隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった 作:ハッピーエンド大好きクラブ
入院生活十一日目。お腹と左肩の痛みは大分マシになってきた。ずっとベッドで過ごしていると体が鈍るのでこっそり倒立したまま腕立て伏せをしていると看護師に目撃され、怒られたのを除けばわりと快適に過ごせている。
有名な芸能人が事故にあい入院したとなると大抵贈り物が贈られる。
勿論虎次郎も同様で、ファンの子供達が早く良くなって欲しいと願いを込めて作った千羽鶴を贈られた。
その他はドラマで共演した俳優陣から手紙や食べ物を貰い、「ディアボロ」原作者の水上桃衣からは三十枚に渡るラブレターが届いた。
「…………コレは見なかったことにしよう」
ドラマ「ディアボロ」の撮影でよくお世話になったが彼女のことはガチで苦手だ。
虎次郎は読み終えたラブレターをテーブルの引き出しの中に封印する。
できれば面会に来てほしくない。あの日のように婚姻届にサインしろと迫られるのはもう嫌だ。
なんてことを考えていると看護師が扉をノックして入ってきた。
「虎次郎さん。面会の方がいらっしゃっています」
「面会?」
扉が開かれ、そこへ目をやると通路の方から変装をした星野アイが顔を出した。
「やっほ〜虎。久しぶり!」
まさかアイが来るとは思っておらず、虎次郎は凄まじい衝撃を受けた。
「ア、アイさん!?」
すると看護師さんが口に手を当てて驚きの声を上げた。あの伝説アイドルグループの筆頭が目の前にいるとなると誰だって驚く。
アイは普段可愛がっている後輩のお見舞という名目で面会に来たようだった。
一応アイも苺プロダクションに所属しているし、繋がりで言えば虎次郎は彼女の後輩に当たる。
先輩が怪我をした後輩の様子を見に来る。これは断じて間違ったことじゃない。
だがお見舞いに来たのはアイだけじゃなかった。
「やっほー虎!私達も来たよー!」
「元気そうだな。リハビリはもう少し先か?」
アクアとルビーも付いてきたみたいだ。自然と虎次郎の表情に笑顔が生まれる。
星野家に虎が一匹交じるのは本当に久し振りだ。
「なんだよみんな揃いも揃って!ていうかアイさん、そんなんでバレないって思ってんのかぁ?」
「ルビーが選んでくれたんだぁ。似合ってるでしょ」
「いや似合ってっけどよ。アンタの存在感は下手な変装じゃ隠せねぇだろ」
「やだっ……この子お世辞上手…………ルビー、彼氏にするなら虎君みたいな人を選ぶんだよ?」
「イヤ、こんなスケコマシ」
「──────フッ」
「アイさん唐突に俺の腸抉るの辞めてもらっていっすか?」
ドッと笑いが起きた。アイと話すときは必ず漫才のようなやり取りをする。小学生の時から何も変わらないルーティンのようなもの。
三人は看護師が用意した椅子に腰掛け、面会の時間を最後まで楽しむ。
虎次郎は小さかった頃の記憶を振り返る。話したいことが一杯あるから、何から手を付ければいいか迷ってしまう。
すると、席を立ったアイは虎次郎の元まで近づいてお腹に手を伸ばした。
「ん、ホコリかなんか付いてた?」
アイは首を横に振った。さっきまではいつもの魅力溢れる明るい表情をしていたのに、今はどこか憂いを帯びた目をしていた。
彼女の表情の変化に心配になった虎次郎は「どうしたんだよ」と声をかける。
虎次郎のお腹へ指先を当てて、次は手のひら全体で触れる。
「痛くない?」
痛みはない。動いたときにくる鈍い痛みも気にならない程度まで良くなった。
その旨を伝えると、アイは「そっか……」と、枯れ枝が折れそうなか細い声で返事をする。
今度は、お腹じゃなく胸に手のひらを当てた。
「ここは?」
胸。胸部。心臓。心臓の奥にあるのは────心。
「痛かったよね…………怖かったよね…………」
「全然。これっぽっちも怖くなったよ」
アイは虎次郎の隣へ腰を落とす。彼女の辛そうな顔を見たとき、虎次郎は全てを察した。
「虎君。私ね、あの日からずっと────」
「ずっと辛かったんだな」
「────────」
口に出そうとしていた言葉を先に言われ、アイは目を皿のように見開いた。
──────あの日。星野アイがアイドルだった日。
リョースケが彼女を殺しにやって来た日。ドーム公演の華を飾った日。
本当なら、アイはリョースケに腹部を刺され死んでいた。それが本来辿るはずだった結末。アイの幸福だった人生に終止符を打つ日となったはずなのに。
たまたま近くにいた虎次郎がその終止符を打ち砕いた。
アイは分かっていた。こんな幸せは長くは続かないと。浅はかな考えで恋をし、妊娠した結果産まれたのがアクアとルビー。
育てることに抵抗はなかった。寧ろ可愛くて仕方がなかった。
────愛したい。抱きしめたい。傍に居たい。傍に居てほしい。
けれど、家族から愛されなかった自分に二人を愛することはできるのかと悩んでいた。
愛を知らない、愛がわからない自分が、子供なんて愛せるのか。
ずっと悩んで、苦しんでいた。
そんなアイを他所に、アクアとルビーは成長する。立ち上がるようになって、言葉を話すようになって、虎次郎と友達になった。
「あの日君と出会った時ね。君の目を見たとき、同じだって思ったの」
親から愛されなかった自分と同じ、愛に飢えた瞳をしていた。
サファイアに光る瞳の奥に、確かな黒い星が見えた。
「君も同じなんだって思った…………。アクアとルビーから君の話よく聞いてたからさ、君のこと、放っておけなかった……!」
「俺の面倒よく見てくれたのは、そういうことか」
親に愛されない虎次郎をアイは放っておくなんて出来なかった。
でも、同時に怖さを感じていた。幼い虎次郎を自分の都合に巻き込んでしまったんじゃないかと思って。
それなのに止められなかった。虎次郎はリョースケの犯行を一度未然に防いだせいで恨みを買い、危うく死にかけた。
「本当はね、こうして会うのも恐かったんだ。どんなことを言われるんだろうって考えて…………」
お前のせいでこんな目にあった。なんてことを言われたら返す言葉もない。
だから偽った。どんな言葉も受け入れる覚悟で明るく表情を繕った。
でも虎次郎は一言も責め立てる言葉を言わなかった。
「アンタのせいにして何になるってんだよ。俺のしたことの結果なのに」
「そうだよね…………そう言うと思ってた。虎君は……優しいから…………」
恨まれてなくても。憎まれていなくとも。アイはこんなことばかり考えてしまう。
「私が……………刺されたら良かったんだ…………!」
「──────!」
あのときリョースケに刺されていれば、殺されていれば、虎次郎はこんな痛い思いをしなかった。
一生、心に残る傷を負うことはなかった。
「ママ!そんなこと言わないでよ……!ママが死んじゃったら、私はっ……!」
「ルビー……………!」
「何度も言ってきただろ母さん。母さんが自分を責めなくてもいいんだ。虎が俺達を守ってくれた意味がないだろ……!」
「でも…………アクアッ………私は……」
虎次郎はアイが口にした言葉を頭の中で繰り返す。もしもあの日、自分がリョースケに興味を示さず遊びに行っていたら……………。
待っているのは惨劇。アクアとルビーが生き残る可能性はない。
仮に助かったとしても、心に一生深い傷を負う。
アクアとルビーの心に傷なんて要らない。アイにも、周りの人間にも。
虎次郎は沈黙したままアイの顔へ手をのばす。中指を親指で抑え、力を貯めて彼女の額に思いっきりデコピンを撃った。
──────バチンッ!!!!
「────あいったぁ!!?」
「「──────えぇ!?」」
アイはあまりの痛みに額を押さえ悶絶する。どうして急にデコピンなんかしたのか分からず、虎次郎の顔を恐る恐る見上げた。
「母親が子供の前で死にたいだなんて言うんじゃねぇ」
「………………っ」
「なんのためにアクアとルビーを育てたんだ。なんのためにアクアとルビーの母親をやってんだ。なんのためにアクアとルビーを愛してんだ」
虎次郎は良い母親には恵まれなかった。けれどアクアとルビーは羨ましい程に愛に満ちた母親の元に産まれた。
なら幸せにならないと。愛されなきゃいけないんだ。
「アンタなんのためにコイツ等を産んだんだよ。妊娠したからか?」
「私は、アクアとルビーを────」
「幸せにしてあげたいから、産んだんだろ」
「………………うん」
「アンタ言ってたじゃねぇか。愛してるって。これは嘘じゃないって。良いんだよそれで。それが母親なんだから。子供を愛し育て導く。それをできるのは、アンタだけなんだから」
虎次郎はベッドから降りてアクアとルビーの間に入り、二人の肩を抱いた。
「こう見えて俺は結構幸せだぜ?家族同然のコイツ等がいるし、アンタもいる」
アクアとルビーをベッドに座らせて、虎次郎は椅子に腰掛ける。
ベッドに並ぶ星野家を眺めて、虎次郎は頷いた。
──────やっぱりこの家族は良い。
「俺さ。羨ましかったんだよ。ちゃんと母親に愛されてるアクアとルビーが」
羨ましさと、妬ましさが入り混じって、次第に腹が立つようになった。
真っ当に母親から愛される二人が、とてもじゃないが許せなかった。
「ちょっかいかけて気を引こうとした。なーんで俺は母ちゃんに愛されないんだろうってずっと考えてた。でも今なら分かる気がするんだ」
虎次郎はずっと母親である明美を嫌悪してきた。愛してくれないならこっちだって好きになるもんかと意地を張り続けた。
アクアとルビーはアイを心の底から愛していて、アイも同じように二人を愛している。
愛情を言葉に変えて、態度に示していた。
「本音を言えなかった。本当は、母ちゃんは俺のことを愛してくれてた。それが分かりゃ十分だ。結局俺は母親の愛情に餓えてただけのクソガキだ」
子供が母親の愛を求めるのは悪いことじゃない。夢の中で再会したお婆ちゃんを想いながら、虎次郎は言葉を続ける。
「アンタにずっと言いたかったことがあるんだ」
虎次郎は無邪気な笑顔でアイに伝える。
「ありがと。アクアとルビーに出会わせてくれて。アンタがいなかったら俺、ギネスに載るレベルの反抗期迎えてたかもしんねぇからな。アンタは立派な母親だよ」
アイは涙を堪えられなかった。アクアとルビーを抱きしめて、「ごめんね……ごめんねぇ……!」と繰り返す。
「アイさんの爪の垢を煎じて母ちゃんに飲ませたらちっとはマシになったのかな……いやあんま変わんねぇか」
あの日アイを助けたことで虎次郎の物語は始まった。星野アイに課せられた死の運命を粉砕し、次は自らの死を跳ね除けた。
もはや彼の人生は誰にも止められない。常に誰かのために在ろうとする。
これから先、別の誰かの死を平然と蹴り飛ばすのかもしれない。
彼の瞳の色はサファイア。瞳の奥にある黒い星は消え去り、深い蒼色に輝いていた。
──────────────
面会が終わり、アイ達は車に乗って自宅に戻っている最中。信号が赤になり、アイはブレーキを軽く踏んで停止線の手前で止める。
「虎君が退院したらさ、ご飯食べに行こうよ。焼肉でいいよね?」
「焼肉!?やったー!私焼肉大好きー!」
「ルビーったら。虎君の退院祝いなんだよ?メインは虎君だよ」
信号が青に変わった。アクセルを踏み込んで車を発進させ、アイは頭の中でどの店にしようかを考える。
まだ退院は先だし、そこまで焦らなくてもいいかと思ったらアクアがとんでもない事実を口にした。
「母さん、アイツ肉食えないよ」
「え!?嘘っ!!それマジなのアクア!?え、え〜、あっ」
思い出した。陽東高校受験合格祝いに焼肉パーティーをした際、虎次郎は肉は苦手だと言っていた。
「え、え、ど、どうしよう。海鮮?それとも中華?いや、ラーメンとか、高級レストラン?あれ、どうしよう……!ねぇアクア、どうしよう……」
「どれでもいいんじゃない?」
「ママ、私焼肉がいい」
「二人共ちゃんと考えてよもう〜!」
こんな何気ない会話も、虎次郎がいなければ出来なかった。アクアとルビーは身に沁みて思うことが一つある。
虎次郎には一生頭が上がらない、と。
「ママ、私絶対焼肉がいいと思う」