授業中――それはもう重苦しい空気だった。
ポニーテールの彼女が放つオーラが周囲の空間を歪ませているのではないかと錯覚するほどには。
ちなみに、結局本音は間に合わず――廊下に立っている。この空気の中にいなくて済んだのだからある意味幸運なのかもしれないが。
「織斑君、何とかできないの?」
「無理無理無理無理。そもそも昨日久々に会った箒になんと話しかけろというのかッ」
「頑張れ男の子!」
「いやマジで勘弁してください」
こういう時に喰ってかかるのは彼女の仕事だろうと――一夏はセシリアに視線を移す。しかし彼女は和訳辞書片手に授業に臨んでいた。うん、健気である。
「――ああ、もう放っておくか」
「そんな――いやまだだ! まだ山田先生……無理か」
失敬な。と、叫びたいであろうが――ぎすぎすした空気に涙目になっておる。ああ、やはり彼女では無理なのか? そう思った矢先のこと。ついにあの人が動いた。
「篠ノ之……貴様私の授業が不満か?」
「――いえ、そのようなことはありません」
「ではどうしたというのだ」
「…………あの中国の代表候補生ですが――アガシ!?」
「そういう話はな――休み時間にしろ」
「で、ですが――ごべし!?」
「自分の個人的な理由で――私の授業を妨げるな。返事ははいかYESか――好きな方を選べ」
「……は、はい」
もはや流石としか言いようがない。
織斑千冬。その貫禄は歴戦の兵士に勝るとも劣らないだろう。だが――ここに一人の少女が倒れたまま動かなくなったことだけはとどめておいてほしい。
「では山田先生――続きを」
「わ、わかりました……現在世界中に配布されたISコアですが、その総数はいくつでしょうか? えっと、じゃあ織斑君」
「はい……たしか、500個でしたよね」
「ええそうです。ちなみにそのうちの5パーセントがスレイプニルで使用、もしくは管理されているため実質的に配布されているのは475個ほどです。篠ノ之博士は現在、コアの製造を休止していますが、これはテロ組織などにコアが奪われたことなどに起因しています」
余談であるが、スレイプニルは表向き宇宙開発独立支援チームとして知られている。IS学園の生徒も将来の就職先にと考えている者も多いのだが、英や束などがスカウトした人材のみが採用されているため、入るには過酷な試験があるなどといった都市伝説も数多い。
「ここまでで何か質問のある方は?」
「えーっと、一つ良いですか」
そこで手を上げたのは生徒の一人――チラチラと箒を見ながらおずおずと手を上げている。
「はい、なんでしょうか」
「もしかして篠ノ之さんって、篠ノ之博士の……」
「あー……」
真耶にとって、知らない仲ではないし言ってもいいのだろうが――保護プログラムのこともあったので軽く語っていいのか迷う。
プライバシーの問題もあるし……などと思っていると、千冬が前に出て口を開いた。
「そうだ。篠ノ之はアイツの妹だ」
その一言で、驚愕の声が次々に上がり始める。一夏が千冬の弟だというのは知られているので、IS業界でのビッグネームの身内が二人もいたのだから当然であるが。
一夏は内心人のプライバシーを勝手に言ってもいいのかと思っているが――千冬にも考えがある。
人の口に戸は立てられない。どうせどこかでばれるだろうし、それならば自分の口から話して必要ならフォローを入れた方が良いという判断だ。知らない場所で尾ひれがつくより真実を最初に言っておいた方が波風もたたない。まあ箒も嫌な思いはするだろうが、とも考えたのだが……そこである一つの事実に気が付いてしまった。
そう――机に突っ伏したまま動かないのだ。箒は。
「……」
千冬も忘れていて、どうしたものかと――まあ普通に説明すればいい話かと結論付けた。
「といっても、知っての通りスレイプニル計画のこともあるから篠ノ之は詳しい話を知らないぞ。アイツとは交友関係がある私自身、年に一度会えるかどうかという頻度になってしまったらな」
「まあ、時折スーパーに出没しますけどね……あのバカ夫婦」
「山田君、それは機密――でもないが、あまり表だっていうことではない」
クラスの中が静まり返る。篠ノ之博士とバカ夫婦という単語も結びつかないが、スーパー?
いったいどういうことなのだと思い、もう一人何か知っていそうな奴に目線がロックオンされる。
「――え、俺?」
「織斑君! 最後に篠ノ之博士にあったのはいつ?」
「いや、これ貰った時だけど……」
「ま、まさか専用機!?」
「いいなー私も専用機欲しいー」
「やっぱ唯一の男性操縦者ってのは重要よね」
その後はあれやこれやと質問攻めに――されどその流れを断ち切る人物が現れる。
「おほほほほ! 訓練機で来るようならハンデをつけて差し上げようかと思っておりましたが――これで心置きなく戦えますわね!」
「そりゃこっちのセリフだ。俺にだって負けられない理由はあるんだ」
二人の目から火花が飛び出しているんじゃないか? 皆がそう思ったのも無理はない。
闘志が目に見えるほどに膨れ上がっていくかのようではないか。
「――そうかそうか、それはよかったな」
「「!?」」
しかし――それも休み時間ならば良かったであろうということしか言えないわけだが。
あろうことか彼らは千冬の授業を妨害してしまったのである。
「反省文は初回ということで勘弁してやろう。しかし――次は無いと思え」
直後に、出席簿という名の凶器は振り下ろされた。
◇◇◇◇◇
そんなこんなで昼休み。軽く昼食を食べた彼女らが向かった先は剣道場。一夏も見に行かないといけないだろうと一緒に来ていたが――その頭にたんこぶがあるのがまた何とも笑いを誘う。実際、本音が口を押えて震えていた。簪もぷるぷるしていて、一夏としては誠に遺憾であるとか言ってみたい。
「はぁ……本当にどうしてこうなったんだか」
「おりむー争奪戦?」
「……むしろヒロインをかけて河原でなぐり合う感じ」
「色々とおかしくないかそれ」
というかいつの間にかギャラリーが多くなっているではないか。一組の生徒と二組の生徒が次々とやってきているし、なんかカメラ持っている人までいるよオイ。
されどそんな外野の様子を気にすることなく二人は対峙している。
箒の格好は防具こそつけていないが、剣道を行うときの物。彼女も素手で行くと言っていたのだが――鈴がそれに待ったをかけたので、竹刀も持っている。
それに対する鈴は――中華服、いや拳法着とでもいえばいいのだろうか。長い髪をお団子状にまとめており邪魔にならないようにしている。
「あら、防具もつけてよかったんだけど……それでいいの?」
「ふん――減らず口を……お前こそ素手で十分だとのたまうその根性を叩き直してやる」
「ま、あたしは別にどうでもいいんだけどさ……どうせやるなら、一年間の成果をここで確認する」
「たった一年の研鑽でどうにかなるほど――私は甘くはない」
「ええ。経歴とかだけを見たらそう思うでしょうね――実際に合ったら別よ。あんたじゃあたしには勝てない」
「――――ッ」
「あんまり怖い顔すると、きれいな顔が台無しよ……もっとも、もう聞こえちゃいないか…………」
鈴の言う通り、まるでスイッチが切り替わったかのように箒の様子が変化する。
その違和感に気が付けたのは――ごく一部。一夏と、簪と本音。他、数名。その誰もがインベス、暗部、その他裏社会に連なるものに関わったことがあるもののみ。
(おかしい。なんつーか箒っていうより別人の印象を受ける……束さんが言っていたことと関係があるのか? でもそれにしては何かもっと根本的に違うような……)
一夏は頭の中で考えを纏めようとするも――その前に戦いのゴングが鳴り響いた。
「ウオオオオオオオオオオオオ!!」
知覚することも難しい速度とテンポをもって鈴に肉薄する。篠ノ之流は単純に剣道としての剣ではなく、元々が神楽舞であったなどという話もあり、少々特殊な側面がある。
箒が使ったのは、そんな技の一つを独自にアレンジしたもの。人の鼓動などのリズムの死角に潜り込み叩き斬るという技。初見殺しの色が強いので一度しか使用できないものだが、そこに箒の本気が見て取れる。
されど――自分を利するために学んでいた剣。それを彼女は自分自身で裏切ってしまった。利するためでなく、私利私欲のため――その時点で、彼女は自ら墓穴を掘っていた。
「――アアア!」
「なっ――!?」
竹刀の側面に添えられた手。それが箒の体を流れるように鈴からそらしてゆく。それだけでなく、竹刀の勢いを利用して鈴の拳に力が集まってゆく。
(合気――だと!?)
いや中国武術の色合いを持っているが、途中から日本の武術の流れに変わった。
それだけに解せない。一瞬の出来事であったが、箒の頭の中には疑問と怒りが湧いてきた。
(一人の武を志す者として――)
雑多に手を出して力を追い求めようとするなど――そんな言葉が浮かんできたが。わき腹に当てられる手と共に、それが自分にも当てはまっていることを理解させる。
(――――ああ、なんだ……)
その時に目に入ってきたのは。勝つためにどん欲になりながらも――自分を見つめ続けていた、強い瞳だった。
(はは――はははは…………結局、私は――――)
意識は暗転し、その後のことはあまり覚えていない。
何か大事なことを掴めたかもしれないが――意識の底に沈んだことで、記憶は途切れたのだった。
◇◇◇◇◇
結局、鈴の圧勝だったな……っていうか一年かそこらであそこまで強くなるなんて……俺も負けちゃいられないな。あの後は倒れた箒を保健室まで運び、そのまま授業を受けていた。
しかし……オルコットさんに勝ったとしても、その次に戦うことになるだろう鈴は強敵だぞ……簪相手にもリベンジをしたいし……まあ、一組は俺かオルコットさんのどちらが勝ったとしても専用機。3組が一番大変なんだろうな……ハンデとして特殊なパッケージを使うって話だけど…………ヤバそうなものが来ないことを祈ろう。
で、すでに時間は放課後――俺と鈴はアリーナにて練習をしていた。
「うーん、やっぱまだ空を飛ぶ感覚にはなれないのね」
「そうなんだよなぁ……なんかふわふわした感じで落ち着かないっていうか、足場がしっかりしていてほしい」
「それは慣れるしかないけど……そうね、あたしがこの背中の龍砲から衝撃砲っていう見えない弾を撃つから――避けなさい」
「――え」
「だから習うより慣れろよ! まあ衝撃砲なんて言っているけど、要は威力のバカ高い空気砲みたいなもんよ。だから当たっても死なないんじゃないかなー絶対防御あるからねー……ねえ一夏、頑張ってね」
「いきなりすぎま――うお!?」
「ほら避けれた」
「いきなりすぎるだろ!!」
「次行くわよー」
「うわあああ!?」
こうして、俺と鈴の特訓は始まった。
瞬時加速ができているのには鈴もびっくりしたらしく、ちょっと優越感を感じたが――すぐに後悔した。瞬時加速ができるのなら、その上の技能を習得できるぐらいに頑張れと言われて瞬時加速だけで避ける練習をしたり。
「ほらほらブーメランみたいに飛ぶわよ!」
「見えている分避けやすいかと思ったけど――直進しないだけでここまで避けにくいとはッ」
「地上で戦うのと違って、空中だと動きが複雑になるのよね……だから――本気で打ち合うわよッ」
「――ああ!」
閉じたままの雪片と、鈴の武器がぶつかり合う。展開装甲を使用していることで、ビーム刀の出力は割と自在に変えられるのだが――まずは通常時の間合いを叩き込む。
なんども金属同士がぶつかり合う音が聞こえたのち――雪片弐型を展開させる。
「なるべく――薄く、鋭く……」
「それを戦っている間は素早くやらないといけないわよ――そこんところ、わかってんの?」
「ああ――だから、こいつも使うんだ!」
「――盾!?」
突き刺すように出現させた白夜だったが――普通にかわされるよな。だけど――おまけ機能を見つけておいてよかったぜ。
中央部がスライドし、展開する――そう、これも展開装甲が応用されており、内部の機構を少々組み替えることで盾から――銃へ変形が可能なのだ。
「いくら俺でも――この体勢からなら!」
「うぐ!? ――そう、槍みたいに突き刺す格好のままうつから当然その延長線上に――面白い使い方考えたわね」
「ま、そのぐらいできないとな……オルコットさん相手に通用するか微妙だけど」
「本職の狙撃タイプには厳しいわね……決めてはあるけど、そこにもっていくまでが厳しいわよ」
「そうなんだよなぁ……」
決戦の日までわずかしかないが――これはどうやって戦えばいいんか…………ん?
「自由に、かえられる?」
ちょっと、活路が見えたかもしれない。
鈴ちゃんが一年何をしていたのかについては、ゆっくりと掘り下げていきます。
次回はいよいよセシリア戦。
ちなみに盾を銃に組み替えたのは、エネルギー吸収を逆に働かせたことで撃っているので見た目は銃とは言えない。