「ねえ束さんはやっぱりこういうキャラじゃないんだ。人前に出るとかそんな羞恥プレイはごめんってことさ。だから、帰っていいよね?」
「ここお前の家じゃん」
「いーやーだーかーえーるー」
ついに篠ノ之神社の夏祭りがやってきた。
練習はしていたけど、直前になって束は神楽舞から逃げ出そうとしているのである。
まあ気持ちは分かるけど、わかるけど……
「そこまで嫌がられると……何としてでもやってもらいたいね」
「このサディスト!」
「何をいまさら」
「認めたよ!? こいつ認めやがったよ!?」
「と言うわけで……箒ちゃん、あとよろしく」
「あ、それ反則ッ」
廊下に待機していた箒ちゃんに説得を交代する。
あのシスコンが涙目で「お姉ちゃん、ダメ?」とか言われたらやらざるを得ないだろう。
現に慌てふためきながら、この束さんにできないことなんて無いんだよ! とか言っているし。これは後で落ち込むだろうなぁ……
「少しはフォローするか」
「だったら最初から追い詰めてやるな……お前そこまで性格悪かったか?」
「織斑も止めないあたり、見たいんだろうが」
「否定はしない。しかし、今年は凄い人だな」
「束が出るって噂になっているからねー……まったくミーハーだな」
「もうそれ、死語じゃないのか?」
「そうかねー……ところでよ、前から気になっていたけど神社の裏手にある大きな木ってご神木かなんかか?」
「そのような物らしいが……なぜ私に聞く? 柳韻さんかそれこそ束に聞けばいいではないか」
「いや、直接聞くのはどうかなーって思って。束は知らないだろ絶対」
「違いない。アイツはこういうのにあまり興味を示さないからな……しかし、どうしてまた突然そんなことを聞くんだ?」
「うーん、なんというか妙な木だと思ってな。束はこっちは詳しくないから気が付かなかったみたいだけど、あれ柑橘類に近いんだよ。葉っぱとか見るとね」
「柑橘類? みかんとかオレンジのか?」
「うん」
「だが、それがあんな巨木になるのか? 私にはとてもそうとは思えないが」
「だから僕も不思議に思っているんだよ。花とか実はついたことないみたいだけど……」
「柳韻さんが生まれる前からあったらしいからな。詳しいことを知っている人はもういないそうだ」
「そっか……」
…………一応、頭の隅にとどめておこう。おそらくは束が狙われる理由というのがどこかにあるはずなのだ。彼女本人なのか、篠ノ之神社にまつわる何かなのかはわからないけど。
下手したら箒ちゃんも危険だし、これは早く調べた方がいいのかな……束もコアネットワークで謎の組織の情報を探っているけど、やっぱりブロックされているみたいだし……別のアプローチが必要かもしれない。
「うう、束さんはもうダメだね」
「おかえり……なんかやつれたな」
「箒ちゃんの期待を裏切るなんて束さんにはできないッ!」
「ああうん、わかってる」
人それをシスコンと言う。
というか本当すまんかった。ちょっとやり過ぎた。
「本当だよ……もういいよ、今日はがんばるから。明日はもう寝てもいいよね?」
「分かったから、なんかおごるから」
「ちーちゃんも笑ったら新規開発した、このブラコン撲滅マシーンを使うからね」
「真面目にやるのなら笑わないが……なんだその不穏な名前の機械は…………ヴァーチャルダイブマシーンか? 最近、そういうのが流行っているが」
「……ちーちゃん、私が言うのもなんだけど最近ラノベ愛読しているよね?」
「何を言っているんだ? そんなわけないじゃないか」
「だったら束さんの目を見て言ってよ! 前々から気が付いていたよ! だって言葉の端々にそれっぽい単語が聞こえたもん!」
「…………私だってな、私だって一人で静かに読書したい時だってあるんだッ」
「本音は?」
「私がラノベを読んでいるのを見られたら思わず叩き切ってしまう。見たやつを」
「怖いよッ」
「もういいだろその話は。割とみんな知ってたし」
「え」
「え?」
「むしろ、その機械の説明をしてくれ」
「あ、ああうん……」
案外、ばれていないと思っていることは大勢にばれているものである。織斑を慕っている女子は後輩と先輩に多くいるのに、実は同学年には少ない。まあ、理由は……中身が残念なのを知っているからなんだろうなぁ…………
織斑、ショックを受けるのはわかるけど話が進まないから。
「えっとこの機械はね、リアルな映像と音声を流すんだけど、そこまでなら普通のヘッドマウントディスプレイでしょ?」
「まあ、そうだよな……」
「これはあらかじめデータをインプットしておくことで、任意の映像を流せるんだ。その人の記憶領域にアクセスして映像に補正をつけることもできて、まるで現実さながら!」
「理論的にはどういうことだよ」
「簡単に言えば、起きたまま夢を見られる機械?」
「把握したけど、それがどうし……オイ、それはマズイ。織斑が死ぬ」
「ちょっとまってくれ、何かとんでもないものを作ったんじゃないだろうな束?」
「大丈夫。ただ現実さながらの映像と音で、いっくんに「お姉ちゃんなんて大嫌いだ!」って叫んでもら――「うあああああああああああああああ!?」――ち、ちーちゃん?」
「そ、そんな!? 一夏、お姉ちゃんの何が悪かったんだ!? 料理か? 家事をしないところか? 部屋を散らかすだけ散らかして、色々お前に迷惑をかけることか!? ど、どうすればいい、なにか……そうだ。一夏の部屋に入って――「「アウトぉぉぉぉぉ!」」――ひでぶっ!?」
思わず、束と二人でかかと落としで織斑の意識を絶ってしまった。というか何を言いだすんだこの女は。
色々な意味で危険すぎる。
「……なあ、今日は一夏君来ているんだろ?」
「う、うん」
「…………今日一日預かってやってくれ。僕はこいつに説教する」
「分かった。さすがの束さんもドン引きだよ。ちーちゃん、まさかとは思っていたけど……いっくんの将来のためにもそれだけは阻止すべきだよ」
あと、新聞の一面に姉、たった一人の家族を襲うみたいな見出しが出ないようにするためにも。
というか色々人の恋愛事情にツッコムくせに一番相談するべきなのはこいつだろ。
「それじゃあ、私は準備してくるから……先に行っててね」
「分かった。僕はコレ連れていくから」
「うん。じゃあまたね」
束は着替えにいった。僕も会場へ行こうと思うんだけど……織斑はどうするか…………引きずろう。
なんかゴリゴリいってるけど気にしないでいいか。
「痛い痛い痛い……な、なんの恨みがあるんだ!?」
「さっき口走ろうとしたことに対する罰じゃ。とりあえずお説教な」
「…………聞かなかったことには?」
「できるかッ」
論理的にダメだとか、佐々木先生みたいになりたくなければ度を超えたブラコンは卒業しろとか色々言ってみたのだが、効果は薄かった。
とりあえずあとで徹夜で打ち合って目を覚まさせることにした。
◇◇◇◇◇
日も暮れて、そろそろ束の神楽舞の時間がやってきた。それまでは適当に出店を見て回ったりしていたのだが……ちなみに、一夏君と箒ちゃんの保護者も兼ねている。
織斑? 今日は一夏君に会わせるのは危険である。
「そろそろ時間だな」
「そうだねっ」
「……姉さん、大丈夫だろうか?」
「まあ練習はしていたみたいだし、待っていような」
一夏君は毛ほども心配していないけど、箒ちゃんはやっぱり心配なんだろう。まだ、8歳になったばかりの子だし、仕方がないか。
と、そろそろその時がやってきたみたいだ。
言葉が出ないというのは、こういうことなのだろうか。
一瞬、誰なのかわからなかった。その姿は神秘的で、この世のモノとは思えない。
優雅で、大胆で、けれど繊細で、まるで神様みたいだと思ってしまう。
「……ちゃんとできるじゃん」
ようやく出てきた一言はそれだけ。でも、案外その方が良いかもしれない。アイツは、今の一夏君や箒ちゃんみたいに目を輝かせて褒められると逆に精神的にダメージ食らいそうだし。恥ずかしくてだから、すぐに復活するだろうけど。
「…………でも、これ……大丈夫かなぁ」
観客も当然、茫然としているわけで……あの篠ノ之束が、だからなぁ……むしろ本人だと気づかれていない可能性もある。
神楽舞が終わって、喧騒が戻ってくると……案の定、あの綺麗な人は誰だったんだって話がちらほらと……どうやら、束はやり過ぎたらしい。誰もアレを束だと思っていない。まあ普段は目の下に隈が凄い上に、奇抜なファッションをしているし……ああ、顔の前にそういう記号で覚えられているのか。
……適当に色々出店で買って持って行ってやるか…………リンゴ飴とか。
そして祭りが終わって、僕らは束の部屋にいた。
案の定、観客の話し声を聞いた束はとても不機嫌でした。リンゴ飴を渡したけど、機嫌治らなかったし。
あと、ご褒美と称してひざまくらをせがまれた……男女、逆じゃね?
「これでいいの。これで……というかこれぐらいの役得がないとやってられないよー……ところで箒ちゃんたちは?」
「いま何時だと思ってるんだよ……もう眠っちゃったよ」
「そっか……ところで、ちーちゃんは?」
「あー……道場を使わしてもらおうと思って柳韻さんに事情を説明したら……あとは分かるな?」
「ちーちゃん、お父さんに怒られたんだね」
「そういうこと……軟弱者とか言われて、今地獄の修行しているんじゃないかな…………あと数日はかえって来ないと思う」
「ちょっと待って。数日ってどういうことだい!?」
「ああ、山籠もり的な? 悟りでも開こうとしているんじゃないかと……」
「まってちーちゃんが遠くにいっちゃうッ」
「僕も止めようとしたんだけど、ダメだった。というかこの期に及んで織斑が一夏君に添い寝しようとして……」
「…………ちーちゃん」
僕も絶句しましたよ、ええ。というか一夏君が鈍感になったのは君のせいじゃないのかね織斑クン。
彼女はこの修行で強い精神を身に着けてほしいものだ。
「ところで、一つ聞きたいんだけど……」
「……あの束さん、なんでそんな怖い笑顔なんでしょうか?」
「ねえ、あの爆乳はいったい誰?」
「……えっと、もしかして真耶ちゃんのこと?」
佐々木先生と一緒に来ていて、挨拶したらそのまま打ち上げまで一緒に参加してたけど……今頃酔いつぶれて眠っているかも。真耶ちゃんも苦労していたけど……大丈夫だろうか?
まあ僕は目の前のお怒りのお姫様をなだめないといけないから、そっちには行けないんだけどね。
「だから、佐々木先生の親戚の子で織斑を慕っている……」
「簡潔に英との関係が聞きたいんだけど?」
「し、知り合い以上友達未満です!」
「本当に?」
「本当です!」
「……ならいいや。今日はこのまま眠るから起こさないでね」
「え、それは厳しい……いや眠るの早いよッ」
……どうしよう、さすがにこれはマズイ。色々な意味で。
どうする? どうする……ポケットから選択肢を書いたカードを取り出せるわけじゃないし、ゆっくりと……いかん、それはそれで怒られるし後で何を言われるかわかったもんじゃない。
と、そこでドアが開いて束の母親がやってくる。
「えっと、なんで笑顔なんでしょうか?」
「うふふー……ハイこれ、夜は寝苦しいと思って薄いの用意したから」
「……薄い、掛布団?」
「頑張ってねー。あと、私のことはお義母さんでいいからねー」
「ちょっ、色々マズっ…………間違いなく束の母親だよ」
色々な意味で最強だろあの人。
結局、僕は一睡もできずに夜を明かした。
そんな夏の終わりが近づいたある一日の出来事だった。
というわけで、うちの千冬さんはライトノベル愛読者。実は前からそれっぽい言動はしていた。
それ以上に問題な部分も出たので、この修行で真人間に戻ってくれることを祈ります。
むしろ問題はあの二人。信じられるか? これであの二人付き合っていないんだぜ。
作者もここまでやっていいのか悩んでいる。たぶん、これが限界ギリギリですけど。