を聞きながら、アイリスはうんうんと頷く。そして……

「なるほど……さっぱり分からん!」

 

 堂々たるアイリスの発言に、ノアは危うくズッコケた。

 

「アハハ……実際にやれば、アイリス王女殿下も何となく感覚はつかめられるはずです」

「よく分からないが、要はアレクシアに対する思い出が多ければ多いほど見つけやすくなるというわけですね」

 知識不足であまり理解できなかったが、アイリスなりに話の要点を掴んだ。

 

「それならば問題ない。その……『振動』とやらによる探索は、この場でも出来るか?」

「できれば建物外のほうがいいです」

 ノアは補足する。

 

「それと、周りに人がいない場所のほうがやりやすいです。一応今学園は外出禁止令の期間中だから、騎士を装ってアイリス王女殿下と一緒にいることがバレてしまったら結構困ります」

「確かに問題になるね。それにあなたは表向き上この件に深入りできる立場でもない」

 そう言って、アイリスは少し考える。

「人がいない場所と言えば、近い所だと、学園周辺の森がいいでしょう。ここの後ろにも丁度森がある。待ち合わせ場所はあそこにしよう」

「分かりました」

 

「善は急げ、できるだけ早めに終わらせよう。先に行ってくれ。私はシド・カゲノーの釈放命令、後は今朝の予定取り消しを部下たちに伝えてから行く」

「了解しました。では、また後で」

 ノアは一礼をし、事務室から静かに退出した。

 

 ノアが出た後、アイリスは軽く眉間をつまんだあと、両手で頬を叩く。

 

「シャキッとしなさい、アイリス。絶対に、アレクシアを取り戻すから」

 自己暗示のように彼女は言った。

 

 状態を整え、アイリスは部下たちを召集した。

 奇しくも、ゼノンがいない内に、アイリスは指令を下し、シドの釈放が決定事項となった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 最重要容疑者の釈放命令で一波乱となった会議室を後にし、アイリスは騎士団執務棟の後ろにある森に入った。

 

「お迎えに参りました、アイリス王女殿下」

 

 森に入ってすぐ、学生の制服に着替えたノアはアイリスの目の前に現れた。

 自分の魔力感知にも察知されずに接近できることに、アイリスはノアのことを一目置いた。もしここが戦場で、ノアは敵兵なら、自分は殺されずとも、すでに重傷か致命傷を負わされたのだろうと、アイリスは思ってしまう。

 

「ああ、待たせたね」

 できるだけ平然としていながら、アイリスは応えた。

 

「森のもっと深い所で始めるの?」

「はい、もう少し深い所に開けたところがあります。あそこで良いかと」

 

 アイリスは頷き、ノアについて行く。

 暫く歩くと、アイリスとノアは騎士棟事務室の半分くらいの大きさのある開いた空間に出た。見上げれば、頭上は木々に覆われることなく、碧空を目に収められる。

 

 ノアは掌を上に、アイリスに向けて両手を差し出す。

「アイリス王女殿下、手を」

 

「手袋のままでいいのか?」

 ノアも手袋をつけているから、大丈夫だろうと思うが、アイリスは一応訊ねた。

 

 アイリスの問に、ノアは「はい」と頷く。

 それを聞いて、アイリスは迷わずに自分の両手をノアの両手に重ねた。

 手袋越しで、ノアの左手は常人の手と変わらないと感じるが、やはり右手は人の手と違った硬い質感を持っているようだ。義手である可能性も疑ったが、それにしたって魔力の流れもなしに、そこまで精巧に動けられる義手があるのかと、アイリスは思わず疑念を抱く。

 

「始めてもいいですか?」

「……ああ、始めてくれ」

「では、まずは俺の魔力をアイリス王女殿下の体に流し、魔力源に接続します」

 

 直後、アイリスは両手に通して、魔力が流れ込んでくるのを感じた。

 

『なんだ、この魔力?ノア・エスポワールの魔力なの?』

 

 一言で形容すれば――『無色』。

 

 原理は不明だが、人の魔力は、通常その人特有の色を帯びる。魔力の流れを強めるや魔力を武器などに込めるときの発光現象で、その色は顕在化される。魔力の色は、ある意味その人の魔力の特性を象徴している。

 例として、アイリスの魔力は『(くれない)』の魔力だ。

 

 魔力の色は発光現象や魔力の可視化で判別する以外、接触中の魔力感知や、直接魔力を流し込まれることでもある程度判別可能だ。この場合、色自体は曖昧になるが、魔力の特性をより直観的に感じることができる。

 今まさに、アイリスが身をもってノアの魔力特性を実感している。

 しかし、アイリスの感じたノアの魔力は、ノアの意志によって操られている以外、まるで大気中に漂い主なき魔力のように、あらゆる特性を持たない。

 まさしく『無色』。

 

 無色の魔力はアイリスの魔力に溶け合うように、次第にアイリスの体全体を浸透していく。

 傷口の治療のために他人の魔力を受けたことはあるが、苦痛を伴うのはよくあることだ。なのにノアの魔力は自分に苦痛を与えるどころか、まるで元から自分の魔力かのように体に馴染んでいる。

 これに相当するか、これ以上の緻密さを持つ魔力制御は、アイリスは生まれてから()()しか見たことがなかった。

 アイリスも自分なりに魔力制御を鍛えたことはあるが、中々上手くいかず。過去に一度危うく魔力暴走を引き起こし、全身血塗れになりながらも運よく暴走が収めて以来、魔力操作の訓練は程々にした。

 

『これほどの魔力制御、一体どうやって身に着けたんだ?』

 目の前に目を閉じているノアを見て、アイリスは驚きを隠せない。

 

 ノアの魔力はアイリスの全身を巡り、アイリス自身の魔力と共存している。

 この奇妙な感覚は、アイリスに言いようのないむず痒さを覚えた。

 この状態がしばらく続くと、ノアの魔力は何かに見つけたように、全身からアイリスの体の一か所へ集中していく。

 

「接続完了」

 ノアの言葉と共に、無色の魔力が一瞬にして紅に染まった。

 

「なっ!」

 アイリスは驚きの余り、声を出してしまった。

 

 さっきまではまだノアの魔力とアイリスの魔力に『色』の違いはあるが、今のノアの魔力は、アイリスの魔力と全く同じ色に変わった。今はアイリスでさえ、自分の体に流れるのは果たして自分の魔力か、それともノアの魔力かは分からなくなってしまった。

 それどころか、今のアイリスは何故かノアの体内の魔力も、まるで自分自身の魔力のようにはっきりと感じられるようになった。まるでノアの体とアイリスの体が重なった両手に通じて一つになっているようだ。

 

『ここからが本番だ、アイリス王女殿下』

 突如、どこからかノアの声が響く。

 しかし目の前のノアは口を閉じており、開いてなどいなかった。

 

『声が……直接脳内に?』

『ああ、アイリス王女殿下の魔力源に接続する副次的な効果として、俺の思念が直接あなたに伝えるようになっている』

 と、さっきまでのノアと少し違う口調で、その言葉が脳裏に伝わる。

 

『すまない。思念だとどうしても砕けた口調になってしまう』

『それでも十分硬いと思うが……いいえ、何でもないわ。このままで構わない』

『気遣い感謝する、アイリス王女殿下』

 

 どうやら自分の考えていることも、直接ノアに伝えられるようになったと。驚きの連続でアイリスはどう反応すればいいか分からなくなってしまう。

 だが今はアレクシアの探索は優先。

 アイリスは困惑を心の底に押し込め、『続けてくれ』と促した。

 

『分かった』

 

 ノアの思念が通り過ぎ、次の瞬間、アイリスは体内の魔力が自分の意志関係なしに、収束と膨張を繰り返しているように感じた。

 この繰り返しの中、アイリスの魔力が爆発的に向上していく。

 それだけでなく、まるで満腹を知らない飢えた獣のように、大気中の魔力までも少しずつ体内に吸収されていき、アイリスの魔力に転換されていく。

 

『こんな方法があったなんて……』

 

 大気中の魔力を吸収、転換するのは真似できることじゃないとアイリスも分かっている。

 しかしこの圧縮と解放を繰り返すことによって、普段の何倍もの高魔力を生成する方法は、自分にも試すことができるのではないかと、アイリスは思わずにはいられなかった。

 

 当然、これほど強大な魔力は、自分の魔力制御で操作しきれるかは甚だ問題だ。下手すると、試した途端魔力暴走を引き起こしてしまいかねない。

 それに、ノアは自分の魔力源に接続している今の状態では、魔力の制御もままならないだろう。

 試すにせよ、それはこの件が終わってからだ。

 

 普段より数十、数百倍もの強大な魔力を生成しているにもかかわらず、それがこれぽっちも体の外に漏れださず、完璧にアイリスとノアの体に押しとどめられている。改めてノアの魔力制御力に感心してしまうアイリスである。

 

『これからは、アイリス王女殿下の魔力を透過力の高い振動に転換し、王都全体に拡散する』

 ノアの思念が伝わってくる。

 

『あなたはただひたすらアレクシア王女殿下のことを考えてくれれば大丈夫だ。アレクシア王女殿下がこの王都に出ていなければ、きっとこれで見つけられる』

 

 自分を宥めるような思念に、アイリスは笑みを零す。

 

『分かったわ』

 思念で返事をし、アイリスはアレクシアのことを心の中で祈るように想う。

 

 アイリスとノアの体内に巡る紅の魔力、その挙動が更に変わる。

 圧縮と解放だけでなく、より奇妙なことに、消失と出現を繰り返すようになった。

 その同時に、アイリスは自分たちの体は振動し始めたのを感じた。

 

 振動がアイリスとノアの両足を通じて地面に伝わり、地下、そして周囲へ拡散していく。

 この振動は人にはほぼ気付かれないほどに微弱だが、あらゆる障碍を無視して遠くへ伝わることができる。

 アレクシアのことを想いながら、アイリスの知覚は振動と共に拡散していき、それがやがて、王都全域にまで及ぶことになった。

 

 王都の全体像はアイリスの脳裏に浮かぶ。

 それが家屋の一つずつまで繊細に再現され、意識を集中すれば、家屋の細部から、振動が伝わるときに読み取った人たちの動きまで再現できる。

 

 だがそれよりアイリスに驚かせたのは、王都の地下に広がる地下空間。

 アイリスも知っている下水道や地下室、王家に伝わる秘密通路なども含まれるほか、アイリスの知らない空間まで存在している。

 王女として、王都にある地下室の分布は大凡記憶している。なのに明らかに記憶中では地下空間が存在しない場所まで、何故か用途不明な地下施設が存在している。

 湧き出る疑念が、アイリスのアレクシアに対する思念を一時途絶えらせた。

 

『アレクシア王女殿下のことを思い続けてくれ。王都すべての情報だと、処理するには時間が掛かりすぎる。アレクシアに対する具体的な思念で情報量を絞らなければならない』

 ノアの指示が飛んでくる。

 

 それを受け、アイリスは首を振り、疑念を一旦心の底へ押しとどめ、アレクシアへの想いに意識を集中させる。

 アイリスの想いに影響されたか、脳内に伝わる見切れないほどの王都の全体図に、どこかへ繋ぐ道筋が鮮明になっていく。

 

 道筋が王都内の運河に沿い、その下に存在する地下空間へと続く。

 それがまさにアイリスが存在を知らない地下空間の一箇所である。研究施設のような場所で、研究室はもちろん、居住スペースなどの施設も完備しており、地下牢のような場所までもある。

 施設内に研究員のような恰好をしている者や、騎士のような恰好をしている者が徘徊している。

 

 地下牢の一つに、辛うじて人型を保った畸形な生物が鎖で牢内に繋がれており、その丁度隣の牢屋には……

 ベッド上に拘束された――アレクシアがいた。

 

 怒りが、沸騰した溶岩のように湧き上がる。

 

 それに影響されたか、脳内の映像が乱れていく。

 乱れてしまう情報にアイリスが一瞬慌て、すぐに必死で怒りを鎮め、冷静を取り戻す。

 幸いのことに、アレクシアへと繋ぐ道筋が消えずに済んだ。

 

『すまない。アレクシア王女殿下のこのような姿をアイリス王女殿下に見せてしまった』

 悲し気な思念が伝わる。

 

『いいえ』

 アイリスは頭を横に振る。

『あなたのおかげで、アレクシアの居場所を突き止めた。ついでに、我が国の騎士団に誘拐犯を協力するような輩が存在していることまで判明できたとは』

 大分鎮められたが、それでも止めきれないアイリスの怒りが、おそらく思念を通しノアにも伝わったのだろう。

 

『場所は覚えたか』

『ええ』

『では、振動を止めるぞ』

 

 圧縮と解放、消失と出現を繰り返す魔力操作が止まり、それに伴い、脳裏にある王都の全体図が消え、アレクシアの居場所へ向かう道筋が、記憶にだけ残っている。

 ノアは両手をアイリスの両手から離れ、アイリスの魔力は常態に戻った。

 心なしか、魔力量が以前よりもほんの少し増えた気がして、魔力自体も普段より少々扱いやすくなった気がする。

 

「本当に、ありがとうございました。あなたのおかげで、アレクシアの居場所を見つけることができた」

 アイリスはノアに頭を下げた。

 

「やめてください!」

 ノアは急ぎアイリスの体を起こす。

 

「俺はシドを助けるためにあなた様に協力しただけです。感謝されるほど立派ではありません」

「それでもです」

 アイリスは微笑む。

 

「私は王女としてではなく、一人の姉として、あなたに感謝したい」

 

 アイリスの言葉はノアの心に触れたか、ノアは少し沈黙し、頷く。

「……分かりました。恐縮ですが、あなた様の感謝を受け入れます、アイリス王女殿下」

 

「アイリスでいい。それとその畏まった喋り方ももうよしてくれ」

「いや、それだと礼儀が……」

「他人のいない場なら構わないでしょう」

 微笑みながらアイリスは言う。

 

「頼む。もうすでに心を通わした仲じゃないか」

「いや、しかし……」

 思念が繋いでいるときのことを指しているのを理解したか、ノアが少し気恥ずかしくなった。

 

「思念のときのあなたの口調こそ、あなたにとっての『普通』でしょう。普段のあなたで私に接してくれた方が、私も気が楽です。」

 ノアの目を見つめながら、アイリスは言う。

 

「それに、あなたにはその資格がある、ノア」

 

 アイリスの真剣さが伝わったか、苦渋の末、ノアはようやく頷く。

「分かった。アイリス……様」

 

「フフ、今はそれでいいでしょう」

 ノアの反応に笑いを零してしまうアイリス。

 

 少し距離が近づいた二人だが、アレクシアのことが控えている故、緩んだ空気がそう長く続かなかった。

 

「これからはどうする、アイリス様?すぐ、アレクシア王女殿下のこと助けに行くのか」

 本題に戻り、ノアは問う。

 

 ノアの問に、アイリスは拳を握りしめる。

 今にも単身でアレクシアが監禁された場所へ突入したいが、王女としての立場が許さない。

 さっき得た情報で、騎士団内部がすでに正体不明な敵に浸透されている可能性が高い。

 

 敵の力が未知数、一人で突っ込むのはあまりにもリスクが高い。

 たとえ救出に成功したところで、敵はすでに獅子身中の虫、自分の行動が却って利敵行為になってしまう可能性もある。父が送ってきた資料の件もあり、今は楽観視できる程な状況ではないと、アイリスは理解している。

 とならば、保険が必要だ。

 

「救出は三日後……いや、二日後の夜で行う」

 アイリスは決心し、顔を上げ、ノアを見る。

 

「図々しいとは分かっている。だが、アレクシアを確実に助け出すには、今は一人でも多くの信頼できる人員が必要だ。だから、協力してくれないかな、ノア」

 ノアに手を差し出すアイリス。

 

 その手を、ノアは迷わず握った。

 

「勿論、最初からそのつもりだ、アイリス様」

「……!ありがとう、ノア!」

 頼もしい限りの言葉に、アイリスは心強く思えた。

 

 その後、アイリスにはまだ仕事が残っている故、ここに長居できず、二人はそれ以上な会話をせず、互いに別れを告げ、この場を去った。

 

 二日後、再会の日に備えて、アイリスはこれから準備を進める。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 手に取っているほとんど黒塗りされた資料、その最後の一ページは、ミドガル王からの伝言。

 ノア・エスポワールがミドガル王にシド・カゲノーの釈放を求めたこと、ミドガル王がノアにアイリスとゼノンがアレクシアの捜査を仕切っていると助言したこと以外にも、記されたことはある。

 それは、シド・カゲノーの調査報告に関する補足、この黒塗りされた資料についてだ。

 

 この資料はシド・カゲノーに対する調査において隠蔽された部分。アイリスが受け取った報告書は、隠蔽された情報を抜き取られたシド・カゲノーに関する表面上の情報だ。

 表面上の情報とは言え、それがある程度シド・カゲノーの実態を示したものであろう。

 しかし、隠蔽工作が行われたのもまた事実。

 そしてその隠蔽工作は、王立特務隊の裏にいるあの方、およびミドガル王の双方により承認され、実行された事項だ。

 

 シャドウガーデン。

 

 シド・カゲノーはこの組織とどのような繋がりを持つか、どのような立場にいるかは不明だ。

 アイリスが偶然にも行った彼に対する調査。姉バカ故、最も信頼出来て、かつ諜報経験に富んだ王立特務隊に依頼し、見事に虎の尾を踏んだ。

 その結果が、この黒塗りされた調査資料だ。

 

 明言こそされていないが、ミドガル王はこの組織と協定を結んだという可能性が高い。

 具体的にどんな協定なのか、アイリスには知る由もない。

 

 確かなのは、この組織は今回の誘拐事件に関わっていない。それはミドガル王からの伝言に記されたことだ。

 

「私になら教えてもいいという信頼か、それともこれ以上深入りしてはいけないという警告か、一体どっちなんでしょう、父上」

 アイリスは独り言をつぶやく。

 

「あなたもこのことに了承しているのか、王国を陰から守るあなたが……」

 王家の紋章を包み込む骸の紋章、アイリスはこれを不吉だと感じることなく、むしろ子供のころから慣れ親しんだ、ある意味父であるミドガル王よりも身近な存在だと感じる。

 

「あなたと父上がそれを認めたのなら、それはきっとこの王国にとっての最善」

 無人の事務室内なのに、紋章に触れながら、まるで近くいる相手に語り掛けるアイリス。

 

「そうでしょう、ラクデン卿」

 

 部屋の陰から、魔力がざわめく。

 死を象徴するかの如く灰色の風が舞い、人の形を取り、姿を現す。

 それは頭全体を覆う無貌な兜を被り、全身を隠す素朴なマントを羽織る灰色の大男。彼の出現に、アイリスは驚きもせず、ただ視線を目の前の紋章にそそぐ。

 

其方(そなた)に、この王国を蝕む闇を知らしめる時が来た」

 灰色の男が語る。

 

「ええ、覚悟の上です」

 

 アイリスの返事に、灰色の男が答えることなく、陰に溶け込むように消えた。

 

 暫く経つと、アイリスは立ち上がり、部屋の暖炉へ近づき、火をつけ、手に持ったファイルを火の中へ投げ込んだ。

 それが資料だったこと分からなくなるまで燃え続け、念入りにチェックしてから火を消した。

 

 シド・カゲノーの表向きの資料をも片付いてから、アイリスは事務室を後にした。




 新たなる特異点の存在が、今から向かう未来を乖離させるだけでなく、今に至る過去にも変化をもたらした。

 今の段階で一番大きく変わったであろう原作人物はアイリスです
 具体的に過去にどんな出来事があってそれほど変わってしまったかはのちに語るとして、今はその片鱗だけ見せました

 こういう改変に好まない読者さんももちろんいることは知っていますが……
 引き続き読んでいただけると幸いです

 最後に出てくるラクデン卿もオリキャラです。この二次オリキャラ多すぎません?
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