隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった 作:ハッピーエンド大好きクラブ
舞台「東京ブレイド」公開まで残り数日。ポスター撮影を終えて当日のスケジュールも完成。
本番と同じ条件下で行う通し稽古も上々、後は役者達個人の稽古次第で舞台の質が向上する。
今日も虎次郎含め主要キャスト達は舞台で朝から休憩を挟まず四時間近く台詞回しや位置取り、殺陣の完成度を高めるのに励んでいた。
昼頃を回ると、流石に疲れが来たのか有馬かなが「お腹空いた!」と言って休憩室へ行ってしまった。
メルトと姫川もご飯を食べたいと思っていたのでかなの後ろを付いていく。
残ったのは虎次郎とあかねの二人。
「………………………」
虎次郎は何もない空間へ向けて台詞を発している。「刀鬼」の人格を模した演技のせいか、あかねの目には彼の数歩先にブレイドが自信げに立っているのが分かる。
実際虎次郎の眼にはブレイドが視えているはずだ。食事に誘おうかと思ったけれど、稽古の邪魔をしていけない。だから敢えて声をかけず、休憩室へ向かった。
「あら?彼氏は来てないの?」
休憩室に入って早々、かなから喧嘩を吹っ掛けられた。かなりイラッとしたがここは劇団ララライのエースとして冷静に対応する。
「うん。虎次郎君は真面目だから。誰かさんと違って、凄く真面目だから」
微笑みかけながら二度同じ言葉を繰り返す。明らかな嘲笑にかなは眉間に皺を寄せるも、出前で頼んでいた醤油ラーメンへ箸を伸ばす。
稽古中にコレステロールの高いものを食べるのは少々気が引けるが今日は濃い味を食べたい気分だったし、何より気分を落ち着かせるために麺を啜る。
あかねはかなの前の席に腰掛け、可愛らしい虎の刺繍が入った巾着袋を開く。
中に入っていたお弁当を取り出して蓋を開ける。あかねのお昼ごはんはたまごサンドのみ。
「貧相な食事ね。そんなんじゃ午後からのリハはキツイんじゃない?」
「かなちゃんは稽古中にコレステロールの高い食事を摂るんだ。太るよ?」
「あ"?」
「そこに体重計あるから測ってみれば?」
女性への禁句、「太るぞ」を言われてしまったかなは無駄に高いプライドの防衛本能により割箸をへし折ってしまう。
「役者なら食事管理は注意しなきゃね、かなちゃん。あ、言われなくても分かってるか。元天才子役だもんね、元」
「よく回る口ね。いつもの眠そうな目が私のときだけキッとしてるのは何故かしら」
「誰に対してもこうなんですけど。かなちゃんが自分のこと特別な存在だと思い上がってるからそう感じるだけじゃない?」
「じゃあバカ虎にもそうなんだ」
「────はぁ?」
手厳しいカウンターにあかねは酷く表情を歪ませた。
「私の前で虎次郎君のことを馬鹿にしないで」
「あら、もしかして怒ってるの?やだぁ私こわぁい。バカにバカって言って何が──」
あかねは拳でテーブルを思い切り打ち付けた。ドンッ!と鈍い音が響いてかなの言葉を止める。
彼女の逆鱗に触れたかなはしてやったりと嘲るように笑う。
あかねは拳を下ろし、深く深呼吸をする。彼女の誘いに乗っては駄目だ、性格の悪さでは勝てないんだから。
ここであかねはいつだったか虎次郎から聞いた"ある話"を思い出した。
「テストで虎次郎君にボロ負けしたクセに」
「な"っ!?あ、アンタそれなんで──!?」
「虎次郎君が聞かせてくれたんだ。期末テストの合計点で負けたって」
「そ……それは………!」
嫌な記憶がフラッシュバックする。随分前に行われた期末テストでかなは学年一位の座に君臨した。
一年の頃から学年一位の座は誰にも譲らず、彼女も自分の頭の良さを誇りに思っていた。
なのに、あのバカさ加減を100%詰め込んだ男が期末テストで全教科満点を取ったのだ。
成績優秀者のかなでも全教科満点をとるのは簡単なことではない。
かなはとりあえず虎次郎の頭を引っ叩き、どうやって満点をとったんだと詰め寄った。
どうせ巧妙な手口でカンニングをしたに決まってる。
そんな考えは直ぐに吹き飛ばされた。
「痛ってぇなぁ…………ぁあ?あんなの教科書に載ってることの応用だろ?そうカリカリすんなよ。取り敢えず重曹買ってくるから大人しく待って────へぶぁっ!?」
────ムカついたから手を出した。
そもそも虎次郎とかなの学年では授業範囲と内容が全く違うので彼女の怒りは理不尽に尽きるのだが………。
「どっちがおバカさんかなぁ?」
「コ……コイツ………!」
「姫川さんあの二人止めないんすか?」
「殺されるから黙ってメシ食うぞ」
「ウス…………」
屈辱に塗れた記憶を思い出したかな。あかねの薄ら笑いを呻き声に変えるべく、バックに入れていたとある物を手に取った。
「あかねちゃんは私のことが大嫌いだからそんな事言うのよね?大嫌いで大嫌いでしょうがないから。そういう事言う………」
「!!!!」
「でも彼氏は大好きなのよね?黒川あかねちゃん?」
かなが見せたもの、それは「演劇の時代」という一冊の本。舞台に選ばれた子役のインタビューを幾つかまとめた特集となっていて、あかねが子役時代に初めて出演した舞台のインタビュー記録が載っている。
黙々と食事していたメルトと姫川の二人が興味を示して顔を上げた。
あかねは本を奪おうと手をのばすが華麗に躱され、二人に近づいたかなに読み上げられる。
「かの天才役者と名高い黒川あかねには心の底から憧れてる役者がいるって〜」
「やめて!ていうかそれどうやって手に入れたの!」
「あかねちゃんが初めて演った舞台のインタビューがあるって聞いて、当時のバックナンバー通販でとりあえず買ってみたらね────」
次のページを開くと、かなはわざとらしく上ずった声色で声を発した。
「あれ?あれれー?憧れの人ってあのバカ虎!?あかねちゃんあのバカ虎に憧れて演劇始めたの!?」
違う。実際は「有馬かな」に憧れて役者になろうと決めた。しかしかなの本質を視てしまったあかねは勝手に失望し、勝手に見限った。
「やだもー!だから恋リアでやたらしつこくバカ虎に近づいてたんだ!そりゃそうよねぇ憧れの人が出てるとなるとお近づきになりたいわよねぇ!私だってそうするもの!これバカ虎が知ったらどんな反応するでしょうね!想像しただけでも笑いが止まらないわ!」
あかねの憧れの人を暴露してやったかなは物凄く気持ちよくなり椅子に座ってケラケラと笑い出す。
恥ずかしさと怒りがごちゃまぜになったあかねは肩を震わし拳を握りしめた。
まさか暴力に訴えかけるのかと一足先に危険を察知したメルトと姫川は弁当を持ったまま逃走ルートを確立する。
あかねは大きく息を吸い込み、怒りに任せて口を開く。
「あんな演技魅せられて憧れない人なんていないでしょ!!!!」
あかねの怒声に対し、かなは本を閉じて返事をする。
「それは…………そう」
「右に同じく」
「俺も姫川さんと同意見」
一気にかなのテンションが下落した。私のほうが上手いわよと否定したいのにそんな強がりさえも許されないくらいに虎次郎の才能は頭一つ抜けている。
この場にいる四人は虎次郎の演技を間近で見てあまりの次元の違いに心が折れかけた経験がある。
あかねにとっては憧れで、メルトにとっては大先輩で、姫川にとっては超えるべき壁で、かなにとっては、
「あんなの無理ゲーよ」
────忌々しい後輩だ。でも────────
「意外と…………可愛いとこあるのよね」
「………………かなちゃん」
「クソ生意気で、言葉遣いも態度も壊滅してる。お調子者で、私にいっつもちょっかいかけてきて、ホント最低最悪な後輩よ。それでも…………アイツが後輩で良かったって思ってる。私好きよ?アイツみたいな筋金入りの生意気な後輩は」
ここで扉が開く。タイミング良く虎次郎が休憩しに入ってきた。あかね達は慌てて元いた席へ座り直す。
虎次郎はあたふたしている彼女らを気にする様子は見せず、テーブルに置いてある水の入ったペットボトルへ手を伸ばした。
「お前リハ中にラーメンって……食事管理しっかりしろよ…………役者だろ」
「う、うっさいわね!今日はたまたまラーメンの日だっただけよ!」
呆れた物言いにかなは恥ずかしさを覚えつつも反論する。
「ああそうかよ。俺も人の言えた義理じゃねぇしな」
虎次郎はサプリメントを口に含み水を飲んで胃に流し込む。
「アンタこそちゃんとご飯食べなさいよ。ずっとサプリメントばっかりじゃない」
「そうだよ虎次郎君。私のたまごサンドあげるから席に座って?」
「いやいい。腹減ってねぇから」
「で、でも…………」
「大丈夫だって。もう慣れてるから」
食事休憩を終えた虎次郎はまた舞台に戻ろうとドアノブに手をかける。そこで手を止めて、かなの方へ顔を向けた。
「なによ」
「俺も有馬先輩のことは嫌いじゃねぇぜ?アンタが先輩でほんのちょっと嬉しい。ちょっとだけな。今日は気分がいいからジュース奢ってやるよ。ちょっと待ってろ」
そう言い残して出ていってしまった。かなは衝撃のあまりに箸を落としたことに気付かない。
あかねは「聞いてたんだ……」と驚きはするも返事の仕方が実に彼らしいと微笑む。
虎次郎が買ってきたジュースは「飲む缶カレー・デスソースとハバネロを添えて」。
彼がどうなったかは語るまでもない。
〜おまけ〜
有馬かなからみた虎次郎の印象
顔 ゲロ吐くくらいイケメン、殴りたい
身長 アクアより高い、ムカつくから蹴りたい
性格 私より終わってる、苛つく
態度 私を舐めてる、○す
総合評価 弟みたいで可愛い、手のかかる後輩で良かった
虎次郎からみた有馬かなの印象
顔 重曹
身長 重曹
性格 重曹?
態度 重曹
総合評価 嫌いじゃない、有馬で先輩で良かった