隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった 作:ハッピーエンド大好きクラブ
ジリリリリリ──────!!
朝6時にセットしていた目覚ましがけたたましく鳴り響く。耳障りな音に目を覚ました虎次郎はベッドから起き上がって目覚ましを止める。
大きなあくびをしたあとにカーテンを開いて窓から差し込む光を全身に浴びる。
「んー!いい天気だな!」
背筋を伸ばして、清々しい朝を迎えられたことに感謝を示す。
トイレを済ませたあとは洗面所で顔を洗う。冷水がまだ覚醒していない頭を完全に呼び起こす。
リビングに入ってまずは朝のニュースを視聴する。三十分ほどして虎次郎は冷蔵庫から卵一つと牛乳を取り出した。
今日はホットケーキの気分だ。だから朝食はホットケーキにする。未開封のホットケーキミックスを開けて、ボウルに材料をぶち込んでから泡立て器で軽く混ぜる。
熱したフライパンにバターを放って溶けた後に生地を流し込んでいく。
「うし。良い焼き具合だな」
ふわふわに焼けたホットケーキを皿によそって予め泡立てておいたホイップクリームをのせる。
朝食のメインが完成した次はミキサーの容器へ牛乳を注いでバナナ一本を何個かに切ってからそれも入れる。
ミキサーにかけて出来上がったバナナミルクをコップに注いで、虎次郎はテーブルに腰掛けた。
手を合わせて「いただきます」と口にしてホットケーキを口にする。
100点中86点の味だ。焼き時間がやや長かったせいかふわふわ感が若干乏しい。
まだまだ修行が必要だなと自己反省してから朝食を食べ終える。
食器を洗って片付けたあとは歯を磨く。「今ガチ」の収録が終わってから次の仕事も特に決まってないし、今日は休日だからどれだけ寛いでも誰にも怒られない。
試しに母親にラインスタンプを大量に送ってやろうか。
………………やっぱりやめておこう、どうせ休日も仕事で忙しくしているだろうし。
「本でも読むか…………」
虎次郎は水上桃衣氏著作ライトノベル「
「EATER」は小説サイトで大人気となり書籍化された桃江氏の代表的な作品だ。
既に完結している十年前の作品だが今現在も人気が衰えることはなく、風のうわさでドラマ化されるのではという話がネットで出回っているようだ。
時間を忘れて読み耽けているとテーブルに置いていたスマホに突然着信がかかった。
「……………?」
時刻は10時過ぎ。誰だ?と思いつつスマホを手に取って着信相手を確認する。
────────【黒川あかね】
彼女からの着信だ。出れない状況でもないし、虎次郎は心に余裕を持って、震える手で通話に出ることを選択した。
「もしもし、黒川か?どうした?」
なんの用があって連絡してきたかは不明だがここはあかねの彼氏として冷静に対応しなければならない。
『急にごめんね虎次郎君。今日って何か用事とかあるの?』
「用事?いや、特にねぇけど」
『良かったらさ、デート行かない?虎次郎君と観に行きたい舞台があって』
「舞台か…………ん、ちょっと待てデート!?」
デート。それは交際中又は互いに好意的な男女が日時や場所を決めて会うことを指す。
虎次郎とあかねの関係性を考慮すれば彼女からの誘いを呑めば100%デートになってしまう。
虎次郎は顔を赤くしてデートは嫌だと口にする。
「ま、まだそこまで仲良くなってねぇだろ!」
『私とのデートは嫌かな?』
「うぐっ!?い、いや………別にそういうわけじゃ…………と、とにかく!今日はダメだ!また今度だ!」
無理やり会話を押し切って通話を終了する。あかねのことは彼女だと認識している虎次郎だが、デートなんて恥ずかしくて二人で外を歩く勇気が出ない。
そもそも虎次郎は舞台が苦手なんだ。あかねに自宅は割られているし、逃走するために動きやすい服装に着替えてから虎次郎は玄関の扉を開ける。
扉を開けた先にはあかねが満面の笑顔で待機していた。
「それじゃあデートいこっか!」
「うぎゃあぁあああああ!!!!!!!」
割とマジで腹の底から叫び声が出た虎次郎だった。
──────────四時間後。
断られることを前提に虎次郎の自宅前に待機していたあかねは力づくで彼を連れて前々から気になっていた舞台を観に行った。
その後は近くの喫茶店で休憩がてら遅めの昼食を取ることにした。
「……………………」
相席している彼氏、もとい虎次郎は心配になるくらいげっそりした表情で項垂れていた。
楽しんでもらえると思っていたのに、見るからに心身にダメージを負っている虎次郎を前にあかねは引き攣った笑みを浮かべた。
「と、虎次郎君。どうだった?」
もはや聞くまでもないことを尋ねてしまう。こんな地獄みたいな空気になるのなら舞台じゃなくてテーマパークとかにしておけばよかったと後悔だけが心に残る。
「…………面白かった。面白かったんだけどさ、舞台役者の演技力が段違い過ぎて純粋に楽しめないんだよなぁ」
「ずっと前に言ってたもんね。舞台は苦手だって…………ごめん」
「謝ることじゃねぇさ。俺が役者として凡人なのが悪いんだからな。ドラマとか舞台を観るとどうしても演技の中身を知ろうと考えちまって、ストーリーそのものが楽しめないんだよな。知識を得ようと他人の演技を血眼になって魅入っちまう」
「君は自分の作品にも満足してないの?」
「してねぇな。ディアボロも可能なら俺のところだけ全部録り直してもらいたいぐらいだよ」
虎次郎は他者の演技を認めることはあっても、自分の演技を認めることは絶対にない。
それは過去に共演したことのあるあかねがよく分かっていることだ。
「私は虎次郎君の演技は誰にも真似できないくらいすごいと思ってるよ?」
「おだてるなよ。お前には負けるさ。お、注文したのが来たみたいだぜ」
「本心で言ったのに………」
注文したナポリタンとカルボナーラが届いた。虎次郎はカルボナーラを、あかねはナポリタン。
「ん、このナポリタン美味しい!」
初めて入った喫茶店だが、予想以上に味が良い。あかねは虎次郎の方へ顔を向ける。虎次郎は盛り付けられたカルボナーラの山の下から斜めにフォークを差し込み、少しずつ巻き取ってすくうように口元へ持っていく。
「虎次郎君ってさ、行儀良いよね」
「食事マナーは最低限のルールだろ。特に人目につく場所なら尚更な。………………ん?」
虎次郎はあることを思い付いた。今日はあかねに振り回されたんだ、少しぐらい反撃したってなんの罰も当たらない。
カルボナーラを一口巻き取って、あかねの口元へ運んでいく。
「ほら、あーんしろ」
「──────ぇ!?」
まさかのあ~ん攻撃にあかねは動揺して手に持っていたフォークを落としてしまう。
「ほら、早くしろ。冷めちまうだろ」
「あ、う、うん……………あ、あーん」
「結構美味いよな、コレ」
「お、美味しいです……………」
虎次郎が放ったボディーブローは華麗に決まった。
あかねは落ちたフォークを拾って新しいのに交換してから、反撃と言わんばかりに自分のナポリタンを絡め取って虎次郎へ持っていく。
「じゃあ私も。虎次郎君、はいあーんして」
「────────」
虎次郎はプイッとそっぽを向いて断固拒否する。
「お口開けてよ」
「要らね──ふぷぅ」
返事をしたタイミングを見計らって口の中へ押し込まれた。
「────うめぇ」
「でしょ。なんだが嬉しいな。虎次郎君からあーんしてくれるの」
「うるせぇバーカ」
フフ、とあかねは嬉しそうに笑う。虎次郎はよく「うるせぇバカ」と口にするが、それは照れ隠しで言うことだとあかねは分かっている。
「この後どうする?」
「あー、タクシー拾ってイオン行こうぜ」
「何か買うものでもあるの?」
「ハエ叩き」
「……………なんで?」
「アクアのケツぶっ叩くためだよ」
本当は空になったシャンプーを買いに行くためだ。昼食代は虎次郎が支払い、タクシーに乗ってイオンモールへ向かった。
休日のイオンモールは人で一杯だ。あかねが店内にある「しまむら」で上着を買いたいと言ったので付き合うことにした。
「虎次郎君、これどうかな?」
「お前はそれよりこっちの方が似合ってると思うぞ」
「あ、これもいいね。うーん、どうしようかな」
悩んだ末に虎次郎が似合っていると言ったライトジャケットを買うことにした。
新しい上着、しかも彼氏からのお墨付きを購入できたことにあかねはかなりご満悦な様子。
めちゃくちゃ嬉しいから手でも握っちゃえと隣を歩く虎次郎の手を握ってみた。
すると手を払われることもなく指を絡めてきた。
予想してなかった行動にあかねは虎次郎の横顔を見つめてしまう。
「………………………」
若干頬を赤くしている。恥ずかしいけど手を繋ぐ行為に愛情を感じて内心喜んでいるんだと、虎次郎の心情を理解した。
「なぁ黒川、お前家の晩飯って決まってるのか?」
「晩ご飯?えーっと、確かお母さんが揚げ出し豆腐にするって言ってたような………」
「豆腐……豆腐か。そうだな、晩飯は豆腐ハンバーグにでもするか」
今日の夕飯のメニューが決まったところで早速材料の買い出しだ。
総合スーパーに向かおうとすると、あかねが繋いだ手を引っ張ってきた。
「どした?」
「あのね、今日……私の家で晩ごはん食べない?」
一瞬、思考が吹き飛んでしまった。脳細胞が一致団結し、木っ端微塵になった思考をかき集めて修復してくれた。
「お──あ、ああ。そういうことか。そうだな、彼氏が彼女の家に上がるのはなんら不思議なことじゃないしな。うん。けどさ、そういうのはちゃんとお前の家族の許可がないと。俺たちはまだ学生の身だし、超えちゃいけないラインってのがあるだろ?それは親御さんが一番良くわかってることだし、まずはそれをどうにかしねぇと」
「お母さんはお礼がしたいから是非来てほしいって言ってたけど」
────────────終わった。
もう何も言えなくなったので虎次郎は口を開かず黙って頷いた。
彼女の家でご飯をご馳走になることは確定事項になってしまったが、目的のシャンプーはまだ買えていない。
買い物かごを引っさげてどのシャンプーを買うか迷っていると、スマホから着信がかかった。
着信主を確認するとルビーからだった。出てみると、開口一番酷く焦ったような声色が聞こえた。
『もしもし虎!急にごめん、今すぐ事務所に来てくれる!頼みたいことがあるの!』
随分と突然だ。だが今はあかねとデートの真っ最中な為、それは難しいことを伝える。
「あー、可愛いルビーちゃんの頼みでも今日は無理だぞ。今黒川とデー……黒川の買いもんに付き合ってっから」
本当は自分の買い物だが、敢えてはぐらかす。
「虎次郎君、誰から?」
「ああ、俺の妹みたいな奴からだよ」
「──────は?」
シュッ、と手が伸びてスマホを取り上げられた。通話を切られ、光の失った瞳を向けられてあかねに詰め寄られる。
「妹って誰?虎次郎君は一人っ子だよね?」
「あ、いや、アクアの妹だよ!保育園の頃からの付き合いだからさ、俺が勝手に妹として接してるだけで…………」
悪いことをしたわけじゃないのにまるで怒られてるような気分だ。
あかねはアクアに妹がいたことにびっくりしたようで、慌てて「ごめんね」と口にした。
ずっと好きだった人がルビーなのも言おうと思ったが、その瞬間に背筋が凍りつき、やっぱり言わないでおこうと決断した。
誤解も解けて無事新しいシャンプーを購入。もう用はないのであかねの自宅へ行くことにした。
もう時刻は五時を回って空はゆっくりと夕焼けに染まっている。
あかねが玄関を開くと彼女の母親が笑って出迎えてくれた。
「いらっしゃい虎次郎君。狭い家だけど遠慮しないでゆっくりしていってね」
「ああいえ、こちらこそ。狭い家だなんてとんでもない……お世話になります」
お互い深々と頭を下げた。夕飯まで時間があるためあかねは自分の部屋に虎次郎を招く。女の子らしい部屋を前に虎次郎は全身の震えを抑えられず、おぼつかない足取りで座り込んだ。
「黒川、悪いけどトイレ借りてもいいか?」
「勿論いいよ、部屋から出て右に歩くと直ぐだから」
「サンキュー」
スマホをテーブルに置いてから虎次郎はトイレへ向かった。
あかねは無造作に置かれた彼氏のスマホを手に取り、画面を開く。
パスワードを設定されていない。指紋認証もされていない。あかねの顔は自然と口角が上がっていく。
「馬鹿だなぁ虎次郎君。ちゃんとロックしないと、悪い女に見られでもしたら大変だよ?」
虎次郎が保存している連絡先を自分のスマホカメラで撮って、次にラインの友達も把握する。
「他の女の連絡先がかなり多いな。虎次郎君のことだから断りきれずにライン交換した感じかな。虎次郎君押しに弱いしなぁ」
場合によっては────────
「悪い黒川。助かった」
トイレから虎次郎が戻ってきた。あかねは何事もなかったかのように振る舞う。
あかねは前々からあげようと思っていたぬいぐるみのストラップを虎次郎へ見せる。
「これ虎次郎君にあげるね、はい」
「なんだこれ、ストラップか?」
「可愛いでしょ。柴犬のぬいぐるみストラップ。虎次郎君に似合うと思って」
「わざわざ俺のために買ってきてくれたのか?」
「うん。喜ぶだろうなって思って。嫌だった?」
虎次郎は首を横に振って、貰った柴犬のぬいぐるみストラップを早速スマホに付ける。
犬は好きだし、何よりあかねからのプレゼントだと尚嬉しい。
「ありがとな。俺これ好きだわ」
「気にいってもらえてよかった」
虎次郎は、優しい人間だ。人を疑うことをあまりしない。心のどこかで避けている。
だから、彼女がくれたぬいぐるみストラップの中に仕組まれた「物」に気づかない。
あかねはニッコリと笑う。その瞳の奥に純黒の星が堕ちた。
虎次郎はおバカさんです。その後は特に何事もなくご飯をご馳走になって帰宅したそうな。ただあかねが気持ち悪いくらい上機嫌だったのが気がかりなそうですねぇ。
さて、次回は新生「B小町」センター争奪戦の続きとなります。
もしイオンにいたときにピュア次郎が「ルビーは俺の初恋の人だったんだよwww」と口に出していればその時点で恐怖の逃走中が始まっていました。命拾いしたね。
次回をお楽しみに。感想山程頂戴ね。