もうすぐ最終章後篇に突入か……
少し、外の空気が吸いたくなった。
セシリアがそう言いだしたのも無理はないだろう。怪我をしているとはいえ、ずっと室内にこもりきりでは気がめいるというもの。屋上に出て、新鮮な空気を吸おうとやってきたのはいいのだが……
「暇ですわねぇ……」
いざ療養しろと言われると何をしたらいいのかわからないものである。
オルコット家の仕事をしようかとも思ったが、ヘルヘイム関連の騒動のおかげで数週間は仕事と言う仕事が来るはずもなく……暇を持て余してしまう。
「本でも持ってくれば良かったでしょうか」
日向ぼっこもいいが、個人的にはもうちょっと活動的なことをしたい。
普段ならばISの操縦訓練やドライバーを動かして体に慣らしたりしているのだが……今はどちらも不可能。
「調整ぐらいはできるかもと持ってきましたが、さっぱりですわね」
聞いた話だと、篠ノ之博士ですら製作に苦労したらしい。自分でISの整備ぐらいはできると思っていたのだが……IS以上に手の出しようがない。
むしろISはある程度自己修復可能だったのが大きいのだろう。整備がとてもしやすかった。
「どういたしましょうかね……風が気持ちいいですが、だからと言ってわたくしがするべきことは…………」
今もみんなは次のために準備を進めていることだろう。なのに、自分だけがここでリタイアとは情けない。
悔しい。まだ終わっていないのに自分には何もすることができないというのか……
そう思っていた時だった――あるいは、自分にその役目があるからこそここでリタイアしたのか。セシリアはのちにそう考える。今現在においてはそんなことを考える余裕もないが。
「――――シャルロット、さん」
「……セシリア」
幽鬼のようにひっそりと、生気の宿らない瞳で屋上に彼女が現れた。
しばらくはその場で佇んでいるだけだったが、やがてセシリアなど気にしていないかのようにベンチに腰掛ける。何も言わず、ただそこにいるだけ。いや、そこにシャルロットと言う物体があると言った方が正しいとさえ思えるぐらいに生きた人間の気配がない。
生きていながら死んでいるかのように彼女からは意思と言うものが失われている。
(予想以上に重傷ですわね……他に人もいませんし、わたくしが聞くしかありませんか)
車イスをゆっくりと移動させてシャルロットの隣に並ぶ。ちらりともこちらを見ないあたり、セシリアのことをまったく気にしていないようだが……少しぐらいは気にしろとも思う。
しかし、ここは自分から話しかけるしかないと――セシリアはまずはつかみが大事。気合をいれますわと口を開いた。
「今日は風が――いえ、気持ちいい風が吹きますわね」
「……」
危ない。某会長が頭をよぎったせいで何か飛んでもないことを言いそうになった。彼女もまだ怪我をしているため車イスのシンパシーを感じたのかもしれない。
どちらにしても彼女は何も反応を示さないが。
「シャルロットさん、話しかけられたのだから反応ぐらい示してくださいな」
「うるさいな……もうシャルロットの名前は捨てたよ。今の僕はシャルル、それ以上でも以下でもない」
「…………」
正直、何を言っているのかわからない。
言おうとしていることは分かるのだが……
「変わりませんよ……わたくしたちにとっては、貴女はシャルロットさん。それ以外の何者でもありませんわ」
「ッ――何がわかるんだよッ!! セシリアに、何がわかるんだ!!」
それは彼女が胸にずっと溜め続けていたものなのか、本人でさえもわかっていないのかもしれないが一度口を開けばあとはダムが壊れて水が流れ出すように、言葉があふれてくる。
「お母さんが死んで、何が何だかわからないうちにデュノアに引き取られて、ずっと一人で頑張るしかなかったッ!! テストパイロットの仕事だけで一生を終えるんじゃないかとも思っていたよ――なのに、今度はIS学園に男装していけって言われて、仕方がなく来たら……うまくいくはずもないのに、僕は何をやっていたんだよ……みんなと友達になれた、この数か月は楽しかったよ――でも、やっぱり僕は……私はお母さんにあいたんだよッ!! そのために、女の子を捨てきれずにいた長い髪も切ったッ!! チャンスを待っていて、ようやくめぐり巡ってきたってのに失敗した。私の願いはもう叶わないの? 生き返らせ手あげられると思ったのに……ねえ、会いたいと思っている人に会うのはダメなの!? お母さんはなんでお父さんとの間に私を作ったの!?」
自分でも考えがまとまらない。シャルロットの頭の中はぐちゃぐちゃで、自分でも何がしたかったのかわからない。ただ一つ言えるのは――この叫びにぶつかっていけるのは自分しかいないということだ。
セシリアはゆっくりとシャルロットに近づいて――思いっきりその頬を引っ叩いた。シャルロットがベンチに座ったままうつむいている体勢で叫んでいたので叩きやすいと、どこか場違いな感想を抱きながら。
「――――何するんだよ!!」
「お黙りなさい」
「ッ!?」
そこにいたのは、シャルロットの知るセシリアではない。
堂々としていて貴賓に満ち溢れた――貴族そのものと言ってもいい女性。
オルコット家の当主、セシリア・オルコットだ。
「もう死んだ方に、生きているわたくしたちが会いたいから生き返らせるなどと言うのは身勝手なことなのです。本当に生き返りたいかどうかは死んだ人にしかわかりません。たとえ生き返れるのだとしてもわたくしはそれを肯定するつもりはありませんわ」
「なんでだよ……セシリアだって、両親に会いたいんじゃないの!?」
「ええ会いたいですわ――ですがそれは、わたくしが天寿を全うしてから。わたくしを育ててくれた両親だからこそ胸を張って再会したい。貴女はそうは思えないのですか?」
「思えないよ……寂しいよ、あんなにあっさり、すぐに死んじゃうなうなんて……なんでお母さんは私を置いていなくなっちゃったの」
「……人というのは突然いなくなるものです。それは変えようのない事実」
それに、と前置きしてセシリアは胸の内を吐露する。彼女だって、両親ともっと話したいことはあった。二人と一緒に暮らしていたかった。甘えたかった――でも、それはもうできないのだ。
乗り越えなくてはいけない。死んだ人に対してできることがあるとするのならば……
「今できることをやり遂げなさい。逃げずに立ち向かって、自分のなすべきことをするのです」
「……なんで、なんでセシリアはそんなに強いの」
「強くなんてありませんわよ。わたくしだって、多くの人に支えられています。時には、それが重く感じることもあるでしょう……ですが、わたくしを産んでくれた両親を本当に大切に思っているのなら、出来ないことではありません。シャルロットさん、貴女はお母さまに恥じない自分だと言えますか?」
「――――ずるいよ、そんな聞き方……」
「ええ、ずるいでしょうね。ですが、貴女はまだやり直せますわ」
「そんなことない……みんなとも敵対したくなくて、でもアイツらの仲間になるのも嫌で……逃げていただけなんだ。なのに、なんでまだ私は戦えるみたいに……」
「貴女ならば、わたくしの分まで皆さんの力になってくださると思っているからです」
そう言って、セシリアがシャルロットに渡したのは――ゲネシスドライバー。
「これ……」
「わたくし用に調整されていますから、シャルロットさんが使える保証はありません。ですが、このまま逃げたままでいいんですか?」
「……」
「逃げることも一つの選択でしょう……戦えと言うのも酷な話です。聞かなかったことにしてくれてかまいません――ですが、貴女は一生逃げ続けるのですか?」
「あ……」
「デュノア家が嫌ならばいつでも逃げ出せたでしょう。現に、学園は女性として通えていたではないですか」
「……」
「世の中には怖いことがたくさんありますわ。ですが、人は逃げ続けるだけでは何も叶えることはできないのです。貴女が本当に欲しいものは――なんですか?」
「本当に、欲しいもの――――」
お母さんに会いたい? でも会ってどうしたかったのだ?
(話をしたかったから? 本当にそうなの? もっと根本的に、私がしたかったこと――それは……)
記憶の中に浮かぶのは、母と二人だけだったが楽しかったあの頃。
自分が楽しいと思えたのはあの頃と――――ああ、なんだ……そんなことだったんだ。ストンと落ちたように頭の中がスッキリした気分になった。
「……寂しかった、だけなんだ」
「遠回りし過ぎですわよ――とっくにそんなこと、解決していたではないですか」
「うん……そうだったね。私、バカだった」
悲観的過ぎて、まるで自分だけが不幸なんだと思ってしまっていて――結局、自分が本当に欲しかったものはとっくに手に入っていたではないか。
こんな自分だけど――まだ友達と思ってくれているみんながいる。それだけで良かったのに、遠回りしていた。
「ありがとう、セシリア……」
「もう迷いませんね」
「うん……これ、ありがたく使わせてもらうよ」
今度は、薄暗い感情で戦うわけじゃない。みんなと歩む未来を掴むために、戦うのだ。
まずはみんなに頭を下げて、作戦に加えてもらうことからかなと、空を見上げた彼女の瞳には――まるで炎が宿っているかのように、輝きがあった。
◇◇◇◇◇
IS学園寮長室。自宅に帰ることが少ない千冬の生活拠点であるが……そこに、二人の人物が佇んでいた。
「まあ座れ」
「しかし教官、座る場所もないのですが」
「適当に荷物をどかせ」
ゴミばかりなのでは……とは恐ろしくて言えないラウラ。
なぜか千冬に部屋に呼ばれて喜んでついてきたのはいいが、予想以上に部屋がすさまじいことになっていた。
(一夏の嫁レベルが高いのはこれが原因なのだろうか……やはり、嫁にしたい――まずは鈴を倒すべきか)
この諦めの悪いところは、目の前の師匠譲りなのか捕らぬ狸の皮算用を始めるラウラ。鈴を倒して一夏と結婚している光景まで浮かんだところで、千冬がラウラの頭をはたいて現実に帰還させる。
「何を考えているのか」
「ッ!? いつもより痛いです」
「変なことを考えていたみたいだからな……それと、お前の考えていることを実行したら一夏に嫌われるぞ」
「なんで私の考えていることが!?」
「口に出ていたぞ……ハァ」
思わず頭を抱えてしまうが、これでも優秀な人物なのだ。一般常識が欠如しているだけで。
千冬としては昔、そこのあたりをしっかりと教えておくべきだったと後悔している。
「まあ今日はそのことではない……今のお前は、何が目標だ? 将来の夢と言ってもいいが」
「将来、ですか……」
千冬に言われて、そういえば考えたことが無かったと気づく。
一夏を嫁にすると公言しているものの、自分自身の目標や夢となると……一つ、頭に浮かんだ。
「教官のようになりたいですね」
「お前、まだそんなことを……」
「そういうわけではなく……その、軍でも学校でも、後進の育成をしたいなと」
「――――は?」
一瞬、何を言っているのかわからなくなった。後進の育成?
「私自身、特殊な生まれだというのは理解しています。まだまだ、そういう人間はいますし、軍には外の世界を知らずに限られた世界だけで生きている者が多くいます。私自身がそうでしたから……ですから、私は次の世代のために何かしたいと思うのです。そうすることで、何かが変わっていくはずですから…………教官? どうしたのですか?」
「い、いや……お前がそこまで考えているとは思わなくてな」
「しっかりと考えたことはありませんが……言葉にすると、しっくりきますね」
「そうか……」
思わず、笑みがこぼれる。昔はただ自分そのものになろうとしていた少女が、同じような言葉で全く違う意味の夢を持つとは……
(こういうことがあるから、教師は面白いな……なんだかんだで、私はこの仕事が気にいっているらしい)
今はまだ芽が出たばかりの夢だろうが……どのような花を咲かせるのか見てみたい。
だからこそ、甘やかすだけではダメだろうが。
「まあ、そのためにはお前自身が一般常識をしっかりと勉強することだ。後で抜き打ちテストするぞ」
「そ、そんな!? 教官、お許しを!!」
「だったらしっかりと勉強しておけ高校生」
絶望したような表情をしても無駄だ。基本的な座学は優秀なくせして一部の科目はとことん悪いのがこの少女である。しっかりと教えてやらねばならない。
「ちょうどここは私の部屋だ――教材には困らないぞ」
「しまった!?」
まずは、世の中夢は語るだけでは叶わないというのを教えてやろう。
まだまだ自分の方が教える側なのだから。
バイトが始まって、割とキツイぜ……
露骨に辛い仕事ってわけでもないので更新できなくなるってことにはなりませんが。
右手が……右手がディーバブースターの購入画面に――あああああああ……