隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった 作:ハッピーエンド大好きクラブ
「────ん、あれ?」
目が覚めたと思えばよく分からない場所に立っていた。虎次郎は困惑するもまずお腹に手を当てる。灼けるような痛みは感じないし、服をめくってみても穴は空いてない、ナイフも突き刺さっていない。
血が一適も流れていないまるで新品同様のような体の状態に虎次郎はますます困惑する。
確かあの時襲いかかってきたリョースケから銃弾を浴び、最後っ屁でナイフを刺されたはず。
僅か数分前の出来事だったのにどうして傷が完治しているのか。
そもそもここはどこなのか。虎次郎は周りをぐるりと見渡した。
真っ白な空間が果てしなく続いていて自分が今どこにいるのかが把握できない。
どうしてこんな訳のわからない場所に居るのだろうと考えていると、虎次郎は「分かったぞ!」と明るく声を出した。
「これ夢か」
夢というのは不規則で法則性がない。答えを出せた虎次郎はこれが夢なら少し歩いてみようとアクションを起こすことにした。
今頃病院に運ばれて点滴を受けているに違いない。
よしじゃあ行くぞと、足を一歩前に踏み出した次の瞬間にはバシャッと水が弾けて両足に凍えるような冷たさが伝わった。
驚きのあまり危うく転びそうになった。ギョッとして、もう一度周りを確認すると目に入るのは白い景色ではなくどこまでも浅い川が続いていた。
流れもなにもないただただ冷たい川は驚くくらい透き通っていて足元の小石や砂利が鮮明に目に入る。
夢にしてはリアルだなと思いつつ、引き続き真っ直ぐ歩く。
暫く歩いていると向こうから川辺が見えてきた。なんだか疲れたし、あそこで休憩しようと思い足を動かす。
すると、川辺とは反対方向から霧が漂ってきた。気になって目をやると川辺から反対方向に人の形をしたシルエットのようなものが立っていた。
霧に包まれていて姿形はハッキリ見えないが一人ではないことは解った。
複数人、ぱっと見て十数人は立っている。
────あ、人だ。
こちらへ向けて手を振っている。中にはこっち来いと手招きしているシルエットもいた。
言葉にはできないが彼処へは近づいてはいけない気がした。けれどあの向こうは楽しそうだ。好奇心に任せて行ってみようか。
手招きしている人達の方へ行こうとした時、後ろから怒声が聴こえてきた。
「そっちに行ったら戻れなくなるよ、虎次郎!!」
身の毛がよだつような衝撃を受けて、虎次郎は思い切り振り返った。
川辺には信じられないことに祖母が居た。困った表情で「こっちに来なさい!」と叱りつけるように言葉を発する。
「ば、婆ちゃん!?」
虎次郎の祖母、立川明羽は中学に上がったときに脳梗塞でこの世を去った。
なのに川辺の上で平然と立っている。
あり得ない、という事実よりも虎次郎の全身に歓喜の渦が起きた。
頭が思考するよりも先に足が勝手に走り出し、生前の姿でいる祖母へ手を伸ばす。
「婆ちゃん──────!!」
祖母に飛びついて、力いっぱい抱き締めた。これが夢であっても、こんなに嬉しいことはない。大好きな祖母に会えたんだから。
虎次郎は泣きながら「婆ちゃん……婆ちゃん!」と言葉を繰り返す。
「全く…………アンタはいつまで経っても甘えん坊だねぇ」
祖母もまた、笑いながら孫の頭を愛おしそうに撫でていた。
落ち着きを取り戻した虎次郎は瞼に浮かぶ涙を指で払い、祖母の隣へ腰掛ける。
「なぁ婆ちゃん。これって夢なんだよな」
「アンタにとっては夢でも、儂等にとっては現実だろうね」
「婆ちゃんは…………生きてるんだよな?」
祖母の手に自分の手のひらを重ねる。
────温かい、生きている感覚が伝わってくる。
祖母は首を横にふって答えを出さなかった。
「虎次郎、儂について来なさい」
「え、どこに行くんだよ」
祖母に手を引かれる。いつの間にか生前祖母が暮らしていた屋敷の縁側に虎次郎は座っていた。
庭には立派に育った桜の木があって、桜の花が風に吹かれて踊るように舞っている。
小学生の頃はここで桜を眺めながら祖母と一緒に祖母が作ったおはぎを食べていた。
懐かしい思い出に虎次郎はフフッと微笑む。
「昔はそこの庭でアンタと遊んでたねぇ」
「ああ…………婆ちゃんとの思い出は一日たりとも忘れてねぇよ。なぁ婆ちゃん、おはぎはねぇのか?あれ好きなんだよな」
「あったらいいんだけどねぇ。虎次郎、アンタえらい大変な目にあったもんだねぇ」
「あー、片無し野郎のことか?」
「そうだよその片無し野郎だよ。とんでもない男に目をつけられたもんだよ」
正直リョースケが現れたときは驚きよりもまたかという呆れのほうが大きかった。
振りかぶったナイフを受け止めて無力化し、金玉を蹴り上げて終了だと思ったら発狂して懐からリボルバーを取り出してきた。
「あれマジビビったわ。まあけど皆が無事なんだからそれでいいじゃん。今頃クソババアは病院に来てんのかねぇ」
「号泣しながら来てると思うよ」
祖母の返しに虎次郎はそんなのあるわけ無いと大袈裟に手を振った。
「あんな糞みたいな母親が俺のことなんて心配するわけねぇよ!」
「そうだねぇ。世の中には子供を産んだくせに育児放棄したり子供を殴ったり、無関心な親は蛆虫のように湧いてるさ。けどね、虎次郎。アンタの母親は、儂の娘は、そんな屑じゃないよ」
それは叱咤のように聞こえた。祖母の表情に強い自信のようなものが読み取れる。本気で言っているんだと分かった虎次郎は首を傾げた。
理解できていない虎次郎へ祖母は言葉を続ける。
「アンタが産まれたとき、明美は狂ったように喜んでたよ。ずっと、ずっとずっと欲しいって言っていた息子が産まれたんだから。けどアンタは良い父親には恵まれなかった」
「…………………そうだな」
心の奥底へ沈めていた記憶が掘り起こされる。
『どうして虎次郎を殴ったの!?私達の子供なのに!』
『お前がコイツばっかりに愛情を向けるからだ!お前は俺のものなんだぞ!このゴミなんかそこら辺に捨てて来ればいいだろ!お前が愛していいのは俺だけだ!』
『子供を愛し育てるのが親の役目よ!私はこの子の母親なんだから愛して何が悪いの!!もう出ていって!あなたはもう夫じゃない!この子の父親でもないわ!』
『────ッ!お、お前……全部このゴミのせいだ!コレが産まれたからこうなった!こんなゴミさえ産まれてこなきゃ良かったんだ!死ねばいいんだよこんなゴミなんか!』
父親は虎次郎を愛してはいなかった。彼は独占欲が強く、息子の虎次郎でさえ嫉妬の対象になっていた。
母親の明美が口にしたように子供を愛し育てるのが親の役目だというのに。
虎次郎が産まれた瞬間から、いやもしかしたら妊娠したその時には父親の役目を放棄していたのかもしれない。
嫉妬に狂った彼は当時一歳だった虎次郎を力の限り殴った。思いつく限りの罵詈雑言を吐き、恨みを拳に乗せて。虎次郎の泣き声なんて気にせず、寧ろ耳元を翔ぶ蚊の羽音に近い不快感を抱いて、また殴った。
『死ねっ!死ね死ね死ね死ね!死ねよ!頼むから死んでくれ!お前が居なくなれば明美の愛は全部俺のものなんだ!明美は俺のママになるんだっ!お前は俺達の子供じゃない!俺が明美の子供なんだ!!』
繰り返される気持ちの悪い叫び。虎次郎は父親はきっと育児で精神を病んでいたんだと無理矢理納得させていた。
「母親にも恵まれなかったけどな」
「明美はね、儂がノイローゼになるくらいアンタのことばっか話してたんだよ?」
「──────ハァ?」
実家に帰省した時、虎次郎が寝静まったのを見計らって明美は深夜を回るまでずっと息子の自慢話を祖母へしていたのだ。
些細なことも嬉しそうに話す明美は本当に幸せそうで、だからこそ祖母はしっかり虎次郎を愛してやれと数え切れないくらい口にしていた。
けれど明美はそれが出来なかった。素直になれないせいで息子に「愛してる」が言えない。拒絶されたらどうしようという恐怖と不安が混ざってしまっているのだ。
「私には母親としての資格がない、虎次郎を愛してると言いたいけどきっと聞いてはくれないって泣いてた日もあったね。まあ……身から出た錆なんだろうけど、あの子は本当に素直じゃないからねぇ………愛情表現が下手過ぎて、相手に伝わらない。それはアンタも同じか」
「………………俺は、クソババアとは違うよ……………」
「一緒だよ。明美もアンタも、素直になれない所は儂の旦那にそっくり。いいかい虎次郎、愛情は行動に移すものだけど、言葉も一緒じゃないと成り立たないんだよ」
「………………………」
「アンタはね、アンタが思ってる以上に明美に愛されてるよ」
虎次郎の頬に手を添えて、祖母は頷いた。
「けど……俺は…………母ちゃんに…………」
「親ってのはね、いつまで経っても子供が可愛く見えてしょうがないんだよ。孫なら尚更。大事にしたい、愛してあげたい、幸せになってほしい。儂も明美も同じ。アンタにはとびっきり幸せに生きてほしいんだよ」
だからまだ死んではいけない。生きなくちゃ駄目だと祖母は言う。
「アンタの本心は?言ってごらん、虎次郎」
「俺は…………俺は…………」
「ゆっくりでいいから。言いなさい」
虎次郎は言葉を詰まらせながらも、母親への本心を打ち明ける。
「俺は……大好きだよ…………母ちゃんが…………母ちゃんの息子で良かったって、心底思ってるよ」
ポツリポツリと漏れていく本心に、祖母は頷きながら虎次郎の両手を優しく包み込んだ。
「役者になりたいのも…………スーパースターになりたいのも…………母ちゃんに褒めてほしいから………ただ、それだけなんだよ…………だから…………頑張りたいんだ……」
「アンタは誰よりも頑張ってる。あとは、それを明美にも伝えてやりな」
祖母は庭の方へ顔を向けた。虎次郎も目を追うと桜の木の奥が白く染まっていき道のような空間が現れた。
あの道を辿っていけばこの夢が覚められる。虎次郎は本能でそう感じた。
けれど無意識に祖母の裾を掴む。
帰りたくない。夢であっても、大好きな祖母から離れたくない。祖母は裾を固く握っている虎次郎の手に、自分の手のひらを重ねる。
「帰りたくねぇよ…………婆ちゃん」
涙を溢しながらそう訴える。祖母もまた、静かに泣いていた。
「儂もアンタを返したくないよ…………こんなに旦那に似てるんだから」
祖母は虎次郎の手をとって立ち上がらせる。
「立派になったねぇ………アンタが孫でどれだけ嬉しいか……虎次郎、アンタは儂の自慢の孫だよ。さ、もう行きな。明美に伝えてやるんだよ、アンタの本心を」
強く背中を押されて、虎次郎は縁側から庭へ下りる。
唇を震わせて何か言おうとした虎次郎は深く息を吸って、言葉を呑み込んだ。
真っ直ぐ歩き出す。道へ向けて、足を踏み込む。
「────虎次郎!」
祖母に呼び止められた。虎次郎は振り返ることはなく、その場で足を止めた。
「幸せになるんだよ。儂は、ここでのんびりしてるから」
「………………………俺がくたばったら戻ってくるよ。その時は、婆ちゃんがノイローゼになるくらい沢山の土産話を持ってくるから」
祖母の笑い声が聴こえてきた。虎次郎は再度歩き出す。
──────────
「────────?」
知らない天井だ。視界が朧げで意識が覚醒してないのかぼーっとする。
取り敢えず体を起こそうと腹に力を込めると、腹部全体にとんでもない激痛が走った。
「ッ────ぐぅ────!?」
息が詰まるほどの痛みが駆け抜けた。痛みを耐えながらなんとか体を起こす。
意識が鮮明になってきて下半身に軽い重みがかかっているのに気づいた。
虎次郎は目を点にして驚く。明美がこっちに顔を向けて眠っていた。部屋の明かりはついていないし、窓から覗く景色はもう真っ暗闇だ。
ずっと病室にいたんだろうか、目が覚めるまで傍に居てくれたんだろうか。
そう考えると無性に嬉しくなってくる。同時に自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。
虎次郎は恐る恐る明美へ手を伸ばす。ちょっと体を動かしただけで腹部に激痛が走るが、こんなもの些細なものだ。
頭に手を乗せて、起こさないように撫でる。
「んぅ────虎次郎──虎次郎────」
夢でも見ているのか、明美は息子の名を呟く。
「ミヤコさんの言うとおり、婆ちゃんの言うとおり………か」
「んんぅ────」
明美が顔を上げて目を覚ました。手首で目をゴシゴシ擦って虎次郎を見る。
「あぁ……虎次郎……………え、と、虎次郎?」
母親の瞼は真っ赤に腫れていて涙の跡がくっきり残っていた。身だしなみには人一倍時間をかける性格なのに髪の毛があっちこっちに飛び跳ねている。
虎次郎は初めてみる母親の乱雑な姿に我慢できず笑ってしまった。
「よお、母ちゃん」
「あ、あぁ、え、と、虎次郎、虎次郎なの?ほんとに、ほんとに虎────」
言葉よりも先に明美は虎次郎を抱きしめた。離さないと言わんばかりに力強く抱きしめられた虎次郎は「う"っ」と鈍痛のせいで顔をしかめるが、拒絶することはなかった。
「虎次郎ぉぉぉ────虎次郎──虎次郎ぉ──良かっだよ"ぉぉぉ…………!」
「……………俺も嬉しいよ、母ちゃん」
初めて見る母親が顔をぐしゃぐしゃにして泣き崩れる姿。愛されてなければ決して見ることのない表情に、虎次郎は頭をガツンと殴られた気分だった。
ベッドのすぐ近くにあるテーブルの上には、明美が描いた水彩画が立て掛けられていた。
その絵には紫色のサルビアの花が美しく描かれている。
サルビアの花の花言葉は「知恵」、「尊敬」、「良い家庭」と幾つか存在する。
では紫色のサルビアの花言葉はなんだろうか。
それは────「家族愛」。
はい、虎次郎奇跡の大復活!これは謎の鴉少女も冷や汗ダラダラで震え上がってるでしょう。本当ならここで死ぬはずだったんだから。
さあ、死の運命ブレイカーこと虎次郎君の快進撃はまた終わりではありません。
あかねちゃんが順調に拗らせているのでまたイチャラブ回を投入しないとね。
〜おまけ〜
虎次郎の奇行は母親に似て、明美の奇行は祖父に似ています。
虎次郎が照れたときによく口にする「うっせバーカ」は祖父の口癖です。
虎次郎の容姿は祖父の若い頃にそっくりです。
以上!!!!
あ、この回から諸事情により今月いっぱい投稿できないので皆さんそのつもりで。
用事が立て込んじゃってるのよ……………。