ちょっと実験回。
僕が胃袋に絶大なダメージを受けてから数時間後。会場の盛り上がりも一旦収まっているが、スリとか色々と細かいトラブルは多いらしい。
まあインベス関連で何も起こっていないからいいんだけど……そろそろ日も落ち始めて僕らはいつもの海岸に集合していた。僕と、束と……母さんである。百花さんや信二はそれぞれ仕事とかあるからこの場にはいないけど……たぶん空気を読んでくれたんだろう。
…………母が現世にとどまっていられるのは今日一日のみ。ならば……
「英、胃は大丈夫?」
「いやあんたが聞くなよ!?」
「落ち着いて英。真面目な話にできなくなるよ」
「……すーはー――よし、落ち着いた」
「本当に大丈夫かしら……思い出すわねぇ――あのおねし「だからなんで真面目な空気にさせてくれないんですかねぇ!?」あらあらぁ」
「落ち着いて! 実の母親だから! 死んでいる人だから!!」
「まったくもう――あ、束ちゃん……初孫、期待しているわね」
「うみゃぁあああああああ!?」
「ちょ、束!? 叩くな引っ掻くな!!」
その後もいくら軌道修正しようとしても母さんはのらりくらりと躱してしまう。さあ、僕の胃はいつまで持つのだろうか……
◇◇◇◇◇
一方、この男――中沢信二はというと……
「……ハァ」
「そう落ち込まない……彼女が鈍感なのは今に始まったことじゃない」
「だけどなぁ……普通さぁ、付き合ってくださいって言ったらさぁ、そういうことってわかるよなぁ」
「でも、それでも気づかないのがあの家族のクオリティ」
「……そうなんだよ。いや、傍から見ると気づけるようになるかも……少なくとも弟の方は将来のスルーがなくなったかもしれないと思えば」
「…………2割の確率かな」
「シビアぁ」
スレイプニルに帰還するためにグラニが降りてくるのをフロンと待っていたのであった。途中、食糧などを買出しておったため、随分と遅くなってしまったが。
そして、信二は意中の人に次ぎ合えるのがいつか分からないこともあって告白していたのだが……見事にスルーされた。
「大体、あの人のどこがいいの? 正直……趣味は」
「ああうん、知っているよ……でもさ、人を好きになるってそういうことじゃないだろ」
「……私にはまだよくわからない」
「そうだな……それはこれからゆっくり知っていけばいいよ。フロンはまだいっぱいいろんなことを見て、頭で考えて蓄えていく時間なんだ。俺たちはもうそういう時間じゃなくてさ、溜めたものをどう使っていくかってことだから」
「……なら、楽しみにしておく」
「ははは……そうだな」
「あと、もっと直接好きですって言った方が効果的。鈴ちゃんにも同じこと言ったけど。ああいう鈍感にはその方が効果的だよ」
「……フロン、的確に心えぐらないでよ」
「でも私の言う方法しかないと思う」
「そうなんだけどさぁ……なんか直接言ったらパニック起こされそうで」
「……そういえば、あの人は乙女だった…………いろんな意味で」
「確かにいろんな意味でだよなぁ……そういえばさ、俺の好きな人を知っているのって……どのくらいいる?」
「本人とその家族、あと英お兄ちゃんと束ちゃん」
「……他の全員には知られていると」
「あと、ジョニーも気づいていないかも」
「…………俺ってわかりやすいのかな」
「大分」
彼女の隣を歩けるぐらいには強くなったつもりだが――こういう方面の恥ずかしさはまだ修行が必要かなぁなんて思う信二であった。
十数分後、グラニが降りてきたことで彼らは一時的にスレイプニルへと帰還する。フロンは翌日の射撃戦は観戦しないがカレーを作り終えたらまた降りてくる予定。信二はその後の動向次第だ。
◇◇◇◇◇
レース競技を終えて、織斑家。一時的に保護者役であるはずの英と束は現在海にいるため、一夏と鈴が二人きりである。
一夏に好意を持っており、恥ずかしがりやな面を持つ鈴がこの状況でパニックにならないわけがなく――現在ものすごく頭の中が大混乱していた。
(キャアー!? 一夏と、一夏と二人っきり!? ど、どうしよう――えっと、別に変じゃないよね? 服装とか、下着――いやいやいやいや!? それは無いそれは無い。でも、もしかしたら――うきゃー!?)
訂正。耳年増が暴走していた。
「鈴ー、夕飯出来たから運んでくれー」
「は、はーい……あら? 英さんと束さんの分はイイとして……なんでもう一人分?」
フロンは帰ったのではなかったのか? スレイプニル在住と聞いたときはびっくりしたが……一夏狙いではないと安心したため、結構友好的になった鈴。ガールズトークでもできるのかなぁなんて思ったんだけど……一夏から聞かされたのは驚きの一言だ。
「いや、英さんのお母さん」
「……ねえ、インターネットで見たんだけど……英さんって天涯孤独じゃ」
「なんか…………生き返った? ほら、七つの球を集めると願いをかなえてくれる漫画みたいな感じでさ、一日だけこっちに来れるって言ってた」
「――――いやいやいやいや、そんな冗談に騙されたりはしないから」
「いや…………冗談じゃないんだよマジで」
「え――いやいや、そんなわけ――――「ところがどっこい、事実なんです」――――うわぁああああ!?」
「えへへーこの子も可愛いわねー」
「……スマン、一夏君…………母さんを止められなくて」
「もうどうしたらいいのか束さんわかんなーい」
「あはは……鈴、大丈夫か?」
「――――」
「あ」
それは一生もののトラウマになるかもしれないだろう。しかも好きな人の前でそれを見られるというのはかなりキツイ。鈴は、驚きのあまりに――
しばらくお待ちください。
――彼女の尊厳的にもその場であったこと忘れた方が良い上に、掃除をするなら男より女がしたほうが良かったのだが……織斑家の主夫、一夏にそんな理屈は通用しなかった。キッチリ自分が掃除して、さらに着替えをしっかり準備するいたれるつくせりっぷりだった。
「うう……もうお嫁にいけない」
「大げさな……」
「どこがおおげさよ!! 責任取りなさいよ!!」
「? 俺に取れるなら良いぜ」
「え!? げ、言質! 言質取ったからね!!」
「お、おう」
鈍感故に気づいていないが、鈴が喜んでいるならいいかーなんて軽い考えで承諾した一夏。
「いいのかなぁ……束、大丈夫か?」
「あー……箒ちゃんには黙っておこう」
「ちょっとやり過ぎちゃったかしら……」
「確実にやり過ぎだよ。っていうか、なんでいきなり驚かすんだよ」
「うーん……その場のノリ?」
「ふ、ふざけんなぁあああ!!」
こちらの会話も聞いていたのか、鈴はどこからかハリセンを取り出してアリサの頭をスパコーンといい音を立ててはたく。さすがに効いたのか目から星が出るエフェクト付きで。
「あいた!? なにこれ!?」
「束さん特製のハリセンです。本人のツッコミのレベルに合わせて追加効果が発生するんだぜ!」
「……また変な物作って――あ、ごめんコレ僕が何年か前に書いたアイデアノートの奴だ」
「英!? そんな、お母さんはそんな子に育てた覚えはないわよ!!」
「…………そもそもさ、母さんに何か教わった記憶があまりないんだけど」
「――――やべ」
「おいこら」
その後、一夏君の料理の腕に慄きつつ夕食をいただきました。
しかし……母さんはいったい何がしたいんだか…………
◇◇◇◇◇
深夜が近づいてきたそんな時間である。
織斑千冬は暮桜のチェックをしていた。自分の相棒だからこそ、自分で点検したいのだ――もっとも、精密作業とか苦手だからもっぱら真耶が作業しているのだが。
「せんぱーい……これやっぱり後で倉持か仙道のスタッフに頼んで洗浄した方がいいですよー」
「やはりな……はぁ、仕方がない。仙道に頼むと倉持に悪いし、篝火あたりに連絡しておいてくれ」
「わかりましたー……あ、篝火先輩? 夜分遅くにすいません」
『まったくだよ……何時だと――いや、言うな。大体わかった。暮桜のことだろ』
「話が速くて助かります。水中に潜ったときの影響で洗浄の必要があるみたいで」
『明日スタッフをすぐに向かわせるから、とりあえずエネルギーを抜いておいてくれ。洗浄中は危険だからな』
「わかりました。あ、織斑先輩に変わります?」
『……そうだな、一つ言いたいことがあるし変わってくれ』
「はーい……先輩、どうぞ」
「私に話したいこととは珍しいな――どうした?」
『ああ、ちょっとな……コアナンバー001について聞きたいことがあるんだ』
「――ッ……何が知りたいんだ?」
『大したことじゃないんだが……こいつを最後に動かしたのって誰だ?』
千冬はその質問を理解できなかった。最後に動かしたのは? もちろん自分、と言いたいが……束が動かした可能性もあるし……
「すまない……私には答えられない」
『それは、言えないことか? それとも知らないという意味か?』
「後者だ」
『……そっか、それじゃあいいや』
「…………なぜそんなことを聞いた?」
『いやさ、ちょっとコアが反応した気がして…………まあ調べたけど特にログは無かったし、ちゃんと初期化もされているんだけど……よくわかんないんだよ』
「疲れているんじゃないか?」
『かもしれないなぁ……まあいいや。明後日の格闘戦はがんばれよー』
「ふっ……私を誰だと思っている」
『それもそうか……騎士様、優勝してくさいねー』
そのまま、通話は切れた。
「……やはり、知っているか…………いや、よく考えれば普通にたどり着くか」
「どうしたんですか先輩?」
「…………真耶、白騎士は誰だったかわかるか?」
「先輩も知らないなら私にわかるわけないじゃないですかー」
「あーうん。お前はそういう奴だよな」
大丈夫かこの後輩? と、千冬は心配になった。
……あ、一つこいつに聞くこと忘れていたわ。
「真耶、私の衣装はどこにある?」
「百花さんが持ってます」
「――――も、百花ぁあああああああああ!?」
哀れにも、千冬の自称一張羅は人質となったのです。
◇◇◇◇◇
もうすぐ日付が変わる。僕らは、外に出ていて――母さんとの再びの別れの時間がやってきていた。
「……」
「懐かしいわねー……この町も色々変わったけど、住みやすくて、暖かくて…………あの人と出会ったころを思い出すわ」
「なあ……母さんはさ、後悔してない?」
「後悔なんてたくさんしたわよ……それは英も同じでしょう?」
「ああ……」
「束さん、この子……無茶はするし、一人だと危なっかしいから――ちゃんと支えてあげてくださいね」
「……わかってます」
「英」
……なんていえばいいのかわからない。目は熱くてしかぼやけるし……本当、どうしたらいいのかわからない。
思えば、母さんが好き勝手やっていたのはこういう風にしんみりした空気が嫌いだからなんだと思う。悲しい顔するより、笑っていた方が良いから。だから、普段の天然さが5割増しぐらいだった。
「……いっぱい、言いたいことがあったよ」
「ええ……私も伝えきれないことがたくさんあったわ」
「本当色々あったんだ。初めて変身したこと」
「最初はわけがわからずに驚いていたわねー」
「やっぱ見てたか……花蓮さんとのことがあったから、僕は覚悟を決められた」
「……あの子も本当不器用なのよね…………英、花蓮ちゃん美人だから、初恋でもしちゃった?」
「さぁ……よくわかんないや…………で、マルス」
「兄さんもバカやりすぎよ……まあ――――」
言葉が途切れた。おそらくは口に出せないようにプロテクトがかかっているんだろうけど。
「――ああもう、これも言えないのか……」
「いいよ。いつか自分で調べてやる。それでフレッシュアームズも出てきたっけ」
「ああ……」
「母さん?」
「な、なんでもないわよ!?」
「そう……それで、花村さんがいたから僕らは今ここにいる」
「他にも、たくさんの人があなたたちを支えてきたわ……それがわかっているなら、もう母さんの手助けはいらないわね」
「……それでもさ、やっぱり寂しいよ」
「もう泣かないの。男の子でしょう」
「…………男だって、泣きたい時ぐらいあるさ。だからさ……母さん」
「なーに?」
「今まで――ありがとう」
「こっちこそ……英、生まれてきてくれてありがとう…………もうこっちには来れないだろうけど、見守っているからね」
――ふっと、風に紛れるように母さんの姿は見えなくなった…………
「ああ、帰ったのか」
「……英、戻ろう」
「うん」
束が僕の背中を押して、僕たちは帰路につく。
こうして、僕と母の再びの邂逅はその幕を閉じた――――かのように思えた。
織斑家で、一夏君と鈴ちゃんが寝ている光景をほほえましく思いながら――僕らはその物体を発見した。
「……これ、ラップで包まれたこれは?」
「英、手紙があるよ……『英、最後に母さん特製のオムライスを置いていきますね。好きだったでしょ、オムライス』…………ねえ、なんでオムライスなのに白と黒のストライプなの?」
「母さん、昔から料理下手だったからなぁ…………っていうか家事は基本僕がやっていたような?」
「ど、どんな味なんだろう――ぴぎゃ」
「束ぇぇぇ!?」
結局、最後にこんなオチをつけてくれるあたり、母さんはやっぱシリアスとは別の方向性の生き物なんだと思い知りました。
胃にダメージが溜まるなぁ……
確実に100話を余裕で超す。
というわけで英の母、アリサさんはおかえりになりました。
時間軸順に視点が動いたので分かり難かったかもしれませんが、ちょっとした実験回です。
あとやっぱシリアスに終わってくれませんでした。