超常世界   作:虚無の魔術師

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やっぱり書きたくなったんです。許してください(言い訳)


プロローグ

突然だが、この世界の人類は『超常』を有している。

 

始まりは数百年前。発光する赤子が産まれたというニュースを期に、同じ例が報告され出した。最初は数人程度の異能を有した者達は多くなり、次第に全人類の殆どが超常たる異能を有する結果となった。

 

 

多くの問題の果てに人々の超常が『個性』として認知されてから少し経ち、新たな問題に直面した。人々の中で『個性』を使った犯罪を行う者が現れ出した。後の時代にまで語り継がれる個性を使用する犯罪者の呼び名は、『(ヴィラン)』である。

 

そして、そんな『敵』に対抗する者達も、当然現れる。人々を守るため、正義のために戦う彼等は、ヒーローと呼ばれてきた。

 

平和に近付いた世界で、ヒーローは社会に受け入れられ、一つの職業として、世界の中心に在り続けている。

 

 

────これが、正史と合致している『この世界』の話である。これから語られるのは、本来ヒーローを目指す者達の物語でもあり、全く別の物語でもある。

 

 

ある分岐により、正史から乖離した────超常の世界の物語だ。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

時代も分からぬ、とある街。

星の光すら消えた夜中の街並みに、似合わない程の赤が生じていた。

 

炎が、とある建物から生じていたのだ。周囲は悉く破壊され、まるで災害でも起きたような惨劇が周囲に広がっている。

 

なのに、一帯は静寂に包まれていた。

怪獣でも暴れたような被害の中、喧騒すらなく、その異変に気付いている者はいない。誰一人として。

 

 

それは、当然の帰結だった。

何故なら燃え盛っているはずの炎は、破壊されているはずの建物は、世界全てが静止していたからだ。街に住み着く人全てが、沈黙のまま硬直していた。

 

 

誰もが、呼吸すらしていない。そんな中、炎に包まれた建物の残骸に寄り添った人の形が、静かに動いていた。

 

 

「…………いやはや、油断した」

 

 

近くの壁に、背中を預けていたのは男性だった。黒いスーツを着込み、紳士的な衣装に身を包んだ男の姿はボロボロで、見るも無残なものである。

 

しかし、彼が普通だとは誰がどう見ても思えないだろう。理由はその顔。男が漏らした言葉を紡ぐ口以外が存在しない、のっぺらぼうのような顔が、それを証明していた。

 

男は口元から血を吐き出し、笑う。喉から溢れ落ちた笑い声には、自嘲のようなものが備わっていた。達観、諦めを有した笑みを浮かべていた男は───ふと顔を上げた。

 

 

 

上空に、影がいた。

青年のような風貌の、ナニかが空中に立っていた。黒い外套に顔から下を包み込んだ、謎の人物が静かに踏み込んだ。

 

カン、カン、と空間を歩く青年。まるで階段を下りるような、ゆっくりな歩みで青年が地上に辿り着く。顔を持たぬ男の前に降り立った青年は、沈黙と共に男を見下ろしていた。

 

 

自身の前に立つ存在を、鼻も目も持たず、己に宿る感覚によって男は捉えていた。そして、すぐに楽しそうに口を開いた。

 

 

「まさか、僕の方から仕留めに来るとはね。志村の後継よりも、僕の方が恐ろしかったかい?…………随分と、臆病じゃあないか」

 

「────不遜」

 

 

青年が低い声で呟いた瞬間、何か弾けるような音と同時に、辺りに赤が飛び散った。僅かに呻き声を漏らす男の半身が、片腕と肩を含めた部分が消え去っている。それらを構成したものは全て血へと変わり果て、壁や地面に散らされてしまったのだ。

 

青年は静かに男を見下ろし、冷徹な声で告げた。

 

 

「言葉を選べ、人間。我はただ、逃げ足の早いモノを潰したに過ぎん。貴様のようなモノは闇に溶け込み、息を殺す害虫に相違はない。逃がしてしまえば、手を煩わせるだけだ」

 

 

御託は結構、と青年が切り捨てる。男へ差し向けた青年の腕が一瞬だけ膨張し、すぐに元に戻る。人間的な腕の掌には、穴のような赤い光が生じていた。

 

 

 

「貴様が与えられた力、今返して貰う」

 

「────黙れ、あれはお前のものではない。あの人が、僕達に与えた祝福だ」

 

「同じだ。貴様が何と思おうが、アレは元々人に過ぎたもの。貴様を魔王足らしめていたのもこの力があったからこそだ。それさえなければ、貴様もただの卑怯な人間でしかない」

 

 

低い声で唸る男を無視し、青年は掌を顔へと押し当てた。掌から吸い上げるように、男から何かを奪おうと力を込める。ズズズ、と赤い光が青年の腕に走り、変化を示していた。

 

だが、その変化を前に、青年は露骨に眉を動かしただけだった。

 

 

「………………?」

 

「フ、フフフ………ッ!やはり、甲斐があったねぇ………その顔が見れるだけで、お前を嵌めただけでも、僕は満足したよ……!」

 

「────何をした」

 

 

愉快そうに笑う声に、不快そうに青年は嫌悪を示した。その動作が、世界にも伝わっていく。ギギギギギギッ、と世界自体が摩擦を起こしているかのように、歪み出す。

 

捻れていく世界を感じ取りながら、男はしてやったりという笑みを浮かべる。口だけを歪め、彼は純粋な悪意を乗せた挑発を浮かべ、目の前の青年を嘲り笑った。

 

 

「僕の個性は、既にこの身体にはない。別の場所に保管しているんだ。どうせ、今のお前には見つけられない」

 

「────貴様の完成体(マスターピース)か、余計なことを」

 

「当然。お前に好き勝手やられたんだ。僕だって少しは考えたりはするよ」

 

 

青年の片腕が、虚空を掴んだ。まるで汚れた手を壁に塗りつけるように、ねっとりと押し付けた掌は、確かに何かを捉えていた。

 

そして、腕を振るった青年の掌には、黒刀が握られている。キィィィ─────と高音で震え続ける漆黒の刀身。人が造れる形状でありながら、職人であれば間違いなく感じ取れる違和感を有したその武器を軽く手に取り、青年が男を見下ろす。

 

 

「………ここで殺すが、異論はないな?」

 

「ハッ───異論有りでも殺すだろうに」

 

「愚問だな。人間如きの意見に応えると思うか」

 

 

まるで処刑人のように、刃を振り上げる青年。彼がすぐにでも男の生命を奪わなかったのは、彼が言い残そうとする言葉を、遺言を赦したからに過ぎない。

 

 

「最後に、一つだけ教えとくよ」

 

「…………」

 

「志村菜奈、お前が殺した女の弟子。早めに始末しとくことをオススメするね。いずれはソイツが、お前を倒すかもしれないから」

 

 

その証拠に、男の言葉を聞いた直後に刃が叩き下ろされた。無音による衝撃。黒服の男は、その一撃を受け、世界から消失したのだ。

 

その軌跡は、残痕は最早残されていない。彼以外に、それを理解する者は未だにいない。

 

 

 

「────くだらん」

 

 

男のいた場所を睨んだ青年は、不機嫌そうに吐き捨て───姿を消した。それによって、静止したはずの世界に音が戻っていき、破壊による轟音が勢いよく周囲に響き渡った。

 

 

世界の一部から知らぬ話であったが、その日 日本という国を支配しようとしていた魔王の死が、闇社会全体へと広がっていった。善悪含め、多くの混乱に包まれる世界は、本来とは違う、別の未来を進んでいくことになるとは────誰一人として、分からない話だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

そして、時が過ぎて────現在。

徐々に発展していった世界は、敵とは違う別の脅威が日常と隣合わせであった。

 

 

『────ニュースです。先程、○○市にて魔獣領域の発生が確認されました。脅威度はレベル3。規定範囲内には立ち寄らず、迅速な避難をお願いします。繰り返します───』

 

 

アラートが鳴り響き、近くの街で避難活動が行われていた。複数人の特殊な服装の者達───ヒーローが主体となり、近くの人々の避難を進めていた。

 

しかし、避難する側の人々は呑気なもので、激しい音が響く街を見て、其々の声を漏らしている。

 

 

「また魔獣領域?最近多いよねー」

 

「何処で起きたの?駅?」

 

「駅のホームだってさ。ついさっき魔獣が何体か出たらしいよ。今、ヒーローが討伐中なんだって」

 

「はい、はい!レベル3の魔獣領域で………電車が止まってしまい────復旧も分からないらしくて」

 

 

まるで観戦するような雰囲気には、避難を促す警報とは違い、緊張感というものがない。それも当然、この現象は人々にとって当たり前のものとなりかけていたのだから。

 

 

数年前。

ある日を境に、原因不明の怪物が街に現れ、人々を襲い始めた。世界全国にも同じ事例が確認され、調査の結果、正体不明の怪物は────『魔獣』と呼称されるようになった。

 

 

現時点で分かっているのは、大半の情報であり、完全に正しいかも分かってはいない。

 

一つ、魔獣は自然発生する特殊な空間 魔獣領域によって産まれる。

 

二つ、魔獣領域はコアとされる結晶が存在し、それを破壊する、もしくは魔獣領域の核になる個体を撃破することで消滅させることが出来る。

 

三つ、魔獣領域は基本的に発生が遅く、複数のステージを経て完全に形となる。コアとなる結晶が小さい間は比較的に安全だが、コアの大きさが一定数を越えると、微少ながらも魔獣領域を発生させる。

 

四つ、魔獣が人を襲う理由は不明。魔獣がどの生物も襲うことは確認されているが、あくまでも殺すためである。唯一の例外として、魔獣は人間を優先的に狙い、捕食を行う。

 

 

人類を襲う脅威として恐れられている魔獣だが、人々はいつの間にか魔獣への恐怖を失っていった。ヒーローに守れてきたことで、彼等にとって魔獣達の襲撃はただの刺激的な出来事の一つでしかない。

 

 

「────すみません!今、誰戦ってます!?」

 

「おっ、見に来たんか!兄ちゃん!まだ大物は出とらんから安心し─────お?来たか!」

 

 

乗り出すように前に出た縮れ毛の学生に、隣にいた変な髪型の男が軽く笑いながら声をかける。そうしていると、封鎖されていた一帯の一部、駅の天井が勢い吹き飛ばされた。

 

 

『────ギィィィイイイイイッ!!』

 

 

姿を現したのは、数メートルの体躯の怪物であった。どちらかというと虫のような、甲殻を纏った四足歩行の奇形。三本の尻尾を大きく振り回す生物は唸り声をあげるや否や、頭部を四方に開閉し、内蔵された口から絶叫を響かせる。

 

飛び散った瓦礫が周囲に落下するよりも先に、空中から伸びた樹木の枝が瓦礫を受け止めていく。樹木のような片腕を伸ばしたヒーローが、魔獣の前に立ち塞がった。

 

 

「傷害多数、多くの人に手を上げるとは─────まさしく邪悪の権化!」

 

 

「『シンリンカムイ』!人気急上昇中の若手実力派!それにあの魔獣は『トライセル』!甲殻の堅さと速さ、尻尾の先にある別々の毒が特徴的な魔獣!」

 

「一人で聞いて解説か!兄ちゃん────オタクだな!!?」

 

 

興奮したように早口で話し出す学生に、通りすがりのおじさんはハキハキとした声で応える。直後に落ち着いた学生の少年は慌てたように苦笑いをする。

 

 

魔獣に向き合うシンリンカムイの離れた場所にいたオペレーターらしき女性が耳元のインカムを使い、タブレットを片手に口を開く。

 

 

「先輩、アレ『トライセル』です。カテゴリー3の魔獣ですけど、何人も襲ってる様子から既にカテゴリー4に近付いています。……………気を付けてください」

 

「無論だ───これ以上市民の皆様に被害を出さぬよう、まずは動きを止める」

 

 

そんな風に会話を交わすシンリンカムイに向けて、トライセルが鋭利な尻尾の振り下ろした。三本の尻尾が自我を得たようにうねり、変則的な動きで暴れまわり、シンリンカムイは空中でそれを避けていく。

 

一瞬の隙をついたシンリンカムイは樹木と化した腕を一気に膨張させ、解き放つ。

 

 

「先制必縛────ウルシ鎖牢!」

 

 

無数の枝が指のように、トライセルを掴むように広がっていく。伸ばされた枝が触手のようにトライセルを捕縛しようとするが、トライセルはシンリンカムイよりも早い動きですり抜けた。

 

 

愕然するシンリンカムイに狙いを定め、口を開くトライセル。しかし、甲殻の魔獣が何かをし出すよりも先に、

 

 

 

「────キャニオンカノン!!」

 

 

突如現れた巨体が、トライセルを勢いよく蹴り飛ばした。至近距離からの不意打ちに対応しきれなかった魔獣はともかく、周囲にいた誰もがその存在に気付けなかった。誰もがどうして気付かなかったのかと、自問することになるだろう。

 

 

何故なら、魔獣を蹴り飛ばしたのは────数十メートルに匹敵する人間の女性だったからだ。プロレスラーにいるようなコスチュームを着こなした女性は振り返り際に、笑顔を浮かべながら周囲に向けて話し始めた。

 

 

「本日デビュー相成りました! Mt.レディです! 以後、お見シリおきを!」

 

 

女性の紹介後、人々からの歓声とマスコミの反応が大きくなる。マスコミ達や民衆に向けて手を振りながらスマイルを振り撒くMt.レディの後ろ─────自身の手柄を横取りされた、というよりも不甲斐ないという感じで項垂れるシンリンカムイと、彼の隣でMt.レディを見ていたオペレーターの女性が嘆息と共に謝罪を口にした。

 

 

「先輩、同級生が本当にすみません。見せ場を取るような真似をしてしまい」

 

「…………不甲斐ない……!もっと、精進せねば───!」

 

「先輩は立派ですよ。ただ運が悪かっただけです」

 

 

そんな風に呑気な空気に戻りかけたヒーロー達だったが、その空気を打ち破るように─────瀕死のトライセルが叩きつけられた建物から這い出てきた。

 

 

『ぎ、ィィィ─────ギギギギギギギギッ!!』

 

「え?何、まだ生きてんの?しゃーない、もう一発派手なの─────」

 

「ッ!待って!岳山!」

 

「おいコラァ!美濃!本名言うなっての!」

 

「…………アレは、まさか」

 

 

知り合い同士だったのか、本名で呼んだオペレーターの女性 美濃に憤慨するMt.レディだったが、彼女は気にせず、変化を露にした魔獣を見据えている。何が起きているのか、彼女はその変化を既に知っていた。

 

 

「─────あの魔獣、 今から進化するつもりです!」

 

 

コアを有する魔獣は領域内に発生する小型の魔獣とは明確な、決定的な違いを有している。それは強制的な進化。格段と、レベルが形態へと変わることが出来る。危険度を表現するカテゴリーも段階的に上昇し、プロヒーローでも苦戦する────最悪の場合、殺害を可能とする魔獣になる可能性すらある。

 

 

即座に動き出すヒーロー達の前で、トライセルの形が変容していく。魔獣領域のコアである結晶を融合していき、更に凶悪な魔獣へと進化しようとしたトライセルだったが、

 

 

 

 

────真上から発生した光が、トライセルの肉体を抉った。不意と共にコアを貫いた一撃は魔獣を仕留めるには十分なものであり、トライセルは粒子へと解けていき、消え去った。

 

混乱に包まれる市民達と、ヒーロー達。誰がした攻撃だか、ヒーロー達すらも把握していないらしい。そんな中、一際大きな声が響いてきた。

 

 

 

「────よぉー!危なかったみてぇだなぁ!ヒーローさんよ!」

 

 

声の主は近くの駅の上に立っていた。普通であれば一般人が立ち入れないような場所、よりによってヒーローによる規制で立ち入りできぬ場所にいるのは────コートを羽織り、堂々とした青年だった。

 

 

「な、何者だ貴様は!」

 

「誰って聞かれたら!答えねぇーのはプライドが許さねぇはな! ─────正義に与さず!悪を許さず!己の信念に突き進む最強のチーム 『EXE(エグゼ)』ッ!!そして俺は!新メンバーのナギサでェす!シクヨロ!!」

 

 

堂々と名乗り上げる青年 ナギサの存在に気づいた民衆とマスコミの意識が、全て彼へと向けられた。まるで有名人を取り上げるような光と歓声の嵐を浴び、ナギサはドヤ顔で笑みを深めていた。

 

 

「お?なんだなんだ、また新人か!?」

 

「いや、違います!彼等は『EXE』────ヴィジランテです!」

 

 

『EXE』、最近現れ出した非公認の集団。リーダー格とされる青年 『エクスター』が主導とし、ヒーロー的活動を繰り返す自警団でもある。そのような一例はヴィジランテとして呼称されているが、彼等はその枠組みには入らない程の民衆の人気を有している。

 

だが、勘違いしてはならない。彼等はヒーローではない、あくまでも国家()()()の自警団である。

 

 

「────懲戒!」

 

「アッブネ!?…………オイコラヒーロー!何してんだよ!狙う相手が違うだろーが!」

 

「言い訳無用!能力違法行使及び公務執行妨害により、捕縛させてもらう!」

 

「まー、貴方達も一応犯罪者だから。抵抗しないんなら、無傷で済ませてあげるけど────」

 

「ウッセー!死ねババアーッ!!」

 

「─────フンヌゥ!!!」

 

 

憤慨したMt.レディとシンリンカムイ達、プロヒーローに追いかけられたナギサは中指を立てながら、跳ねるように建物から建物へと渡り走っていく。

 

跳び跳ねて去っていく青年の後を追うヒーローとマスコミ達を見ていた民衆達は各々の反応を示し、自然といつも通りの日常へと戻り始める。

 

困惑しながらも、慌てて走り出した学生の少年は、未だ知らない。今日こそが、自分の命運を────もう一人の未来をも、変える日になるであろうことは──────

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「─────はぁ!はぁ!」

 

 

人気の無い路地に、足音が響き渡る。ジャンバーにジーンズ、普通の私服の青年が、必死に路地裏を走っていた。荒い呼吸を抑えることなく、彼は無我夢中で走る─────否、ナニかから逃げる。

 

 

『────ッ!』

 

 

真後ろから聞こえてくる大きな足音と、金切り声のような咆哮。たどたどしく、拙い呻き声ナニかは路地裏の壁や地面を這いながら、青年を────彼が抱き抱える幼児を追い回していた。

 

 

(………クソッ!ダメだ!逃げ切れない!せめてこの子だけでも!)

 

 

上坂結城。

両親もなく、中学生でありながら一人暮らしで過ごしてきた彼は、ごく普通な───正義感が強く、ヒーローを志していた青年だった。しかし、彼にとってその志は、当の昔に失われていた。

 

 

理由は一つ、彼がこの超常社会において限られた人間 『無個性』だからだ。多くの人間が『個性』を使えるこの世界で、個性を持たない者は少なくはない。しかし、圧倒的多数が個性を使える現状、『無個性』というだけで除け者にされ、馬鹿にされてしまう。

 

彼もかつてはそうだった。イジメなどの深刻な被害を請け負わなかったのは、彼が他者に嫌われるようなタイプではなく、人に好かれるタイプだったからだろう。

 

 

────どうしてこうなっているのか、思い出すのは少し前のことだった。平日だが、学校の事情で休みになり、買い物に行こうと道を歩いていた結城は、人気の無い廃墟の街中へと歩いていく子供を見かけた。

 

子供が立ち寄るような場所ではない、そんな不安からか彼は子供の後を追いかけた。注意して、安全な場所に連れ帰ろうと思っていた彼が見たのは──────

 

 

 

『─────ッ』

 

 

見たこともない異様な魔獣だった。新種の個体にしては、魔獣とは違う何かがあるように思える。それに、子供は操られているように意識がなかった。チョウチンアンコウが獲物を引き寄せるように、子供を人気の無い場所へと連れ込んだのだ。常識として知る魔獣とは思えない程に、知性を有した個体であった。

 

咄嗟に子供を助け、ヒーローを呼ぼうとしたが、取り出した携帯を一瞬で破壊された。そして、今も逃げる自分達を追い回す魔獣の鳴き声には、獲物をなぶるような残虐な悪意が滲んでいる。

 

 

(この子が起きてたら、逃がすことも出来るのに!………いや!泣きごとは言わない!俺が何とかしないと、この子を助けるために──────ッ!!?)

 

 

全速で角を曲がった直後に、魔獣の放った触手が、脛を軽く抉った。ほんの少しの傷。しかし、今まで感じたことの無い痛みにより、彼はバランスを崩し、子供を抱き抱えたまま横転してしまった。

 

 

「────ぅ、うう……っ」

 

 

ジクジクと溢れ出す出血と苦痛に、呻きながら手で押さえる。未だ意識の無い子供を起こさないように抱えながら、起き上がろうとした結城だったが、

 

 

 

『─────』

 

 

暗闇から浮かぶ怪しい光が、此方を見据えていた。全身に走る恐怖に従い、飛び出そうとした結城だったが、魔獣が放った触手が彼を横から壁へと叩きつけた。

 

 

「ガッ!?」

 

 

薙ぎ払われ、吹き飛ばされた結城はあまりの激痛に呻く。骨が何本か折れた気がした。魔獣は転がった結城を左腕を掴み、軽々と持ち上げる。

 

 

苦痛により意識が朦朧としていた結城の視界がぼやけた。何か影が見えると目を細めていた彼だが────突如、片腕に尋常ではない痛みが生じたことで、全ての意識が覚醒した。

 

 

 

「──────あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁッ!!!?」

 

 

 

ブチブチッ、と左腕が食い千切られた。魔獣が咥えた片腕を吸い上げるように頬張り、バリバリと噛み砕く。欠損した肩から溢れ出す血に汚れながら、結城は言葉にならない叫びを響かせて、もがいていた。

 

 

痛い、苦しい、痛い、熱い、痛い────あらゆる感情が、凄まじい勢いで渦巻いていく。芋虫のようにもがくことしか出来ない結城を、魔獣は笑いながらそっぽを向いた。

 

 

その狙いは─────意識の無い子供だった。結城が手を離したことで、距離を取ったはずの子供を、魔獣は意識に捉えていた。

 

 

あの子が、自分の左腕と同じことになる。そう考えた結城の思考により、激情のままに混乱していた思考が落ち着き始める。より正確には、脳裏に過った言葉を、思い出したのだ。

 

 

 

─────『誰かを守れる、優しい子だ』

 

 

 

 

「……………待てッ────その子から、離れろ」

 

 

失った肩から先を押さえながら、立ち上がった結城が震えた声で呟く。その声に気付いた魔獣が、思わず振り返る。呆れた、というより、小馬鹿にした雰囲気が纏われていた。

 

どれだけ抵抗の意思を見せようと、獲物を軽く見ているに過ぎない。現に、魔獣は何の迷いもなく、触手を振りかざしている。いつでも殺そうと、恐怖を少しでも引き出そうという意志が見られた。

 

 

─────ユウキ、お前を一人にしてすまない。でも、こうしなきゃいけないんだ

 

 

ズキズキ、と頭が痛む。見覚えの無い女性が、優しく諭すような声が。懐かしいその声に、酷い激痛が伴う。覚えているのに、覚えていないような─────頭に無いはずの記憶を思い浮かべるような、拒絶反応が。

 

それと同時に、その女性のものと思われる言葉が、再び響いてきた。

 

 

─────英雄になれ、ユウキ。世界を救う英雄に

 

 

 

「…………言われなくてもッ、なるに────決まってる」

 

 

自然と痛みが消えていく。立ち上がった結城の身体に青白い淡い光が生じ、全身へと伝わっていく。不思議と、穏やかな思考の中で、彼は自身の変化に気付かない。自分に起きている変化が、自分自身が起こした現象────『超常』の力である、と。

 

その光、いやエネルギーを感じ取った魔獣は身震いしていた。恐怖だろうか。そして、自分が恐怖を感じたことに憤りを覚えたであろう魔獣は、咆哮を響かせると共に触手を伸ばしてきた。

 

 

それを、青白いエネルギーを帯びた()()が容易く払い除けた。機械的な光のラインが伸びた左腕は、綺麗な形で欠損したはずの肩の部位に備わっていた。最初から、腕など失われてなかったように。

 

 

魔獣は、信じられないというように此方を見て────口を開いた。

 

 

『────■■■、■■■■?』

 

 

形容しがたい唸り声。しかし、言語とも聞こえなくはない。魔獣が此方を見る視線は敵意ではなく、困惑に近い。その瞬間、何故か魔獣から戦意と悪意が消え去っていた。戦意を整えていた結城すら困惑してしまうくらいだった。

 

 

 

しかし、そんな空気を打ち破る声が、突如響いた。

 

 

 

 

 

「─────退け、魔獣」

 

 

意識が朦朧とし、途絶えていく結城の耳に聞こえるその声。消え行く思考がそれを聞き取り、同時に困惑していた。その声は何故か、自分がついさっき聞こえたはずの声と同じだったのだ。

 

ポツリと、気絶する瞬間、ユウキはその声の主───自分を抱えた存在を、口にして呼ぼうとした。

 

 

 

「────姉、さん…………?」

 

 

その声が届いたか、届かなかったのか、意識を完全に失った彼にはそれを知ることは叶わなかった。

 

 

 

これは、最高のヒーローを目指す者達の物語ではない。個性という異能、それを宿す人々、魔獣という現象、それらの得意に変化した世界を生きる者達が紡ぐ─────希望と破滅の果ての、物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公

上坂結城

オリキャラにして主人公の一人。家族を事故で亡くしており、それから一人暮らしをしている。なお、無個性。

正義感と優しさが特徴的で、人に好かれやすいタイプ。ヒーローを目指すつもりはなく、適度に誰かを助けられればいいと考えている。

家族は父親と母親、弟と妹だけ。全員事故で亡くなっている。姉らしき人物のことを思い出していたが、彼に姉がいた記憶はなかったらしい。

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