『ポルターガイストの歴史は人類と共にあります』
静まり返った教室の中、固い音が響き渡り続けている。
割れた窓越しに伸びた夕日の影が怪しく教室を照らす。
そこには顔色の悪い集団がずらりと並んでいた。
『ポルターガイストという言葉が日本に現れたのは1930年台。心霊科学研究会を創設した浅野和三郎が、ドイツの神学者エラスムス・アルベラスの辞書に書かれた「騒々しい霊」を表す単語を「ぽるたあがいすと」と訳した事で広まりました』
壇上にいるのはアフロヘアーでパーティ眼鏡の男性。
腕組をする彼とは別に、チョークが一人でに黒板を踊っていた。
『語源そのものも1500年ぐらいに作られましたが、何もその年から急にポルターガイストが起き始めた訳ではありません。記録では355年ドイツのビンゲン・アム・ラインという町では寝ている人が急にベッドから投げ出されたり、石がひとりでに空中を飛んだ、とあります』
不可思議なのはそれだけじゃない。
チョーク以外にも空き缶や、紙くず。
そしてマネキンの首までもが空を浮いている。
自らの力を誇示するように。それでいてお手本を見せるように不規則な軌道を描てアフロの周りを飛んでいる。
『日本にもあります。1740年台「
黒板では飛び回る皿や石から逃げ回る男性の様子がポップで描かれていた。
『今となっては定かならぬ事ですが……すべて念力によって引き起こされたものだと私は推察します』
その上にデカデカと書かれるのは……『念力』という言葉。
『かの有名な仏教においても念力に相当する
そこにリアルタイムで仏の絵が追加され。
その下で沢山の修行僧が座禅を組み、何か取り組んでいる。
まるで宗教画を思わせる光景だ。
『これらの六神通も習得する前に、まず
『幸三さんですか?』
『違いますよぉぉぉぉぉぉぉ。曳子盛ですぅぅぅぅぅぅ』
『筋肉! 筋肉ゥ!』『幸三さんですか?』『キュィィィィィィィィィィィィ!!!!』
『目白押しになったはずの製番が何故ここにあるのか知らないのか。肉と輝きを取り戻し干す事を見せつけられなけれられればいけないというのに──』
真面目な空気が一息に霧散。
途端、堰をきったかのように他の幽霊も騒ぎだしてあっという間に授業は崩壊しだす。
そんな奇妙極まる一連の授業を眺めてるのは、あたしこと風前あかりだ。
あたしがこの塾に通い始めて二日が経っていた。
夕方から始まるこの塾、基本的に朝方まで続くんだけど当然一般JKたるあたしが受けるのは精々日付超えるぐらいまで。
……いや、流石にね?
毎日つまんねーって思ってても家出する程じゃない。
寝るんだったら家で寝てーしさ。
「つか先生~全然出来ないんだけど~」
『まだ常識に囚われているようですねぇぇぇ。練習あるのみですよぉぉぉぉ!』
「ふあぁぁ~い……」
あたしは飽きずに念力の練習をしている。
無論、現時点でぴくりとも羽は動かずに絶賛ふてくされ中だ。
「何で動かないんだろーなー……常識のせい? ねえおっさん」
『……我に聞くな』
「だっておっさん出来てるじゃん」
『はん。手や息を使えば貴様も出来てるではないか』
「だからこれじゃダメなんだって! アフロ先生みたいにやりたいの!」
息で羽動かしたのを念力でーす!って言える程あーしも開き直れねえよ。
「何かコツがあるんだよね~、ねーないの?」
『……』
「おっさんも最初から出来てた訳じゃないっしょ?」
『……』
「ねーえー。何か教えてよ~、お隣でしょ~」
『……授業中だ。私語を慎め』
こっちを一瞥すらせずに授業に集中するおっさん。
ぶー……冷たいでやんの。
仕方ないのでよっこらせと机の上の羽を手で囲んで念力を再開する。
思念。雑念。
全部捨てて羽を浮いて欲しい。
ただ一心にそう考える。
……浮かべ。
……浮いてくれ。
……浮いていいよ。
……浮いた方がいいって。
……頼むから浮いてくんない?
……浮かばねえと引きちぎるぞ。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅ~~ッ!」
『……フッ。気迫だけなら鬼でも倒せそうだな』
「フーッ!!! フーッ!!!」
『ぬううぅぅぅぅぅうッ!?』
イラつく事を言ったおっさんにはおしおきのブレス。
おっさんの羽をあらぬところにぶっ飛ばしてやった。
「ん~~~~ダメ! 全然ダメ教えてよ!」
『やかましい……練習あるのみと言っただろう! 我の邪魔をするでない……!』
「ちょっとぐらい教えたっていいじゃんかよ~!」
『先生もおっしゃっていただろう。貴様の常識を壊せ。まずはそこからだ』
「そう簡単に常識なんて壊せたら苦労しないですよーだ!」
つい最近幽霊の実在を知ったくらいじゃ常識はびくともしない。
この世界。この日常でガチガチに固められたあたしの「常識」っつーのは伊達じゃないべ?
「はぁ~……そういやおっさんって何でこの教室通い始めたのさ」
『……』
「ね~ぇ~」
わざとらしく溜息をついたおっさん。
しばらく黙り込んでいたけど、あーしの視線に耐え兼ねたのかぽつりぽつりと語り出した。
『我がこの教室に来たのは丁度5年前だったか──』
おっさんは越智六車って名前の江戸時代のお侍さんらしい。
陸奥国の会津藩ってところ(現在の東北地方)で活躍してた奉行……つまり警察みたいなものだったとか。
死んじゃった理由は盗賊による騙し討ち。
当時暗躍していた盗賊「
「うへ。騙し討ちされちゃったんだ」
『口惜しい事に奴は奉行を買収しておった。それにまんまと乗せられ──あぁ今思うだけでも腸が煮えくりかえる』
……こわっ、めっちゃ髪逆立ってる。
そんなスーパーサイヤ人みたいな真似も出来るんだ。
面白いけど怖いなコレ。
『仲間は殺され。矢を射られ見せしめに痛めつけられ、晒し首にされ──無念の余り死に切れぬ。我は呪われろ徳次郎と死ぬ直前まで叫んでおったよ』
「うへぇ~……」
『奴を祟り殺すまで死に切れぬ。その思いはまんまと未練になり……気付けばこの教室におった』
「……大体200年くらい経ってるんだけど?」
どうやらその前からずっと幽霊だったらしい。
けれども意識を取り戻したがつい最近だったとか。
『それまで雲の中を歩むが如き足取りだったが……今でも思い出す。雲が晴れた我が初めてみたのは、目と鼻の先まで近づいた先生のお顔であった』
「ブレねえなぁ……」
『驚愕した我は咄嗟に刀の錆にしようとしてな』
「無理ねえなぁ……」
『しかし一度も刀で触れることも能わず。それどころか身に覚えのない場所に混乱し、暴れたものだった……』
まあ当然の反応かもねぇ……。
路上は全部コンクリート。ビルが立ち並んで。
周りの人はスマホ片手に歩き回ってるもん。
初めて鏡を見る熊のような気分だと思う。
『そんな我を先生は諭し、こうおっしゃったものだった。『未練があるか?』『悔しいですか?』『力が欲しいか?』『ならばくれてやる……!』』
「本当にそんな事言ってたの……?」
『そして我は教えを賜り、この塾に通い詰め……
どうだ、と両手の間で羽を浮かべさせるおっさん。
5年……羽を浮かせるのに5年かぁ。
おっちゃんで5年ってあたしだったら何年かかるのやら。
「……ん? でも待ってよ。おっちゃんの未練はその盗賊への復讐だよね。でも盗賊ってもう……」
『
「左様って……それどーすんの!? 怨霊になるしかないじゃん!」
『我も当初は混乱したものだ。どうしたものかと……その時、先生がこうもおっしゃってくれたのだ。「宿敵がいないなら適当な人を驚かせればいいじゃないか」と』
「いい訳ねえだろ」
『うむ。我も当初は反対したものだ。数百年経ても消えぬ我が怒りを適当な民草にぶつけるのか、とな』
そりゃそうだよ。なんだってそんな提案が出るんだよ。
何だったら坊さんにすがった方がいいんじゃねえの?
『けれど相手が居ないなら仕様がない。例えそれが無関係だろうが、少なくとも我は胸のすく思いは出来るだろうと言われて頷くことにした』
「頷くなよ!?」
『この胸に巣食う怒りを少しでも晴らせるなら我はそれでも構わぬ』
それ驚かされた人はたまったもんじゃねえよ。
何かそれっぽい落ち武者が出た理由が「何となくむしゃくしゃするから」って知ったら相手ブチ切れるぞ。少なくともあーしはブチ切れる。
『案外そういう人が多いんですよぉぉぉぉぉぉぉ!』
「出たな諸悪の根源傍迷惑アフロ」
『未練があるから幽霊になると説明しましたがぁぁぁぁぁぁ、恨みを持つ事だけが未練になる訳ではないのですよぉぉぉ』
「あ~……それって例えば恋人と別れ場慣れになったからとか」
アフロが我が意を得たり。とあたしを指さした。
ポーズがめっちゃウザイ。
『悲恋。家族との死別。約束。目標。生前に叶えられなかった願いもまた未練となりますぅぅぅぅ。死後数十年数百年経って到底叶えられないと言う場合もザラにあるでしょうねぇぇえぇ。そう言った方には別の目標を立てて頂く事が常ですよぉぉぉぉぉぉぉ!』
「……それがとりあえず誰か適当な人を驚かせるって事?」
『私はそれでスッキリしますのでぇぇぇぇぇ!』
「それはアフロだけだろ」
しかもお前どんだけ驚かせても飽きない奴だろ。
『本懐を遂げられない事は確かに辛い事ですがぁぁぁぁぁ、何かしらの目標を作り、それを解決することもまた大事なのですぅぅぅぅぅぅぅ。怨霊になるよりかはまだマシですからぁぁぁぁぁ!』
「怨霊……ってそんなに大変な存在なの?」
前に所長が言ってたけど、まだどれだけ大変なのか掴めてないんだよね~。
何となくの呟き。しかしアフロ先生は急に不審挙動を止めた。
『……それはもう大変な存在です。いや、現象と言っていい』
「現象?」
『番町皿屋敷というお話を知っていますか?』
……あ。何か聞いた事あるかも。
いちまーい。にまーい。って毎晩皿数える声が井戸から聞こえてくるるって話だっけ。
『時は江戸時代。あるお屋敷に奉公に来ていた「お菊」という娘が家宝の皿を割ってしまい、折檻されてしまった挙句、心を病んで庭の古井戸に身投げしてしまいます。それから夜な夜な「1枚、2枚~」と足りない皿を何度も何度も数える「お菊」の幽霊が出る……流石にご存知でしたかね』
「うん。まあ……でもそれがどうしたって?」
「その『お菊』さん。実在の方ですが、今はどうしてると思います?」
「どうしてるって……やっぱりよくも折檻してくれたな~って祟ったとか、それか坊さんに払われて成仏したんじゃ?」
確かにお菊さんに悪い所はあるかもだけど……。
身を投げたって事はよっぽほど酷い責められ方されたんでしょ。
じゃあやっぱり恨んで当然なんかじゃないかなぁ。
『結論から言えば……彼女は成仏出来ませんでした。怨霊になってしまったのです』
「どゆこと?」
『彼女は恒久的に屋敷の古井戸で皿を数える事しか出来なくなったのです』
「……え」
『怨霊というのは噂や伝聞が形作る念力の集合体です』
『怨霊は自我を持つことはなく』
『ただ噂通りの事しか出来ない操り人形になりさがります』
ふざけた格好をしたアフロの顔は。
ふざけのない真剣な顔そのものだった。
『……最初はただの幽霊だった彼女が怨霊になった理由』
『それは彼女が有名になり過ぎた事です』
『一人が霊に及ぼす力は微々たるものでも、それが何千人、何万人と蓄積すれば幽霊の在り方を変える事も容易です』
『人の思念にがんじがらめにされた彼女は、最早現象そのものです』
『意思を失い。考える力を失い。深夜になったらただ皿を数える。それだけの存在です』
『そこに恨みがある、ないは関係ありません』
『償いも成仏もできず。人がその話を語り続ける限り、ずっと。ずーっとそう在り続けるしかないのです』
「……それって現代で言ったら飲食店で鼻にしょうゆ瓶ぶっさして炎上したと思ったら、ず~っと飲食店で鼻しょうゆ瓶し続けないといけないって事?」
『鼻にしょうゆ瓶……!? ま、まあそう言う事かもしれませんね』
「うわ、それは嫌だなぁ……」
『何故……鼻にしょうゆ瓶をさすんでしょう……?』
それは嫌だなぁ……。
現におっさんとかあたしが存在バズらせたら怨霊一直線なんだよね?
ちょっと心配そうな顔で見てたら、アフロが胸を叩い手見せた。
『そうならないために我々が居ます。手ほどきし、未練を解消し、そして迷わず成仏に向かわせるのです』
『頼りにしておるぞ。先生』
『お任せ下さいぃぃぃぃぃぃぃ!』
でもハゲおっさんの未練って不特定多数を驚かせて悦に浸る事だよね。
そんなんで成仏できんのかなぁ……。
……あと気になってる事があるとすれば。
「……おっさんって羽を浮かばせられる以外って何か出来るの?」
『む。羽を浮かばせる事だけだが……』
「……」
『……』
「……」
『私の顔に何かついていますかぁぁぁぁぁぁぁ!?』
そりゃついてるよ思いっきり不愉快な顔がな!
5年経って羽浮かばせしか出来ないのにそんなんで成仏できるの!?
『幽霊には幽霊それぞれの成長というものがありますのでぇぇぇぇぇ、六車さんはむしろ数百年前の幽霊の中ではかなり成長の早い方ですよぉぉぉぉぉ!』
「これで!?」
『斬るぞ小娘』
いや5年でこれだったら、モザ姉が言ってたデジタル祟りなんて習得に何百年かかるのさ。その前に怨霊になったりしない!?
『心配しなくとも人間が気付ける程の大きな事はまだ出来ませんからぁぁぁぁぁぁ』
「あ、まあそりゃそうか」
『……しかし、我もそろそろ次のステップに映っても良いとは思って居る。羽はもう良いのでは? 我はもう自由自在ぞ?』
誇示するように青筋立てながら羽を浮かせ続けるおっさん。
羽浮かせた程度でドヤれるのはマジ才能あるよ。
『そうですねぇぇぇぇ……ですが先はまだまだ長いですよぉ。彼ぐらい出来たら一人前と言えるでしょうね』
アフロがちらりと視線を向けた先。そこには一人の子供が居た。
椅子にきっちりと座ったおかっぱ頭の少年。
彼は両手の上でふわりふわりと浮かぶのはゴムボール。
やがてそれはひとりでにジャグリングのように回り始めた。
アフロほどじゃないけど、これは確かに上手い……。
『
「天才じゃん」
『まさしく。あそこまで習熟したならきっと成仏も近いでしょうね』
はぁ~。5年かけておっさんが羽を浮かべれたのに。
方や3年で色んな物習得出来るとは。個体差ってもんなのかねぇ。
ちらりとおっさんを見れば、子供見てぐっと握りこぶしを作っていた。
『……実力は互角か』
びっくりした。その自信どっから来るんだよ。
頭大丈夫か? 大丈夫じゃねえな。
頭に矢刺さってるもんな。
『六車さんは羽毛の次はティッシュをやってみましょうかぁぁぁぁぁ! ステップアップですぅぅぅ!』
『なぬ? ふん。この程度の薄い紙、今の我の前には……くっ、ぬぅ!? ぬぬぬぬぬぬぬぬ!!』
『材質が変わると途端に難しくなるんですよねぇぇぇ!』
ティッシュを相手に血管切れる寸前まで力むおっさんの図。見苦しすぎる。
でもあーしも見てるばっかりじゃなくて練習しないと。
……コツはまだまだ掴めそうにないんだけどさ。
『あかりさんはまだまだ常識に囚われているようですねぇぇぇ』
「うーい……つっても常識なんてそう簡単に取れないじゃん」
『まだ生きていらっしゃると雑念も多い事でしょうねぇぇぇ。死んでいると割と常識を失いやすいんですがぁぁぁ、ちょっとヤってみますかぁぁっぁ?』
「生徒に間接的に死んでみる? って聞く先生って本当常識無いよね」
『照れますねぇぇぇぇ!』
「褒めてるって考える所含めてマジで常識ないわ」
ってなると生きてるうちはどうあがいても念力出来ないんかー?
『生きて尚、当塾に辿りつけるという事はセンスはある筈ですよぉぉぉ! 我々の塾は普通の人間は見えない筈ですからぁぁぁぁ!』
「そうなんかねぇ……」
『あかりさんなら間違いなく出来ると私は思っていますよぉぉぉぉ! 今日出来なくとも3日や5日ほど経てばきっと!』
「えぇ~~~……」
今あーしに出来る念力(笑)息フーフーですが?
それがリップサービスか、本音かは知らないけれど。
とりあえずもうちょい頑張ってみますか……。
相変わらず青筋立ててイキり続けているおっさんの横。
そこであたしも両の手の中心に羽を置いて念じてみる。
思念。雑念。全部捨てて羽を浮いて欲しい。
そう考える。
……浮かべ。
……浮いてくれ。
……浮いていいよ。
……浮いた方がいいって。
……頼むから浮いてくんない?
……浮かばねえと引きちぎるぞ。
「うぬぬぬぬぅぅぅぅぅ~~~……!」
『ふぅむむむむむ。ちなみにですが、今あかりさんはどんな事を考えていますか?』
「羽に……! 早く浮かばないと引きちぎるぞって脅迫入れてます……ッ!」
『え……怖……。いえいえいえいえいえ、そういう考え方では永遠に出来るのも出来ませんよぉぉぉぉぉぉ! 大事なのはイメージ。羽が自発的に動くよりかは、何かをしたから動くのが当然と思い込む事の方がよりいいですぅぅぅぅぅ!』
「何かをしたらって……つっても」
『実際に息を吹きかけるのではなく、念力の息で吹きかける。実際の指でつまむのではなく。念力の指でつまむ。机から落とすと考えるのではなく。机がなくなるとイメージする……そう言った感じでしょうかぁぁぁ!』
「念力の……息……!」
『更に念力で大事なのはもう一人の自分が居ると考える事ですぅぅぅぅぅぅぅ。ドッペルゲンガーをご存知ですか?』
「えーっと……なんだっけ。もう一人の自分みたいな? ペルソナ?」
『合っています。ちなみにペルソナは心理学でいう外的な側面ですね。ドッペルゲンガーはいわば自分の分身。「自己像幻視」とも呼ばれていますが、幻覚と考えるのではなく、もう一人本当に透明な自分がいるって考えるのがここでは肝要です』
アフロが誰もいない空間を掌で指す。
そしてどこからともなく持ってきた空き缶を、まるで誰かに持たせたかのように空中に預け始めた。
『透明な自分が、自分の代わりに羽を持ち上げてくれる。自分の代わりに羽を吹き飛ばしてくれる。そう思いこんでみてくださいぃぃぃぃ』
「透明な自分……」
あたしはすぐ隣の空間を睨み始める。
そして頭の中で想像のあーしを作り上げていく。
長い足があって細い腕があって。
ちょっとぽよってる腹があって、まあまあ大きめの胸があって。
金髪ロングのぼさ髪があって。いつもの憎たらしい顔があって。
うん、視えねーけどスケルトンなあたしの完成。
んでそんなスケルトンあーしは、あたしの代わりにこの机にある羽に手を伸ばしてくれて~? その羽をきゅっ。指先でつまんで……つまんでー? 何でつままない? ちょっと何反抗期? は? それくらい自分でやれしってなんだぁてめぇ……あーしの癖にあーしに逆らうんか? お?
「むむむむむむぅぅぅぅぅぅ……!」
『あかりさんんんん、もっと気軽に念じてみましょうねぇぇぇ。念力は自由自在ですよぉぉぉぉぉ!!!』
気軽に言ってくれるなぁ……いや。考えてるよ?
でもこの透明なあーしったら「何でこんな事しなくちゃいけないんだよ」ってふてくされてて。
いや、あーしも冷静に考えて羽持ってみてってなったら「なんで?」ってなるけどさぁ! ここはちょっと素直になってみようぜあーし!
え、お前が代わりに持てよって? いやいやいや。あたしがやったら意味がないんだってさ。頼むよ今日くらい。な? な? もう少しやってくれたらそれで──。
「……」
『……』
「………フーッ!! フーッ!!!」
『ブラボォォォォォォォ、出来てるじゃないですかぁぁぁぁ!!』
結局、その日のうちに羽動かしは習得出来ず。
あたしは練習を余儀なくされるのだった。
【楽しい!幽霊名鑑④】
越智六車(おち むしゃ)(享年:41)
江戸時代頃に会津藩で奉行をしていたおじさん。
顔に矢が刺さっているTHE・落ち武者。
当時暗躍していた盗賊を退治しようとして返り討ちにあい、刀でめった刺しにされて更に首まで斬られて失意のうちに死んでしまった。
その恨みを抱えて幽霊になっていたが、記憶を取り戻したのは数百年後。
身に宿る怒りを晴らしたいがために念力を習得しようとしてるが、羽を浮かばせる事以外は現状出来ない。
結構おちゃめな所がある。