隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった 作:ハッピーエンド大好きクラブ
尺の都合で父親登場はもうちょっと先になります。みんなごめん!!!!
「………………フフ」
原宿の撮影スタジオでテレビ情報誌の表紙撮影をしている立川明美は休憩中にバックから手帳サイズのフォトアルバムを取り出して、挟まれている息子の写真を一枚一枚眺めては幸せそうに微笑んでいた。
お気に入りの一つに2歳だった息子が寝返りをうって変な体勢になっている写真がある。
どの写真も本当に可愛くて愛おしい。大きくなるにつれて可愛さが際立ち留まるところを知らない。
「…………よし。虎次郎、お母さん頑張るからね」
息子の写真から元気をもらった明美は椅子から立ち上がって残りの撮影に向かおうとした。
それを、スマホからの着信が引き止めた。
「ミヤコさん…………?」
相手は斉藤ミヤコからだった。着信に応じてスマホを耳元へ近づける。
そこから先の記憶は曖昧だった。辛うじて覚えているのは虎次郎が舞浜駅で不審者に拳銃で撃たれ、ナイフで刺された結果意識不明の重体だということ。
近くの総合病院に搬送され、今現在緊急手術を受けていると聞かされた。
明美はスタジオを飛び出してタクシーを拾い、金はいくらでも払うからと目的地を叫んで走らせた。
もう何がなんだが全く分からない。疑問ばかりが頭の中を駆け巡る。困惑が突き抜けた後に、これまで味わったことのない恐怖が全身を嬲り、明美は体を震わせていた。
「大丈夫…………大丈夫…………虎次郎は私の息子なんだから…………きっと大丈夫………死ぬはずなんてない…………」
なにかに縋るように呟く。その姿はまるで自分を安心させるようにも見えるし、現実を受け止められないようにも見えた。
虎次郎が搬送された総合病院には既に斉藤夫婦、黒川あかね、星野アクアが集まっていた。
虎次郎はまだ手術中とのこと。あかねから事の顛末を涙ながらに聞いた明美は息子を傷つけた不審者に対して怒りが湧き上がった。
事情はどうであれどうして愛しい息子がこんな目に合わなければならないのか。
許せない。決して許せることではない。
「その…………リョースケっていう屑はどうなったの?」
平静を装うが目尻が痙攣するのは抑えられなかった。もしこの病院に搬送されているのなら今すぐに息の根を止めに行ってやる。
だが彼はもうこの世界には居なかった。救急車が現場に到着したときにはもう息を引き取っていたからだ。
まだ確定したわけじゃないが死因は股間を撃ち抜かれたことによるショック死と考えられる。
警察は虎次郎の行動は正当防衛に属し、罪には問われないと結論を出してくれた。
なら今は虎次郎が目を覚ましてくれるのを待つだけ。
明美は椅子に腰掛けてどうか手術が成功することを祈る。もし虎次郎が死んでしまったらきっと明美は壊れてしまう。
心の底から愛している息子には幸せになって欲しいのに、こんなことで死なれては腹を痛めてまで産んだ意味が無くなる。
幸せになって欲しいから産んだのに。
大人になって、素敵な女性と恋に落ちて、家庭を持って、順風満帆な人生を送って欲しいから、だから──
「私……………自分のことしか……………」
虎次郎がこの母親のもとに産まれて良かったと思えるような母親になれていない。
母親なら、子供に幸せになって欲しいじゃなく、子供を幸せにしてあげたいから育てるはずなのに。
「明美さん、大丈夫?」
「え、ええ…………私は……大丈夫……」
ミヤコは隣に座って、「虎次郎は必ず助かるわ」と励ますように言葉を発した。
「私って……母親失格よね…………虎次郎が酷い目にあって、初めて自分の至らなさに気づくなんて…………こんな母親……嫌われて当然よ」
「そんなことないわ。貴女が本当に最低な母親なら、それに気づけるはずがないもの」
「…………お母さんによく言われてたの。母親なら、ちゃんと虎次郎と向き合えって。それなのに、私は………」
明美の母親、立川
明羽は孫の虎次郎をこれでもかと甘やかして可愛がっていた。
家族として愛してくれる祖母に懐くのは言うまでもない。
「虎次郎に謝りたい………これまでのこと…………ちゃんと、ちゃんと愛してるって伝えたい……………!」
泣き崩れる母親の背中を、ミヤコは黙ってさすり続けた。
「あかね………大丈夫か?」
「うん。心配してくれてありがとうアクアくん。私は大丈夫だから」
エントランスホールで座っているあかねはアクアから心配そうに声をかけられても出来るだけ明るく返事を返した。炎上したときよりも深い絶望に苛まれているのを隠して。
まず決めたことは万が一虎次郎が助からなかったら即座に自殺すること。彼のいない世界に未練はないし、生きる価値も気力も無い。
緊急手術が始まって6時間が経過した。明美は手術中を示すランプをぼーっと眺めていて、突然その灯りがぱつっと消えた。
一気に意識が覚醒して椅子から飛び上がる。ミヤコはアクア達を呼びに向かった。
扉が開かれて、先に執刀医が真っ直ぐ歩いてきて明美に結果報告をしてくれた。
まず手術は無事成功した。しかし安心はできない。
虎次郎が受けた三つの弾丸は左肩のみ残っていて、腹部へのは二つとも貫通していた。弾丸の摘出は成功し、内臓へは奇跡的に当たっていなかった。
問題は、腹部に深々と突き刺さっていたナイフ。
刃渡り15センチのナイフが上向きに刺さっていて腹部大動脈に触れており、刃渡りがあと5センチ長ければ心臓に達していた。
腹部大動脈は破裂はしておらず切り傷がついたようなものでそこから大量に出血。
応急処置をしていなければ運ばれる前に命を落としていた可能性もあった。
奇跡に奇跡が重なって虎次郎は一命は取り留めた。しばらくは絶対安静。意識が回復するまでは油断はできない。
「本当の意味で助かったわけではありません。出来るだけ彼のそばに居てあげてください」
「はい……!はい……!ありがとうございます………!」
口に手を当てて、涙をこらえきれず明美はその場で泣き崩れる。
虎次郎の目が覚めたら力の限り抱きしめようと心に込めて、明美は嗚咽を漏らして涙を流した。
虎次郎が不審者に襲われ、意識不明の重体に陥っていることは翌日になると世間に大々的に報道された。
彼のファンやネット民は騒然となりSNSでは虎次郎の無事を祈るコメントが数多く投稿された。
虎次郎と面識のある芸能人達も心配している様子で特に水上桃衣氏はネット掲示板で犯人に対して罵詈雑言の嵐を尽くしていた。
皆が虎次郎を心配している。けれど三日経った今も目を覚ます気配はない。
暫く仕事を休みにした明美は毎日見舞いに訪れていた。あかねも同じように訪れていて、必然的に話す機会が多くなり、虎次郎の小さい頃のアルバム集を見せたりやんちゃだった頃の話をしたりして親密になっていった。
夜になり、先にあかねが帰って行ったが明美はまだ病室に残っている。
虎次郎の頭を優しく撫でながら、ポツリポツリと口を開く。
「こんなに可愛いのに…………私のせいで…………苦しんでたのよね……………虎次郎」
早く目が覚めてほしい。ずっと言えなかった「愛してる」を伝えたいから。
頭を撫でているうちに、明美は眠りに落ちていた。
えー、皆さん。リョースケ君は股間を撃ち抜かれたショックでお亡くなりになりました。なので皆さん、手を合わせて合掌を。
悲しい気持ちは分かりますが、彼の死を乗り越えて、希望に満ちた明日を生きましょう。
今頃リョースケは地獄に落ちて苦しんでいますから。
次回は虎次郎が見た夢のお話です。透き通るほど綺麗な川を渡ろうとするところから始まります、多分。