隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった 作:ハッピーエンド大好きクラブ
ちょっと用事が落ち着いたので更新ちました。感想いっぱい頂戴ネ。
舞台「東京ブレイド」の脚本は紆余曲折あったもののアビ子とGOAのリモートによる話し合いでなんとか決定版が完成した。
説明セリフがゴリゴリに削られた「動き」が8割のとんでもなく尖った魔のシナリオとなったが、これで稽古は再開────とはならなかった。
「刀鬼」役の虎次郎、意識不明の重体。予想もしなかった事件が起き、舞台「東京ブレイド」の公開は延期となった。
会議では公開日をずらし、代役で間に合わせる意見も出たようだが総合責任者の雷太はこれを却下。
劇団ララライ代表金田一敏郎は「刀鬼」を演じられるのは後にも先にも虎次郎しかいないと断言した。
長時間の話し合いの末、虎次郎の意識が回復し万全の状態となるまで舞台は延期とすると決定した。
出演者も皆これに納得し、それまでは稽古に励むことに。
ララライからすれば演技は動いてなんぼだと逆に新しい脚本の方がやりやすいようだ。
有馬かなは実力が顕著に表れる脚本を見て闘争心に火が付き、今回の舞台で黒川あかねを負かせてやるとやる気に溢れた。
虎次郎が退院し、稽古に戻ってきたら追いつけないように全員で驚かせてやろうと皆が意気込んでいた。
『フォマエ、ソンナコトシテテタノシイノ?』
『ヒトリニサセネーヨ』
「ひでぇ演技…………」
ネット配信されている恋愛ドラマ「今日は甘口で」に映る自分の演技を観ながら、メルトは糞みたいな演技だと口を開く。
顔がいいから選ばれた仕事にノリと勢いで挑戦した結果、思い知ったのは自分の無謀さと馬鹿さ加減。
感情が一ミリも乗っていない棒演技、台詞もハッキリ言えておらず、別の言葉に聞こえてしまう。
散々な結果となった「今日あま」から九ヶ月間、ひたすら演技の勉強をしてきた。
少しずつでいいから変わるんだと努力してきた。
鏑木Pの采配で舞台「東京ブレイド」の「キザミ」役のオファーを、メルトは九ヶ月前の自分とは違うことを示すために引き受けた。
だが現実は残酷だった。
メルトを除いたキャストは全員が一流を超えた超一流。
舞台経験が豊富でキャラの心情や性格を読み解くのに長けている。
自分にはそんな能力はない。まだ「キザミ」がどんなキャラなのか、どんな感情を抱いているのかが全く分からないのだ。
身に沁みて味わったのは己の実力の足りなさと、虎次郎への不気味さ。
アレは演技じゃない、演技を超えた言葉にできないナニかだと姫川大輝は語っていた。
天賦の才能、千年に一度の逸材、俳優になるために生まれてきた、こんな括りでは表せない凄みを虎次郎は持っている。
メルトは天井を見上げて嘆息する。目を閉じると視界は暗闇に包まれる。見つめているのは瞼の裏。
そういえば稽古が始まったときもこんな風に気持ちが沈んでいたときがあった。
稽古期間中、メルトは自分の立ち位置がだんだんと分からなくなってセリフが飛ぶことが多発。
虎次郎達の演技を目の当たりにするたびに金属バットでこめかみをなぐられている気分になる。
メルトの演技と、周りの演技には天と地ほどの差があっては、超えてやるという感情すら湧かない。
そんなときだ、虎次郎がのそのそと近くによって来て声をかけてくれた。
「稽古付き合えよ、メルト」
「俺はいい……もう少しだけ休憩する」
「なんだぁ?下手っぴだからってナイーブになってんのかぁ?情けねぇなぁ……」
「………………ぇよ」
「まあお前が大根役者なのは分かってっけどな、だからこそ一番頑張らねぇと駄目だろ。ほら、来いよ。イモムシみてぇに縮こまってねぇで」
「────分かってんだよっ!!」
感情が爆発したメルトは立ち上がって腹の底から吠えた。
「分かってるんだよ俺がこのメンツの中で一番下手なのは!俺だって必死に努力してんのに、お前らに簡単に超えられちまうっ!俺は天才じゃねぇ、凡人だよ!天才のお前らには分からねぇよ
努力の量では誰にも負けない自信がある。それを持ってしてもなお届かない、目の前の役者には。
だから妬む。だから羨ましい。凡人にはないモノを幾つも持ち合わせているから────虎次郎は。
メルトは胸ぐらを掴まれ、一気に押し込まれる。息が詰まるのと同時に壁に叩きつけられ、背中に鈍痛が走った。
ここでメルトは自分が何をしたかを理解した。とんでもない言いがかりをしてしまった。けれど虎次郎の表情はすごく落ち着いている。それどころか、フッと軽く微笑んだ。
「自分を信じてやらねぇでどうすんだよ」
「────────ぇ」
「お前が一番頑張ってんのは知ってる。向上心の塊なのも知ってる。下手なことを下手なままにしないようにお前なりに工夫してるのも知ってる。ならお前がしなきゃいけねぇことは一つだろ」
手を離し、メルトの胸へ丸めた台本をぽんっと当てる。
「演技に向き合うこと。下手でもいいじゃねぇか。上手い奴らからスキルを奪っちまえばいいんだから。そうやって病む暇があるなら稽古に集中しろ。時間の無駄だ。1秒でも多く稽古に回せ。分からねぇことがあるなら俺達に聞け、そうじゃねぇと、お前はずっと大根のままだぞ」
虎次郎の言葉がメルトの凝り固まった心を柔らかくしていく。
「おら、どうすんだよキザミ。そこで丸まってるか、今のお前よりも上手くなるか、どっちを選ぶんだ?」
そんなもの、答えは決まっている。「キザミ」なら、きっとこう答えるはずだから。
「今の俺より上手くなる。徹底的に教えてくれよ、刀鬼」
虎次郎はさも面倒くさそうな顔を浮かべるも直後に緩んだ。
「なら稽古に付き合えよ」
────そうだ。虎次郎はいつだってアドバイスをくれた。今ここで行き詰まっているのはちゃんと受け止められなかった自分の責任だ。
メルトはスマホの画面を落とし、台本を開いて「キザミ」のセリフへ目を通す。
周りから期待されてないのは百も承知。その期待を覆してやる。九ヶ月前の自分と決別するために。
メルトは早速稽古を始めるために殺陣用の木刀へ手を──────
側に置いていたスマホからラインの通知が鳴った。出鼻を挫かれた気分になったが一応確認してみると黒川あかねからメッセージが届いていた。
明日、虎次郎のお見舞いに行くから一緒にどう?との内容だ。
知り合いのアクアと妹のルビーも同行するようだ。メルトは直ぐに「分かった、俺も行く」と返事を送る。
「早く目覚めてくれよな。虎次郎」
メルトは自主稽古を始めた。
────────
「あかねさーん!こっちこっち!」
虎次郎が入院している総合病院の近くにあるコンビニで待ち合わせをしていたあかねはメルトと一緒に先に来ていた星野兄妹へ手を振った。
ルビーが嬉しそうにあかねの元へ走って彼女の手をギュッと握る。
「久しぶりだねあかねさん!えっとメルトさんも………うん、お久し振りです」
「ルビーちゃんこそ久しぶり。アクアくんも、二日ぶりかな?」
「ああ、二日前振り。メルトも、稽古は順調か?」
「ああ、まあぼちぼちかな。虎次郎が居ねぇと活気がなくて困っちまう」
そう言うとあかねがアハハと苦笑いを浮かべた。彼氏が床に伏せている状態でこの発言は不味かったとメルトは心の中で反省する。
兎にも角にも全員集まった所で早速総合病院のエントランスホールに向かうことにした。
事前に面会時間を予約していたのでスムーズに話は進み、あかね達はエレベーターに乗って8階へ。
虎次郎は一番奥にある個室で入院している。長い距離を歩く中でルビーが手に持っている果物が沢山入った籠を揺らして口を開く。
「意外と目が覚めてたりして、虎」
「アイツのことだし目が覚めた途端暴れ出すと思うぞ。或いは壁を伝って屋上で秋刀魚を焼くか」
中学の時、虎次郎は屋上で焼きおにぎりやら秋刀魚や貝やらを当然のように焼いて食べていた。
その話を聞いたあかねは彼らしいと口に手を当てて笑う。
メルトはというと、中学生のやることではないと引いていた。
虎次郎の個室まであと2メートルほど迫ると、扉が音を立てて開かれた。看護師がバイタルチェックを終えて出てきたのかな?とアクアが思っていたら、全く違う人物が現れた。
「だから母ちゃん、大丈夫だって!トイレぐれぇ一人で行けるって!」
「で、でも虎次郎ぉ、トイレで何かあったらと思うと心配で心配で…………お母さんもついていくからぁ」
「だぁもう、面倒くせぇ────ん?」
虎次郎が背中にしがみついた母親と一緒に病室から現れた。
「お、なんだよお前ら。来てたのか」
────────バサッ。
ルビーの手元から籠が落ちた。
〜おまけ・周りから見た虎次郎の演技力への反応〜
姫川大輝 「アイツは化物」
有馬かな 「アイツは化物」
星野アクア 「アイツは化物」
鳴嶋メルト 「師匠」
黒川あかね 「神」
立川明美 「最高神」
次回はいつ投稿できるか分かんないけど次回こそ虎次郎の親父が現れます。
悪いやつって本性表すまでは上手いこと隠しますよね。まあ、あかねたちには即バレするんですけどね。
余談だけど虎次郎の悪い癖を一つ紹介します。人の悪いところを極力見ないようにする。