隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった   作:ハッピーエンド大好きクラブ

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悍ましい狂気

 

 

 

今日は待ちに待った退院日。虎次郎は子供らしくやたら上機嫌で朝食を残さず食べた。

11時頃になると明美が迎えに来てくれて着替えや荷物を渡したあと、担当医から最低でも三日は安静にするようにと強く言われ、虎次郎はやっと開放となった。

駐車場に出た際、虎次郎は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。ゆっくりと息を吐き、家に帰れるんだと思うと笑みが溢れる。

 

家に帰る前に事務所に寄って行こうと明美から言われ、車で苺プロへ走り出した。

事務所に着く頃にはすっかり夕方になっていて、なんだか懐かしい気分を感じる。

三週間ちょっと事務所に顔を出せなかったことは寂しかったし、斉藤夫婦にいつもの元気な姿を見せてやろうと虎次郎はオフィスの扉を勢いよく開けた。

 

 

──パン!!──パン!!──パン!!──パン!!

 

 

「わ、な、なんだ!?」

 

驚いて後ろへ下がろうとしたら、明美に背中を押し出されてしまう。

 

『虎次郎、退院おめでとうー!!!!!』

 

あかね、アクア、ルビー、アイ、MEMちょ、かな、斉藤夫婦が一斉にパーティクラッカーを鳴らして出迎えてくれた。

大きな破裂音が聞こえた直後に顔に細長いテープがかかる。

なんのことか分からず、暫く呆けていると壱護社長にいきなり抱き締められた。

 

「このドラ息子がよぉ……!心配させんじゃねぇよぉ…………馬鹿野郎がぁ……!」

 

「な、なんだよ皆揃いも揃って…………」

 

滅多に見ない社長の泣きっ面は虎次郎の抵抗力を奪う。ミヤコも目筋に涙を滲ませて咄嗟に口元を手で隠す。

 

「わ、分かった、分かったから!泣くんじゃねぇって!俺は大丈夫だから!」

 

社長の背中をポンポンと叩いて離れてくれるよう訴える。これ以上泣かれるとこっちまでもらい泣きしてしまう。

皆が虎次郎を驚かしてやろうと考えたサプライズは大成功に終わった。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「皆さん長らくご心配をおかけして申し訳ありません。本日より刀鬼役として復帰させて頂きますのでご指導ご鞭撻、宜しくお願いします」

 

三日後、十分な休みを取った虎次郎は舞台「東京ブレイド」の刀鬼役としての復帰を果たした。

稽古場で全員に心配と迷惑をかけたことを謝罪し、頭を下げる。

皆は「良かったね」や「心配してたんだぞ!」と温かい言葉をかけてくれて拍手で出迎えてくれた。

 

 

 

復帰したからといって直ぐに演技をさせてくれるわけではない。虎次郎の場合は三週間以上のブランクがあるし、なにより入院中に脚本が全く別のものとなり、台本も九割は書き換えられている。

つまり虎次郎は0の状態から演技を始めなければならない。

 

あかね達は一日もかかさず稽古に取り組んできた。改定後の脚本に従い、自分の役に没頭した。

殺陣用の模造刀を用いての稽古も完成されつつあり、後は「刀鬼」が加わるだけだ。

金田一は虎次郎の才能を高く評価しているも、ここは慎重になるべきだと判断した。

 

雷太も彼の判断に賛成だと言った。どんな天才もいきなり舞台に上がって周りに合わせて演技をしろと言われれば困惑するだろう。

 

 

実際に舞台の上に立つあかね達の演技を虎次郎は真剣な眼差しで見つめる。

息遣い、台詞の発音、発声、間の取り方、足運び、全てが洗練されている。

目を離せない、釘つけになるとはこういうことなんだと理解する。

 

ここに自分が加わると考えると億劫になる。いつもの虎次郎ならこう考えた。

 

 

──────"今は違う"。

 

 

まずは芝居の一部分を繰り返す返し稽古で「刀鬼」の台詞と動きを体に叩き込む。

シーンはブレイドと刀鬼の戦い。修行を積んで強くなったブレイドとの再戦。原作ではとんでもない迫力で描かれたベストバウトとされる名シーンだ。

 

「虎次郎君、はいこれ」

 

あかねから殺陣用の模造刀を受け取る。鞘から刀を抜き、宙へ何度か振り下ろしてから慣れた手付きで納刀する。

まるで侍を彷彿とさせる動きにメルトは「すげぇな」と感嘆したように言葉を吐いた。

 

「そんなカッコよく納刀できねぇわ」

 

「時代劇見ながらやってたら出来るようになるぞ」

 

片手で抜刀し、片手で納刀する。手触りは悪くない。あかねが「フフフ」と目を細めて笑っているのが気になるも尋ねることはせず舞台へ向かう。

 

数歩先には姫川が立っている。既に役に入っているせいか顔つきはブレイドそのものに視える。

腰に携帯している鞘から力強く刀を抜刀する。所作の一つ一つに、修行を終えて一段階強くなったブレイドの自信が伝わってきた。

 

「あのときの借りを返しに来たぜ、刀鬼っ!!」

 

刀の切っ先を虎次郎へ向ける。虎次郎は目を閉じて、役へのスイッチをオンにする。

 

 

瞬間、姫川(ブレイド)は寒気を感じた。悪寒の一歩手前のような、これ以上は近づいてはいけない、脳信号から「逃げろ」と大声で叫ばれている気がした。

本読みのときに刀鬼から感じた「殺気」と同じだ。

 

「姫からの指示だ。命までは取らない。だが…………」

 

「────ッ!?」

 

反射的に防御の体勢に入った。それが功を奏し、後ろへ吹き飛ばされたものの尻餅をつくことはなかった。

姫川(ブレイド)の頬に冷や汗が伝う。何をされたのか全く見えなかった。刀鬼とは4メートルも離れていたのに一瞬で詰められ、居合により吹き飛ばされた。

 

無意識だろうか、視認できなかった抜刀を防げたのは単なる偶然でしかない。

両手に伝わる衝撃はまだ残っていて、手首から先が痙攣している。

 

「怖じるのならば刀を握る資格はない」

 

ぞわりと、ぬるりと、殺気は泥となって姫川(ブレイド)の足場を狩る。

ガクン、と膝から崩れ落ちた。一瞥されただけで生物としての本能的な恐怖が刺激され、全身に力が入らなくなる。

崩れ落ちた姫川(ブレイド)はなんとか役を保てるように唇を強く噛んだ。

 

「やっぱ…………お前化け物だわ」

 

それは姫川の言葉か、ブレイドの言葉か。どちらにせよアドリブに過ぎない。

 

「負けるわけにはいかねぇんだよぉ!!!!」

 

柄を握り締め、渾身の力で立ち上がり刀を振り下ろす。

 

 

尺にして四十秒の剣戟。動きは完全アドリブ。そのはずなのに、舞台袖にいるメルトには最初から決められた動きに見えた。

 

「マジか…………あかね、アレってアドリブなんだよな?」

 

信じられない様子で尋ねられたあかねは静かに頷いた。

 

「二人の呼吸がピッタリ合ってるから出来る芸当だね」

 

「やっぱ…………虎次郎はスゲェな」

 

「うん。姫川さんは確かに凄い人だけど、虎次郎君はその先を行く役者だから」

 

稽古は順調に進み、虎次郎は脚本の流れをしっかり理解した様子で刀を使った刀鬼の戦い方を練る。

適当に刀をブンブンと振りながら考えているとかなが何やってんだと近づいてきた。

 

「刀鬼なら刀を使ってどう戦うを考えてんだよ」

 

「どう戦うってアンタさっき姫川と────」

 

「ああアレ?あんなの適当に決まってんだろ。姫川さんの動きに合わせてただけだ。刀鬼の役がブレちまってるから思い出さねぇとな」

 

「────────」

 

かなは虎次郎の口にする言葉を何一つ理解できなかった。

 

 

コイツは一体何が言いたいんだ?

 

 

あの演技は百点満点だ。金田一の顔を見てみろ、稽古中虎次郎を凝視して見たこともない表情をしていたじゃないか。

もはや怒りを通り越して恐ろしさすら抱く。かなは拳を震わしながら、前々から聞きたかったことを質問する。

 

「ねぇ虎次郎。アンタはさ、自分の演技は完璧だと思ってる?」

 

「完璧なんてクソ喰らえだよ」

 

「は、はぁ?」

 

「だってお前、俺達は役者だぜ?完璧なんて求めてどうなるってんだよ。役者は与えられた役に準ずる、それだけで十分だろ。勝ち負けとか余計な感情は溝にでも捨てとけ。演技の邪魔になる」

 

演技に勝ち負けはない。ただ自らの役を全霊を持って務めること。それが役者だと虎次郎は言った。

演技に勝ち負けは必要ない。上手いか下手か、それだけのこと。

 

 

 

しかし虎次郎は腕を止めて、刀を鞘に収めた。かなに向けて好戦的な笑みを浮かべる。

 

「けど俺はお前等に勝つ。俺の演技を、知らしめてやるんだ」

 

邪魔だと言った感情を呑み込み、この場にいる全員を叩き潰す。

これは虎次郎からの宣戦布告とかなは受け取った。

 

「大きく出たわね虎次郎。私に勝てると思ってるわけ?」

 

「お前みたいな雑魚戦う必要すらねぇよ」

 

目に見えぬ速度で虎次郎の模造刀をかっさらい、彼の眉間目掛けて振り下ろした。

 

「あっぶねぇぇええ!!」

 

真剣白刃取りが成功し、既のところで刃の側面を挟み込めた。

 

「バカが!重曹風情が人間様に勝てると──」

 

普通に鳩尾を殴られた。

 

 

 

時間いっぱいまで稽古に励み、役者たちは帰る支度を始めているが虎次郎は金田一に呼び出された。

誰もいない奥の部屋で椅子に座るよう促される。

 

「虎次郎。お前、自分の演技をどう見る?」

 

面と向かって言われた言葉の意味を直ぐに察した。金田一は虎次郎の迷いに気づいていたからこんな質問を投げかけた。

入院する前は自分が一番下手だと決めつけて周りより一歩引いた演技をしていた。

それは本人もよく分かっていることだ。実際虎次郎は自分を天才だとは思っていない。

だから周りの役者を羨ましい目で見てしまう。本当は全くの逆だというのに。

 

虎次郎は視線を落とし、入院中にあったことを話し出す。

 

「俺のファンがさ、毎日毎日沢山の手紙やら応援のメールやらを送ってくんだよ。それを全部読んでいくうちにさ、俺にはこんなに応援してくれる人がいるんだなって思い始めたんだよ」

 

自分にはもったいないくらい多くのファンがいる。頑張れと、応援してると、虎次郎の演じる刀鬼を早く見たいと、ファンは毎日欠かさず文面で送ってきた。

一つも漏らさず読んでいくうちに虎次郎の胸はじんわり温かくなっていった。

 

「嬉しかったんだ。俺の演技を認めてくれる人がめっちゃ居ることが。んでもってずっと嫌ってた母親と仲直りしてさ。母ちゃんは俺の演技を認めてくれてた。それが……めちゃくちゃ嬉しくて」

 

ドラマ「ディアボロ」で注目を浴びて一気に人気になった虎次郎は、ネットやメディアから演技がうまいと言われてもなんとも思えなかった。

 

「この舞台は、俺が一皮剥けるための過程だ。もう自分の演技を下手だとは一切思わない。知らしめてやるんだ、俺以上の役者は居ないってことを。だから、明日が本番になっても問題ねぇ」

 

ひたすら貪欲に。虎次郎を役者だと認めてくれる人達に応えるために牙を研ぐ。

 

この舞台で全員を喰って、より成長できるように。

 

強い意志を心に宿した虎次郎に以前のような迷いは見られない。

 

金田一は「そうか」と一言残して席を立った。

 

「話ってこれだけ?」

 

「ああ。今のお前なら大丈夫だろ。安心して舞台に立たせられる」

 

「やっぱり試してたのかよ」

 

虎次郎は呆れたように嘆息する。稽古場に戻るとあかね以外はみんな帰ったようだった。

 

「わざわざ待つ必要なんかねぇだろ」

 

「これが彼女の役目なので。文句は聞こえませーん」

 

「へぇへぇ。俺が悪かったよ」

 

真っ暗な夜空を見上げながら隣を歩くあかねと手を繋いで歩道橋を渡る。

 

「あ、そうだ。虎次郎君、お願いがあるんだけど、いい?」

 

「お願い?なんだよ改まって」

 

あかねは虎次郎の正面に立って首へ手を回した。

 

「舞台が終わったら同棲するから。虎次郎君のアパートで、いいよね?」

 

 

あかねのお願いはかなの鳩尾パンチよりも強烈だった。

 








あかね「ウッヒョー!ブランクあるのに虎次郎君の演技ハンパねぇー!新人俳優賞は虎次郎君のモンだぜぇー!」



次回「怒れ狂う明美VS明鏡止水のあかね&巻き込まれた虎次郎」

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