その日、織斑一夏は困っていた。
「ねえ一夏? あの子誰なの? ねえ、ねえ?」
「り、鈴さん? 落ち着いて、ね」
「教えてくれないの? ねぇ……一夏」
鈴がなぜか怖い。何だろう、この恐怖は。まるで、瞳に光の宿っていない妹に迫られているかのような恐怖は――しかし、自分は世界最強の女(一部の規格外を除く)の弟だ。これぐらいのピンチを脱せないでどうする!
「えっとな、英さんが簪のお父さんと知り合いで「呼び捨て?」いやいや、まだ慌てるような時間じゃない。でだ、たまーに会うだけで「一緒に釣りに行ったってねー、あと遊園地にもー」のほほんさん余計なことをッ」
「へぇ――遊園地? 釣り? 私と行ったことないのに?」
あかん。
事の始まりは――打ち上げの最中、楯無さんが来たことが始まりだっただろうか。簪と本音も連れてやってきて――そこで鈴がなんか不穏な空気を放ち始めたのが原因だろうか。
いや、鈴にろくな紹介もせずに最近の特撮で簪と語りだしたのが悪いんだろうけど……
「うふふ、一夏ったらしょうがないわねぇ――ちょっとお話しましょう?」
「まって、ちょっと待ってくれ!」
誰かこの状況を打破できる存在はいないかと、あたりを見回す。千冬姉――酒飲んで暴れてる。あとで説教だ。
他には……委員長さんだっけか? 嫁さんにどこかに連れ去らわれた……なんだろう、気にしてはいけない気がする。あと、不良っぽい人は酔った人の介護しているし……お母さん? なんか流されやすそうな人は「違う、俺は松だ」とか言って変なポーズ取ってる……もう放っておこう。
っていうか、ろくな人がいない……千冬姉に普通の友達もいて安心したのもつかの間、なんだか不安になってしまった。
「そうだ! フロンは――」
「他の女の名前とかふざけてんじゃねぇわよ」
「ぐほっ!? ――って鈴!? 酒飲んでいるのか!?」
よく見れば、その手にチューハイが握られていた。だれだ鈴に酒飲ましたのは!?
「ご、ごめんなさいジュースと間違えました!」
「真耶さぁああああああん!?」
どないする。そうだ、簪たすけて!
「ごめん、深夜の特撮祭りがあるから」
「俺よりテレビデスカ!? じゃあのほほんさんは――あれ?」
寝ている。自由すぎるだろ……っていうか犬の着ぐるみを着ているため、なんか見ていると和むなぁ……和んだところで、この状況は変わりないんだが。
「っていうか鈴、そろそろそのチューハイをしまおうか」
「チュー? うん、チューするぅ」
「――ハッ!?」
一瞬意識が飛んだ。
しかし鈴も酔った状態でそういうことをするのは不本意だろう。そういうのは好きな相手にするべきだ(鈍感スキル発動)。
「すまん! 俺はもう眠いから寝る」
「わかった! 一緒に寝よう!」
「――――ハッ!?」
そこからは男女七歳にして同衾をするなと、箒から言われた言葉を告げて古い考えに縛られるなとはたかれ、いやいや後悔しますよ鈴さんと言えば、大丈夫大丈夫と軽い感じで迫られる。
もう俺は諦めて寝るしかなかった。っていうか、寝れるかぁ――――ぐぅ。
◇◇◇◇◇
結局すぐに眠ってしまった……いやぁ、清々しい朝だ。え、鈴?
「ううぅ」
「だから言ったんだけど」
「もっと強く否定しなさ――いやそれはそれで嫌だし、でも、もっと気遣うとか……ぐすん」
「ハァ……」
鈴は布団にくるまって出てきません。なんだろう、なぜか罪悪感を感じるんだが。
「この、けだもの!」
「鈴には言われたくないんだが」
しかし、なんだかんだで何もなくて良かった。そうしてリビング降りると――そこは地獄だった。
「――」
「どうしたのよ一夏、そんなショックな顔して――うわぁ」
散乱するごみ。倒れ伏す大人たち。そして、なぜか包帯まみれなうえに、ストレッチャーに乗せられている英さん……にまたがる半裸の束さ――目がァアアア!?
「一夏は見ちゃダメ!」
「うぼああああああ!?」
痛くてなにが起きているのかわからない。っていうか目つぶし!? 鈴の奴なんて危険な技を習得しているんだ!?
「すごい……」
「簪? 何が起きているのか説明して――耳がァアアアアアア!?」
「一夏は聞いちゃダメ」
「何が起きているのかさっぱりわかりませんッ」
結局、俺が解放されたころには自体は収束していたらしく、百花さんが英さんと束さんを引き取りに来ていた。一つ気になったのは、束さんの頭にたんこぶができていたことだが……いったい何をしたんだろう。あと、さっきから英さんの意識が無いのもものすごく気になる。なんであんなにボロボロなんだ?
「あまり気にしてはいけません……どうせまた無茶したんですから」
「うん、それでなんとなくわかった」
また無茶したんだろう……将来は、大切な誰かを守れるような人になりたいと思っている。でも、ここまでする必要はあるんだろうかとも考えるわけで……
とりあえず、この後みっちり絞られるであろう人生の先輩を送り出しました。まる。
さてと、片付けするか……ああ酒臭い。っていうか誰だよ酒持ち込んだの――まあ一人しかいませんよね。
「ねえ恵さん」
「あははぁ……ばれた?」
「バレバレですよ。っていうか貴女以外に誰が持ってくるんですか……不祥事起こさせるつもりですかアンタは」
「大丈夫よー、いざとなったら揉み消すでしょ。政府が」
「黒いよ! ここに黒い大人がいるよ!?」
(まあ、こんだけバカ騒ぎすれば変なこと考える輩もうかつに手出しできないって理由もあるにはあるんだけどねー……あの子らも結構ヤバかったみたいだし、こっちには無事でよかったかな)
「恵さん?」
「んー、そういえばフロンちゃんは?」
「百花さんと一緒に帰って――あれ? 寝てる」
家の中を見ると、フロンは寝ていた……あ、中沢さんと一緒に寝てるし…………そうか、この人もいたか。一度千冬姉と付き合うに当たって守ってもらいたいというか、実践していただきたいことを――いてッ!?
「姉が心配なのもわかるけど、そこまですんな」
「恵さん……なんでわかったんですか」
「顔に出過ぎ。びっくりするほど顔に出るわねぇ……」
「マジで」
初耳である。だから考えていることがばれるのか。こりゃまたびっくり。
「……もういいや。そういうことに口出ししないモノよ。結局、最後に決めるのは自分自身なんだから――それに、私みたいに結婚できなくて焦るような姿を、お姉さんにさせたいの?」
「もう二度と余計な口出し敗退しません。我らが父に誓って」
「君どこの宗教? って言うかそこまで言う!?」
うん、千冬姉はもっと自由に恋愛するべきだよな。余計なこと言っちゃ迷惑だよなぁ……また一つ俺は成長した。
「ねえってば!?」
ああ、なんて空は綺麗なんだろう。ほら、晴れ晴れとしているじゃないか。
だからこんなちっぽけなこと、きれいさっぱり忘れるべきだな。うん。
「無視しないでよぉ!!」
◇◇◇◇◇
僕の意識が回復したのは、あれから一週間もたってからだったらしい。そこまで戦闘の傷がひどかったのかと聞けば――百花さんは驚くべき一言を言ってきた。
「胃に穴が開いていましたから……手術とか大変でしたよ。スレイプニルに念のため医療設備を入れておいて正解でしたね」
「え……穴?」
「ええ」
「戦闘の傷じゃなく?」
「むしろあんなに頑丈なんですから、あれぐらいの傷で死ぬわけもないでしょう。まあ普通の人なら危険でしたが……一度、あれ以上の怪我で戦ったことあるんでしょう」
「あーそういえばそうだ……最初のマルスの戦いでもっと無茶なことしてたんだった」
「むしろ、ノロシロックシードの使い過ぎでただでさえ胃にダメージがあったところに、一気に酸味がやってきたものですから――しばらくはまともな食事がとれないと思ってください。いったいどれだけストレス溜めればそうなるんですか」
「……結局母さんのせい――ブホッ!?」
「まだ無茶すると血吐きますわよー」
「そういうの、先にお願いします」
どうやら僕の体は大分厳しい状況にあるらしい。
っていうか戦闘よりも胃のせいなの!?
「胃にダメージがあったことで、普段は回復できるダメージが回復できなかったってところでしょうか。まあ、詳しいことは分からないのでしばらくは安静にしてくださいね。中沢さん一人でも十分各地のインベスには対応できていますから」
「そっか、一週間の間にまた現れていたか……」
「今のところ、オーバーロードは静かな物ですけど。まあ時期が時期ですし動きづらいんでしょう。それでは、わたくしはこれからおバカの折檻の続きがありますので」
「折檻?」
「ええ、大怪我した人の上にまたがってバカな行為に及ぼうとした不届きもののね」
「ほ、ほどほどにね」
なんだろう。そのバカに心当たりがある気がするのは? 束の姿が見えないことと関係が無いといいなぁ……
「おほほほほほ」
「……本当ほどほどにねー」
結局、黒い笑みのまま百花さんは部屋から出ていった……そういや、ここ医務室か。
でもすることないなぁ……テレビでも見ようっと。
どこのチャンネルも千冬についてやっているなぁ……まあ当然か。
「モンドグロッソ、勝っちゃったんだしな」
これで千冬は一躍有名人。これからが大変だろうけど……大丈夫か?
まあアイツのことだし、なんだかんだで何とかしそうだな。ただ一夏君がなぁ……何かしら自衛手段を渡しておいた方が良いだろうか?
「うーん……なんか面白い番組は無いんか……無いな」
どこも千冬の報道。うん、話題がホットなうちは続くか。
本を読もうにもここにはないし……
「暇だなぁ……」
ノートパソコンでもあればデータをまとめるんだけど……
結局、寝るしかなくて寝た。まあ早く治すにこしたことはない。
◇◇◇◇◇
その後のことは、特に語るようなこともないだろう。
治った後は落ちた筋肉を戻すリハビリ、ノロシアームズに頼り過ぎるのも良くないので、他のアームズの練度を上げることと、新たなジンバーアームズのテスト。
ヤエザクラタイフーンの最終調整、各地のテロの鎮圧。スペースデブリの回収と再利用。地上から宇宙ステーションまで物資を運んだり。
インベスの被害も洒落にならなかったりすることもあった。一夜にしてゴーストタウンになった町もあるし、リアルバイオハザードな光景だって存在している。
その中で亡国機業の関連施設を見つけて潰しまわったりもした。その中で、戦極ドライバーを発見して確保したけど……調べると爆発したり内部が溶けたりと対策が取られていてかなりイラッとして――後遺症になった胃の痛みがぶり返したりと。
「本当、色々あったなぁ……」
そんな時に、どうにか奴らの作った最新型のドライバーを入手した。どうも部隊長クラスに配布されている物らしく、僕の物と同じく最初の使用者にしか使えないようになっていた。
で、僕らはこれを改造することに。防壁をうまくかわして改造するのには骨が折れたけど……なんとか成功。
すでに第一回モンドグロッソから3年近い月日が流れており、もうすぐ第二回モンドグロッソが開幕する。
「それまでに間に合ってよかったかなぁ」
「でも英、これ本当に渡すの?」
「……渡したとしても、使わなければそれでいいよ。束、頼んだものは?」
「それはばっちり。はい」
極小のISコア。これだけだとあまり意味はないけど、ある人物に対して戦極ドライバーのマニュアル的な使い方をするためには使える。
これをフェイスプレートのところに組み込めば完成だ。
「それじゃあ……渡しに行こうか」
「束さん的にはちょっと反対かなぁ」
「いつかは、向き合わなければいけない……いつか戦わなくちゃいけない日が来るんだ。だったら、僕らの後押しぐらいあってもいいんじゃないかなって思うんだけど」
「それはそうなんだけど……ちーちゃんに殺されるかも」
「はっはっは! かもじゃなくて……殺されるんだよ」
「ひぃっ!?」
割とマジで。
だってねぇ……あのブラコンが黙っているわけないじゃないか。
「だから偽装工作に、ドライバーをキーホルダー型に圧縮して保存できるようにしたんじゃないか。ISの技術を応用しまくって」
「それはそうだけどね……」
とりあえず行こうかね……デッキには、みんな集まっていた。いや、ちょっと行くだけだし見送りとかいらないんだが。
「艦長が離れるってのに見送りもなしはマズイでしょ」
「だけどなぁ……ハァ、フロン後たのんだ」
「わかった。あとついでに食料の補充お願い」
「了解。それじゃあかおりさん、何かあったら連絡お願いしますね」
「わかったよー」
「ミシェル、ネットもほどほどにな」
「わかってますよー……あージョニーどこに行ったか知りません?」
そういえばいないな……あ、思い出した。
「米国でちょっと商談中。資金調達任務中だ」
「りょうかーい。それじゃあ地上までいってらっしゃいませー」
もうすっかり慣れたグラニによる飛行。人目につかないポイントまでステルス飛行し、目的地に向かう――そう、懐かしき織斑家へ。
次回より新章突入。
もう作者にも明確な切れ目がわからないので章ごとに分けるのが厳しいですが……
今までさりげなく立てていた(と思う)フラグとか伏線を回収するときがやってきた。