隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった   作:ハッピーエンド大好きクラブ

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魅せる狂気

 

 

舞台「東京ブレイド」スタッフ顔合わせ当日。

ミヤコ運転の元、虎次郎とかなは劇団ララライ本社へと向かう。

今日はララライが管理するBスタジオで集合することになっているため、二人は軽く会話しながら廊下を歩く。

 

「劇団ララライって硬派なイメージだったけれどよくもまぁ2.5受けたわよね」

 

舞台には長い歴史が存在し、多様性に優れた作品が充実している。かなが言った2.5というのは「2.5次元舞台」の略称。

二次元とされる漫画やアニメ、ゲームを原作とした作品を舞台やミュージカルで再現しているものだ。

とは言っても、舞台経験なんて皆無のかなからしたら少し緊張する。

 

「アンタからしたら珍しいことなのか?」

 

「ええそうよ。劇団によっては2.5は絶対やらないってのもあるから」

 

二次元の実写化は賛否が分かれる作品が多い。過去には日本の超人気バトル漫画をハリウッドが実写化し、ぐうの音が出ないくらい大コケした作品もある。

監督が謝罪のコメントを出すほどに発展した問題となった。それを舞台に置き換えたとしても同じと言える。

失敗すれば大批判は免れないだろう。

 

「まあ気長にやろうぜ。俺やる気ないし」

 

「アンタねぇ…………それでも大女優の息子なわけ?」

 

「クソババアの話はすんじゃねぇよ」

 

好き好んでオファーを受けたわけじゃない。あかねの策略に嵌まったせいだ。

なんてことを考えていると、後ろから妙に覚えがある顔の役者が通り過ぎた。

かなが誰なのか気づいたのか、ぎこちない笑顔を浮かべて「メルトくん、久しぶり」と声をかけた。

 

「……………オス」

 

「メルト?メルトって…………」

 

「今日あまの主演やってた子よ」

 

「あー思い出した。今日あま台無しにした大根役──ふごっ!?」

 

──────ドゴォッ!!

 

かなの右ストレートが鳩尾に炸裂した。

 

「コイツは気にしなくていいから」

 

「あ、ああ…………まあ分かるけどな。今日あまの悪夢再びとか思ってんだろ?」

 

彼は鳴嶋(なるしま)メルト。「今日は甘口で」という少女漫画を原作としたドラマに主演で出たことがあり、センスのかけらもない大根演技のせいでボロクソに批判された苦い過去を持つ。

それはもう酷い演技で、「今日あま」を数話視聴した虎次郎は終始笑い転げていた。

 

「あれが初めてだったんだから大目に見てくれなんて言わないけどよ。あれから九ヶ月……ちょっとは勉強?してだな。前よりかはマシになってると思うから、駄目だったら遠慮なく言ってくれ」

 

「今日あま」が終わってから彼は演技について勉強を始めたようだ。

かなは先を行くメルトを見つめて、あの時とは何処か雰囲気が変わっていることに小さく期待を抱いた。

ほんの少しでも役者として成長できていれば、それだけで価値が生まれる。

彼が言った通り、修正する箇所があれば厳しく指導していこうと決めた。

 

Bスタジオには既にキャストが集まっていて、虎次郎達は挨拶を済ませる。

遅れてやってきた総合責任者の雷太澄彰がキャストとスタッフに明るく声をかけて自己紹介をしようと口にした。

 

まずは劇団ララライ代表兼演出家の金田一敏郎(きんだいちとしろう)。売れっ子脚本家のGOA(ゴア)、2.5次元経験豊富な鴨志田朔夜(かもしださくや)

 

「あいつも鏑木組」

 

メルトがぼそっと呟く。どうやら鴨志田朔夜は鏑木Pに選ばれた2.5次元俳優だそうだ。

ララライの役者の紹介が始まり、黒川あかねの名前が呼ばれるとかなが誰にも聞こえない程度に小さく舌打ちを打った。

 

「最後に主演を務める…………」

 

雷太が東京ブレイドの主人公役を務める役者へ目をやる。壁にもたれかかって眠っているようで、金田一に「起きろ!」と足を蹴られてやっと目を覚ました。

 

「あぁサーセン。この芝居の主演を務める……役名なんだっけ…………」

 

彼は姫川大輝(ひめかわたいき)。どこか気の抜けた印象だが彼の芸歴を聞けば目を疑うだろう。

劇団ララライの看板役者で帝国演劇賞最優秀男優賞を受賞したことがあり、月9主演の経験もあるそこらの役者とは一線を画すプロの俳優だ。

ララライには姫川大輝と黒川あかねがいる。この二人と同じ舞台に立つ事実に虎次郎はモチベーションがどんどん下がっていく。

 

この場の全員の足を引っ張ってしまうことが恐ろしくてたまらない。かなには言ってないが足が震えて仕方がない。血の気が引いて背筋が凍えている。

 

「このメンバーで一丸となり、舞台東京ブレイドを成功に導きましょう!」

 

雷太が大きな声で皆のやる気を鼓舞するものの、虎次郎だけが不安と緊張に苛まれていた。

 

「今日は顔合わせだが主要メンバーは集まっているようだし、このまま本読みもやっちまうか」

 

金田一はキャスト陣に準備運動程度に本読みをやることを提案した。

台本を渡された虎次郎は自分が演じる「刀鬼」の台詞をざっと確認する。

 

 

「東京ブレイド」は幾つかのチームが抗争を繰り広げ、いつしか互いに友情や愛情を深めていく王道バトル漫画だ。

主人公達の「新宿クラスタ」に有馬も所属していて、あかねと虎次郎達が所属する「渋谷クラスタ」が敵として立ち塞がる。

今回の劇はこのチームが戦う「渋谷抗争編」を柱にシナリオが展開される。

 

 

虎次郎は台本を流し読みし大体覚えて本読みに挑む。

 

 

 

 

 

 

「今回下手な子いないねぇ」

 

感情を乗せて役を演じる皆を眺めながら雷太は金田一へ話しかける。

芸歴の長い有馬かなやララライの面子が演技を出来るのは当たり前として、鳴嶋メルトも中々仕上げてきている。

 

「あかねちゃんと有馬ちゃんの同世代新旧若き天才対決もアツいよねぇ」

 

あかねは役に入り込む「没入型」。対するかなは周りの演技を綺麗に受ける「適応型」。

演じ方もそれぞれ対象的だ。雷太目線だとあかねの方が一枚上手のように感じる。

彼の意見を金田一は濁して返した。

 

「うちには姫川がいるからな」

 

かなのバックには姫川がいる。彼の研ぎ澄まされた演技を受けて、かなはありったけの表現力を持って「つるぎ」を演じる。

 

「それにしても…………彼は…………」

 

「刀鬼」役、虎次郎からはなんの力強さも感じられない。

ただ台詞にそれなりの感情を乗せて口に出しているだけだ。

流石に人選を間違えたか?、と心配になる雷太であったが、金田一は何かを感じたのか本読みをストップさせた。

 

「場面を転換する。ブレイド達が刀鬼と立ち会うシーンだ」

 

脚本の中盤手前でブレイド達は偵察に来た刀鬼と出会い、一戦交えるシーンがある。

原作でもここは刀鬼の不気味さと実力の高さが表現されていて、一騎打ちを仕掛けたブレイドは敗北を喫し、死の恐怖をその身に味わう。

 

姫川、かな、メルト、虎次郎の四人が中心に立つ。あかねは心配そうな眼差しで虎次郎を見つめていた。

 

「虎次郎、いいか。台詞を読み間違えてもいい。全力でやれ」

 

「………………はい」

 

「────始め!」

 

台本を丸めて刀と見立てた姫川が会合一番「俺と戦えよ!刀鬼!」と叫ぶ。

 

「こんなナヨっとした奴なんか一発でおしめぇだ!」

 

次いでかなが台詞を読み上げる。メルトの「キザミ」としての佇まいも良く出来ている。今日あまのクソみたいな演技が嘘みたいだ。役者として本気で演技に向き合っているのが伝わってくる。

廊下で会ったとき大根役者と罵ったことをひたすらに後悔する。

虎次郎は本物の演技を目の当たりにして居た堪れない気持ちになっていた。

全力でやれと言われても、目の前の三人には敵わない。

 

だからこそ──────虎次郎は全身全霊で演じる。

 

ほんの少しでもいいから、役者として成長出来るように。

 

「──────」

 

鼻から酸素を吸って、口から二酸化炭素を吐く。目を見開き、3メートル先にいる姫川へ向かって一歩前を踏み出した。

 

空気が──────重々しいものへと変貌する。

 

「────────っ!??」

 

姫川は本能的に恐怖を感じ、思わず二歩後ろへ後退した。

虎次郎の雰囲気が変質した。頭の天辺から足の爪先まで純度の高い「殺気」が放出され、それがこのスタジオ全体を呑み込んだ。

恐怖を感じたのは姫川だけではない。かなも、メルトも、この場に居合わせる全員がじんわりと冷や汗をかくほどの恐ろしさを抱いた。

 

「抜け」

 

たった一言。これだけで姫川達は身動き一つ取れない金縛りに拘束された。実際は初めて向けられる本物の殺気に体が萎縮しているだけだ。

 

姫川の目には、虎次郎はいなかった。目の前にいるのは刀鬼だ。紛れもない刀鬼そのもの。

漫画の世界から現れたキャラクターが実際に自分に勝負を挑んでいる。

 

刀を抜けと命令している。

 

次の台詞が出てこない。

この一瞬、ほんの数秒、姫川は役を忘れていた。

 

普段無意識にやっている呼吸すら上手く行えず、冷や汗が頬を垂れるのが分かる。

 

「う────うわぁ!!」

 

メルトは耐えきれず、悲鳴を上げて尻餅をついた。

 

「お、おい大丈夫かよ!」

 

刀鬼が抜けて、元に戻った虎次郎は慌てた様子でメルトに駆け寄った。そこで全員がハッとなって我に返る。

 

「えっぐ…………」

 

雷太は壁にもたれかかって心のなかで思ったことを吐露する。

 

「おいメルト、大丈夫か?」

 

「あ、あぁ……………お前、スゲェな」

 

まるで力の差を知らしめられた気分だ。あれが虎次郎の演技。

 

「あんなの演技でもなんでもねぇさ。ちょっと台詞の発声ミスっちまったんだよな」

 

恥ずかしそうに言う虎次郎を見て全員が絶句する。

虎次郎はメルトを立ち上がらせてから壁の方へ行ってしまった。

 

アレが駄目な演技なら、自分たちの演技は一体どうなんだと誰もが思った。

 

 

虎次郎は座り込んでペンを咥えて台本を開く。さっきの演技は母親からすれば0点もいいとこだ。

感情を全身から表へ出したものの、若干淀みがあった。

恐らくコンディションが全快ではないのが原因だ。さっきのでスイッチは入ったし、何度か繰り返せば適切な表現が分かってくるだろう。

 

ボソボソと台詞を呟きながら自分の中にある「刀鬼」をイメージとして固めていく。

 

 

 

有馬かなは虎次郎のことをずっと親の七光りだと決めつけていた。たまたま演じた役がハマり役だっただけで、演技力自体は自分よりも下だと思っていたのに。

全くそんなことはなかった。寧ろ長い時間をかけて積み上げてきた自分の演技よりも…………。

 

この場にいる全員の虎次郎を見る目が変わった。

 

「どいつもこいつも負けず嫌いなんだよ、雷太」

 

金田一は静かに闘志を滾らせる役者達を見つめながら口を開く。

 

「あんなの見せられて何も思わないわけがねぇ。アレとどう戦うか、必死になって考えちまうもんなんだよ」

 

 

 

 

 

──────役者なら。

 

 

 

 

 






あかね「ウッヒョー!虎次郎君の演技ハンパねぇー!このまま逆らう奴ら全員叩き潰そうぜぇ!!」

こんな風なことを思って大興奮していました。


因みに現時点の刀鬼役としてのピュア次郎の演技をお母さんが拝見した場合、48点と言うでしょう。
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