ブルアカ随一の小悪党こと不知火カヤさんの99%妄想一話完結短編です。設定のガバも込みで好き勝手書いてます。実際は多分こんなにジットリとした人じゃなさそう。
先生は出ません。最終編後の話なのでネタバレ注意。

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難局

『王手、ですね』

 

『……あっ! あー! 嘘ぉ!? そっから来るの!?』

 

 木漏れ日が射し込む休憩室。業務から解放された束の間の時間。小さな丸い机とそこに置かれた将棋盤。二人の対戦者と沸き立つ年上のギャラリー。穏やかに、洗練された空気がその場を包んでいる。

 

『えーっと、ここがこうなってこうで……いや無理無理無理! そんなの読めないって! 強すぎますよぉ』

 

『では、次はもう一枚落としてやってみますか?』

 

『いやもう私はちょっと……どれだけハンデがあっても勝負になる気がしないんですよ』

 

 片方の相手が情けない声を上げながら立ち上がり、ギャラリーに混ざる。それによって空いた席に座ろうとする者は誰も居ない。皆、不動の彼女を囲みながらその指し手を賞賛し畏怖するだけ。

 

 ──だから、私は一歩を踏み出した。

 

『あの、次は私が』

 

『はい。ではそちらへ。よろしくお願いしますね、カヤさん』

 

 不躾にも対局を申し出た、まだ入会して間もない私の名前を、連邦生徒会長(その人)はそれが当たり前だと言うかのように微笑みながら呼んでみせた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 それらは突如として現れ、未曾有の災害としてキヴォトスを襲った。虚妄のサンクトゥムタワーと守護者達。そしてその元凶であるアトラ・ハシースの箱舟。

 

 同時期に発生した連邦生徒会内での混乱やカイザーコーポレーションの暴挙も合わさり多くの被害と謎を残すも、最終的には数々の生徒とそれを率いた先生の活躍によって一連の事態は収束を迎える。

 

 しかし、その後の連邦生徒会はある意味で地獄の様相を呈していた。

 

「今最も優先すべきはD.Uシラトリ区の完全復旧でしょう。でなければ各学園、各地域への復旧援助もままなりません。本部での連絡対応の人員を最低限にして──」

 

「クロノスの報道に対して幾らかの規制を行うべきです。アレでは市民に無駄な混乱を──」

 

「鐘崎港付近にてヘルメット団らしき集団が──」

 

 今回の事件における後片付け。無論その音頭を取るのは事件の中心地かつ行政組織である連邦生徒会であり、直前の箱舟攻略戦から合間なく動くことを彼女達が強いられるのは自明の理だった。

 

「……あのさ、もう帰ってもいいかな。なんで世界を救った後にこんなチマチマしたことしなきゃなんないの」

 

「ダメですよモモカちゃん……ああ、まだ書類がこんなに……」

 

 虚ろな目で十袋目の菓子に手を伸ばすモモカ。同じく虚ろな目で山のような書類を抱え込むアユム。連邦生徒会メンバーのほとんどがこの二人と大差無いコンディション。

 

 しかしそれでも消化すべき仕事は減らず、むしろ増える一方。災害を退けた後とは思えない暗澹とした空気が広まりつつあった。

 

「ん、しょ。……リン先輩、大丈夫でしょうか」

 

 アユムの視線の先にはメンバーの中央に立ち、多くの判断と指示をこなすリンの姿がある。防衛においても常に先頭に立ち続けた彼女は変わらずの平静を保ち、課せられた役割に従事している。

 

「ええ、分かりました。では早速復旧準備に取り掛かりましょう。まずは協力が見込める生徒達への連絡を。復旧資材と人材調達の資金については財務室長へ相談を……っ」

 

「あっ、リン先輩!」

 

 と、思われていた。突然目頭を押さえフラつくような仕草を見せたリン。アユムは慌ててリンの元へ向かおうとしたが、抱えられた書類が宙を舞うことは無かった。

 

「少し休んではどうですか、リン行政官」

 

「……防衛室長」

 

 いつものような笑顔に細められた目。連邦生徒会所属防衛室長、不知火カヤが机に体重を預けるリンの肩に触れた。

 

「傍目に見ても分かるくらいには顔色が優れませんよ? 無理をして業務に支障が出ては本末転倒。財務室長も心配しているようでした」

 

「……」

 

「幸い次に動くべき目標は定まったようですし、後は私達に任せて下さい」

 

「……そう、ですね。分かりました。少し仮眠を取ってきます。出来ればその間に大まかな復旧プランの素案を作成していただけると助かります」

 

「了解です」

 

 そうしてリンは一時その場を離れる。ゆっくりと休憩室へ向かうその背中を目で追い、アユムはほっと一息をついた。

 

「よかったあ。リン先輩、休んでくれるみたいです……」

 

「私もサボりたーい。それにしてもあの人はあんまし疲れてる感じじゃないね。こっちの仕事全部やってくれないかなー」

 

「モモカちゃん……」

 

「冗談冗談。……や、別に冗談でもないんだけど。はーあ、こういう時こそ生徒会長が居ればなあ……あの人が居ればあっという間にスパパっと終わって好きなだけサボれるのにぃ」

 

 モモカが呟いた何気ないその一言。その力の抜けたぶん投げ希望の言葉は呆れた様子のアユムにだけでなく。

 

「……」

 

 リンの業務を引き継ぎ、手元の資料に目を通していたカヤの耳にもしっかりと届いていた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

『……参りました』

 

 完璧に封殺された盤面を前に、私は敗北を認めるしかなかった。終始勝ち筋の見いだせない無慈悲な対局。私達を取り囲むギャラリー達は会長を褒め称え、叩き潰された新人である私に慰めの言葉を送る。

 

 将棋……いや、この手のゲームには自信があった。相手の手を読み自身の戦略を通す。大局を見る眼。自分にはそれがあると思っていた。

 

『何枚か落としてもう一度やってみますか?』

 

 俯く私に会長は慈悲を示す。

 

 悔しい。でもそれ以上に、目の前の余裕の表情と声音を一片たりとも乱せなかった自分に怒りが湧いて来た。

 

『そのままで。もう一局、お願いします』

 

 それ以来、隙を見て私は何度も会長に挑んだ。将棋だけではなくチェスで挑むこともあったが、結果として得たのは進歩を感じられない敗北だけ。それでも何度か問われたハンデは絶対に貰おうとしなかった。

 

『なぜ、会長はそこまで強いのですか?』

 

 ある時、オフィスの外部にあるテラスの一角で、小さな机と生徒会の備品である簡易的な布製のチェス盤に並んだ白黒の駒を挟みながら、ふとそんな質問をした。

 

 天候の優れない日で、肌寒い風が時折吹いていたのを覚えている。

 

『責任を預かっているからですよ』

 

 会長は駒を動かしたながらそんな不明瞭な答えを出した。苺の香りがする紅茶の湯気がその横で揺蕩い、濡れたカップの縁が鈍く光っている。

 

『立場が人を育てるということですか。それとも、強者(あなた)にぶら下がった弱者(わたしたち)の存在がそうさせているのですか』

 

『そういうことかもしれません』

 

『でも私はそれでは足りないように思えます。どんな立場を得ても、いかなる経験を積んだとしても、誰も貴女に及ぶ気がしません』

 

 何を言っているのか自分でも良く分からなかった。漠然とした指し手への憧れから生徒会に入って、その中枢に立つ超人に言い難い感情を抱いた。そうして何も分からないまま、私は質問していた。

 

『そうですね、本当に大切なのは……』

 

 会長はそこで言葉を詰まらせた。その内、昼休憩の終わりを告げるチャイムがオフィスから響いて来た。

 

『また次の機会に持ち越しましょうか』

 

 結局その続きは聞けず、盤と駒を片付け始めた会長に私も続いた。

 

 会長は当然、何もしなくても盤面の状況を次の機会まで覚えているのだろう。でも私はこの勝負を次の機会に持ち越すことに意味を感じられなかった。私の目で見る限り、どうしようもなくこちらが詰んでいるのだから。

 

『安心してください。カヤさんは強くなっていますよ』

 

 去り際、超然とした笑顔で私にそう告げた会長の目には、私には見えないその盤面が示す私の勝ち筋が映っていたのだろうか。

 

 その数日後、会長は何の前触れもなく失踪した。次の機会が訪れることはなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「そうして復旧計画に介入したと」

 

「ええ、まあ」

 

 カヤが座する防衛室長のオフィス。そこには室長であるカヤの他に、本来であれば存在しない筈の生徒が居た。

 

「それもシャーレ廃絶の一環なの?」

 

 元SRT学園所属。FOX部隊リーダー、七度ユキノ。カヤの統制下にある彼女は日課である自身の装備の点検を行いながら、デスクに座るカヤに問いかける。

 

「大局的に見ればそうかもしれませんが……直接的な原因にはなり得ませんね。これはむしろ事が起こった後の布石と言うべきでしょうか。彼らの手はやはり必要ですから」

 

「……もしかして、カイザーともう一度手を組む気?」

 

「ええ」

 

「普通ならまずあり得ない選択だよ。また失策の尻拭いをするハメにならなきゃいいけど」

 

「尻拭い、という表現は適していませんね。私がFOX小隊(あなたたち)という優秀で信用の出来る駒を確保していたからこその結果です。貴方達は私の想定通りの働きをしてくれていますよ」

 

「失策には否定しないんだね」

 

「それは認めるべきですから。……そうでなくてはこの先に進むことは出来ない。その上で背中を刺した相手とも笑顔で手を取り合う。そのくらいのことをしなければ、凡庸からは抜け出せません」

 

 カヤは椅子を微かに動かし、デスクの端へと視線を向けた。そこにはゲームの最中で静止した状態のチェス盤が置かれている。

 

「私が無理に事を起こさずとも既に生徒会内部でのリン行政官の信用は失墜しています。元より彼女が代行を務めることに反感を持っていた人は少なくありませんでしたしね。復旧作業が終わり次第彼女は確実にその役割を追われる。そうなればもう、目の前です」

 

 うわ言のように呟きの先にあるチェス盤。その布地の端には何かを零したようなシミがあった。

 

 そこに向かう視線と表情からは常に余裕を崩さない彼女にしては珍しく、笑みが消え去っている。

 

「目の前なんですよ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 会長が居なくなってからの連邦生徒会は酷いものでした。終末が来たかのように騒ぎ立てて、残った自分達には扱いきれないと短慮からSRT()を捨て、自らの首を絞めていく。

 

 用意した代行にすら疑念を抱き、挙句の果てには会長、会長と。餌をねだる雛鳥か。それとも救済を待つ愚民のようにか。失踪の根本原因が自分達かもしれないということも理解せず、正直言って見ていられませんでした。

 

 だから、私が上に立つことにします。

 

 カイザーコーポレーションをバックに抱え、場合によっては生徒会そのものに牙を剥きかねないシャーレと先生を排除し、SRTという強力で従順な駒を復活させ、反対派閥は徹底的に排除する。

 

 その間に数々の試練が私を襲うでしょうが、その全てを乗り越えてみせましょう。そこまでいけば盤石です。

 

 ──そうなればもう、会長は必要とされなくなりますね。貴女が帰って来た時、そんな自らが介入する余地のない生徒会を見てどういった感情を抱くでしょうか? 

 

 怒りですか? 後悔ですか? 失望ですか? 諦観ですか? それとも安堵でしょうか。

 

 変わり果てた生徒会を見る会長を、私は招き入れるでしょう。そして再開するのです。あのゲームの続きを。

 

 会長。

 

 貴女が見たゲームの先に追いつく為であれば、私は人を超えてみせますよ。

 

『熱っ……あっ! ……えへへ、零しちゃいました。ちゃんと拭き取ったらバレません、よね? カヤさん、このことはどうかナイショに……』

 

 そうして初めて──貴女がなんでもない、ただの人であることが証明されるんです。


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