福音の風を帆に   作:ミヤフジ1945

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第12話 世界初の艦砲射撃

 

 

「船長!教国船から停戦信号が上がりました!」

 

 

 その報告が上がったのは教国のキャラベル船を発見してから大体1時間ほど経った頃だろうか。相変わらず変わらない風に辟易としながら俺が艦長室で海図を眺めていた時だった。

 大急ぎで上甲板へと上がり、再び単眼鏡で教国のキャラベル船を見た。既に距離は目測で500~600mまで近づいてきている。てっきりレガシー号(うち)の艦尾を交わして進むんだろうと思っていた教国のキャラベル船だったが、単眼鏡が拡大するキャラベル船のメインマストには停船せよを示す気流信号のL(リマ)旗と共に、降伏勧告を示す黒旗も掲げられていた。

 

 これには俺も、何時の間にか俺の隣にいたウィルも呆れるしかなかった。教国は戦争でもしたいのだろうか。

 

 

「どうします?」

 

 

「やるしか無いだろうさ。ここで大人しくレガシー号を渡す理由も無い。」

 

 

「…………でしょうね、なによりオーナーも乗っています。」

 

 

 ウィルの言葉にそうだと俺は返しながら、後ろにいるオーナーのパッシャーさんを見た。

 乗員から現状を聞いたのだろう。パッシャーさんはオロオロと不安そうにこちらを見ていた。

 

 

「ご安心下さいパッシャーさん。あのキャラベルはこのレガシー号に指一本触れることは出来ませんから。」

 

 

 俺は努めて笑顔をパッシャーさんに向けてそう言った。俺に合わせる様に隣に居るウィルも笑顔をパッシャーさんに向けてくれた。

 

 

「そ、そうなのかい?けど向かい風だったらあっちのキャラベル船の方が速いのは素人の私でも何となく分かるけど…………」

 

 

「流石は連合王国の商人ですね!ちゃんと船の特性を把握されておられる。」

 

 

「そりゃ商売道具だからね…………ホントに大丈夫なんですかオーブリーさん?」

 

 

「勿論ですとも!万事俺にお任せ下さい。パッシャーさんは船室でゆっくりと休まれて下さい。ジャック!」

 

 

 俺は乗員の1人を呼んだ。ジャック、ウィルと共に前の船からの知り合いだったこの男は長髪に髭を蓄えた青年である。

 

 

「あい船長。」

 

 

「パッシャーさんを船室までお連れして差し上げろ。必要なら話し相手になってやれ。」

 

 

「了解です。必要だったら一杯飲ませても?」

 

 

「それはお前が飲みたいだけだろ?」

 

 

「あ、バレました?ですが安心して下さい。オーナーを一歩も船室から出しませんや。」

 

 

 そう冗談を言って舌を出すジャックに苦笑しながら頼んだぞと俺はジャックにそう返した。

 

 

「それじゃオーナー。船室でのんびりしましょうや。私もお付き合いしますから。」

 

 

「あ、ああ。ジャックさんお願いします。」

 

 

 ジャックに連れられて船内へと入って行ったパッシャーさんを俺は見えなくなるまで笑顔で見送った。

 

 

「…………ふぅ。」

 

 

 慣れない笑顔に顔が引き攣る様な感覚がする。両手で顔を解しながら、俺はついウィルに聞いてしまった。

 

 

「ウィル、俺の笑顔引き攣って無かったか?」

 

 

「船長は劇団でも十分やっていけますよ。」

 

 

「そりゃどうも…………さてと、トムはいるか!」

 

 

 他者の不安を軽減するには笑顔が一番、その事を理解していてもこの他者を安心させる笑顔というのが俺には存外に難しかった。そんなウィルとの掛け合いもそこそこに、俺はトムを呼んだ。

 

 

「ここに居ますよ。」

 

 

 ガヤガヤと騒ぐ乗員達の中からトムが別ける様に出て来た。どうやらトムは人の波に吞まれてしまっていたらしい。

 

 

「トム、大砲を使うぞ。」

 

 

「大砲を使うのは良いですが、準備に時間が掛かりますよ?なんせ洋上発射試験もテネルファ諸島でやる予定だったんですから。」

 

 

 トムの言った様に、レガシー号に備え付けられている大砲はテネルファ諸島で艦砲射撃の実験をする為に全て帆布製の覆いで覆われ、火薬や発射用の火打石(フリント)なども当然準備されてはいない。

 

 

「準備にどれくらい掛かる?」

 

 

「整備員で大急ぎで準備して大体20分から25分でしょうか。」

 

 

「使える乗員を全て動員した場合は?」

 

 

「それでしたら大体10分くらいで行けます。」

 

 

「よし、トム必要な人員は全て使っていい。大急ぎで準備してくれ。」

 

 

「しかし、未だ整備員も習熟訓練もしていないんですよ?当てられる可能性は少ないですが…………」

 

 

「かまわんよ。丁度的はあっちから来てくれるんだ。いい練習になる。」

 

 

「アイ・サー、あのキャラベルには射撃の的になって貰いますよ。」

 

 

「よし、聞いたな野郎共、合戦準備!手空き総員トムの指示に従って大砲の射撃準備!見張り員はキャラベル船の動向に目を離すなよ。的が逃げたら困るからな?」

 

 

「「「アイ・サー!!!」」」

 

 トムとの会話を終えて、俺は甲板に集まった全員に聞こえる様にそう命令を出した。勿論、最後の冗談は乗員の士気を落さない様な俺なりの配慮だったのだが、どうやら必要無かった様だ。パッシャーさんと俺の会話、トムと俺の会話、両方共聞いていた乗員の士気は下がるどころか何時もより高く感じる。いや…………何時もの航海とは違う戦闘という非日常に乗員は酔ってしまった、と言った方が良いのだろうか。

 

 士気が下がるよりは良い。良いのだが、逆に高すぎれば興奮して命令無視してしまう人間が居るなど高すぎても返って駄目な事があり、士気というのは数値として目に見えない分更に管理が難しいモノだ。

 

 しかし、士気が上がっている現状でも興奮し過ぎている様子は無いレガシー号の乗員達には問題無いだろう。

 大砲の覆いを外す者、船内の倉庫から砲弾や火薬など必要な物資を運び出す者、トムや整備員の指示に従って着実に砲撃準備が整っていく。

 依然として、停戦信号を出してきた教国のキャラベル船はこちらに船首を向けたまま近づいてくるが、幾ら全てのマストにラテンセイルを張って向かい風に強いキャラベル船とは言っても、やはりこちらが風上を取っている分相手がこちらに近づいてくるまでまだまだ時間が掛かるだろう。

 

 

面舵(スターボート)進路(コース)300°!こっちも風上に切り上がって大砲の時間を稼ぐ。」

 

 

「アイ・サー。面舵(スターボート)進路(コース)300°!」

 

 

 当直の乗員から操舵を交代し、舵輪を握ったウィルがそう復唱した。

 ゆっくりとレガシー号が右へと回りだす。大砲の準備の為最小人員でセイルを動かしている為動きは緩慢だったが、寧ろそれが相手にはレガシー号が慌てて逃げようとしている様に見える事だろう。

 

 

「発射薬装填!」

 

 

 トムが指揮を執って大砲の準備をしてくれている。華奢で学者の様な雰囲気のトムに従って作業をする一回りも年上で屈強な男達の光景に何だか変に思えるが、連合王国の船乗りの世界は実力主義、トム以上に大砲に精通している男は世界広しといえどトムただ1人だけ。それに、敵を退けられる新兵器を自分たちが最初に扱えるとあって乗員達は積極的にトムの指示に従っている。

 

 

「弾込め!」

 

 

 トムの指揮と共に、10門の大砲全てに重さ18lb、約8kgの砲弾を大砲の砲口から装填する。砲弾が大砲の中を転がり重々しい金属音が上甲板に次々と響き渡る。今度は別の乗員が装填棒と呼ばれる長い木の棒を大砲の中へと差し込み、奥まできっちりと発射薬と砲弾を押し込んでいく。

 

 

「時間はまだまだ余裕がありますから焦らないで。次、点火薬装填!多すぎても少なすぎてもダメです。キッチリと計って下さいね。焦らず急がず正確に!です。」

 

 

 中の発射薬へと続く穴へと大砲の外から点火薬を注いでいく。これによって、火打ち石が金属とぶつかった際に出る火花に引火して、中の発射薬へと転火する事が出来るのだ。

 

 

「「「装填完了!」」」

 

 

「では舷側まで前進させます。索引け!」

 

 

 大砲の台車に付けられていた索を数人がかりで引く。ギシギシと軋みを上げる台車がゆっくりと前進していき台車は舷側の手摺ギリギリ、大砲の砲身を半ばほどまで外へと出した所で止めた。

 

 

「船長!大砲、砲撃準備完了、何時でも行けます。」

 

 

 最後に全ての大砲を再度チェックしてから、トムは俺にそう伝えた。時間にして10分とちょいといった所だ。流石はトムと我が乗員。後でラム酒飲ませちゃる!

 

 

「よし…………進路戻せ、取り舵(ポート)進路(コース)210°!」

 

 

「アイ・サー。取り舵(ポート)進路(コース)210°!」

 

 

 風上に切り上がっていたことで速度が落ちている為少しだけ鈍い舵の効き。ゆっくりと左へと船首を曲げるレガシー号はその側面、大砲が並ぶキルゾーンをキャラベル船へと向け始めた。

 

 

「キャラベル船取り舵変針。距離300m!」

 

 

 見張り員からそう報告が上がって来るが、大砲の無い相手のキャラベル船には精々短弓程度しか遠距離武器は無いだろう。短弓の射程はどう頑張っても200~230mしかない。ロングボウとも言われる長弓ならばまだ伸びるだろうが、揺れる船上でしかも人がごった返している狭い甲板でそんな長物を運用出来るとは思っていない。

 

 つまりはだ、相手はまだ射程に入っていない。それに対して我らは既にキャラベル船を大砲の射程に捉えている。最早負ける通りは無いだろうさ。

 

 

「ヨーソロー進路(コース)210°!」

 

 

「ヨーソロー!トム。」

 

 

「はい船長。」

 

 

 元の進路へと戻ったレガシー号は、こちらの頭を押さえようと取り舵を取って変針したばかりのキャラベル船と丁度同航態勢となった。

 

 

「各大砲照準良いな?」

 

 

「既に完了してます。」

 

 

 トムは俺の言葉にサムズアップして返す。どうやら全て完了していたらしい。

 

 

「よろしい。トム、砲撃開始だ。目にもの見せてやれ。」

 

 

「アイ・サー!各砲順次撃ち方。撃てぇ!」

 

 

 トムの号令が甲板に響いた直後、艦首側の大砲から大音量の砲声が船を支配した。

 

 大砲の引き金、銃で言うトリガーに当たる拉縄(りゅうじょう)と呼ばれる紐を順番に乗員が引く度に、火打石が打ち金に当たり火花を散らしながら点火薬へと落ちて行く。

 火花を纏いながら落ちた火打石により点火薬に火花が引火して火が付く。一瞬にして点火薬を燃え伝った火は発射薬へと転火し、大音量の砲声と燃焼ガス、爆圧を発生させて重さ約8kgの18lb砲弾を次々にキャラベル船へと撃ち出していった。

 

 放物線を描いて宙を舞う砲弾は、キャラベル船の周囲に落下して船体の半分を隠す程の水柱を立てたのだった。

 

 

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