砂塵が吹き荒れる中――彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒは黒い影と対峙していた。
「クソッ――ちょこまかとッ」
「ケケケ、弱い弱い。一人で、俺に、勝てると、思うなよ」
「グチグチとうるさいやつだ……」
一際歪みが大きいポイントで封印作業を開始したのはいいものの……このオーバーロードが妨害に入ったのだ。体は青色に近いように思えるが……それ以上に、どこか蛙を思わせる見た目が特徴的である。
(オーバーロードとかいう奴らは、固有の能力を持っていると聞いているが……こいつの能力はいったいなんだ?)
砂塵を操る能力とは思えない。この砂塵はそのように意思を持ったものではなく、自然発生的だ。しかし、オーバーロードの周囲だけ見えない壁が存在するかのように砂塵がまとわりついていないのだ。
ラウラが視界の悪い中、なんとか攻撃を回避しようと動いているがオーバーロードの口から飛び出てくる長い舌からは逃れることが難しい。
「視界は悪く、向こうは好きに動ける――厄介すぎるが……」
「ケケケ、いくら、エナジーロックシード、とはいえ、無理がある」
「好きに言うがいいさ――私がお前の様な奴に負けるわけがない」
「減らず口を。ケケケ」
確かに厄介ではある。厄介ではあるが……勝てないというわけではない。
(奴は何か本気を出せない理由がある。もしくは、それほど強くないのか――前者だとは思うが、奴は大掛かりな攻撃をしてこない。チャンスはあるというのにだ)
ラウラは元々軍人。少々特殊な事情があるとはいえ――冷静な時の彼女は強い。
今この時も敵の動きを分析して最良の手を考えている。まず第一に、妨害を防ぐことは完了した。
ラウラにとっての勝利条件とは、封印作業を邪魔されないことだ。それは、こいつと一対一の戦闘を行えるように誘導した時点で達成している。
(ならば私が行うべきことはただ一つ)
「ほらほら、逃げてばかりじゃ、勝てないよ、ウサギさん」
(情報を引き出すことと――次の一手まで耐えきること!)
視界は悪い――されど、ラウラにはその眼がある。越界の瞳のおかげで視界が悪い中でも敵の動きを捕捉できるのが幸いして決定打は一度も喰らっていないのだ。
元々、体に負担をかけていたその瞳だが――エナジーロックシードによる肉体の強化がいい方向に作用したらしく変身中ならば問題なく使用可能になったのである。
「ケケケ、逃げるだけで、精いっぱい」
(気になる点は二つ。やはり本気で私をつぶしに来ないこと――それと、先ほどから煽るように話しかけてくるが……私がかわしきっていることがどんな意味を持つのか気づいていない?)
オーバーロードと言うからには、相当な実力者だと思っていた。IS学園を襲撃したオータムと言う輩の映像記録は見たが……この蛙男よりかは強かったように思う。
しかしこの蛙男にはそこまでの力を感じないのだ。最初は気のせいだと思っていた――しかし、この動きはまるで…………彼我の実力もはかれていないところを見ると、間違いない。
【チェリーエナジー!】
ソニックアローに装填したロックシードの力を解放し、オーバーロードめがけて放つ。そして、まるで波打つかのように空間が歪み出し――矢の速度が遅くなった。その状態ならば、オーバーロードもかわせる。
彼は矢を難なくかわすものの、矢以外のものが迫っていることにはついぞ気が付かなかった。
「――ッ!?」
「お前も時間稼ぎをしようとしているのはわかった――私の名前は、ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ軍は黒ウサギ隊の隊長だ。その私が――部下を連れてきていないわけがないだろう。少し、リサーチ不足だぞ」
ラウラが見上げたところには、部下たちが空を舞っているのが見えた。今の一撃は、クラリッサをはじめとする彼女らがオーバーロードに放ったものだろう。
オーバーロードの動きが鈍くなっているのを見た限り、撃たれたのは対インベス弾。
そして、先ほど矢が通過していた場所に砂の塊が落ちる――濡れた、砂の塊が。
「どうやら……お前の能力は水を操ることらしい。もっと直接的な武器として使用しなかったのは…………ふむ、勝てる自身が無かったか」
「――――ッ!!」
今度は直情的に、あるいは簡単な挑発に乗った子供のようにラウラに突っ込んでくる。しかし、先ほどまでの考えられた戦いと違って、それは何も考えずに動いているだけでかわすことを苦にも思わない。
「あるいは、防御の方法を見破られるのが嫌だったか……なるほど、そう考えると分かりやすい」
「――だまれ。おとなしく、やられろ……この、俺の、一撃で!」
水の拳が、上から降ってきたが――それも空からの援護が崩してしまった。そして、水があたりに巻きちらされたことで砂塵が一時的になくなってしまう。
「――――ア」
「ああ、視界良好――まったくいい仕事をしてくれる。散々おちょくってくれた覚悟、出来ているんだろうな」
「うるさい! 世界なんて、理不尽な、世の中なんて、ブチ壊れればいい! 俺たちは、その上から、新しい世界を、作るんだ!!」
まるで子供の戯言だった。だが、その言葉はどこか悲哀に満ちている。
(いつかの私に似ているな……もっとも、世界はそんなことをしても変わらない。その後に待っているのは、自分の壊したものの報いだろうが……私は一夏たちに出会うことで変われた。だからこそ、そんな私だからこそコイツを止める)
水を散弾のように噴き出して攻撃してくるものの、ラウラはその全てを見きった上で切り裂いて見せた。舌はソニックアローでからめとって、逆に引っ張るための道具にする。
濁流が自分を吹き飛ばそうと襲ってくるが――そんなもの関係ないとばかりにオーバーロードの頬に一発、渾身の一撃を入れた。
「――――アガッ!?」
「さっきから、黙って聞いていれば……世界をそう簡単に変えられると思うな! 変えたいというのなら、立ち向かえ!! まずは自分から変われ! 話はそれからだ。それすらできないのに――世界がお前などに微笑むものか!」
「う、うるさい――俺の、俺の、世界はここじゃない! ここは気持ち悪い! この世界は、壊すんだッ!!」
まるで子供の癇癪――いや、もしかしたら本当に子供なのかもしれない。
それでも――野放しにしていたら、こいつは確実に世界を亡ぼすために動くだろう。自分の望みは世界を壊すことでしかかなえられないと思い込んでいる――あるいは、このオーバーロードがそんな風に生れ落ちてしまった存在なのか。
改心するかと思ってぶつかってみたものの、結局は意味のないものだったのか――
「――だから、まずはお前、倒すッ!! 俺の、全力で!!」
――正直、その一言を聞いた瞬間、ラウラは自分の顔がにやけたのではないかと思った。それでも、もう手遅れであることも悟ってしまったのだが……
【チェリーエナジースパーキング!】
飛び上がり、お互い最後の一撃を放つ。水が沸騰しようとも、体がぼろぼろと崩れようとも、そのオーバーロードは逃げることはなかった。
最後の最後まで――その顔はずっとラウラを見ていたのだ。
「なんだ、やればできるではないか」
「――――」
彼が、何を呟いたのか知る由もないが……一つの戦いが終わったことだけは確かだった。
◇◇◇◇◇
セシリアは故郷の近くのこの場所で、封印作業のスタッフの護衛をしていたものの……オーバーロードが来る気配がないことを気にしていた。
「まったくくる様子がありませんわね……」
「あんまり気張らなくていいんじゃないですかね、妨害されないに越したことはないんですから」
「それはそうですが……」
しかし、こう静かだと逆に気になるのだ。他の場所ではインベスが少しは出現しているというのに……
(いえ、そもそもインベスは地球上の生物が向こう側の果実を食べることで誕生します。そう簡単に数を増やせないのでは――いえ、もしかしたらハツカネズミなどの様な生き物を使っている可能性もありますわね。平気で人体実験を行うような輩、しかも素体が無ければ自分たちで作るような人種ですから……ありえない話ではない。ならば、やはり、油断は禁物)
「北西の方角より、強大なエネルギー反応!」
「来ましたか! 敵影は?」
「人型サイズ――オーバーロードと思われます!」
「分かりました、わたくしは迎撃します。皆さんは、防衛体制に。それと封印作業を早く!」
それだけ言い残し、セシリアは駆けていく――レモンエナジーアームズにより強化された体ならば、目的のポイントまですぐだった。
すぐさまロックシードをドライバーからソニックアローに移し――矢を引く。
(たしか、こうしてひねると……)
矢の部分をひねることで、エネルギーの矢が増えた。拡散して放つための形態だが、セシリアの腕ならばわざわざそんなことしなくても打ち抜ける。
それでも、今回この攻撃方法を選んだのは単純に奴へのけん制。
「それに、飛んでいる相手にはこの方が良いですから!」
【レモンエナジー!】
複数の矢は――確実に当たったものは無くとも、オーバーロードの動きを止めることは出来た。
そして、そいつはすぐさま降りてきて――セシリアめがけて蹴りを放ってくる。
「なっ!?」
「もう、危ないじゃないのよ! この玉の様なお肌に傷がついたらどうするの!?」
「……は」
「もう、任務だから仕方がないけどぉ、本当ならこんなふうに外で歩くの嫌なんだからぁ」
「…………ふざけているのですか?」
「もう、冗談はよしてよぉ……こっちは急いでいるのよぉ、さっさとどいてくれるか死んでくれるぅ? ああ、やっぱり死んでよぅ。たしか、セシリアとかいうガキでしょうぅ。見た目は良かったからぁ、その手の好事家に売れそうだしぃ」
「――――本当、ここまでの下種とは思いませんでしたわよ」
冷静でいられないようなことを言われたが――逆に、頭が冷えた。
「聞いても無駄ですけど、シャルロットさんがどこにいるか知りませんか?」
「んー? 聞いたことない名前ねぇ……珍しくもない名前すぎて逆に聞き覚えがないわぁ……」
「……そう、ですか――ならば、貴女に用はありません」
「もう、野蛮ねぇ……お肌のケアもしたいし、早く死んでよぉ」
話が進まない。それでも律儀に質問に答えたりよくわからないオーバーロードだ。先ほども嘘をついているようには見えなかったし……セシリアにはそいつがどんな奴なのかわからない。
それでも、戦いは避けられない。
「てやー!」
「ッ、思ったより速いですわね!?」
「これでもー、ちょっとは名の知れた格闘家だったのよぉー」
「ならば、何故そのような怪物に身を落したのですか!」
「もう、何か勘違いしていないー? 私たちはぁ、いわば人が進化した存在なのぉ。あんたたちみたいな、旧世代の人間なんかじゃないわけよぉ」
「……本気で、そう言っているんですか?」
「そうよぉ……それがどうしたのよ」
「仮に、あなたたちが進化した人類としましょう――それならば、何故あなたたちは罪もなき人々を殺めるのですか? 今日この日まで、色々な話を聞きましたが……あなたたちが実験と称して、大勢の人々を殺めたというのは、何故なのですか!!」
オルコット家の情報網も使い、彼らの動向を調べた。彼らがどのような組織で、どのようなことをしているのか。そこで知った事実は、口に出すことさえも嫌悪を抱くようなことばかり。
だからこそ、聞かずにはいられなかったのである。
「なんでぇ? 進化した私たちが、この星の支配者なんだから――あなたたちをどうこうしようが、こっちの勝手じゃない」
「――――――ッ」
なんの疑問もなく、この女はその言葉を口にした。
くるっているなんてレベルじゃない――もう、人とは別の生き物だ。少なくとも、セシリアにとってオータムというオーバーロードを殺してしまったことは気にしていた。
本当にそれが正しかったのか、ずっと悩んでいたのだ――――なのに、このオーバーロードにとってそんなこと悩むなんて発想が出ないもの。種族が違うから、殺しても問題がない。そういう暴論なのだ。
「まるで、昔の人種差別ですわね……元は一つだというのに、これも人間の業ですか…………形を変えて、業はなくならないと」
「何をいっているのかしらぁ……まるで、私たちが旧世代と何も変わらないみたいに……不愉快よ」
「変わりませんよ。何も…………むしろ、悪化してすらいる」
「ふざけんじゃないわよ――私を見下してッ! 綺麗な顔を踏みにじってあげるわぁああああああ!!」
その後、セシリアは何も言葉を出さなかった。
ただ、ドライバーの音声だけがその場に響いていた――直後に爆発が起きて、立っているのは一人だけ。
(やはり、胸が痛いですわね…………あなたたちは、この胸の痛みさえも捨てたというのですか?)
答える者はいない。その問いに答えることの出来る者は、ここにはいなかった。
私がどういう伏線を張っているのか、そろそろ気が付く人も出てくるかな。
さて、次回はどうなることやら……とりあえず最終章前篇はまだ続きます。