イマドキ女子高生、幽霊の塾に通う。   作:月兎耳のべる

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二限目 イマドキ女子高生、幽霊の塾に入塾する。

 

『書類は作っておきますけど……通るかどうかは所長次第ですから~、とりあえず今日は帰って下さい~!』

 

 言われて退散してそのすぐ翌日。

 あたしは改めてオンボロビルの近くまで来ていた。

 久しく感じなかった『ワクワク』。

 それが楽しめると思うとつい浮足だっていた。

 早朝7時なのにビルの前でうろちょろしてるのが証拠。

 

 ……早すぎたかなぁ? 

 せめて同じ昼頃に行くべきだったり? 

 あと昼飯。持参しといた方がベターだった?

 そういえば筆記用具とかいるんだっけ?

 

 ……あぁもうあたしは遠足行く前のガキかよ! 

 でも楽しみで仕方ないからしょうがないよね!?

 だって、信じられる!? 

 あいつら全員が本当の幽霊だなんてっ!

 そして幽霊達のための教室があるなんて!

 考えれば考えるほど現実味がない。

 でも現実に幽霊がいたんだと思うと……小躍りしそう!

 出来るなら今すぐ呟いて拡散しまくりたい気分! 

 

「あ~~もう、楽しみだなぁ……!」

 

 大通りの喧騒が最高潮を迎えた朝9時頃。

 あたしは痺れを切らせてビルの中へと入っていた。

 そしたらまあ~~~居るわ居るわ色んな幽霊! 

 

 子供。老人。女性。犬。侍。サラリーマン。

 兵隊さん。幼稚園児。学生。主婦。

 人型の奴からそうじゃないのまで選り取りみどり。

 

 まるで出来の悪いホラー映画みたいな光景。

 この人達全員が恨みつらみがあるっての? 

 いやー凄いね、本当!

 

 お上りさん見たいにキョロついてると、皆の視線が集まって行くのを感じた。  

 そ、そりゃぁまぁ浮くよね~。

 だって一人だけ生きてる奴が居るんだもん。

 

「あ、ど、どうもーち~っす。私、風前あかりって言いまーす。今日から入塾したんでよろしくね!」

 

 なので恥ずかし半分恐れ半分で軽ーく挨拶。

 同じ教室に通う生徒だもん。

 せめて仲良くしたいと思って愛想を振りまいていく。

 

お母さん……? 会いにきてくれたの?

……生きてる……、生きてる……?

幸三さんですか?

YOU HEAR.CAME YOU LIVE

 

 ……あれ? 思った反応と違う?

 え、ちょ……会話通じてる?

 何か反応はしてくれるけど違うくない?

 

あああぁあぁお母さん会いに来てくれた会いに来てくれた

……生きてる?……生きてる?……生きてる?……生きてる?……生きてる?

幸三さんですか?幸三さんですか?幸三さん幸三さん幸三さん幸三さん幸三さん幸三さん幸三さん

YYYYYOULIVEYOULIVEYOULIVEGIVEYOURLIFEGIVEYOURLIFEEEGGGGGGGGGGGGGGG

 

 な、何かこっちにどんどん近寄ってくるんですけど。

 いや、まっ、ちょ、ちょっと怖い、怖い怖い怖い怖いって何コレ何コレ何コレぇ!!?

  

『あかりさん~~っ、何してるんですかもう~~!』

 

 幽霊の波に押し潰されそうになった所、音もなく現れたモザ姉が波をかき分けあたしを助けてくれた。

 

「い、いや、だってさぁ……挨拶は基本っしょ?」

 

『だっても何もないですよ、生きてる人が不用意に声かけたらそうなるのも当然じゃないですか~!』

 

「えぇー、何でさ?」

 

『幽霊ってのは死後に残るくらい強い感情……つまり未練を持ってる人がなるんですよ?』

 

 モザ姉が懇々と説明してくれる。

 幽霊は基本、未練だけを頼りにしている存在が多く。

 その分、未練以外を気遣う余裕がなくなるとか。

 

『だから(すが)れるものがあったら縋りますし~、何かきっかけがあるならそれに頼ろうとするんですよ~』

 

「それとあーしの声かけがどう繋がるのさ」

 

()()()()()()。生きている人の声は私達には特に。宵闇の中に蛍光灯の光がぽつんとあったら近づきますよね? それと同じで頼りたくなってあかりさんに殺到するんです。だから不用意に幽霊に声かけちゃ駄目なんですよ~。付き纏われちゃいますから~』

 

 光に引き寄せられるってまるで虫みたいな……。

 まあそう言う事なら声かけはやめておこう……。

 

「って今まさに声かけちゃった人達はどうすれば?!」

 

『余程の霊じゃない限りはすぐにあかりさんの事は忘れちゃいますよ。それじゃこっちに付いてきてください。所長がお待ちです~』

 

 ほ、本当かなぁ?

 多数の幽霊たちの視線に晒されてビクつきつつ、

 あたしはモザ姉についていくことにした。

 

(……なんつーか。大分盛り上がってんね……)

 

 歩くと聞こえる講義の音。

 このビル全体が教室と謡っているだけあって、

 各部屋をちら見するたびに面白い光景が広がっていた。

 

『グヌヌヌヌ……ハァァァ──ッ!!!!!』

 

六車(むしゃ)さん上手ですねぇぇぇぇ。いい感じに羽が浮いてますよぉぉぉぉぉ。練習の成果ばっちしですねぇぇぇぇ! その調子で空き缶くらいはスムーズに動かせるように頑張りましょうぅぅぅぅぅぅ!』

 

『こ、このうらみ~~、はさらでおくべきか~~~!!』

 

『晴らさでおくべきか、です。しかし古典の呪い故最近の子らには効きが悪いかもしれませんね。……よし、『死ね』にしましょう。言葉も呪いも短くした方が効き目が強いです』

 

──……この情報化社会では生者が使用するデバイスにアクセスするのは必須スキルです……。怨霊になったばかりの方も没後100年を超えた方も昨今のテクノロジー……特にスマホについて学習し……デジタル祟りがかけられるよう目指しましょう……。さて、本日のデジタル霊障講座初級ではまず念で非通知電話をかける所から……──

 

『先生~、声が小さくて聞こえません……』

 

──チッ。ちゃんと聞けよな。これだから愚物共を相手にするのは……

 

 壇上に立つのが幽霊。机に向かうのもこれまた幽霊。

 それだけでも面白いっていうのに、教えてる内容がポルターガイストや発声練習ってのがジワる。

 しかも果てはスマホの授業? 

 幽霊なのにスマホの授業いるんか????

 

『いりますよ~! 出来る幽霊の皆さんはデジタル祟りも当然出来ますからね~』

 

 何だよデジタル祟りって。

 アナログ祟りもあるんかい。

 

『デジタル祟りが出来ると「おっコイツ出来る!」って他から一目置かれますし~、祟り成就率が高いんです~あとモテますよ~~! 特にお坊さんに』

 

「坊主にモテてもなぁ……」

 

『昔は「出現」「声出し」「ポルターガイスト」の3つが出来て一人前と言われてましたが、昨今の情報化社会じゃそれだけじゃ不足と言わざるを得ないですね~。終活するなら最低でもデジタル祟り検定二級はないと話になりませんね~』

 

「そんな就職みたいなノリなん?」

 

 ってかデジタル祟り検定って何。

 一級になったら何が出来んのさ。

 

『えーっと~、パソコン越しに自分の手を出したり~~、霊障映像……いわゆる「呪いのビデオ」みたいなのを作成出来たら一級ですね~』

 

 ホラー映画で見た事ある奴だ。

 あれって一級レベルなんだ……。

 そう言うのもっと気軽に出来るって思ってたけど……。

 

『言っときますけど~、想像以上に大変なんですよデジタル祟り~。念力による物理干渉を訓練しておかないと普通は出来ないですからね~!』

 

 急にこっちの頭に手をかざしだすモザ姉。

 身構えるあたし。

 けれどその手は何事もなかったかのように頭を貫通。

 若干ひんやりする以外は何の感触も感じなかった。

 今更ながらモザ姉が幽霊だって感じる瞬間だった。

 

「じゃあどうすんのさ、やっぱり怨霊パワー?」

 

『……我々は念と呼んでます~。まあ俗にいう念力ですよね~。貴方達人間が霊現象だって言うものはこの念力で起こされてるんですよ~』

 

「怨霊パワーじゃん」

 

『念力です~~~! それで~デジタル祟りを起こすためには~その機械がどういう仕組みなのか理解する必要があるんですよ~』

 

「え? なんかこう、いい感じに出来たりしないん?」

 

『出来ませんよ~! ライトや扇風機、テレビぐらいだったらまだいいですけどスマホやPCとなるとも~めちゃくちゃ難しいんですよ~!!! 映画でよく見るスマホに呪いの画像を表示させたり、パソコンを勝手に操作したりするのなんてプロじゃないと出来ませんから~~!』

 

「お、おう……」

 

『大体が人間の技術の進歩に我々幽霊はどうしても遅れをとってしまうものなんですよ~。ようやくビデオやTVの仕組みが広まったと思ったら次はパソコン、次はインターネット、次はスマートフォン、タブレットってもう大混乱~! 最近生まれた幽霊の皆さまは兎も角100、200年クラスの大怨霊の皆様なんて泣きながら勉強してますよ~! それに最近はそう言うツールのセキュリティも高度化しちゃって私達の念すら弾いちゃうし本当泣きたなるくらいですよ何がファイアウォールですか! 何がノートンですか~!』

 

 ノートンって誰だよ。

 ってか映画に出てくる幽霊達もこういう所で涙ぐましい努力をしてたんだって思うと……何か見る目変わっちゃうなぁ。

 早口でまくし立てるモザ姉を白い目で見てると、取り繕うように咳払いをし始めた。

 

『ご、ごほん。……え、えーっと所長~、連れてきましたよ~』

 

 そうこうしてたら目的の場所に辿りついたみたいだ。

 入り組んだビルの最奥。

 そこにあるのはガラス戸がはめこまれた一際古い鉄扉。

 プラ看板に『所長室』と下げられたその部屋から、一層強い寒気が漏れ出ているのを感じる。

 

「う……」

 

 ここに、親玉がいる。

 このビルのトップってことはきっとヤバイ幽霊だよね。

 一体どんな幽霊が居るんだろう? 

 貞子みたいなの? それとも神様っぽいやつ?

 

 勝手に開いた扉にビクつきながら、部屋へと進む。

 

 部屋の印象は一昔前のオフィスって感じだった。

 申し訳程度に豪華さを感じる皮のソファ。

 土気色の地味なカーペット。

 金属机に金属の棚。

 来客用の椅子は、これまたボロいパイプ椅子。

 30年くらい時代に置いていかれた空間。

 唯一、他のオフィスと違う所があるとすれば……ホラーっぽいポスターと、揃って血の気の悪い肖像画がある事ぐらいか。

 

 そしてそんな部屋の奥。

 金属机に座り込んでいたのは──、

 

「…………」

 

 ──頭に()()を被った作業着のおっさんだった。

 

 机の上で掌を組み、目元の穴からこちらを見つめてくる。

 その目はまるで獲物を品定めするかのようで。

 しかし、何よりも特徴的なのはその筋肉だ。

 

 熊みたいな手。

 丸太のような腕。

 がっしりとした肩。

 服を張り詰めさせる胸。

 

 サラリーマンじゃなくて木こりって言われた方がよっぽど説得力がある。

 

 一言で形容するならそう。

 「筋肉モリモリ、マッチョマンの変態」だ。

 

 これ、もしかして幽霊じゃなくて変質者……。

 

『言葉も出ないですか……無理もないですね。私も大分有名になったものです……』

 

『いえ~、どっちかって言うと引いてるんだと思いますが~……』

 

 幽霊と人間の価値観もそう違ってなくてほっとしたよ。

 変態が睨みつければ、モザ姉の怯える声が漏れた。

 

『ごほん。ようこそ『ヘル★イエア!!! タタリスクール』へ。私の名前は慈英(じえい)(そん)です。初めましてお嬢さん』

 

「あ、は、はい……あーし、いや、私は風前あかりです」

 

『そこの天空(あまから)から事情は聞いていましたが……これは確かに珍しいお客様ですね。まさか生きていらっしゃるとは』

 

 ……あたしからすれば「まさか死んでるとは」って感じだけどさ。

 っつかジェイソンって……その名前何、狙ってんの?

 何で紙袋被ってんの?

 そもそもこんな変質者が所長なのマジなの? 

 

 疑いの目でジロジロ見ていると、モザ姉が慌て出した。

 

『え、えぇーっと所長は凄い方なんですよ~! 古くはかの有名な13日の●曜日の元ネタの事件起こした殺人鬼で、映画『貞子』の元ネタの方に当時としては珍しいビデオテープのデジタル祟りの指導をしているんです~! デジタル祟りの第一人者なんですぅ~!』

 

「へぇ~……でもホッケーマスクじゃないじゃん」

 

『で、ですよねぇ~……所長~、やっぱりホッケーマスクにした方がいいのでは~……』

 

『ほ、ホッケーマスクは博物館に封印されてしまって……映画でも紙袋だった時もちゃんとあったんですよ?』

 

 紙袋の殺人鬼は流石に手抜きがすぎるっしょ……。

 まあそんな事よりもあたしが気になるのは入会できるかどうかなんだけど……。

 いつ切り出そうか悩んでいたところ、その前におっさんが語り出した。

 

『あぁ……そうそう入会希望でしたか。ふむ、ふむ。ふむ。ふむふむ……あかりさんは何か恨みがおありで?』

 

「え。えーっと……」

 

 ……やべ。入ることしか全然頭になかったわ。

 う、恨み~?

 最近何か恨んだこと……あるかなぁ!?

 ババアがあたしを無視すること?

 いや、でも恨む程じゃねえし。

 学校がだるい?

 だからって学校恨んでもねえし。

 ガチャが渋すぎて爆死?

 これは真面目に恨んでもいいかもしんないけど認められなさそうな……!

 

『……あかりさん?』

 

「あ、あーあーあー! えっと最近彼ぴ……ごほん! 彼氏がつれなくて! そ、それで軽く呪ってやろうかと!」

 

『…………ふむ』

 

 ご、ごめん為我井(むがい)~! 

 別に呪いたい訳じゃないんだけど口実に使わせて!

 それでマジ呪われたらごめん! 

 一番軽いのにするのは約束するから!

 

 めっちゃ脂汗を流して沙汰を待つと、ぎぎぎ。

 椅子に座ってたおっさんが身を乗り出した音が響いた。

 

『……いいでしょう。妬み嫉みもまた恨みの一つ。困った幽霊を手助けするのも我々の使命です。貴方の恨みがどの程度かはまだ伺いしれませんが、これもまた縁。成仏までしっかり付き合いますよ』

 

 あたし生きてるんだけどな~……。

 ま、まあ受けてくれるならOKかぁ。

 …………って待って。

 待って待って……!?

 

「成仏するのは必須なの……?」

 

『はい? あぁうん。勿論です。それが我々の理念ですからね。「(呪い)易い。(成仏)早い。(教え)上手い。」』

 

「牛丼屋みたいな標語立てやがって……!」

 

 いや~呪いの方法とかは知りたいけどさぁ。

 あたし、成仏はちょっと~……。

 

『ソレは他に未練があるから、ですか?』

 

「いや未練っつーかあーし生きてるもん! 見てれば分かるっしょ!? あいむあらいぶ! ゆーでっど!」

 

 っていうか生きてるのに成仏ってどうなるのさ!

 魂だけ死ぬとかそういう感じ? つまり植物人間?!

 そんなの冗談じゃないよ!

 

『しかしですね。未練を果たした者は自ずと成仏する。それは当塾のルールというより、幽霊界のルールといってもいい』

 

「だからあーしは生きてるんだってばー! 体あるのにまだ死ねないし!」

 

『困りましたね……』

 

 いやいや困ったのはこっちだよ!?

 入会したらまさかの強制成仏付きだなんて。

 志望動機ならぬ死亡動機でも書けってか!?

 流石に成仏したくなるほどまだ人生に絶望してないし、純粋に生きていたいよ!

 

 うー……折角楽しく過ごせると思ったけど、流石にこれは断るしかなさそうだ。そう考えついた途端の事だった。

 

「えっ?」

 

 急に後ろの扉が勢いよく閉まった。

 しかもご丁寧に鍵がかかる音まで。

 

 一瞬頭が真っ白になった後、扉に飛びついて開けようとしたけど……開かない!

 冷え切ったノブを何度回しても扉を叩いてもうんともすんとも言わない。閉じ込められた! そう認識し焦り振り返ると、おっさんが机から立ち上がる所だった。

 

『──聞き分けが悪い子は好きではありません』

 

 おっさんの雰囲気はさっきと様変わりしていた。

 呑気に木を伐採してる木こりから。

 息をするように人を殺す快楽殺人鬼の様相に。

 

 その手に握りしめられているのは巨大な鉈。

 木の枝どころか人の体も簡単に断ち切れそうな刃が、ギラギラと輝いている。

 

「ひっ」

 

『ここは迷える幽霊の為の場所です。興味本位で覗いて良い場所ではありません』

 

「あっ……あっ……」

 

『しかし一度ここに立ち入った以上──私の許可なく立ち去ることは許しません』

 

 ゆっくりと影が伸び、ついにへたりこんだあたしの前に辿りついてしまう。

 切れ目から覗く瞳はどうしようもなく血走り、荒い息遣いが紙袋越しに聞こえていた。

 

『申し訳ありませんがこっちも慈善事業という訳じゃないんですよ。ここまで来て逃す位なら……強制的に成仏して頂きます』

 

「ちょ、まっ、まって……まっ!」

 

 いや。待って。

 嘘、マジ? 

 こ、ここであたし終わりなの?

 ぐ、ぐ偶然見つけて、何となく面白そうって思って。

 た、ただつまんない日常が嫌だからっ、そ、それだけのつもりだったのにっ! あっ、や! ま、待って! ま、マジギブ! ぎぶ、ギブギブギブ……!

 

「は、入る! 入る入る入る入るからぁやだっ、おかあさぁぁぁぁぁぁん~~~~ッ!!!」

 

 今まさに鉈を振り下ろそうとしたおっさんに、あたしも無我夢中で叫んでしまう。

 そして迫る終わりの時を待っていたあたしは……その時が一向に訪れない事に気付いた。

 

「……え、えっ……?」

 

『そうですか。入ってくださいますか。ではここに署名して貰いましょう』

 

 優しい声色でこちらに語りかけるおっさんは、今では木こりに戻っていた。

 手に持っていた鉈はどこにも見当たらず。

 泣きはらすあたしの前に差し出したのはハンカチではなく、誓約書だった。

 

『……終わりましたか~?』

 

 同時にいつの間にか居なくなっていたモザ姉も、さっきまで閉まっていた扉からこっちを覗き込んでいた。

 

『あぁ~……所長まーた泣かしてるじゃないですか~~……やっぱり初手で脅かすのはもうやめましょうよ~……!』

 

『む。し、しかしだね……』

 

『しかしも何もないですよ~。ただでさえ所長はノルマが多いんですから~! ご新規さんも気持ちよく成仏出来た方が絶対いいですよ~!』

 

『む、むぅ……』

 

『ほら~大丈夫ですか~あかりさん~……』

 

 泣きべそかくあたしに手を差し伸ばしてくれるモザ姉。

 あたしは手を伸ばして……その手が改めて掴めない事を知って自分で立つ。

 今の……演技だったの?! マジ信じられないんだけど!

 

『ちなみに先程の扉のタイミングは90点。様になっていましたよ天空君』

 

『えっ、そ、そうですか~!? えへへ~。だ、だんだん所長のタイミングも分かってきましたから~』

 

 ……って扉閉めたのモザ姉かよ!

 キッと睨めば「はわわっ」と声を上げて顔を逸らした。

 

『……少し茶番は入りましたが改めて。ここは迷える子羊……ではなく、幽霊に手を差し伸べる場所です。最終目的は成仏。そこに異論を唱えられては困ります』

 

「う……はい」

 

『ですが我々にも事情はあります。受講者は幾らいても足りない……ですので、特例ですが入塾をして頂きます。強制で』

 

「うぇっ!?」

 

『迷い込んだのが運のツキです。逃げようとは思わないでくださいね? ただし従って下さるのなら安らかな成仏は約束しましょう』

 

 そ、そんなぁ~~~。

 塾は正直楽しそうだけど成仏は流石に……!

 

『聞けませんか? しかし先ほども言いましたがこれはルールではなく法則です。生者必滅とも言うでしょう。抗うことなく受け入れて欲しいのです』

 

「で、でも……だって……な、何か例外とかないの!?」

 

『ないです』

 

「あ、ない。……じゃなくてあるっしょ!? 絶対あるって!」

 

『ありません』

 

「だって、だってだってだってまだあーしピチピチのJKよ!? 結婚もしてないし就職だってしてない! お酒だって飲んでないし旅行だってし足りないし!推しのライブにだってもっと行きたいもん まだ成仏したくない!」

 

 まだやりたいこといっぱいあるのに死ぬなんてやだ!

 死んだってゴメン! 

 いや死にたくないから生きててもゴメンだっつの!

 

 ごねにごねれば、おっさんがまた殺人鬼に変わりそうになったけど、知った事か! 少しでもごねて活路見出すっつーの!

 

『うーん……でも例外もあったような……?』

 

『そもそも貴方はですねぇ……ってコラ天空君!?』

 

 ……え、例外? 今例外っつった?

 ぱっとモザ姉を見ると、その時になってしまったって感じで顔に手を当てていた。

 

「今、例外あるって言った……?」

 

『あ、い、いえ今のは無しです~、何でもないです~』

 

「例外あるって言ったよね!」

 

『いいい、言ってないです言ってないです~!』

 

「言った! 言ったもん! 聞いたもん!」

 

 いーや聞いたね。絶対に聞いた。

 聞き逃さないよあたしは!

 その黒モザから例外がぽろって零れてたよ!

 

 ここがあたしの正念場!

 絶対に死んでたまるか!って執念で質問しまくったら、とうとうおっさんが折れた。

 

『……はぁ~……確かに生徒の中には恨みが深すぎて祟っても成仏出来ない方はいらっしゃいます。ですが稀有な例ですよ』

 

「じゃああーしある! すっごい恨みある!」

 

『あのですねぇ……』

 

「あーもう恨み強すぎて成仏できないな~! 怨霊になっちゃうなぁ~! あとここバズらせてお坊さん呼んじゃおうかな~!」

 

 恥も外聞も投げ捨てて床をブレイクダンスレベルで転がり回ると、堪らず所長が叫んだ。

 

『……はぁ、分かりました! 分かりましたから特例で成仏は条件から外しましょう!』

 

「ほんとだね!? 言質とったかんね!?」

 

 っシャァァ!執念の勝利じゃコラァ!

 

『……最近の子は(したた)かですね。しかし基本的に当塾を卒業出来るのは成仏した時だけという事はご理解ください。我々はいたずらに怨霊を作り出したい訳ではないのですから』

 

 勝利のガッツポーズを繰り返すと、ほんとに真面目な顔をしておっさんが語りだす。

 怨霊? ……って幽霊と一緒じゃないの?

 

『別物です。幽霊は死者が成仏できずにこの世に姿を現す状態。怨霊は恨みを持って死んだ者の魂が土地や社会に根付く状態です。縛られ、囚われ、記憶され続ける限り消え去ることのない存在……それはそれは辛い事なんですよ』

 

「ふぅん……?」

 

『私達は呪いのノウハウを生徒の皆さまにお伝えしますが、目的はあくまで成仏までをサポートする事です……それはお忘れなきよう』

 

「ハイハイ、それで契約書どこ~? 成仏抜きの条件なら喜んで入会するよ!」

 

『……はぁ~……』

 

『あ、あはははは……』

 

 大げさに溜息をついたおっさんが誓約書に1本線を引くと、満面の笑みでサインをしてやった。

 

 こうして生きているあたしは、幽霊の塾に通う事になったのだった。

 

 




十三日の金曜日のジェイソンさん。
一作目はジェイソン最後しか出ないし、二作目は紙袋被ったヒョロガリなんですよね。(使い古されたトリビア)

【楽しい!幽霊名鑑②】
 慈英損(じぇい そん)(享年:??)
 筋肉隆々で青い作業着を常に纏う紙袋を被った塾の所長。。
 人当たりが良くいつも優しいが、ラインを超えると豹変するヤバめの幽霊。
 様々な祟りを開発した祟り先駆者。有名な幽霊は漏れなく彼に祟りを習ったとか。
 大体100年前に湖畔で若者を鉈で惨殺して回った過去があり、某有名映画の逸話になったとか。
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