隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった 作:ハッピーエンド大好きクラブ
素直に打ち明けると、黒川あかねは凄く不安だった。虎次郎の演技に対する姿勢は誰よりも解っているし、身を持ってその凄さを体験している。
けれど彼は舞台初出演だ。映画やドラマの撮影とは異なるものに虎次郎は苦手意識を持っているし、そもそも乗る気ではなかった。
スタッフ顔合わせ当日、あかねは虎次郎の顔を見たとき彼にやる気がないのを悟ってしまう。
脅す形でオファーを受けさせたとはいえ、本人にやる気がなければ演じるもクソもない。
どうすれば虎次郎のやる気を引き出せるか、あかねは考える。
──────だがそれは杞憂だった。
「抜け」
「刀鬼」という役を全面に引き出し、「鞘姫」に仇なす者達への殺意と憎悪を信じられないほどに曝け出した虎次郎の演技。
まさに「刀鬼」そのもの。
あかねは口に手を当てて、感嘆の息を吐く。何をどうすればそんな生々しい演技ができるのか。
役の人格を培ってきたプロファイリング技術で組み上げても決して届くものではない。
あかねは過去に虎次郎の人格を読み取って彼の演技力の高さの秘密を探ろうと試みたことがある。
結果としては何も知り得なかった。「虎次郎」の人格を再現することは出来たが、彼の持つ才能をコピーすることは叶わなかったのだ。
当に天賦の才能。
興奮が覚めない。あんなにも次元の違う演技をさも当たり前のようにこなしてしまう人が彼氏なことに疑問さえ抱いてしまう。
あかねは自覚する。自分はどうしようもないくらい、虎次郎のファンなんだと。
舞台「東京ブレイド」三日目。稽古場の空気はこれまでよりもピリついている。
全員が虎次郎を越えようと躍起になっているからだ。勿論あかねもそのうちの一人。後方彼女面で頷いているだけではない。あかねはララライの若きエース、舞台初主演の役者に負けてはいられない。
しかし虎次郎の演技は日を追うごとに進化していく。佇まい、呼吸、顔つき、動作がより本物へ近づく。
鳴嶋メルトは彼の演技に感銘を受けたのか休憩中ではよく声をかけて分からないところや駄目だった箇所を尋ねている。
「なあ虎次郎、さっきの俺の演技どうだった?包み隠さず答えてくれ」
「100点中27点ってところだな」
「やっぱそうだよな…………どこが駄目だった?」
「まずセリフに感情が乗ってない。序盤のキザミは好戦的で自分が世界最強って思ってるキャラだ。ならお前はそれを全面的に出さないといけない。セリフにある文字一つ一つに、キザミの戦いにおける自信を乗せるんだ」
「つまり…………どうすればいいんだ?」
「百聞は一見に如かず。ちょっと見てろ」
虎次郎は立ち上がって二三度深呼吸を繰り返す。殺陣用の木刀を肩に提げて「キザミ」のセリフを思い出しながら役に浸る。
「俺の名はキザミ!テメェの噂は聞いてるぜブレイド!早速で悪ぃが、俺と一戦交えなぁ!!」
荒々しい声色。自分こそが最強、自分以外に敵はいない、そんな「キザミ」の人格を最大限に発揮した即席の演技。メルトの額に触れる寸前で木刀を振り下ろし、ピタッと止める。
「まあこんなもんかな。感情を乗せるってのは決して怒りだけじゃねぇ。自信の方が乗せやすい。特にキザミみたいな俺最強!っていうキャラならな」
「なんか…………心折れるわ」
「これくらいで心折れるってメンタル豆腐以下かよ」
虎次郎には決して理解できない。メルトがどれだけ原作を読み漁り、台本が擦り切れるまで「キザミ」という役を頭に叩き込んだのかを。
それでやっと表現できた「キザミ」を、虎次郎は息をするようにやってのけた。
然りげ無く見せられた力の差。心が折れそうにならないほうがおかしい。
──────コツン。
「いってぇ!」
木刀の切っ先で額を突かれた。メルトは額を抑えて「なにすんだよ!」と声を荒げる。
「しゃんとしろ。お前の強みは努力できることなんだから。お前の努力は無駄じゃねぇよ」
「あ………………ああ…………」
「そうだな…………まずキザミっていうキャラクターの人格を読み解くことに専念したほうがいいかもな。キャラの心情を理解できれば、それだけで演技の質が上がる。自分と似ている所を探しゃいいよ。共感が持てるキャラほど、演じやすいからな」
最後に虎次郎は休んでいるあかね、かな、姫川、鴨志田の順に指を差した。
「あの四人の演技を見て勉強しろ。俺より学べることが多い」
技術は見て盗めとも言う。メルトはあの四人よりも目の前の役者の方が学べることが多いと思ったが、言葉にすることはなかった。口にしても信じてはくれないからだ。
「分かった。俺なりに頑張るよ」
「おう。あとさ、俺よりもあの四人の誰かにアドバイス聞けばいいんじゃね?」
「アンタじゃなきゃ駄目なんだよ」
「あっそ」
稽古七日目。七日目となると、稽古場でグループが出来上がる。
主演グループ、ララライグループにちょい役グループ。
そして────────
「フシュー………フシュー………ウルルルバァ!!!!」
アフリカからやってきたハイエナに左足を噛みちぎられたシマウマ。
虎次郎の凄さは本読みの時点で全員にこれでもかと伝わった。
メルトがそんな彼に教えを請い、なんと主演を務める姫川もアドバイスを求めた。
虎次郎のアドバイスは結構特徴的だがちゃんと聞けば理解できる。現にメルトの演技力が初日に比べればちょっとだけ向上している。素人に毛が生えた程度だが、残りの稽古期間みっちりこなせば舞台に上がっても違和感はないレベルまで上手くなるだろう。
次第にみんなから頼られるようになり、虎次郎はそれが苦痛になっていった。
遂に脳内のキャパを超えた虎次郎は、持参していたシマウマの被り物を被って稽古場を走り回る奇行に出てしまった。
「虎次郎ステイ!虎次郎ステイ!」
姫川がシマウマを刺激しないように慎重に動きながら声をかける。
「グゥ………フゥ~!」
「お前はシマウマじゃない!人間だ!目を覚ますんだ!人間だったときの記憶を思いだせ!」
「グゥ……オデ……人間…………?違う…………オデ……………シマウマ!」
「メルト!人参を持ってきてくれ!俺じゃあコイツを抑えられない!」
「ウガァァァァアアアアア!!!!」
なぜかノリノリな姫川をよそにメルト達は冷めた目で二人を見つめていた。
────ゴッ!──────バギィ!!ゴッ!!
「いでっ!」
「いってぇぁああ"あ"!!!!」
金田一が二人に強烈な拳骨をお見舞いした。特に虎次郎は二発殴った。
「虎次郎お前は少し休んでろ!姫川もだ!全く……最近の若いもんは…………」
「ケッ、折角リフレッシュしてたってのに……」
「お前ホント上手いよな」
しょぼくれながらも虎次郎は壁にもたれかかる。するとあかねが近くにやってきて側に座った。
「ねぇ虎次郎君。男の人って表情豊かで生き生きした子が好きなんだよね?」
「あー、人それぞれだとは思うけど大体そうなんじゃねぇの?」
「そっか………そうだよね」
今回の舞台。あかねは立ち上がりが少し悪かった。
原因は脚本にある。あかねが演じる「鞘姫」は原作でも出番が多くない。
最初は「刀鬼」のヒロインとして活躍していたものの、敵役だった「つるぎ」とのカップリング人気が上昇。
「刀鬼」の相方としての出番を食われる結果となった。
いわゆる負けヒロインというやつだ。
原作最新話では許嫁設定も殆ど死に設定になっている不遇なキャラクター。
「鞘姫」の出番が少ないということはキャラ分析の素材が少ないということ。妄想で欠けたピースを補完して自分の中でキャラを作り上げないといけない。
ただ、あかねの原作解釈と脚本の解釈は食い違っているようだった。
そのせいで生まれるキャラの誤認。
本来「鞘姫」は内気で人を殺めることに葛藤を抱いた優しい子のはずなのに。
GOAが手掛けた脚本の「鞘姫」は殺戮大好きなクレイジー娘とかしていた。
漫画を演劇というメディアに落とし込むにあたって多少の変更は仕方ないとしても、脚本家にあまりにも便利に使われている。
「不遇だよね…………私は好きなのにな、鞘姫のこ──」
「俺はお前の方が好きだけどな」
これは狙って口にした言葉ではない。殆ど無意識。心の底にある本心がポロッと出てしまっただけだ。
無意識に出てしまった言葉だから、虎次郎は気づいていない。
しかし一言一句聞き逃さなかったあかねは顔を茹でダコみたいに真っ赤にして言葉を詰まらせていた。
「──────あ?」
やっと気づいた。
「あかね、今のは忘れ、おいその顔やめろ!ニヤニヤすんじゃねぇ!」
「えへへ、えへ、えへへへ〜」
今日の稽古はあかねがものっすごく上機嫌だった。
────────────
「「「かんぱ〜い!!」」」
とある居酒屋。そこでは「今日あま」作者の吉祥寺頼子と「東京ブレイド」作者の鮫島アビ子、最後に「ディアボロ」作家の水上桃衣の三人が楽しく酒を飲み交わしていた。
三人の関係性を順を追って説明するとこうなる。
まず水上桃衣と吉祥寺頼子は高校時代からの友達で、アビ子は頼子の元アシスタント。
三人はよく飲みに行くくらい仲がよく、今回はアビ子の「東京ブレイド」舞台化を祝っての酒の席である。
「いやー、ホントアビちゃん成長したわよね〜!頼子のアシスタントやってたときは超内気だったのに!」
「お、お二人に色々と学ばせてもらったので………」
「頼子、アンタも鼻が高いんじゃないの?」
「そうね、私なんかとっくに追い抜いていつの間にか漫画もアニメも大大大ヒットの週刊漫画家になっちゃったし」
アビ子は嬉しそうに微笑んでジンジャエールを口に含む。
「ふふん、今日は衝撃的なニュースを持ってきたのよ?。なんと、私が手掛けるディアボロ外伝小説がシャンプで掲載決定したのよ!」
その発言に頼子は衝撃を受けて箸を落とした。
「え、マジで!?」
「マジの大マジ!羅刹を主人公に置いたストーリーなんだけどね。漫画化だけじゃなくて、今年中に羅刹のスピンオフドラマの撮影が始まるのよ!」
まだ詳細は全然決まっていないが、虎次郎の舞台が終わってから彼に話を通すようになっているらしい。
桃衣曰く悪鬼羅刹を演じられるのは虎次郎以外に居ないのことだ。
「はぁ〜マジ最高。また虎キュンに会えると思ったら性的興奮が止まらないわぁ〜!」
「アンタ…………彼の何になりたいわけ?」
「え?性奴隷に決まってんじゃん」
口を強めに引っ叩いた。
「鮫島さん、こんな大人になっちゃ駄目よ。もう大人だけど」
「肝に銘じます」
彗星の如き速度で現れたド変態。それは水上桃衣。
身長150センチでまな板。かなりの酒豪で毎日日本酒を三升開けている。容姿はモデル並みに整っていて実は虎次郎ガチ恋勢の井上摩耶花ちゃんとは親戚。
虎次郎がよく起こす奇行についてだけどこれはね、母親の遺伝のせいです。
あの………みなさんに相談なんですが…………私ね、学園祭をここで書きたいと思っているのですよ。
だって想像してみてよ、メイド喫茶と執事喫茶をごっちゃにしたやつをやることになってアクアとルビーと重曹が衣装に身を包んで接客するの。
アイがお忍びで遊びに来て息子娘の姿に鼻血垂らして興奮するの…………最高だとは思いませんか?
書いていいよね?
あ、虎次郎は遊びに来たあかねの接客で忙しいので出番無いです。