隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった   作:ハッピーエンド大好きクラブ

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解釈

 

 

舞台「東京ブレイド」稽古十日目。虎次郎がやっと稽古場の雰囲気に慣れてシマウマに変貌する回数が段々と減っていき、嫌がりながらもメルトにアドバイスを送ることが多くなった今日この頃。

今日は「東京ブレイド」原作者の鮫島アビ子が来るらしく、脚本について何を言われても即座に対応できるように脚本家のGOAが先に訪れていた。

あかねは台本を確認しながらメルトへあーだこーだ言っている虎次郎の肩をトントンと叩く。

 

「だから周りのことなんて気にせずお前の演技を魅せてやれば────あ?、なんだよ」

 

「ごめん虎次郎君。この脚本、君から見てどう思う?違和感とかは感じない?」

 

「ああ。鞘姫の人格が原作とは解釈が違うことだろ?」

 

最初から気づいていたのか、虎次郎は振り返りもせずに答えた。意外にも稽古中のあかねの演技、セリフから原作との相違点を見つけていたようで、気にはなっていたが彼女が何も言わなかったので放置していたようだ。

 

「これって原作者にも通して出来たものだろ?親が指示した設定なら、俺達が文句言ったって仕方がねぇ。けど…………お前が気になるなら…………いや、どうせ聞いても有耶無耶にされるだけだな」

 

原作の「鞘姫」と、舞台での「鞘姫」は全くの別物。原作基準は戦いに葛藤を抱く複雑な心境の少女。しかし舞台上での鞘姫は戦いを求める戦闘狂。

コインの表から裏へ変わってしまったキャラクターにあかねは困惑し、「鞘姫」の理解が出来ないでいた。

 

気になる箇所があるなら直接聞けばいいのだが、あかねはそれを躊躇う。

演技の指導は演出家から受けるもの。その指揮系統を崩しては他の役者へ迷惑を掛ける。

特に金田一は脚本基準の演技指導を徹底し、役者同士の駄目出しを良しとしないためあかねの疑問は丸め込まれる可能性が高い。

 

「え……じゃあ俺が虎次郎にアドバイスもらってるのもアウトってことか?」

 

「駄目出しとアドバイスは違うだろ。だからワンちゃんセーフ」

 

金田一がわざと目を瞑っているだけな気もする。

 

「聞くだけ聞いてきたらどうだ?案外納得する答え出してくれるかもよ」

 

「う〜ん。虎次郎ならどうする?」

 

「本番でド派手にやらかす」

 

「──────うわぁ」

 

虎次郎はニヤリと笑って口にした。それはつまり稽古期間中は大人しく金田一の演技指導に従うが舞台に立った時は鎖を解き放って自由気ままに演技をするということだ。

舞台の上に立っている間は誰も止められない。

 

「舞台役者はセリフよりも動きが重要視されるもんだろ?全身の動作の流れでソイツが何を思って、どんな感情を抱いているかを可視化させて観客に理解させないといけねぇ。そういうの、お前の得意分野なんじゃねぇの?」

 

セリフだけで役を演じることは不可能。動きが加わることで初めて「役」という枠に収まる。

そこへ感情というスパイスを振りかければ完成する、あかねの演じる「鞘姫」が。

 

ララライの若きエースならば、最小限の動きで鞘姫の奥底にある葛藤をこれでもかと表現することは可能だと虎次郎は信じて疑わなかった。

 

「今日原作者来るってんなら脚本を修正することもあるかもしれねぇし、場合によっては俺達の役の性格も多少変わることもある。お前の好きなようにしたらいい」

 

「脚本が変わったらどうしよ……」

 

ただでさえ周りについていけてないのに脚本に変更が入ったらもう詰むとメルトは億劫になってしまう。

 

「バカ野郎。一番努力出来てる奴がナイーブになってんじゃねぇ」

 

「はーい!みんなおつかれー!今日はスペシャルゲストがお越しでーす!」

 

雷太がよく通る声で入ってきた。雷太の後ろを二人の女性が続く。

本日のスペシャルゲスト、鮫島アビ子がやって来た。

 

「────と付き添いの吉祥寺です…………」

 

内気で人と向き合うのが苦手なアビ子は先生と慕う吉祥寺頼子に付き添いを頼んでいた。

 

「吉祥寺先生!久しぶりです!」

 

「有馬さん、今日あまの打ち上げ以来ですね……!」

 

「今日あま」でヒロインを演じた有馬と原作者の頼子は再会を喜び、ハイタッチを交わした。

一応主演を努めていたメルトも挨拶しようと気軽に「先生、おひさっす」と言うが……………。

 

「あっ……ども…………」

 

頼子は興味なさげな表情で返事をされた。

彼女からしたらメルトは神がかった棒演技でドラマを台無しにした親の仇みたいなもの。彼に対する態度が余所余所しくなるのも当然だ。

 

「分かっちゃいるけどやや塩対応だな…………」

 

「ちゃんと演技に向き合わなかった結果だろ。噛みしめろ」

 

「ああ………」

 

「この舞台で見返してやらねぇとな」

 

「…………………!」

 

メルトは力強く頷いた。

 

「まあゆっくり見学なさって下さい!」

 

二人を用意しておいた椅子に腰掛けてもらって早速今回の脚本を見てもらうことにした。

ララライの役者と鏑木Pが抜擢した外部の役者による「東京ブレイド」の再現。

アビ子は頬をほんのり赤く染めて彼等の演技に見惚れていた。

 

「どうですか先生」

 

「………………皆、演技上手。良い舞台に出来ると思います」

 

「そりゃここには一流の役者しか居ませんから!」

 

「皆きっと、沢山練習してくれてるんですね」

 

アビ子は苦虫を噛み潰したような顔で天井を仰いでいる虎次郎を指さした。

 

「あの人、あの人凄いです。まるで刀鬼が私の漫画から飛び出したような演技をなさって…………すごいなぁ」

 

頼子は確かにと頷く。あの中で「刀鬼」役の虎次郎の演技が突出して上手い。役柄が合っているのか、少なくとも舞台初出演とは思えない説得力のある演技だった。

 

桃衣が褒めちぎるのも無理はない。アレは別格だ。

 

「先生。舞台のときは練習じゃなくて稽古って言ったほうが良いですよ」

 

「そうなんですか?すみません、私何も知らなくて…ろ…………皆すごいな…………だからこそですよね。私が言わなきゃですよね」

 

頼子の表情が固まる。

 

「脚本て今からでも直してもらえますか?」

 

「ンンッ!?」

 

雷太は過剰に反応を見せた。キョドりながらも何処を直したらいいか尋ねる。

するとアビ子は脚本をパタッと閉じて、一番聞きたくなかった言葉を口にした。

 

「全部です。脚本、全部直して下さい」

 

近くでアビ子の言葉を聞いていたGOAはあまりの衝撃に数秒意識を失い、頼子は頭を抱え、雷太は口を引き攣らせながらも無理矢理笑顔を取り繕った。

 

「ぜ、全部って流石にそれは…………もうこの脚本でOK頂いて稽古に入ってるんです!本番まであと20日しかありませんし…………」

 

「私は何度も直して下さいって言いましたよ。でも実際動いているところを見ればこの脚本で良いのが分かるって言うからここに来ました。でも良くないからOKじゃないですよね?」

 

意識を取り戻したGOAはまず先にアビ子へ頭を下げた。彼女の希望に添えなかったことを謝罪し、ここからどう直せばいいのかを訪ねた。

 

アビ子は酷く失望したようで、GOAを氷のような冷ややかな瞳で見つめて淡々と脚本への不満を言葉へと変えた。

 

「このキャラはこんな事言わないし、こんな事しないってのばっかり…………別に展開を変えるのはいいんです!でもキャラを変えるのは無礼だと思いませんか?うちの子達はこんなに馬鹿じゃないんですけど」

 

「それは演劇というメディアの性質上…………いえ、修正箇所頂ければすぐに対応も……」

 

「だから全部!どれだけ言っても直ってないんですよ!」

 

内気な性格はどこへ行ったのやら。脚本家が原作ストーリーを多少イジったり変えたりするのはifなものとして許せる。「東京ブレイド」でも同じだ。だがキャラの性格を一ミリでも弄るのは絶対に許せない。

それは自分が丹精込めて育て上げたキャラを丸ごとパクった別キャラになるからだ。

 

失望の次にやってきたのは落胆。こんな脚本で役を演じる役者達が可哀想でならない。

脚本家が原作を読んだ上で書いたものがコレなら、もはや彼には────

 

「この人ちょっと製作者としてのセンスが────」

 

それを言ってしまったら一線を越えると危険を感じた頼子がアビ子の口を抑えて拘束した。

頭を下げながら急いで稽古場から立ち去った。

 

 

 

──────────

 

 

 

あれから数日、なんと脚本が白紙になってしまった。あの後アビ子が自分に脚本を書かせてくれないとこの劇の許諾を取り下げると脅迫まがいのことを言い出したのだ。

それではGOAが居ないも同然になってしまう。脚本家の立場もクソもあったものじゃない。アビ子は自分へのギャラは要らず、名義もそのままでGOAには普通にギャラを払うことを約束させ、もうこの舞台に関わらないことを強要した。

 

今どきの小学生もドン引きする好き勝手さを披露したアビ子。

 

まだアビ子が脚本を書くことが確定したわけじゃないが、交渉が終わるまで稽古は続けられない。

 

早く新しい脚本が出来ればいいが、下手すれば舞台公開前日に決まることもあり得る。

考えるだけでも恐ろしいとメルトは震えていた。

 

自由な時間が生まれたので、かなはどう過ごそうか悩んでいた。

今ある台本は無価値なものに変わったし、美味しい食事でも食べに行こうか。

なんてことを考えていると虎次郎が真顔のまま近づいてきた。

 

「何よ。なんか用?」

 

「お前明日暇だろ。どうせならアクアとどっか行けよ」

 

「はぁ?突然何言い出すのよ。私こう見えて暇じゃないから。アクアと遊んでられるほど子供じゃ────」

 

虎次郎は一枚のチケットを差し出した。それは東京ディズニーシーの入場チケット。かなはギョッとした目で虎次郎が持つチケットを凝視する。

 

「もう一枚は既にアクアに渡してある」

 

「──────取り敢えずアンタの靴舐めればいい?」

 

「舞台終わるまで毎日ジュース奢れ、それでチャラだ」

 

「喜んで奢らせて頂きます虎次郎様」

 

かなは超ご満悦な様子で帰って行った。明日に備えて美容室やらショッピングで服でも買うつもりだろう。

一部始終を見ていたメルトが驚いた様子で虎次郎に声をかけた。

 

「お前って結構優しいよな」

 

「あかねをディズニーランドにでも誘おうと思ってコンビニでチケット買ったら操作ミスっててシーの方だったんだよ。かなのやつ、アクアに惚れてるみてぇだし丁度良いわって思ってな。俺は素直に応援してる」

 

「なるほどな。それで黒川に本命のチケットは渡してあるのか?」

 

「いや渡してない。恥ずかしいからお前が渡しといてくれる?」

 

「はぁ?お前が渡してやれよ」

 

「無理。恥ずかしい」

 

「なんでだよ……………」

 

あかねの耳にはバッチリ聞こえていたのを二人は気づいていない。

 

 

 






「あっやべ。間違ってディズニーシーのチケット買っちゃった……………どうしよ」


ここで虎次郎は閃いた!

「せやっ!アクアに一枚渡して有馬にも渡せば二人をデートに行かせられる!ヨシッ!」

チケットを渡されたアクアは虎次郎が何やら企てているのに気づいています。

これは余談ですが本来なら超弩級変態作家の水上桃衣も来る予定だったのですが、どうせ彼女は虎次郎を見ると暴走するに決まってるので頼子が嘘の日時を教えていました。桃衣ちゃん残念だね、あかねとの血みどろなキャットファイトは御預けだよ。



あ、皆さんにご報告です。殺人未遂を犯した犯罪者の刑期って最低でも5年くらいだそうですよ。
内容によっては死刑や無期懲役も考えられますし、10年20年閉じ込められることも全然ありえます。
しかしまあ5年以内で出所する人がいることは変わりありません。

アイを殺そうとした人間は今、誰を憎んでいるんでしょうか。
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