隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった   作:ハッピーエンド大好きクラブ

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駆ける一分

 

「東京ブレイド」の物語は主人公が一振りの刀を手にする所から始まる。

淡く光る刀を見つめるブレイド(姫川)。そこへ剣主の一人、つるぎ(かな)が現れる。

 

「ウチは剣主の一人、つるぎ様だ!その盟刀を捨てて逃げるか、私と戦うか選びな!」

 

つるぎはブレイドの手にした刀を「盟刀(めいとう)」と呼んだ。

「盟刀」とは極東に散りばめられた計21本の刀で、持ち主に様々な力を与える代物。

ブレイドの持つ「盟刀」の名は風丸(かざまる)。その力、稲妻の如き速度を体現する。

 

「盟刀・風丸」──一之刃・『疾風迅雷』──!!

 

「盟刀」に選ばれたばかりの相手を格下と決めつけていたつるぎは呆気なく敗北。刀を置き、両手を上げてブレイドに屈服した。

その後、彼女から全国にある全ての「盟刀」が最強と認めた者には国家を手にするほどの力を有する「國盗り(くにとり)」の力がもたらされると聞いたブレイドは…………。

 

「この日本を盗めるほどの力ね、いいじゃん。王様になってみたかったんだよね俺」

 

最強の王になることを志す。

 

 

 

────以上が「東京ブレイド」の骨格となる設定だ。

決闘で破れたものは命を落とすものこそいれど、そのまま配下に加わるパターンが多い。

 

「アンタが王様になった暁にや私を大臣にしてくれりゃいいさ!したらこの「つるぎ」が王道を切り裂いてやるさ!」

 

つるぎは行末に蔓延る闇を切り裂き、道を開くことを約束した。

 

次々と敵を破り仲間を増やしていくブレイド一行。彼等の主戦力はブレイド、つるぎ、そして将軍になることを夢見るキザミ(メルト)の三人。

 

────徒党を組むのは彼等だけではない。

 

新宿を拠点にするブレイド達「新宿クラスタ」と、渋谷区を拠点に徒党を組んだ「渋谷クラスタ」の対立が第二章では描かれる。

 

最初の火蓋は、この二人に切って落とされた。

 

 

「どうしても戦わなきゃ駄目なんですか?親から無理矢理剣を与えられ、こんな戦いに巻き込まれて………」

 

刀を握る手は震えていて、その震えは刀身にまで伝わっている。いかにも弱そうな剣士の名は(もんめ)という。

されど剣の腕は確かだ。先程からキザミの猛攻を簡単に捌き、常に優位な立ち位置に移動している。

 

匁演じる鴨志田朔夜(かもしださくや)は2.5次元の舞台では重宝されまくっている人気の役者だ。普段はヘラヘラした女好き、でも芝居は上手い。

役は普段の性格と真逆のキャラクターなのに原作再現は完璧で演技力も十分過ぎる。

 

"…………………畜生"

 

メルトは劣等感を抱き、唇を噛む。

 

鴨志田朔夜の原作リスペクトは2.5界隈の中でも水準が高い。2次元のキャラを現実へ持ち上げるノウハウの塊で、手本としてこれ以上のものはない。

ララライの役者も彼から学べるものは多いと直ぐに気づき、まるで乾いたスポンジのように2.5の作法を吸収していった。

 

黒川あかねや有馬かなも例外ではない。けれどメルトだけはそうもいかなかった。

ベテランには決して届かない演技力。辛うじて及第点に届くかどうか。

 

それでも────メルトには誰にも負けない才能が一つだけある。

 

 

 

ただひたすらに、がむしゃらに努力する才能がある。

 

 

 

 

「負けねぇぞこらぁぁあぁああああ!!!!」

 

大きく刀を振りかぶる。その様を客席から眺める鏑木Pはメルトの決死な表情に笑みを浮かべた。

 

「ほら、今日あまの時の彼じゃあない。必死に演技と向き合ってる。こういう子がね、爪痕残すもんなんだよ」

 

隣りにいる雷太へ言い聞かせる。メルトをこの舞台にキャスティングしたのは鏑木Pの采配によるもの。

そこまで知名度があるわけでもない、演技力も並以下のメルトが何故選ばれたのか疑問に思っていた雷太は向こう側の席に座っている二組へ目をやった。

 

「彼のキャスティングが失敗だったかどうかの判断は、きっと彼女が下してくれる。世界一厳しい目で彼を見てる人がいるんだ」

 

「今日あま」作者の吉祥寺頼子(きちじょうじよりこ)はこの場にいる誰よりも真剣な眼差しでメルトの演技を見つめている。

 

────なんで、人が魂削って作った作品に下手な人を使うんだろう。

 

原作ではキザミと匁の対決はキザミに強者感があった。けれど彼の演技に強者感は全く無い。

 

「キザミの人ちょっとさ…………」

 

「…………ね。全然だよね」

 

「あんまし…………」

 

あれだけ努力したのに客の反応は失望ばかり。

匁自身も彼をヘタクソと蔑み、消えてくれと意志を込めた一撃を振り落とす。

 

"消えてくれよマジで。お前は要らないんだよ"

 

分かっている。そんなことはここにいる誰よりも分かっていることだ。

軽い気持ちで芸能界に入り、深く考えずに受けたドラマを適当にやったせいで一生引き摺る後悔が生まれてしまった。

最初から本気で挑んでいれば作品の評価はもっと違っていたかもしれない。 

 

 

 

その最初に戻れたならきっと………………。

 

 

 

『お前はお前の演技を観客に魅せればいいんだよ』

 

 

 

脳裏によぎる虎次郎の言葉。キザミの最大の見せ場は匁との対決シーン。客含め匁は自分をヘタクソだと思ってる。それは間違いじゃない。だがそれは裏を返せば油断しているとも取れる。

 

キザミは握っていた刀を上へ放り投げた。突然の行動に匁は驚き、客席は困惑の表情を浮かべる。

 

 

 

"なんだ……なんで刀を上に投げた?何をする気なんだ?"

 

 

 

これはエンタメの基本。

クラスのいじめっ子が、地味で目立たないメガネ女子が、なんの特徴もないオタクがいきなり滅茶苦茶凄いことを始めたら、それが原作を忠実に再現したものだったなら────────

 

 

人にはカッコよく映る。

 

 

クルクルと回転しながら落下する刀を、キザミは見向きもしないまま掴んでみせた。

 

次の瞬間、客席から歓声と拍手が湧き上がる。

 

「超カッコいいじゃねぇかメルト」

 

舞台袖にいる虎次郎が嬉しそうに笑う。

幾ら客席がメルトの起こした原作再現に驚き、興奮しても、求めているのは役者の演技だ。

 

だからここで刺す。

 

このシーンは初めて出会った強敵に敗北したキザミが根性だけで相手に立ち向かうシーン。

 

メルトの最大の見せ場。メルトは稽古期間の殆どを使ってこの瞬間の感情を掘り下げてきた。

誰よりも強いと思っていた自分が、本当は全然弱くて、情けなくて、みっともなく地面に転がる。

ページを捲ると目に入るのはしみったれた表情の自分(キザミ)

 

悔しい気持ちが胸に届く。やっと気づけた。悔しかったんだ、舐めてた相手に散々やられて格好悪く足掻いてみせた。

惨めで無様な自分に、悔しさを抱く。

 

 

その気持ちなら、痛いほどよく分かる。

 

 

「──────────!!」

 

キザミから伝わる気迫に匁は思わず後退る。さっきまでとは違う、全身から悔しいって感情が伝わってくる。

客席に届くほどの強さで、キザミの慟哭が響く。

 

「おぅれは、誰にも負けねぇ!!!!!!」

 

キザミの悔しさをこの一分に注ぐ。そっちが演技10年やってようが知ったことじゃない。

この一分は、誰にも負けない────!!

 

目の前の強敵に抗い、泥臭く戦うキザミに客席の人々は目を離せない。

負けたとしてもキザミの悔しさはちゃんと届いた。これまでの努力は無駄ではなかったと証明できた。

 

だから頼子は泣いていた。メルトの演技に感動したから、泣かずにはいられない。涙が溢れて止まらない。

 

「ほら、僕の目に間違いはなかった」

 

鏑木Pは誇らしげキザミを見つめる。倒れ伏した彼に止めを刺そうと近づく匁の前に、ブレイドとつるぎが割って入った。

 

「良くやったわキザミ!後は私達に任せなさい!」

 

原作では2対1は不利と撤退する匁だが改変された今回の台本だとここで「彼」が現れる。

 

「キザミをボッコボコにしてくれた借り、しっかり返させてもら────ッ!?」

 

舞台、客席の空気が一変した。背筋が凍り、呼吸が浅くなる。瞬間的に生まれた恐怖心に手は震え、歯はガチガチと音を立てて噛み合う。

 

「これで2対1では無くなったな」

 

その一言で客席の全員が「あ、ヤバい」と言葉には表せない感情に呑まれ、静寂に包み込まれる。

腰に刀を携えて現れたのは「渋谷クラスタ」のボス「鞘姫(あかね)」の懐刀。

 

名を「刀鬼(とうき)」。

 

 

静まり返った舞台には、あまりの恐怖に耐えきれず泣いてしまった子供の叫び声が木霊していた。

 

 

 

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