隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった 作:ハッピーエンド大好きクラブ
立川虎次郎はいつも役者になりたい夢を母親に否定されていた。
母親の立川明美は苺プロダクションに所属する人気女優。どんな役でも完璧にこなし、求められている以上の演技を魅せる。
唯一の欠点はコミュ力の低さ。元々人見知りな部分もあり、撮影以外では滅多に口を開かない。
撮影以外は基本喋らないが、息子の話を吹っ掛けるとキャラが変わったように流暢に話し出す。
それはほぼ惚気に近く、心臓が飛び出るくらい息子が愛らしいといった自慢ばかり。
しかし息子本人に「愛してる」と口にしたことは一度もない。理由は至極単純、恥ずかしいから。
役者になりたいと駄々をこねる息子を本当は応援してあげたいけど、現実はそんなに簡単ではない。
「お前には才能がない。役者になっても食っていけないから公務員にでもなれ、だってさ!」
自宅の近くにある公園で虎次郎は友達のアクアとルビーに母親への不満をぶち撒けていた。
「一回だけ事務所と契約組んで映画に出させてもらったことがあるんだよ。俺は精一杯頑張ったのにボロっ糞に言われてさ……マジで嫌いだわ!」
「子供が難事件を解決するミステリー映画だろ?テレビでやってたけど結構面白かったぞ」
「虎くんの演技他の子よりも上手だったよ?」
猟奇的殺人鬼に両親を殺された主人公が警察と手を組み、犯人へ復讐を果たそうとする。物語終盤、虎次郎演じる主人公の弟が涙を流して復讐を止めるシーンは演技とは思えない悲しさが詰まっていてアクアとルビーは大号泣してしまった。
有馬かなのような演技力が虎次郎にはある。そう思わせる実力は既に備わっているはずだ。
「あの子のが上手だったけどな。あの……あかねだったっけな。スゲェ自然体な演技してた」
スコップで落とし穴を作ってやろうと砂場で掘りまくる。
「そういえばお前らが大好きなアイ、ドーム公演決まったんだってな」
虎次郎は知らないことだが母親の話を振られ、即座に反応するアクアとルビー。
「そうなんだよ虎!明日は俺達の愛するアイがドームで輝く日なんだ!もう楽しみで寝れないよ!」
「あ〜!早くアイが歌う姿がみたい〜!」
「いいなぁ。俺なんか母ちゃんにどっか遊びに連れてってもらったことないんだよな。家にいなさい家にいなさいって、明日もだ。お前らが羨ましいよ」
仕事が忙しいのは理解してるけど、やっぱり寂しい。こんな自分とは違って、遊びに連れてってくれる母親がいる二人が心底羨ましいと感じる。
「お前らの母ちゃんを見てみたいよ……」
明日はアクアとルビーはドーム公演に行ってしまう。遊び相手がいなくなることに寂しさを覚え、虎次郎は砂遊びが急速につまらなくなってしまった。
翌朝になり、目が覚めた虎次郎は寝室からリビングに行くとテーブルにはラップに包まれた朝食が置かれていて「今日も遅くなると思うから。お昼と晩ご飯は冷蔵庫に置いてあるからチンして食べて」と書かれた紙が貼られていた。
「…………いい加減グレるぞ母ちゃん!!」
紙をぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に放り投げる。文句を垂れながら朝食を平らげ、歯磨きをしたあとはパジャマから私服に着替え、サングラスをかけて母親に頼み込んで買ってもらった木刀片手に玄関でお気に入りのシューズを履く。
鍵を開けて外に出ると、隣の部屋の扉の前に白い花束を持った黒ずくめの男が立っていた。
なんだコイツ?と訝しむ視線を向けるが、黒ずくめの男はブツブツと何やら呟いていて虎次郎の存在には気付いていない。
どこからどう見ても不審者にしか見えない男に、虎次郎は声をかけようか迷う。
本当に不審者だったらどうしよう。虎次郎は黒ずくめの男が呟いている言葉に耳を傾ける。
「ファンを裏切りやがって…………殺してやる………殺してやる……殺してやる殺してやる」
「………………………」
足音を立てないように慎重に歩いて黒ずくめの男の背後に回り、サッカーボールを蹴る体勢に入った。
右足を後方へ振り上げ、角度を見極め、タイミングを合わせる。
黒ずくめの男がポケットからナイフを取り出し、その手でインターホンを鳴らそうとした瞬間。
「せーのっ!」
ゴッ、キンッ!!!!!!
黒ずくめの男の股間を思いっきり蹴り上げてやった。
「〜〜〜〜〜っ!?!???」
声にならない絶叫をあげ、黒ずくめの男は花束とナイフを手からこぼして股間を抑える。
尋常ではない痛みが電流のように迸って脳天を貫く。
「おらぁっ!!」
虎次郎はもう一度股間を蹴り上げた。次はさっきよりも強く、斜め下の角度から。
またもクリーンヒットし、黒ずくめの男は転ぶように床へ仰向けになった。
何が起きたのか理解できず、ただ股間に激しい痛みだけが走っている現状に恐怖すら覚え無様に泣き崩れる。
「お前不審者だな!ナイフなんか持って、人を殺すのは犯罪なんだぞ!」
ここで男は股間を2度も蹴り上げた犯人を知る。グラサンをかけた幼稚園児だ。
「お、おま、こ、この、クソガキ」
脂汗がじんわりと滲み、激しい痛みが股間から腹部へと重くのし上がってきた。
虎次郎は木刀を握り、上段に構える。しっかりと狙いを見据えて、力の限り振り下ろした。
「ギャァァアァアアアアア!!!!!!!」
見事股間に命中し、男は本日二度目の絶叫をタワマンに響き渡らせた。
だがここで虎次郎の手が止まることはない。相手はナイフを持っていた不審者。きっと隣の部屋の住人を殺そうとしたんだ、そうに違いない。
「待って、ゆ、許して……!違うんだ……アイが、アイが悪いんだ……俺を裏切ったから…………アイが」
「訳のわからねぇこと抜かしてんじゃねぇ!死ねっ!」
ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!
何度も何度も木刀を叩きつける。次第に男は抵抗しなくなり、丸まって動かなくなった。
念の為にもう30発くらいぶん殴っておくか迷ったが、その前に騒ぎを聞きつけた隣人がドアを開けて現れた。
「あ、アイじゃん!」
虎次郎の言葉にハッと我に返った黒ずくめの男は発狂して起き上がるが股間を執拗に狙われたせいか思うように足に力が入らず、こめかみに木刀のフルスイングを喰らった。
「もう二度と起き上がんなっ!死ねっ!」
またも仰向けに倒れた黒ずくめの男。無防備になった股間へ全身全霊を込めた一撃をお見舞いする。
黒ずくめの男は「ふぐっ!」と情けない声を出して失神した。
見るも無惨な姿に変わってしまった男に虎次郎は十字を切る。
「一件落着だな!」
一人満足している虎次郎を他所にアイはスマホで救急車を呼んだ。
「ママー!どうしたのー?」
「ルビー、今は来ちゃダメ!」
「ルビー?」
玄関の奥、リビングからこちらを覗いている二人に気づく。
見覚えがある、そうだ、アクアとルビーだ。虎次郎は指を指して「あー!」と叫ぶ。
「アクア!ルビー!お前らアイの家に転がり込んでたのか!?」
「「そんなわけないだろ(でしょ)!」」
一番の被害者は黒ずくめの男、リョースケ。なわけねぇよなぁ!?なんだったら股間にナイフを突き立てられるくらいの罪を犯してんだよコイツぁ!!
このあと無事病院へ運ばれていったが息子が立ち上がることは二度とこないそう。可哀そうだね。みんなリョースケを励ましてやってよ。
本作品のヒロインは黒川あかねちゃん。これはプロローグ的なお話なので次回はぶっ飛んで高校生編から始まるよ。
虎次郎の演技力は普通にハリウッド進出して大成できるくらいです。あとアクアと歳は一緒の幼稚園児。
母親が愛してると言える日は来るんですかねぇ。