夏。それは忌むべき季節。陽射しが僕の体を焼き焦がす。ああ、力が、力が抜けていくようだ。
「……うぼぁ」
「だ、大丈夫なの英?」
「…………日光って、なんであんなに皮膚を削るんだろう」
「いやそれ錯覚だと思うよ」
今年は例年以上にキツイ。というか、ここ数年でだんだんと気象がおかしくなっているような気もするんだが……これが温暖化か? それにしては妙な気もするけど……
本日は夏休みに入ってどこかに出かけようということで束とちびっこズで遊園地に行こうという話になったのだが……正直つらい。
「大丈夫なの本当に……っていうか、体強いのになんで日光はダメなんだよ」
「さぁ……遺伝じゃないかな。母さんも弱かったし」
まあ体自体弱かったってのもあるけど。
そういえば母さんはなんで体が弱かったんだろうか? 生まれつきってのは知っているけど……詳しい理由は何だっけか。
「まあ、今じゃ知ることもできないか……」
「英、さっきからどうしたの?」
「何でもない」
今は考えても意味ないし、別にいいか。
とりあえずちびっこズを迎えに行くとしよう。今は箒ちゃんの準備が終わるのを待っている。その後、織斑家に行って残りのちびっこズを迎えに行く。
「まさか、また預かることになるとは束さん思わなかったよ」
「今度は一人追加だぞ……束に感性が似ているらしいから問題はないと思うけど」
「いや、そう簡単に言うけどね……束さん子供の相手得意ってわけじゃないし自分で言うのもなんだけど束さんみたいな感性の人がそうそういるわけないでしょ」
◇◇◇◇◇
「いたよ束さんみたいな感性……っていうか服のセンスの人」
「だろ」
箒ちゃんも準備が終わり、一緒に織斑家に来たけど……そこにいたのは一夏君と簪ちゃん、あと簪ちゃんの友達の本音ちゃんだった。そしてその本音ちゃんというのが束みたいな私服のセンスをしているのである。具体的に言うなら、世界一有名な電気ネズミの着ぐるみ的な。
「パジャマならわかるけどそれ着るんすか……楯無さん」
「言っただろ? 篠ノ之博士みたいな感性してるって」
いや言ってましたけど……ちなみに、楯無さんは例のごとく簪ちゃんたちを預けた後仕事に向かった。何でも実家の方で慌ただしい事態になったとかで、簪ちゃんたちを巻き込みたくないからと僕たちに預けに来たのだ。
……簪ちゃんの上のお姉さんとやらは大丈夫なのだろうか? たぶん僕らと同い年ぐらいだと思うけど。
「それじゃあ、遊園地に……どうしたんだ?」
「いや、箒ちゃんが何だか怖くて」
束が僕の服の裾をつかんでいるから、何事かと尋ねると帰ってきたのはそんな返答だった。
怖いって、シスコンの束が箒ちゃんに対してそう言うなんてよっぽどだと思うけど……いや、確かに怖いな。簪ちゃんと本音ちゃんをものすごい目で睨んでいる。簪ちゃんはおびえて一夏君の後ろに隠れるし、本音ちゃんは……スゲェ、物怖じしていないどころかニコニコ笑って箒ちゃんに握手を求めている。
殺気が出ているぐらいの表情をしていた箒ちゃんだったが、流石に毒気が抜かれてもとに戻った。
「……これからあの子のこと師匠って呼ぼうかな」
「やめなさい」
とりあえず束たちにはタクシーに乗ってもらい、僕は先に展開しておいたローズアタッカーで遊園地に向かうことになった。
チケットは事前に手に入れていたから良いけど……やっぱ夏休みだと混むなぁ…………
そこそこ時間はかかるけど、問題なく遊園地にたどり着いた。
「しっかし凄い混みようだなぁ……」
◇◇◇◇◇
箒は不機嫌だった。せっかく一夏と一緒に遊園地に行けるというのに知らない女の子が二人も一緒なんて聞いていない。姉とその友達の英は保護者として一緒に来ているのはいいが……
だから気弱そうな女の子をにらみつけるのは仕方のないことだ。まだ精神的に幼い箒はさも当然のように簪と本音をにらみつけた。
「……ッ!?」
なんで一夏の後ろに隠れるんだ。それが余計に箒を苛立たせた。そこは私の場所だ。誰にも渡さない。そんな、黒い感情が湧きでてくる。
思わず、とびかかってしまおうかと思ったとき……着ぐるみの様な変わった格好をした女の子――布仏本音が前に出てきた。
「こんにちわ~」
「……は?」
何にも気にした様子もなく、本音は箒に話しかける。
一瞬あっけにとられて箒はその殺気を霧散させてしまった。
そして手を差し出されているのだが……これは握手か? そう思って箒も手を差し出すと握り返されて握手をすることとなる。
「よろしくね~もっぴー」
「誰がもっぴーだ!?」
その後、抗議をした結果あだ名はしののんになった。あだ名は断固として譲れないらしいが……そんな一幕で箒の毒気はすっかり抜かれてしまったのだった。
「……更識、簪」
「篠ノ之箒だ」
何とか眼鏡の少女との自己紹介は済んだ。ちなみに後ろでは一夏と本音が自己紹介しているが、普通に仲良くなっていた。だが、本音の放つ空気が箒の心のささくれを和らげてくれるので怒りは不思議と湧いてこなかった。その影響もあって、簪とも自己紹介できているのである。
「じゃあお前ら最初は何に乗りたいんだ?」
「……ヒーローショー」
「簪ちゃん、今日はやってないんだけど」
「……残念」
安定の簪であった。
「じゃあさアレ乗ろうぜ!」
「……いっくん、君はチャレンジャーだね」
一夏の指さしたのはギネスには届かないが国内でも有数の高低差を誇るジェットコースター。
英と束の顔が青ざめた。いや、箒と簪も同様だった。
「い、一夏!? ま、まずはメリーゴーランドなどでお茶を濁してだな……」
「……(コクコク)」
「えー」
「ショートケーキのイチゴは最後に食べるだろ? だから楽しみは後に」
「俺最初に食べる派なんだけど」
「私も~」
「ほ、本音!? 裏切るの、私を裏切るの!?」
「坊やだからさー」
「本音ぇぇぇぇ!?」
子供たちがそんな漫才染みたやり取りをしているとき、保護者である二人はというと。
「……なあ、束はジェットコースター平気か?」
「いやぁ……無理」
「同じく」
「あんなに激しい運動しておいて何言っているんだよ」
「いや関係ないって。体が自由に動かせない上に中身が飛び出しちゃうような動きをするんだぞ。お前こそ自分で飛んだりもしてんだから平気だろ」
「いやいやいやいや、それとこれとは違うんだよ。アレは自分で飛ぶのだから良いんであって、体の自由がきかない状態でってのはやっぱり怖いよ」
微妙に怪しい会話をしながら二人はジェットコースターの怖さを語り合う。それには理由があり、二人はそれを回避するためにこうやって押し付けてあっているのだ。
「いいから束乗って来いよ、僕は待っているから」
「あははー英は何を言っているのカナ? 束さんちょっとみんなの飲物とか買ってくるからのってなよー」
「……」
「……」
ガシッとお互いの胸ぐらをつかみあい、どちらが乗るかを押し付けあう。ここに醜い争いが勃発した。
「早く行こうぜー二人ともー! 子供二人につき保護者一人乗ってくれってさー」
「……仕方がないな」
「そうだね……今のうちに辞世の句を考えておくよ」
まるで断頭台に上がる死刑囚のような顔で二人は列に並ぶ。
ちなみに、最後まで無事だったのは一夏と本音の二人である。箒と簪は顔が青ざめていた。
そしてバカ二人は……世の中には言わない方が良いこともあるのだ。
その後、少し休憩することにして束と英は木陰に入った。
「……もうジェットコースターには二度とのらない」
「束さんも……」
「なんかごめん……」
「いや良いんだよ一夏君……ところで後の三人は?」
「向こうで飲み物買ってきてる」
「助かる……それにしても今日は暑いなぁ…………陽射しもキツイし」
「そういえばさ、英のにーちゃん……前から聞きたかったんだけどさ、なんでにーちゃんは仮面ライダーになったんだ?」
このタイミングでそれを聞いたのは、僕たち以外に聞いている人がいないからか。あまり人は多くない場所で休憩しているし。あとは事情を知らない箒ちゃんと本音ちゃんもいないからかと、あたりをつけて英はどうこたえるか考える。あたりさわりのない言葉か、それとも……
「……特に理由はないかな」
「え?」
「別に誰かを守りたいとか、自分のために戦うとかじゃなくてさ……体が勝手に動いていたんだよ」
目の前で誰かが傷つく。誰かのなく声が聞こえた。そんなことが嫌だったから剣を取った。
助けられなかった人がいた。託してくれた人がいた。だから前に進めた。
助けたい人ができた。好きな人ができた。だから覚悟を決められた。
「仮面ライダーになるとか、ヒーローになるとかに理由はいらないんだよ。ただ……それは誰かが僕のことをそう呼ぶだけなんだから」
「なんか、よくわかんねー」
「いつか分かる日が来るよ。大変なことだし、辛いことだけど……一夏君ならきっとね」
「……ああ」
今はまだ、子供でいるべきなんだろう。いつかは大人になって、向き合わないといけない日が来る。束も詳しくは聞いたことのない、織斑家の何か。
一夏君はいつの日かそれと向き合う時が来る。何年先かはわからないけど、今はまだ子供でいて好きなこと、楽しいことをやるべきだってのは間違いじゃないと思うんだ。
英は、未来に期待しつつも今はまだ釘をさしておくかと口を開く。
「だからさ、自分も仮面ライダーになりたいとか言い出すなよ?」
「うっ……ばれてたのか」
「バレバレだっつの。どうせ千冬を守りたいとかそんなところだろ。だったらそういうことは千冬に勝ってからにしろ」
「いや無理ゲーだから!?」
「いいやできるさ。君はまだ気づいていないだけなんだから」
「……?」
「今はまだわからなくてもいい。たぶん最後の切り札だろうし……」
本当に最後の切り札なのだ。一度限りしか使えないだろう手札だ。これを切る時は慎重にしてほしい。
「それじゃあお兄さんからアドバイスだ。状況を冷静に見れるように努力しろ。まずはそこからがスタートだ」
「……よくわかんないけど、わかった」
「ホントかなぁ……」
まあ、いつか分かる日が来るだろう。天然入っているけど、結構聡明なのだ。
そうこうしていると、箒ちゃんたちが帰ってきた。さて、次は何に乗ろうかと考えていると、束が英の裾をつかんでいる。
「どうした?」
「……まだ立てない」
「…………ええぇ」
結局、英が肩を貸して歩くことになり、周りからほほえましい目で見られたのが恥ずかしかったと英と束は思ったのだった。
子供はすぐに回復してはしゃぎまわるので座っているわけにもいかなかったのが、辛いと言えば辛い。
その後はコーヒーカップやゴーカートなどに乗り、食事を済ませて色々と見て回った。
時間は流れるように過ぎて行って気がついたら日が沈み始めている。
「じゃあ最後にアレ乗って帰るか」
「そうだねー束さん観覧車初めて」
「マジで?」
夕日に観覧車とはロマンチックかもしれない光景だが、今日ばかりは日曜日の親状態である。
「疲れたなぁ……チビ共寝てるし」
「あはは……お疲れ様」
「…………夏かぁ」
「夏だねぇ……今日は結構楽しかったよ」
「僕も久しぶりだったし、ちょっとはしゃぎ過ぎたかな……よく考えたら、僕らも大人とは言えないしね」
「……うん、でもそれを言い訳にはできないんだよね」
「ああ……」
二人は眠っている子供たちを見て、改めて思う。
すでに引き返せないところまで足を踏み入れている。
子供だからで済ませられることを捨てて前に進んだのだ、だからこそ後戻りなんてできないししたくない。
「……こんな、当たり前の日常が壊されるのは嫌だしね」
「うん。でも…………」
「分かってる。箒ちゃん、いや篠ノ之家のことだろ?」
「……心苦しいかなぁなんて」
「仕方のないことなんて言えないし、辛いことだよ。でも、必要なことでもある」
「うん……時期を見てお父さんたちには話そうと思う」
「箒ちゃんには?」
「……しばらくは内緒かな」
「そうか……ごめんな」
「ううん。これは束さんだけの責任だから。いくら英でもこれを背負わせるのは嫌だよ」
「そっか、なら頑張れよ」
「分かってる。たとえ、箒ちゃんに嫌われても……私は箒ちゃんを守りたいんだ」
それは、白騎士事件を起こした時から覚悟はしていたことだった。むしろ、すぐにそれが訪れなかった明けでも良かったんだ。
束は涙をこらえて自分の妹を見つめる。
「……来年にみんなには重要人物保護プログラムを受けてもらう…………そう、決めたんだから」
それは、もはや避けようのない運命だった。
と言うわけで、未来への布石達。
ちびっこズの話をやると言ったのは本当だぞ。
視点が違うだけ。
今回の話でいくつものちの話へつながるものが出ています。
60話という話数だからこそ、ある種の区切りもつけたかった。