EP182.小春日和
地上に降り立ち、とりあえず張りつめていた空気が解けて力を抜いたその瞬間だった。
僕と束は膝をつき――体中の筋肉が悲鳴を上げ始める。
「「痛いッ!? 体中の筋肉がブチブチと断線していく!?」」
「ちょ、二人とも大丈夫ですか!?」
「きゅーきゅーしゃー!! 誰か、救急車呼んでェ!!」
何事だと駆けつけてきてくれた千冬たちのおかげで事なきを得たが……恐ろしいほどに体へのダメージがあった。
確かに強力なアームズであるが、魁アームズも雅アームズも反動がとんでもないようである。
もっとも、無茶を前提としたジンバーエナジーほどではないみたいだが……体にかなり疲労やダメージが蓄積していたところに、最後の一撃。その後はロックシードの力を借りて復活したようなものだ。当然、反動もそれ相応のものになるわけで……
「丸一日は寝ていろ」
「久々に、あなたたちの面倒を見ることになるとわねー」
「英さん、束さん。看病して差し上げますわ」
IS学園の救護室に運ばれることとなりました。千冬からのお達しの通り、一日動くことなんてできないって。結構な人数が見舞いに来ているけど。
佐々木先生に治療されるなんて本当に久しぶりだけど……そういえばあなた養護教諭でしたね。
「大人になっても二人は相変わらずね」
「人間そう簡単に変わりませんよ」
「むしろ悪化した例が先生の後ろに――いひゃいいひゃい」
「束、黙れ」
だけど千冬の趣味は年々悪化していると思うんだけど……きっかけは僕だっただけに何も言えないが。
「だーじょぶ?」
「リリーもありがとうな……フロンもわざわざ来てくれてありがとう」
「心配ばかりかけさせて……束も一緒になって倒れるなんて何をしたの?」
「新しいロックシードを使ったんだけど……体がぼろぼろの時に使ったからこうなって……」
ぼろぼろじゃなくてもかなりの疲労とダメージがあるかもしれないけどな。
人の身でオーバーロード以上の力を発揮するんだ。当然、それ相応のリスクも存在する。
詳しいことは調べてみないと分からないけど……かなり考えられた構成みたいだ。
魁アームズの方は、一度パージした素体に改めて鎧を装着することで体の中に入るヘルヘイムの力を制限することで悪影響が無いようにしている。更にパーツごとに分けられた小型のアームズを装着することでリスクを軽減しているのだ。その分、体にかかる負荷が大きいわけだけど。
雅アームズは魁アームズほどの負荷はない。しかし、見た限りかなりの重量だ……おそらくは、移動もかなり厳しいだろう。何かしらの移動能力は兼ね備えているだろうけど……鈍足に見えるんだよなぁ…………束に聞いた話だと、呼び出せる武装も少ないみたいだし、能力に多彩さを求めないことで負荷を減らしているように見える。あと、大型化したのも負荷を肉体に与えないでアームズ内でとどめるためと推察される。
「まあ、結局のところ動けるようにならないと意味はないわけで」
「暇なのは嫌いだー!」
「はいはい。少し黙っていましょうね――――この瞬間、貴女は動けず、わたくしは英さんに好き放題できますわ」
「――――女の意地を舐めるなァアアアア!!」
「うるせ……寝よ」
フロンはリリーに悪影響だからと、すぐに退散した。
英としても出ていきたいが……動けない。これは寝るしかない。寝れるかわからないが。
◇◇◇◇◇
セシリアが目覚めたとき、何か女性たちの姦しい声が響いているのが気になった。
「大体! フラれているんだから諦めてよ!」
「いいえ諦めません! 諦めたらそこで試合終了なのです! ならば、逆説的に言って諦めなければ試合は終わらないということですわ!」
「そんなわけないだろ!!」
「むしろわたくしはお二人をセットで頂きたいのです!!」
「こっちくるな変態!!」
なんだろう。頭が痛くなってきた……
(わたくしみたいな口調は……神宮寺家のご令嬢ですわよね…………それに、篠ノ之博士……何を話しているのかは知りませんが、頭が痛くなるような内容ですわね……)
「大体! お見合いとか来ているんだろそっち行けよ!」
「あんな優男たちなんて趣味じゃありませんわ。それでも世継ぎを残さなければならない身――一晩だけお貸しください」
「ダメに決まってるッ」
(なるほど、一晩だけ貸してもらうという手も――あるわけないでしょうが)
セシリアはノリツッコミを覚えた。しかし、今後の人生でそれが役に立つかと言うと別の話なのである。
これが世界一の天才と名高い篠ノ之束と、上流社会にその名を知らない者はいない神宮寺百花なのかと思うと幼いころの憧れとか全部ぶち壊し。色々とやりきれないではないか……
「セシリアのお見舞いに来ましたーって……何やっているんですか?」
「この英の貞操を奪おうとする女と決着をつけるんだよ!」
「大丈夫です! 勉強はしておりますわ!」
「そういう問題じゃない!!」
「……相変わらずプライベートだと軽いわね…………セシリアー、どうせこんなにうるさかったら起きているんでしょ。大丈夫?」
「頭が痛いですわ」
「うん。予想通り」
鈴に心配されるまでもない。この二人の言い争いを聞いていて頭が痛くならないわけが無い。渦中の男は耳をふさいで我関せずを貫いているのがまた腹立たしい。
自分で何とかするつもりもないのか?
「ああ、英さんが収拾つけないのかって考えているんでしょ」
「まあそうですが……鈴さんは思わないのですか?」
「一夏からも聞いているし、昔見たことがあるんだけど……色々あるのよこの三人にも」
「それはそうでしょうが……しかし、ハッキリ言ったらどうなのですか」
「…………百花さんだと逆に喜ぶわよ」
現に束が勢い余って叩いてしまったら――恍惚の表情を浮かべてるではないか。
ドM令嬢はいまだ健在である。
「……なんだか気にしているわたくしのほうがバカらしいですわね」
「でしょ。あんな感じになったら、適当に見ているだけでいいのよ。下手にツッコミを入れるとこっちが疲れるだけなんだから……それで、体の方はどう?」
「体?」
そういえば、何故自分はここにいるのだと疑問に思う。
記憶がおぼろげで何があったのか覚えていないのだが……
「――――そうでしたわ、あの後どうなったんですか?」
「一時撤退。途中、シャルロットの奴が来てマルスを串刺ししてくれたおかげで猶予が出来たのはいいんだけど……戦闘続行はできなくなって戻ってきたわ」
「そうですか……そういえば、そんなことがあったような気もしますわね」
痛みで意識がほとんど飛んでいたので、詳しいことは覚えていないのだが。
なるほど、体はその時に怪我していた。足や手を動かそうとしてみるものの、予想通りと言うか、足が動かない。痛みはあるので完全にうごかなくなったわけでもないみたいだが……
「骨が折れているのでしょうか?」
「みたいね。一応、レントゲンは撮っているから……しばらくは安静にしなさい」
「そうするしかないみたいですわね――それで、次に向かうのは?」
「数日後。今度は、ゲリラ戦じゃなくて正面から乗り込むことになるからしっかりと準備していくけど」
流石に英と束だけで乗り込んでも体力が続くとは思えない。正面から乗り込むのなら戦力は大いに越したことはないのだが……
「千冬さんがドライバーとの相性が悪いってのが痛いのよね……あの人がいたら百人力なのに、暮桜で防衛に回されたって」
「それは、また……鈴さん、貴女たちは?」
「……おいて行かれたって、ついていくわよ。一夏も、私も。弾だって今度はついてきそうだし、ラウラなんてこういう作戦は本職でしょうしね」
「わたくしは……リタイア、ですね」
「当たり前よ。動きたくても動けないんだから……ちゃんと帰ってくるから、そんな顔しないの」
「……別に、言われるほど変な顔じゃありませんわよ」
「今日ぐらいはそういうことにしてあげるわ――タオル、おいていくわよ。顔ぐらい洗いなさいね」
「…………ありがとう、ございます」
直後に、隣りからダブルノックアウトの声が聞こえてきて思わず笑ってしまったが――自分たちは、それぐらいでちょうどいいのかもしれない。気を張らなくて済むのだから。
◇◇◇◇◇
食堂――そこで一夏は体力をつけなければと、フードファイターみたいな食べっぷりを披露していた。
「ッ!? の、のどに詰まったッ!!」
「おりむー、無茶しないでよー」
「……はい、水」
「――――ぷはぁ……助かった、簪」
流石に食べすぎたかなと反省するが……やはり何かしていないと落ち着かない。
「どうしたの、一夏?」
「なんか鬼気迫るって感じだよー」
「いや…………気が付いてやれたかもしれないのになって……」
箒が何に悩んでいたのか気が付くことができなかった。幼馴染だからって、彼女のことを分かった気になっていたのかもしれない。彼女があんな風になるとは夢にも思っていなかった。
だからこそ責任を感じてしまい、どうすればいいのか悩んでいたのだが……
「おりむーだけのせいじゃないよ。私も、相部屋だったのに気が付かなかったから……」
「そういえば、のほほんさんは同室だったな」
彼女も彼女で責任を感じているらしい。本音の場合、更識からも言われていたのに……彼女の異変に気が付くことができなかったのだ。責任は、一夏よりも感じている。
「そんな、本音のせいじゃないよ」
「それでも、もっとちゃんと話しておけば良かったって思うんだ……後悔しても意味はないのは分かっているけど、やりきれないよ」
「……たしかに、やりきれないよな」
よしっ――そう言って、一夏が立ち上がったのを二人は不思議そうに見ていた。
ただ、ニカッと笑って一言。
「ちょっとお見舞いに行こうぜ」
二人を引き連れて向かうのは、救護室。
何やら騒がしいようだが……気にもせずに一夏は中に入る。
簪がまずいのではと止める間もなく、入ってみると――そこには息も絶え絶えな二人の姿が。
「ぜぇ、ぜぇ……いい加減、諦めてよ」
「い、いいえ……わたくしにも女のプライドがありますわ――そう、いやらしい女のプライドがッ!!」
「お前はただのドMだろうが!!」
「あひんっ! もっと、もっと言ってくださいまし!!」
「疲れたよぉ! 助けて英!」
「……英サン、今、就寝中、御用ノ方、後デ」
「無理やり片言になってんじゃねぇ!!」
「うるさいですわ! 眠れませんわ!!」
「収集付かなくなってきたわね……あ、一夏」
「お邪魔しましたー」
そっと、ドアを閉めて帰ろうとするが――ガッという音と共に足が隙間に挟まって止められてしまう。鈴の俊敏さを舐めていた一夏のミスだ。
そっと抱きしめるように。それでいて大胆に首を抱きかかえられた一夏はそのまま鮮やかな手並みで部屋の中に連れられてしまう。簪と本音も、当然道連れに。
「なんで!?」
「おりむー! ひどいよー!」
「この状況、一人でも被害者は大いに越したことはない!」
「黙ってこいやぁ!!」
結局座らされて、状況を判断することに。
簡単に言えば、久々に百花が暴走しただけなのだが。
「またかよ! あんたはいい大人なんだからもっとしっかりして――――あ、なんでもないです」
「もっと強く言ってもいいんですわよ」
「……」
「放置プレイもいいですわぁ」
ダメだ、この人はやく何とかしないと……みんなの思いが一つになったところで、最終奥義みたいな技も生まれるわけでもなく、ただ無駄に疲れるだけだった。
しかしこの人、体力は無尽蔵なのだろうか……肌がつやつやしてきているし。
「近頃、忙しくて罵倒を受ける時間もありませんでしたから――それで、英さん。いい加減起きてくださいよ」
「…………」
「英さん?」
「英、どうしたの?」
束と百花が様子を見てみると――英は、本当に寝ていた。
あの騒音の中でも眠るなどありえないと思っていたのだが……
「案外、図太いわね」
「そりゃ母親があれだし……」
「言わないでよ。ちょっとトラウマなんだから」
乙女として、公言できない事件だった。一夏の記憶からも抹消したいところだが、いざとなれば責任をとれと言えるからそうしない強かさのある娘に育った鈴である。
セシリアは何の話か理解できていないが……知らない方がよさそうな気がしてならない。
「ところで、いっくんたちは何か用?」
「お見舞いに来たんですけど、それどころじゃないですよね……でも、元気そうで安心しました」
「これぐらいのピンチとか怪我は慣れっこだからね。案外、どうとでもなるよ」
「どうとでもなる……ですか」
「でも……」
「……箒ちゃんの、ことだよね」
二人だけでなく、その場の全員が息をのむ。
申し訳ないだけじゃなく、何といえばいいのかわからない困惑。そして、この人がなぜ自然体でいられるのかと言う疑問も湧き起こる。
――束の口から出てきたのは、予想外の一言だった。
「ごめんね」
「ちょ、束さん!?」
「色々とやることが裏目に出て、みんなには迷惑をかけて……本当にゴメン」
「そんな頭を上げてください! むしろ、謝るのはこっちの方ですよ……あいつを叩き起こせなかったし」
「……ありがと」
それだけ言うと、束は布団をかぶって眠ってしまった。疲れが溜まっていたのは事実で、すぐに寝息が聞こえてくる。
どうしたものかと悩むが――この場にいても仕方がないと、出ていくことにする。セシリアは足の骨を骨折こそしたものの、食欲がないわけではないので鈴に車イスを押してもらい、食堂へ。
「…………まったく、二人とも無理をして……今は何も考えられないぐらいに疲れて、眠っていてください。ぐっすり眠って、次にまた頑張りましょう」
にこりと、微笑んで二人の頭をなでる。
なんだかんだで、この二人といると楽しいのだから……最後まで、付き合って見せる。そう、改めて決意して。
最終回まで、あとどのくらい続くかはわかりませんが、頑張っていきたいと思います。
この物語のテーマにも関わるのですが、最終回を迎えても全ての伏線を回収しません。大事な部分は後日談などで補完しますけど。
ちなみに、戦極、ゲネシスに続く第三のドライバーのアイデアが存在していたり……