隣の部屋の前に黒ずくめがいたから金○を蹴り上げてやった 作:ハッピーエンド大好きクラブ
新番組恋愛リアリティショー「今からガチ恋始めます☆」は虎次郎の大暴走のおかげで想定以上の好スタートを切った。
まだ第一話だが中高生の評判も良好。このまま右肩上がりに持っていければ多大な収益も望める。
第二話の収録では舞台は変わり、放課後の空き教室に集まるのをコンセプトに物語は始まる。
ただ高校生が話し合うのを映す、これだけでは面白くはない。事前に番組側が出演者に「指令」の書かれた紙切れを渡していて、収録時に特定のアクションを起こしてもらう。
「指令」に従うか否かは当人の自由。気になっている子に近づく手段を番組側は用意しただけのこと。
空き教室ではみんなが和気あいあいと談笑している。
ノブユキとゆきの距離が近いが、きっと「指令」のせいだろう。
ケンゴは二人の距離感が気になっている様子だ。
アクアはMEMちょと犬の話をしている。アクアの怠そうな顔ときたら、きっと若者特有の共感し合うだけの会話に慣れていないのだ。
虎次郎とあかねの二人は────
「…………………」
「…………………」
無言を貫いていた。それもそのはず、虎次郎の「指令」は「黒川あかねとの距離を縮めること、あわよくばキュンとなる行動をすること」だ。
あかねの場合はその虎次郎バージョン。
虎次郎は内心、なんだこの巫山戯た指令はと心の底から叫んでいた。
距離を縮める?どうやって?
あわよくばキュンとなることをしろ?どうやって?
こちとら彼女いない歴年齢なのにこんな「指令」あまりにも無理難題過ぎる!!
中学のときに女子と話したことは腐るほどあるが、なんだったら週に4回くらい告白された。まあ全部断ってきたが…………いや、今は世間話から入ろう。
距離を縮めるとかは後回しだ。そう判断した虎次郎は演技の話を持ち出そうと口を開く。
「な、なぁ」
「ね、ねぇ」
ダブった。お互い同じことを考えていたのか同時に話しかけてしまった。
「あ、ごめん!虎次郎君からでいいよ」
「お、おう。あのさ、お前劇団ララライでエースやってんだろ?」
「エースだなんて、私はまだまだ精進の身だから。虎次郎こそ、ディアボロで再ブレイクしたもんね。もう語彙力が追い付かないくらいの演技だったよ」
「再ブレイク?」
ドラマで功績を残したことで役者や女優がブレイクして人気になることはあることだ。虎次郎もその例に入るだろう。
しかしあかねが口にした再ブレイクという言葉の意味が分からない。
「なんで再ブレイクなんだよ」
「だって子役時代に共演した映画がヒットして、虎次郎君の名前がニュースで流れてたりしてたよ?」
「あぁ…………母親の七光りのおかげだろ」
母親が大女優でその息子が映画に出演するとなるとメディアはピラニアみたいに喰い付く。
子役時代はあれ一本しか出たことないし、虎次郎という子役は自然と芸能界からフェード・アウトしていった。
「ディアボロのおかげで俺の存在が世間に知れ渡ったのは嬉しいけど、俺はまだまだだ。俺の演技は……まだ脆い」
「子役時代のときも、同じこと言ってた」
「マジ?よく覚えてるな黒川」
「覚えてるに決まってるよ。だって──」
自然と虎次郎の頬へ手の甲で撫でるように優しく触れる。
「虎次郎君は私の憧れだから」
「…………………あ、ありがと」
虎次郎は頬を赤くしてそっぽを向く。あかねは自分が虎次郎に触れていることに気づき、彼以上に顔を真っ赤にして1メートルほど距離を空けた。
「あ、ご、ごめん!近かったよね!?ごめんね急に変なことしちゃって!」
「いや、気にしてねぇ」
こ、コイツ──────!狙ってやりやがったな!?
なんて女だ、会話に集中してた俺の意識外からの攻撃…………コイツ、慣れてやがる。
これが恋愛リアリティショーか…………おもしれぇ、楽しくなってきたぜ。
やられたら数十倍にして徹底的にやり返したくなる虎次郎の性格があかねの行動を深読みしあらぬ誤解を生み出してしまった。
あかねは手をパタパタと仰いで真っ赤になった顔を少しでも冷まそうとするが、心の中でひたすら悶えていた。
ど、どどどどうしよう──!!変なことしちゃった変なことしちゃったぁ!!これじゃあ虎次郎に嫌われる、絶対変な目で見られるっ!!
「おい黒川、大丈夫か?顔真っ赤だぞ?熱でもあるんじゃないか?」
そう言ってあかねの前髪をかきあげて虎次郎は自分の額をコツン、とくっつけた。
少女漫画でよくあるベタな展開。額と額をくっつけて熱を測るものだが、これは恋愛リアリティショーだからこそ許される行為だ。
何より虎次郎には「指令」がある。第二話放送時には各々に渡された「指令」の内容が編集で視聴者に分かるようになっているはずだ。
定点カメラはしっかりと二人の様子を収めている。至近距離に虎次郎の顔がある。サファイアのように美しく輝く瞳に吸い寄せられて、あかねは目が離せない。
────もう少し顔を近づければキスができるかも。
そう思った途端、虎次郎の顔がゆでダコのように赤く染まっていき、バッ!と仰け反って近くの窓を開けて飛び降りようと手すりへ足をかけた。
「ちょいちょいちょいちょい!!何やってんだ虎次郎!!」
ノブユキが慌てて駆け寄って虎次郎の腰に手を回す。
「離せノブユキ!俺は黒川の純情を弄んだ最低最悪のクソ野郎なんだ!!こんな俺は世界から消えるべきなんだぁ!!」
「お前ピュアかよ!!」
アクア、ケンゴも参戦してどうにか虎次郎の飛び降りは防ぐことが出来た。
「黒川ぁ……ごめんな……額くっつけちまってよぉ………許してくれぇ」
「謝らなくても大丈夫だよ、私は気にしてないから」
「虎……お前昔から純粋だよな」
「うるせぇバーカ!俺はテメェと違って繊細なんだよバーカ!」
「バカって言ったほうがバカなんだぞ」
「え……じゃあ俺バカなの?」
虎次郎は偏差値は高いが変なところで馬鹿になる。中学の時も女子に距離を詰められると口をパクパクとさせ逃げ出していた。
ただ告白された時だけは慌てずにきっぱり真面目に断っていた。真剣な気持ちにはちゃんと応える、それが虎次郎だ。
その後の虎次郎は借りてきた猫のように大人しくなり、あかねが気を利かせてたくさん声をかけていたがその全てに「あー、うん、あー」としか答えず、完全に上の空だった。
「今ガチ」第二話が配信され、虎次郎の奇行がSNSでトレンド入りを果たして更に評判が良くなったり、若い層の視聴者獲得に一役買っていた。
もう一つトレンド入りをしたものがある。
それは苺プロダクションが新規アイドルグループを立ち上げることを発表したことだ。
ルビーが入ることは確定しているが後はスカウトしなければいけない。
虎次郎は愛しのルビーが着実にアイドルへ近づいていることを嬉しく思いつつ、他のメンバーはどうなるんだろうと懸念していた。
そんなときだ、何気なく事務所に立ち寄ったら有馬かながふてぶてしくソファーに座っていた。
「アクア、ルビーちゃん、なんでコイツがここにいんだよ。重曹撒いて追っ払えよ」
「アンタはほんっとムカつく後輩ね。私は苺プロと契約したのよ。だからここにいるの」
鞄を置いてミヤコから証拠の契約書を見せてもらう。
かなは元々フリーランスだし、苺プロに所属して活動するのはなんらおかしくはない。
「へぇ。アンタここと契約したんだな」
「そ、ルビーとアイドルになるためよ」
「────────は?」
ルビーとアイドルになるため?それはつまり、苺プロが立ち上げる新規アイドルグループにかなも加入するってことだ。
虎次郎はルビーに近づいて肩に手を乗せる。満面の笑顔で「これはどういうことかな?ルビーちゃん」と尋ねる。
するとルビーは眩しいくらいの笑顔でこう言った。
「私は先輩と一緒にアイドルやるの!もうすぐだよ虎、B小町が復活するんだよ!」
「…………………ぐぼっぁ"!!」
ボロクソに反対するつもりだったのに、ルビーの笑顔を見ると何も言えない。
アクアから話を聞くと二人で有馬かなを説得して契約まで持ち込んだようだ。
「ぐっ…………こんな、これは悪夢か?こんなことがあっていいのか?だ、だが……ルビーが決めたことだ、自分で決めて、後悔しないのなら、俺は………俺は…………」
好きな女の意志を、全力で尊重する。
「ふぅ…………まあ正直体が捻子切れるくらい拒絶反応を起こしているが何も問題はない。致命傷だ、おい妖怪重曹……いや、過去のことは水に流そう。宜しく頼む」
虎次郎はかなへ握手を求める。
「虎次郎……アンタのこと生意気な後輩だと思ってたけど、案外素直なとこあるじゃない。うん、こちらこそ宜しく」
生意気なやつだが、そこがまた可愛いというか。芸歴はこっちのほうが長いし、ここは先輩として水に流してあげよう。
「なんか困ったことあればいつでも先輩に頼りなさいよ、虎次郎」
「ああ。そうさせてもらうよ、先輩」
後日、これまでの無礼のお詫びとして重曹をプレゼントしたらヘッドロックをかけられた虎次郎だった。
あかねの純粋な感情を弄んでしまった虎次郎くんだが着実にネット民の好感を買っていることには気付いていないようだ。
次回はあかねがどうして虎次郎に憧れを抱いたのかを書きたいと思います。
だからよぉ…………感想いっぱいくれぇええ!!!!