それでも「英雄」になりたくて…   作:JohnDu

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SIDEシド:始動

 シャバの空気はうめぇぜ。

 どうも、無事出所されたシド・カゲノーです。

 

 いや~意外と早い釈放だね。

 

 留置所的な場所の扉から放り投げされたとき、僕を拷問したあの二人が「運のいい奴め」や「アイリス様の寛大さに感謝しな」などの捨てセリフまで残してくれた。

 流れ分かってるなあの二人、モブとして申し分ない。

 

 だけど尋問官としては失格だ。二日目に入ってからもう拷問のバリエーションが尽きていた。

 とはいえ僕もモブとして拷問されることは予想できなかったせいで、いろいろと準備不足だし、『モブ式奥義――悲鳴&命乞い(スクリーム・アンド・ベギング)』もまだまだ開発途上だ。そこはお相子ってことで。

 

 正直、飽きてしまううちに解放してくれてちょっと助かった。

 

 モブ騎士たちの話が本当なら、僕の釈放を命じたのはアイリス王女だろう。

 偽恋人だけど一応アレクシアの恋人だから僕が犯人でないのを信じてくれた……なんてことは流石にできすぎたから、もしかすると本当にノアが国王に話を付け、それでアイリス王女が僕の釈放を承認してくれたのか。

 

 必ず僕を解放すると一方的に約束されてからの翌日で、いや今日未明の時僕と会ったから当日で話を付けてくれたのか。

 行動力高いなおい。

 

 政府機関をも動かせるノアの正体に妄想を膨らませる。

 何故か国王とのコネを持っている謎の主人公、その正体は国のエージェントにして秘密兵器……うん、まあまあありだ。

 

 出所したとはいえ、どうやら僕にはまだ監視がついているようだ。

 建物を出てからずっと、僕の方へ突き刺さる二つの視線。

 列車の中で、拷問された傷が痛むのを装って、「イタタ」と言いながら自然に視線の方向に少しだけ目を向くと、ドアの隣にロングコートの二人が視界に入った。

 すぐに視線を戻し、憔悴している振りを続ける。

 この様子だと、まだ僕の容疑が完全に消えたわけではない。

 

 モブが監視を気付くわけにはいかないので、僕はこの二人の尾行を撒こうともせず、このまま寮へ戻るつもりだ。

 

 駅から出て、夕日の照らす赤く染まる町中に、人々が行き交う。

 門限にはまだ時間がある。緩慢なペースで歩く中、マントを羽織った女性は僕とすれ違う。

 

「また後で」

 

 僕にしか届かないであろう身に覚えのあるその声とその香り。

 なるほど、アルファか。

 

 彼女の気配が消え、僕は振り返らず、寮の方へただ歩く。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 寮に入った後は、流石に監視からの視線は消えた。

 何故かメイドさんが出迎えていない。と思ったが、メイドさんも僕が今日で釈放されるのを知らなかっただろう。

 部屋に戻ると、僕のベッドにアルファが座っていた。何故かミドガル魔剣士学園の制服まで着ている。中々似合っているね。

 

 僕はお腹が空いているのを分かっているか、アルファが僕に『まぐろなるど』のサンドを渡す。本当気が利くね、アルファは。

 感謝しながらサンドを受け取り、僕はアルファになぜ彼女がここにいるかを訊ねる。

 この間の僕の補佐役はベータのはず、一週間くらい前会ったばかりだし。

 

「あなたが計画通りに教団の動きを誘導できたから、こちら側もそろそろ行動に移さないと、その事前報告をしに来たわ。現場指揮は私と、補佐のベータの二人で行う予定よ」

 

 計画?何のことだ?

 えっと、とりあえず適当に話を合わさないと。

 

「なるほど。頼んだぞ」

「あなたの足を引っ張るつもりはないわ」

 

 僕はサンドを食べ切り、アルファが用意してくれた水を喉に流し込む。

 至り尽くせり、流石敏腕秘書アルファ。

 靴を履いたままベッドにダイブするも、彼女はジト目で、まるでお母さんのように僕に着替えなさいと言いつけるも、僕の靴を脱いでくれた。

 傍から見たら、かなりヤバい光景かもしれん。

 まるで美人を侍らせるボンボンだな、僕は。実際男爵家の息子だけど。

 

 追加のサンドに釣られて、僕はまた起き上がる。

 アルファはそんな僕に呆れながら、説明を続ける。

 

「教団側はあなたを王女誘拐の犯人に仕立て上げるつもりよ」

「……やはりか」

 

 ふむふむ、今回の件も教団の仕業という設定でいくわけか。

 ちょっと見えてきたぞ。

 

「王室側はアイリス王女がそういう動きを止めてくれているけれど、教団が直接上層部に働きかければ、アイリス王女もこれ以上あなたをかばうことができないでしょ」

「なるほどね」

「私たちは王立特務隊と協定を結んだが、あくまでもお互いの行動を制限し合わないためのもので、情報交換も最低限にしている。彼らにあなたの無罪をこれ以上証明する義理もないはずよ」

 

 王立特務隊?確か王室直属のエージェント部隊だっけ。

 この前ベータが僕に報告したことがあるような……現実に存在している組織と結びつくことで設定のリアリティを高める常套手段だねとしか思わなかったな当時は。

 ベータがノリで適当に考えたものかと思ったが、まだ生きているのかこの設定。しかもアルファにまでも共有しているし、この様子だとすでに七陰全員に共有されているかもな。

 まぁベータは元々設定作るのも聞かせるのも好きだもんね。不思議でもないか。

 

「今王立特務隊もアレクシア王女の行方を捜査しているはず。私たちのほうが、前にあなたがベータにアイリス王女が狙われているのを伝えてくれたおかげで、先手を取れた。アイリスが監禁されているであろうフェンリル派のアジトはかなり絞り込めたわ」

「流石アルファ、仕事が早い」

「まさかあなたがアイリス王女とラブロマンスを繰り広げていたのは、アイリス王女のもつ『英雄の血』が教団に狙われているのを見抜いてのこと。私もベータからの報告を受けるまで気付けなかった」

「あれ別にラブロマンスでもないような……」

 

 アルファは近付き、仰向けている僕に圧し掛かろうとするような姿勢を取る。これが噂に言う壁ドンならず、、『ベッドドン』というやつか。

 彼女の体と僕の体の距離はほとんど紙一重。僕を逃さないためか、アルファはこの体勢を維持しながら、僕の目を覗き込む。

 

 目をそらさずに、彼女の視線を受け止める。

 

「間接的にとはいえ、あなたの計画を事前に示してくれて、嬉しかったわ」

 アルファが捕食者で、僕が捕食対象と言わんばかりの身体言語に反し、柔らかな微笑みを僕に魅せながらも、何故か不安そうな口調でアルファは囁く。

「私たちのことも、少し信頼してくれているのかしら」

 

「ずっと信頼しているよ」

 むしろ僕の方が、君たちが僕との関係を大事にしているのに、君たちに仲間はずれされているのだとずっと思い込んで、ちょっとだけ申し訳なく感じるくらいだ。

 

 僕の話を聞いて、アルファは目を見開く。

 続いて彼女は顔を俯き、何故か体が震え始める。

 

「アルファ?」

 

 次の瞬間。

 彼女は、僕に抱き着いた。

 

 避けられるはずだが、僕は何故か、避けてはいけないと思った。

 

「少しの間でいいから、このままでいさせて……」

 

 驚いた。

 アルファがこのような行動を取り、これほどにも激しい感情表現を僕にぶつけてくることは、今まであったのか。

 今のアルファは、いつものクールで大人っぽい雰囲気が見る影もなく。

 初めて会ったあの日、悪魔憑きの呪縛から解放されたばかりの時、一瞬だけ表した、年並みの怯えている少女の顔を僕に見せている。

 

 どうしたらいいかよく分からず、僕は無言で、右手を彼女の背後に回り、泣いた赤子をあやすような軽い手つきで彼女の背中をポンポンと叩く。

 そうすると、震えている彼女の体が少しずつ平静を取り戻していく。

 

「ごめんなさい。取り乱した」

「いいよ。気にしてない」

 

 ようやく冷静になり、アルファは僕の体から離れる。

 夕陽に照らされ、その顔がほんのりと赤く染められている。

 

「さっきの言葉、たとえただの慰めでも、十分心を満たしてくれているわ」

「本心だけどね」

 

 突然素早く僕から距離を取るアルファ。

 どうしたのかと、僕はベッドから体を起こす。

 掃き出し窓から差し込む紅に照らされ、彼女は僕に見られないように顔を背ける。そして、喉の調子でも整えたいのか、軽く(しわぶ)く。

 

「……か、からかわないでください」

 

「え……」

 何故かさっきの言葉は冗談だと勘違いされているようだ。

 

 いや、揶揄うつもりはないよ。本当のことだから。

 今のアルファは分かってくれそうにないから、心に留めて置こう。

 

「……あなたの目的は、アレクシア王女を助けるだけじゃないでしょ」

 

 話を戻るにはちょっと強引だぞアルファ。僕は構わないけど。

 

「まあね」

 ここはとりあえず話に乗ろう。

 

「アレクシア王女を助けるだけなら、わざわざ自分から囮になる必要もない。あなたは、アレクシア王女が狙われるこの状況を利用し、王都、主に騎士団に潜伏する教団員を炙り出せ、彼らの力を削ぐつもりね」

「そうそう、そんなところ」

 

 いいね。壮大になってきた。

 

「事前に人を集めたから、今王都にいる人員は一応足りてる。でも念のため、デルタもここに呼ぶつもりよ」

「デルタも?」

「最近もずっとボスボスと煩くて、あなたに会いたがっているよ」

 

 この様子だとほとんどの七陰が作戦に参加するようだね。

 まるで久しぶりの同窓会みたいだ。みんな元気にしてるかな。

 

「こちらの準備が整い次第、ベータが詳しい作戦を伝えてくるわ。あなたはしばらく大人しくして、露骨に監視もされているし」

「はいはい」

 

 窓に体を向き、アルファの体が黒い不定形に包み込まれ、それがいつものボディスーツに変形した。流れるようなスタイリッシュな変身、流石アルファ、センスあるね。

 アルファは僕の方へ振り返る。

 

「机に置いたサンド、あれ食べていいわ。お腹まだ空いてるでしょ」

「いいのか?なんか悪いね。これもしかしてアルファの分?」

「気にしないで」

 

 アルファはそう言ったそばから、また何か考え付いたようで、続けて言う。

 

「今回の事件が解決したら、一緒に『まぐろなるど』食べに行きましょ、あなたの奢りで」

「うん、いいよ」

 

 なんか友達っぽい会話だ。

 アルファが僕に微笑み、自然と僕の口角も上げたような気がする。

 

「またね」

 そう言い残し、ボディスーツで顔を隠したアルファは窓から部屋を出た。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 アルファが部屋を出てから、僕はとりあえずサンドを食べた。

 それも食べ終わり、かなり眠たいが、僕はベッドから離れ、窓際の椅子のほうに座る。

 

「もう入っていいよ、メイドさん」

 

 僕は扉の方に向かって呼んだ。

 

 ゆっくりと扉が開けられ、昨日のホワイトブリムと違って、いつものモブキャップとメガネのセットに戻ったメイドさんが部屋に入ってくる。

 相変わらずとんでもない気配消去だ。それも魔力によるものではなく、純然たる身体技術による技。まるで周囲と一体化したようなその身のこなしは、僕も辛うじてとしか察知できない。

 

「おかえりなさいませ、シド様」

 メイドさんからいつも通りの挨拶をもらった。

 

「うん、ただいま~」

「この様子だと、もう晩御飯を用意する必要もないみたいですね」

「まあね。正直もうそろそろ寝たい」

「でしたらせめてシャワーでも浴びてください。一応お風呂も沸きましたが、使わないなら水をそのまま捨てても構いません」

「お風呂沸いたのか。さんきゅ~」

 

 あれ、もしかしてメイドさん僕今日釈放されるのを分かってる?

 

「窓から偶然にもシド様が帰ってくるのを見かけたから、急いで用意したのです」

 と、僕が聞くまでもなく、メイドさんが答えた。

 

「メイドさん、もしかして心でも読めてんの?」

「顔に書いてますから、シド様は」

 

 僕そんなにも分かりやすい?一応考えが顔に出ないタイプという自覚はあるけど。

 

「それにしてもシド様も末に置きませんね。アルファ様でしたっけ、あんなにも美人なエルフに心を許されるだなんて。これは明日赤飯でも炊いた方がいいのでしょうか」

「僕とアルファはそういうのじゃないから」

 

「そう?にしたってアルファ様はどう見ても……おっと」

 メイドさんはわざとらしく左手で口を塞ぐ。

「これ以上言うのは流石にルール違反ですね」

 何のルールだよ。

 

「というかメイドさん盗み聞きだけでなく盗み見までしたのか?」

「自分、目がいい方ですから」

「趣味悪いなおい」

「仕事ですから」

 

 無敵かコイツ?完全に開き直ってる。

 

「シド様が気になさっているのなら、今度機会があったら自分をシド様のご友人たちに紹介したらどうですか?そうしたら自分も堂々とシド様とご友人たちのお付き合いを監視……もとい観察できますよ」

「いっそのことやめるって考えたことない?」

「ありません。仕事ですから」

「全く悪びれないね君は」

 

 思わずため息をつく。

 

「正直あんまり気乗りしない」

 うちのメイドにバレたから顔合せしとくとかカッコ悪すぎるだろう。せめてもっとこう――陰に潜む組織らしい面会の仕方があればなぁ。

「まぁ考えておくよ」

 

「期待していますね」

 ニヤニヤするメイドさん。

 

 彼女の態度を見るに、別に急ぐ必要もないようだ。

 シャドウガーデンのことはとっくにメイドさんにバレてるにも関わらず、僕の家族は誰一人このことについて問い詰めて来なかった。

 つまり彼女は、まだアルファたちのことを報告しなかっただろう。

 

「そういえば何故メイドさんは僕とアルファたちのことを母さんたちに報告しなかった?」

「報告してほしいですか」

「いや全然」

 

 メイドさんを凝視するも、彼女は隙の無い笑顔を返すだけ。

 

「強いて言うなら報告するメリットもないでしょう。色々とややこしくなりますし、自分がこの立場を失うことにも繋がりかねません。自分、割と今の仕事気に入ってますよ」

 ふてぶてしくも、メイドさんが語る。

「何より、自分とシド様との信頼関係にひびを入れたくありませんしね」

 

「盗み聞きしてくる奴とはどこに信頼関係があるんだよ」

「あら~これは手厳しいですね」

 参ったような反応をし、大袈裟に左手で両目を遮るメイドさん。

「でもこちらも仕事ですので、そこは大目に見てくださいね、シド様」

 

 きしし、と。こちらのツッコミに痛い所を突かれるどころか、むしろ僕からの反応を楽しんでいる素振りすら見せてくる。

 やはりコイツ悪魔か何かかな?

 

 とはいえ、少なくとも口の堅さに関しては信用できるってことか。

 今の今まで、僕に危害を加えるようなことはしてこなかったし、敵意を表すこともなかった。ならば現状維持、敢えて泳がせておくのが一番無難な選択肢だろう。

 

「は……」

 また溜息をついてしまう。

 僕こういう面倒くさいことを考えるのが苦手だよなぁ。

 

「では、自分はこの辺で」

 苦悩の種だけ残し、メイドさんは何事もなかったかのように退出した。

 

「……考えるのは後にしよう」

 

 難しいことは明日の自分にという精神で、僕は考えるのをやめて、湯船に向かい、風呂で疲れ切った精神を癒すことにした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 あれから二日が経ち、メイドさんの件に関しては、結局保留ということに。

 

 そんなことより、今日は待ちに待った作戦開始日だ。

 タイミングよくもこの十中八九罠であろう招待状が今日で届いた。僕をアレクシアが誘拐された現場へと誘い出し、王女誘拐の罪を擦り付けるためのものだろう。

 とんだ間抜けに思われているようだな、僕は。

 

 それは置いといて。

 今夜こそ僕が陰の実力者として王都デビューする時、スタートが肝心だ。

 

 作戦計画を伝えてくる(僕の中で)演技派として名高いベータを待ち構えるべく、僕は午後から、一度自室の家具をすべて廊下に出し(その際は管理人さんに夜にかけて大掃除するって適当に言い訳した)、今まで血と汗と涙を流して集めてきた自慢の陰の実力者コレクションで、陰の実力者センス全動員して自室を飾る。

 部屋の掃除や管理人さんとの交渉はメイドさんも手伝ったが、夕方になった時、用事があるとの一言だけ残し、寮からいなくなった。

 まぁメイドさんがいない方が、他人の目を気にせずに存分にロールプレイして陰の実力者ごっこを楽しめる。今更だけど。

 

 これまで盗賊狩りしてきたのも、アレクシアのところで犬の振りしてまで金貨を集めるのも、すべてこれらの陰の実力者コレクションのため。

 フレンチ製に統一したヴィンテージワインとグラス。

 幻の名画『モンクの叫び』や、その他名のある装飾画。

 ロココ調の家具や壁飾り、カーテン、カーペットなどなど。

 そしてこれらをすべて柔らかく照らし部屋全体の雰囲気を整うアンティークランプとシャンデリア。

 

 ああ、心が満たされる~

 

 仕舞はワインボトルの下に招待状を設置(セット)

 後は、時を待つだけだ。

 

 時が流れ、日が完全に沈み、夜の帳が降りる。

 

 仄暗い灯りの中、僕はワイングラスを片手にただ待つ。

 待つ。待つ。待ち続け……

 

 来るッ!

 

 廊下に誰かが窓から寮に侵入する気配。

 その者がこの部屋へと近付いてくる。

 

 グラスの反射を通して背後を観察する。

 扉が開かれ、入ってくるのは漆黒のボディスーツを身に纏う銀髪の少女。

 ベータだ。

 

 彼女が踏み入り、この部屋の装飾に一瞬目を奪われる。

 その時、僕は呟く。

 

「時が来た……」

 僕の声に気付き、ベータの視線はこちらへ移った瞬間、僕が続けて言う。

「今宵は陰の世界……」

 そして手に持ったグラスを口元へ、一口呑む。

 

 決まった!

 

 見ろよベータのこの顔。

 僕の陰の実力者ムーブに見事に目を輝かせているのではないか!

 この顔を見れただけで僕はかなり満足だ。

 

 だがまだ気を緩んではいけない。

 続いてはベータの番だ。

 果たしてどのような演技を僕に魅せてくれるか。

 

 ベータは顔を赤めながら僕の後ろへ歩み、喜びを隠さずに応える。

 

「陰の世界……月の隠れた今宵は、正に我等に相応しい世界ですね」

 

 おお……!

 素晴らしいッ!!!

 最高だよ、ベータ!やはり君の表現力はナンバーワンだ!

 

 感激の目をベータに向けるのを必死に抑え、僕はワインを口につけてもう一口、浮いた心を沈ませてから、グラスを机に置く。

 

「準備が調いました」

「そうか」

 

 今はまだ序盤の序盤だ。

 これしきの事で動揺しては言語道断。

 ベータの期待に応えるためにも、シャドウとしての役割を完璧にこなさなくては。

 

「アルファ様の命により、シャドウ様の計画に協調すべく、動員可能なものはすべて王都に集結させました。先日シャドウ様が伝えたことをアルファ様に報告して以来、アルファ様が可能な限り人員を集め、構成員の二割強を計画に参加させることができました。その数210名」

「210名?」

 

 え、嘘だろう?

 この数で二割強!?

 

 いつの間にうちがこんな大組織になったの?

 いやいやいくらなんでも……

 もしかして「臨時雇員(エキストラ)でも雇ったのか……?」

 

「え……?」

「えッ」

 

 しまったぁ!!!

 つい口に出してしまった!!!

 

 いや慌てるな!落ち着け!

 幸い臨時雇員は横文字を使っている。この世界の言語ではないからベータも意味が分からないはず。意味深な態度を貫けば誤魔化せるやもしれん!

 

「いや、なんでもない」

 

 声に震えが出ないかヒヤヒヤしながら、僕はチラッとベータの顔を伺う。

 幸い、はったりが効いたのか、ベータはこれ以上問い詰めて来なかった。

 

 ハァ……危なかった。

 危うく陰の実力者ムードが台無しになるところだった。

 どうやら僕もまだまだ修練が足りん。

 今回の作戦が終わったら反省しなくては。

 

 今はとりあえず続きを聞こう。

 

 話に注意力を戻し、何故かほんの少し感傷めいた顔で、ベータは報告を続けている。

 ベータが伝えた計画は至ってシンプル、要は設定上『ディアボロス教団』の『フェンリル派?』であるという大胆にも王女誘拐を企てた盗賊どものアジトに、一斉襲撃を仕掛けながら、アレクシアの行方を探る。

 

「王立特務隊のほうは、今もアレクシア王女に対する捜査が続いています。こちら側の作戦は伝えていませんが、最低限の連携は取れています。襲撃が開始次第、状況に応じて民間人の避難誘導に入ると思われます」

 

 まぁうちらがやっていることは自警団(ヴィジランテ)のようなものだから、お役所さんにバレたら問題になるし、伝えるわけにはいかないだろう。

 でもアレクシアを助けるという目的は一致しているから、バレても大目に見てくださいよ。

 

「あと一つ、気になる点があります」

「というと?」

「ここ数日間捜査の時以外ずっと学園に籠っているアイリス王女は、今朝数名の騎士と学園を出て以降、消息不明の模様」

「ほう……」

 

 そういえばノアも今日寮にいない。

 そのせいでヒョロとジャガはノアの作った昼ご飯が食べれないことを愚痴ってきた。僕はあの時大掃除に装った模様替えに急いでるので相手にしなかったが。

 

 これは主人公のほうにもメインイベントの匂いがするね。

 あちらの様子も気になるが、今はこちらの作戦に集中しないと。

 本末転倒してはいけない。

 

 それにノアやアイリス王女たちも、おそらくアレクシアを探しているのだろう。

 運が良ければ、作戦途中に彼らとエンカウントできるかもしれない。

 その時こそ、シャドウの名を彼らの心に刻み込む好機。

 

 ベータが七陰各員の配置を僕に伝える。

 案の定デルタは切り込み隊長の役割を担っている。

 更に詳細の部隊配置を伝えようとするとき、僕は招待状を片手に持ち上げ、彼女の話を制した。

 ついでに反射的に出来るまで何度も練習してきた『奥義――片手開封術』を披露し、そのまま中身の手紙を彼女に渡した。

 

「ハッ……これは……」

 ベータの口調に怒りがこもっているように感じる。

 こういう細かい所にも演技を怠らないのがベータのすごい所だね。

 

「デルタには悪いが、プレリュードは僕が奏でよう」

 

 椅子から立ち上がり、僕は窓のほうへ歩く。

 ベータが感知できないよう魔力を極細く練り上げ、外の空気を撹拌する。

 

「今宵、世界は我らを知る!」

 

 僕の言葉と同時に、風が吹き上げ、カーテンと僕のロングコートは風と共に舞い上がる。

 この演出に感動されたか、ベータからの視線がわずかに震えている。

 まだまだこんなもんじゃないぞ。

 

 さぁ、お楽しみはこれからだ!




 小さな積み重ねが、やがて大きな波瀾を呼ぶ。

 私は別にアルファ×シド派でもシド×アルファ派でもありません。
 これはただの成り行きです。
 信じてください!

 今回の詳しい後書きは活動報告のほうに置きました。
 アルファの言動に関するちょっとした解説があります。気になる方はぜひ:
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=298507&uid=421765
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