ぼっち・ざ・ろっく!短編集   作:黒糖煎餅

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pixivに投稿していた作品をこちらにも。


私なんか

練習を滞りなく終えたあたしたちは、そぞろに帰る支度を整える。リョウは身体をペキペキと鳴らし、喜多ちゃんは伸びをしたり、腕を揉んだり。疲れた、と口々に漏らしながら、荷物を持ってスタジオを出ていく。ぼっちちゃんは、未だにギターを爪弾いている。

「虹夏。ちょっと用事あるから、ここの鍵だけ頼むぞ。他の締めは全部終わってるから。」

お姉ちゃんはPAさんと一緒に、店を出る。あぁ、飲み会か何かをやる、と言っていたっけ。

「ぼっちちゃん、電車大丈夫?」

「あ、はい。今日は遅い時間になるのは伝えてありますし、途中の駅まで行けばお父さんが迎えにきてくれるので。」

「…そっか。あたしは適当に片付けと掃除してるから、気が済んだら帰る準備してね?」

「はい。」

そういうと、ぼっちちゃんはギターを掻き鳴らす。私から見たら…いや、ギター経験者のお姉ちゃんですら感心する演奏をしていても、ぼっちちゃんは満足いかないらしい。スタジオ練習では、いつも最後まで残って、気が済むまでギターを弾いている。あたしは鍵の関係で残ることが多いので、必然的にぼっちちゃんの練習が終わるまで一緒にいることが多い。

 

 

やっぱり、上手だよな。

 

はじめこそ走りがちだった演奏も、回数を重ねるごとにちゃんと合うようになった。ギターヒーローとしての真髄とまでは言わないけれど、それなりの実力を発揮している。出会った当初にド下手だ、なんて言ってしまったことに、今更恥ずかしくなるような、そんなほどに。

時折、不安に苛まれた。リョウも、喜多ちゃんも、どんどん上手く、巧くなっていく。リョウはいろんな知識を得ながら、喜多ちゃんはぼっちちゃんに教えてもらいながら。

じゃあ、あたしは?結束バンドを結成してから、もう一年近くが経つというのに、どこが成長したのだろう。未だにタム回しはミスるし、ダブルストロークだって、失敗する。リョウのベースは上手いのに、あたしのせいで、リズムがガタガタになるなんてのは、日常茶飯事だ。

もし、ぼっちちゃんと出会わなかったら。リョウとあたしと、顔も知らない誰かで、ファンの少ない微妙なバンドとして、きっとどこかで解散していただろう。喜多ちゃんは戻ってくることなく、仲良しこよしの、部活動の延長のような、お気楽バンドになっていた…いや、リョウはその時には抜けてるかな。少なくとも、あたしの描いた『STARRYを有名にする』なんて理想は、荒唐無稽な絵空事だっただろう。それが、ぼっちちゃんと出会って、喜多ちゃんが戻ってきて、なんとなく、形になるような…あと少しで掴めるような…そんな、気がしていて。

 

けれど、現実はそんなに甘くはなくて。

日々ファンが増えていくのは、嬉しい。

けど、日に日に、恐怖だけが増していった。

人気が出ずに、ここで終わってしまったら?

リョウやぼっちちゃんが、別のバンドに引き抜かれてしまったら?

ぼっちちゃんが、正真正銘の『ギターヒーロー』として、実力を遺憾なく発揮できるようになるとしたら?

それを考えると、あたしは背筋が震えた。今、私たちがなんとかバンド活動ができているのは、ぼっちちゃんが『バンドで演奏すること』に対して、順応しきれていないからだ。そのおかげで、そこそこの演奏技術を持つ若手バンドとして、注目されているわけで。ぼっちちゃんの実力が遺憾なく発揮されるようになれば、あたしたち…特にあたしなんかは、足を引っ張るお荷物となってしまう。

みんながそんなことを言うとは思えない。けど、もしそう思われていたら?あたしはバンドメンバーと友だち、そして、叶えたかった夢を全て失ってしまう。掴みかけた夢を手放す日が来るかもしれない。それは、叶わないと諦めていたあの頃より、あたしの心により強くのしかかってくる。かぶりを振って、嫌な想像を頭から弾き出そうとしてみても、脳裏にチリチリと不安と、恐怖だけが燻っていく。あぁ、こんなに辛いなら…

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼっちちゃんと出会わなければよかったのにな。」

つるり、と滑るように言葉が出た。

気がついて、慌てて口を塞ぐ。ぼっちちゃんが座っていた席の方を見ると、呆気にとられたぼっちちゃんの表情が見えた。

不健康なまでに色白な肌はいつもより血色が悪い。

ぼっちちゃんの唇がわなわなと震えている。空色の瞳は、ゆらゆらと揺れていた。

爆散するわけでも、溶けるわけでも、顔面福笑いになる訳でもなく、ただただ彼女は、その瞳を揺らしている。

痛いほどに静寂が張り詰めていた。私の頭では、弁明するための言葉だけがぐるぐると回る。呼吸を忘れてしまったのか、体は言うことを聞かなかった。言葉が、出なかった。彼女は、急いでギターを片付ける。

まって。違う。

そんな言葉が口から飛び出しそうになる。

漏れるのは掠れた吐息だけ。

私の方を振り向かず、誰に声をかけることすらなく、ぼっちちゃんはSTARRYを出ていった。

 

 

 

 

 

 

頭の中で、虹夏ちゃんの言葉がぐるぐると回った。

なんで、や、どうして、の言葉より先に、そりゃそうだ、と1人で納得してしまう。だって私は、たまたま会っただけのサポートギターが、成り行きで結束バンドに入っただけだ。リョウさんみたいに虹夏ちゃんとの関わりが長いわけじゃない。喜多さんみたいに、どんどん我を出していける人間じゃない。

ふと、昔を思い出した。幼い頃の、鬼ごっこする人、この指止まれ。だったか。あの時私は、迷っていた。私なんかが、あの輪の中に入っても良いのか、なんて。ダメだった。ダメだったんだよ。私なんかじゃ、みんなと楽しく過ごせない。みんなが楽しい時間を、私が台無しにさせてしまうから。

「うあっ…」

考えながら走っていたせいで、足元の小石に躓いた。バランスを崩した私は、当然のように転ぶ。幸い、前に抱えていた鞄が、クッションになってくれた。頭は痛くない。手も、少し擦りむいただけ。コンクリートに擦った膝だけが、じんじんと痛んだ。

「うぅっ…」

涙がこぼれた。

バイトもうまくできない。

勉強もできない。運動も、家事も。

人付き合いなんかもってのほかで、他人に不快感しか与えられない自分が惨めで、仕方なかった。

立ち上がって、どこかで痛みが引くまで待つことにした。目の前にある公園。虹夏ちゃんと出会った公園の中のベンチに、足を引き摺りながら腰掛けた。

ギター…傷が入ってないかな。ギグバックを開いて中を確認しようにも、あたりは暗くてまともに確認できない。家に帰ってから、確認することにする。ギグバックを脚の間に挟み込んで、顔を伏せた。止まりかけていた涙が、ぽろぽろとこぼれていく。止まれ。止まれ。泣くな。泣くな。

溢れる涙を拭って、拭って。何度拭いても、涙は止まってくれなくて。

頭の中に、虹夏ちゃんの言葉がフラッシュバックしてくる。

『ぼっちちゃん!』

嬉しそうに私を呼ぶ声が。

『ぼっちちゃん。』

呆れたように、けど、優しく私を呼ぶ声が。

『もー、ぼっちちゃーん!』

煮え切らない私の背中を、優しく押してくれた言葉が。

暗い、暗い箱の中にいた私を、虹夏ちゃんは救ってくれて。怖い時には、私の背中をそっと押してくれて。

今日、彼女がぽつりとこぼした言葉。その言葉は、誰にも見つけてもらえなかった私の過去を、夜空の下で誓ったあの夢への想いも、引き裂いてしまった。

あぁ、絶望って、こういうことを言うんだろうか。

これまでの自分を認めてくれた人が、これからの夢を誓い合った人が、自分と積み上げてきた時間を否定する。

それはきっと、あのまま見つけられなかった自分の絶望を遥かに超えている。

あの時、虹夏ちゃんに見つけてもらえなかったら。

私はきっと、惰性で学校に通って、ギターヒーローの動画を上げて。薄暗い物置の中の、ちっぽけな自分を肯定して、生きていたのだろう。けど、もう知ってしまった。

誰かに演奏を褒めてもらえる嬉しさも、仲間がいて、一緒に目標に進んでいく充足感も。みんなと一緒に演奏する楽しさも。そのどれもが、私にとってはかけがえのない宝物で、無くしたくなくて。

『ぼっちちゃん。』

『ぼっち。』

『ひとりちゃん!』

みんなの、私を呼ぶ声だけが、頭に響いて。

「うぁ…っ…あぁぁぁぁ!」

声を出して泣いた。

楽しかった思い出も、つらかったけど、みんながいたから頑張れたバイトも。もう、今日でおしまいなんだ。

あっという間だった。比喩でも何でもなく。

誰かと一緒にいて、誰かと同じ目標へと進む。それだけで、退屈だった日常が、鮮やかに彩られていた。

「いやだ…いやだよ…!」

絞り出すような声だけが夜の公園に響く。散々泣いて、泣き腫らした。私は、荒波立つ心を、抑えられなかった。

 

あれから、どれだけ経ったかわからない。

きっと、2時間は経っているだろうか。明かりがついていた住宅も、もう無い。

終電、乗り遅れちゃったな…お父さんになんて説明しよう。誰かの家に泊めてもらうわけにも、行かないだろうし。あぁ、でももう、何でもいいや。夢も、友達も、何もかも失ったんだ。何をする気力も起きないし、もう、このままここで夜を明かしてしまおうか。やけっぱちな思考を投げ捨て、目を閉じ、意識を手放そうとした、その時。

 

 

 

 

靴の地面を踏む音が響く。荒い息遣い。公園のすぐそばでその音は止まり、荒い呼吸の音だけが響いた。

 

「ぼっちちゃん!」

 

貴女の瞳は、涙で濡れていて。

荒い息を整えずに、なりふり構わずこちらへと足を進めて。

「ぼっちちゃん!」

がばっ、と、私に覆いかぶさるように、彼女は私を抱きしめた。振り払うことも、押し退けることもできない。

 

 

だって。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の肩が、小さく震えているのが、見えてしまったから。

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