英がオーバーロードを撃退してから30分ほど後、ピットでは千冬が準備を済ませていた。
「真耶、なにやら会場の方が騒がしかったようだが何かあったのか?」
「なんでも、曲者が現れたらしいですよ」
「……なんだ曲者って」
うろんげな瞳になるが、それも無理はない。なんだか胡散臭い。
大方バカップルがらみのなんかだとは思うので、千冬は気にしないことにした。弟が巻き込まれていることを知ったらブチギレるだろうが……幸か不幸か、千冬は気が付かなかった。
「次の対戦相手は?」
「えーっと……ロシア代表ですね。優勝候補の一人で、元ボディビルダーの方ですって……うわっ凄い筋肉」
「写真でもあるのか――ってブロマイド?」
「筋肉信者が好きそうですね……」
「……ISに筋肉はいるだろうが、ここまで必要か?」
「あー……でも彼女のIS、モーリヤスーンは自分の筋肉に比例してパワーを増大させる単一能力、マッシブパラダイスを持っているから……強敵ですよ先輩!」
「なんか嫌だなぁ……戦うの」
「先輩、そう露骨に嫌そうな顔しなくても」
「だってなぁ……筋肉だぞ?」
「先輩って筋肉もりもりの人が好きなんじゃないんですか!?」
「いや、それが男ならまだしも女相手に何を思えと?」
「……それもそうですね」
結局、そんな軽口もそこそこにアリーナに飛び出すことに。若干憂鬱だが、やるからには勝つしかない。まあ零落白夜で一発だろうと――思ったら大間違いだった。
「ぬーん……貴様が織斑千冬か」
(あかん……これはあかん)
なんか筋肉過ぎて女に見えない。っていうか会場もブルーな空気になっている。美人が多いIS操縦者の中でも異彩を放つ存在。それが、ロシア代表のアームストロングさんである。いったいどういう遺伝子構造をしたらこんな彫の深い女性が生まれるんだ……というか2メートルを余裕で越えている。
「……いかんいかん、気をくれしてはいけない」
「ふんっ! 今こそ! この! 筋肉の! 力を! 世界に知らしめる時!!」
「――――」
絶句。いきなりマッスルポーズをとられたらそりゃ絶句もする。
帰りたい。帰って一夏の料理を食べたい……だが、そんなこと千冬には許されていない。高い給料もらっているから負けるわけにもいかないのだ!
「のだ! って言われてもなぁ……ああ、自分の心の声か。正直こういうのが一番苦手なんだ。なんか関わると後々困りそうな――いやいや、がんばらねば。お姉ちゃん頑張る!」
「では始めようぞ闘争を!! 吾輩とモーリヤスーンの芸術的な力! とくと見るがいい!!」
「うわぁああああああ!?」
千冬はみっともない声を出してしまうが、後に観客の大多数がこう言った。ありゃ仕方がない。
ちなみに残りの少数は筋肉信者である。
「はぁああああ!」
「――なんで拳から光の球が飛び出してくるんだ!? ISにもエネルギーの判別不可能って表示されているぞ!?」
「これぞマッスルパワー!」
「意味がっわからない!?」
「闘争だ! わが永遠のライバルよ!!」
「なんでいきなりライバル認定するんだぁあああああ!?」
零落白夜を発動し、切りかかる――が、光の刃は謎の圧力によって受け止められ弾かれてしまう。
「――は?」
「これぞマッスル奥義! シックスセンスパック! 勘でとらえた攻撃は腹筋に挟まれるがごとく動けなくなる!!」
「んなあほな!?」
マッシブパラダイスとは、パワーを増大させる能力に思われているのだが……その実態は筋肉の力を具現化する能力である。単純にパワーブーストにも使えるのだが、優勝候補とぶつかる午後からの戦いまで温存していたのだ。
「どうだ! 三次移行まで済ませた吾輩の機体は!!」
「こんなやつなのに三次移行しているのか!?」
ちなみに、そのころ観客席ではストレイチアを監視カメラ代わりに出して観戦している英たちが、束の解説を聞いていた。いろいろあったため信二も合流済みである。
「えーっと、束さん……あの機体どういうこと?」
「ああ……あのコアかぁ」
「どういうことだ?」
「コアに人格みたいなのがあるってのは英も、ざーわんも知っているよね」
「そりゃぁ」
「まぁな……っていうかざーわんってなんだよ。中沢だからか?」
その通りである。ちなみに、一夏と鈴はへーと子供だからか素直に受け止めた。フロンは前から知っていたことなので割愛。
「でさぁ……まあ個性があるわけだよ」
「そりゃ人格みたいなのがあるなら個性ぐらいあるよな。暮桜は頑固者って感じだし。まあおちゃらけたところもあるけど」
具体的には、英とたまにメールをしていたり。中々に多芸なISである。
「そこら辺は自己学習の賜物なんだけどね……で、あのロシア代表の筋肉なんだけど……そのISも筋肉信者なんだよ。生まれつきね」
「――おい」
「いやぁ……束さんもびっくりしたね。飛ぶのが好きな子は数多く入れど、筋肉が好きなのはあの子ぐらいだよ。本当どうしてああなったんだか……ぶっちゃけ、ちーちゃんと暮桜クラスの相性の良さだよ」
下手したら、白騎士レベルでねという一言は英の耳にのみ届いた……ああ、それはヤバいなと、顔が青くなる。
「千冬、勝てるのか?」
「千冬姉……」
「なんだか、千冬さん劣性だけど」
零落白夜を封じられ、パワーで押されている。先ほどから焦ってるようにも見える。
「――大丈夫だよ」
そんな中、この男――中沢信二だけはその勝利を疑ってもいなかった。
「織斑さんなら大丈夫さ。絶対に勝つよ」
「なんでまた。自信ありげだけど?」
「……なんでかな。でも、絶対に勝つ。俺はそう信じて疑っていない」
まっすぐに、ただそのことだけを信じている。
そして、その思いが届いたのか――
「――こんなところで、負けていられないな」
千冬の目に、闘志が戻ってきた。
見た目もさることながら、実力は本物。武器も使わずに圧倒されていたが――何も真正面から打ち合うことだけが闘いではない。
「――ハァ!!」
「なんの――なに!?」
千冬の姿が、アームストロングの前から掻き消えた。それはリボルバーイグニッションブーストの応用。多段的に加速することで、背後に回り込んだのだ。ISのセンサーをもってしても感知できない速度で。
だが、それが自分に負担をかけることではあるのは分かっている。機体にも負担がかかる。だが、それを成功させたのは武装が雪片だけであるためにISの中でもトップクラスの頑丈さを誇るためだった。
「うおおおおおおおおおおお!!」
「――させん!!」
零落白夜の一閃は確実に決まるはずだった。だが、その剣先に鉄の塊――ハンマーが出現した。どのような体勢でも装備を出現させることができるISだからこそ、武器をこのように虚空に出すことで防御することができる。
されど――千冬の雪片は表面にこそ、光の刃を纏っているがその内部は硬い装甲すら切り裂ける鋭さを持った刃。ならば、どうなるか?
「――な!?」
「私の雪片に斬れぬものなど――ない!!」
かつては、インベスさえも切り裂いて見せたのだ。このような鉄の塊、どうってことはない!!
「まだ吾輩には単一能力があるわ!!」
「うぐぅ!? ――――負けるかぁあああああああ!!」
「――――なにィ!?」
筋肉が、引き裂かれていく。断線するようにブツブツと、切り裂かれて引き離されて、その刃が――届いた。
「――はは」
その時彼女が見たのは、力だけの筋肉ではない。美しさとしなやかさを併せ持った、美の筋肉。
ああ、これだ。これこそが、自分の求めた筋肉だ!!
「――――それでこそ、わがライバル」
「だ、だれがだ!!」
バトルエンド。千冬は勝利したが……なんだかものすごく疲れてしまった。
ピットに戻り……真耶に栄養ドリンクを貰わなければ倒れていたかもしれない。気疲れで。何が怖いって? ISにダメージが無かったことである。
◇◇◇◇◇
「ポップコーンうめぇ……」
「英、食べ過ぎじゃない?」
「平気平気。なんか食べたそばから消化されるって言うか……なんか食った気がしなくて」
「なんだろう、大丈夫じゃない気がする」
「ねー一夏ー千冬さんの次の対戦相手って?」
「えーっと……たしか次が準決勝なんだよ。で、相手は――これはすごい」
「え、どうしたの――わお」
「どうしたんだよ……織斑さん大丈夫かなぁ」
ん? 束とじゃれていたらみんながお通夜な感じに……信二まで、どうしたんだ?
フロンに聞いてみると……パンフレットみたいなの手渡された。
「ああ、参加者の写真とか乗っているやつだね。束さんは興味ないから買ってないけど」
「僕は存在を初めて知ったよ……あれ? これって…………うわぁ」
いや、ISスーツは割と自由な感じでもいいんだよ。いいんだけどさぁ……筋肉以上のキワモノがいるとは思わなかった。なんだよこの全身タイツ。しかもエナメル質。
「女を捨てているね」
「なんで……しかもこのISもわけがわからない」
手足にアーマーみたいのがあるだけで、後は浮遊している。なんだろうコンセプトがわからない。
「束、お前の見解は?」
「ごめん。これはわかんねぇ……」
「コアの中で誰がやりそうだとかは無いのか!?」
「いや本当これは正直……あ、アイツかも」
「このさいだ。500個のコア全部の性格聞きたいんだけど」
なんかキリのいいところまで作ってやるということになって、500個まで作ったんだよな。5パーセントぐらいはスレイプニルに使っているか保管されているんだけど。
「えっと……たぶん、お笑いコントとか大好きな子だと思う」
「どんなISコアだよ」
「……ッ」
「やめろ鈴! そんな人でも一応世界一の天才なんだ! だからそのハリセンは仕舞ってくれ!」
「束ちゃん……」
「あはは……たぶんコミカルな攻撃するんじゃないかなぁ…………宇宙人相手にコメディが通用するとかバカなこと考えなければ良かった。いやぁ、深夜のテンションってこわいね」
「そういう問題か? 正直なんでこう視覚攻撃してくる相手ばっかり残っているんだよ」
「あれじゃね? IS操縦者って生娘多いから精神的に体勢が無かったとか」
「生娘言うなよ……英、仮にも正義のヒーローのセリフじゃねぇよ」
「乙女度は高いからなぁ千冬。さっきもかなり疲弊していたし」
「無視すんなや……まあ、さっきよりかは防御力なさそうだし、一撃じゃないか?」
「だな。隠しだねもないと――いいな」
「――まあそうだなぁ」
仮にも、ここまで残っているISだし。そういえばどこ出身なんだろう……
インド代表ってアナウンスが流れたからいいけど――あ、インドの人たちも微妙な顔している。ちょうど、サポーターの姿がモニターに映っているんだが……なんか微妙すぎて哀れだ。
「心情的には応援したくないけど、立場的には応援しないといけないってところか?」
「だなぁ……」
「ちーちゃん、大丈夫かな……あ、でたよ――ものすごく嫌な顔してる」
「千冬姉…………自分の一張羅もどっこいってこと気づいていないのかな」
「いっくん辛辣!?」
「ねえ一夏、アレ本当に千冬さんの一張羅なの? 胃腸羅みたいな漢字じゃなくて?」
「鈴、まだ混乱しているのは分かるけど日本語がおかしくなってる」
「うーん……でもすぐに決着つくと思うよ」
「そりゃまた、どうしてだフロン?」
「ええっとね、あのISの単一能力なんだけど……精神に働きかけるタイプ」
「……それこそ千冬には相性わるそうだけど……いやすでに倒しているか」
「だから――ほら」
詳細は分からないが、脳に働きかけてその人の一番嫌な出来事を見せて戦意を喪失させるものだったらしいんだが、千冬がなんか知らないけどキレて――「私のプリンを勝手に食べるなぁああああああああ!!」――と叫んだ。そのまま限界以上の力を発揮した雪片でぶった切られて全身タイツさんは地面に倒れるのだった。
幻覚能力に力を割り振り過ぎて防御力とパワーが足りていなかった弊害か。
「あーあ……束、プリンってどういうことだ」
「なんで私に聞くのかな!? ――いや私だけどさ」
「だろうとおもったよ!? ……で、どういうこと?」
「前に……言ったかどうか忘れたけど、ちーちゃんの楽しみにしていたプリン食べちゃったんだよね。一個1万とかするバカ高いの……正直悪かったと思ってる。でもおいしかった」
「だろうな」
「あああの時か……千冬姉しばらく機嫌が悪い時があったから…………あの時は怖かった」
「だろうな」
もうアイツ誰か止めろよ……ほら、なんか怖いよ……テレビで放送できるのか? 後で聞いた話だが、全身タイツさんが放送コードに引っかかるからなるべくカットしたとか。
……しかし、これで千冬も残すところ決勝のみである。いや、明日のバトルロワイヤルもあるのか。
もしも腹筋にダメージを負う方がいても私は責任を取りません。
アームストロングさんの元ネタはあの方です。ゴツイ方の姉を思い浮かべれば大体あってる。