福音の風を帆に   作:ミヤフジ1945

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第2話 始まりの風26/05/25修正

 

 

海が好きになったのがいつからだったのか。

 

帆船が好きになったのがいつからだったのか。

 

その切っ掛けが何だったのかは、もう思い出せない。

 

けれど、それでも俺は今でも胸を張って言える。

 

俺は海が好きだ。

 

そして、帆船が好きだ。

 

幼い頃に図鑑で見た、大海原を白い帆で駆ける巨大な木造船。

 

風を受け、軋みを上げながら進むその姿に、いつの間にか心を奪われていた。

 

最初は商船学校への進学を考えた。

 

だが、母子家庭だった俺には学費が重かった。

 

だから別の形で海へ出るために、自衛隊の門を叩いた。

 

七つの海を巡った――なんて格好良い事は言えない。

 

せいぜい太平洋と東南アジア辺りを行ったり来たりした程度だ。

 

それでも、海の上で過ごす時間は好きだった。

 

水平線の向こうまで広がる群青色の海。

 

朝焼けと共に昇る太陽。

 

黄金色に染まる波。

 

夜の海を照らす月明かり。

 

陸の上では息苦しさばかり感じていた俺でも、海の上だけは不思議と心が軽かった。

 

……結局、長くは続かなかったけど。

 

人付き合いが致命的に下手だった俺は、どうにも陸で生きるのに向いていなかったらしい。

 

それでも今でも時折思い出す。

 

潮風の匂いを。

 

波の音を。

 

船体を叩く雨音を。

 

そして――風を受けて海を進む船の感覚を。

 

また海へ出たい。

 

今度は、あの頃憧れた帆船で。

 

俺がこのゲームを買った理由は、ただそれだけだった。

 

別に世界最強になりたい訳じゃない。

 

ランキングにも、レア装備にも興味は無い。

 

ただ静かに、好きな船で海を走りたかった。

 

缶コーヒーを片手に、俺は机の上へ置かれたゲームパッケージへ視線を落とす。

 

『New World Online』

 

発売から既に一週間。

 

今やネットでは“史上最高のVRMMO”だの、“第二の現実世界”だの大騒ぎになっているゲームだ。

 

俺自身、流行には疎い方だが、それでも名前くらいは嫌でも耳に入ってきた。

 

特に話題になっているのは、自己学習型AIによって制御されたNPC。

 

プレイヤーの行動に応じて自律的に思考し、学習し、時には国家の歴史すら変えていく。

 

そんな売り文句が、連日ニュースサイトや動画配信で騒がれていた。

 

もっとも――正直、その辺りは割とどうでも良い。

 

俺が気になったのは、パッケージ裏に小さく映っていた一枚のスクリーンショットだった。

 

灰色の曇天。

 

荒れる海。

 

そして、その上を進む一隻の木造帆船。

 

「……良いな」

 

思わず小さく呟く。

 

最新AIだとか、革命的システムだとか、そんなものより余程心を惹かれた。

 

パッケージの説明文へ目を落とす。

 

『New World Online』

 

剣と魔法。

 

冒険と交易。

 

最新鋭の自己学習型AIによって再現された、“もう一つの現実”。

広大な世界での楽しみ方は無限大。

 

君だけの人生を、その手で掴め――

 

「楽しみ方は無限大、か」

 

随分と大きく出たものだ。

 

だが嫌いじゃない。

 

俺は缶コーヒーを一口飲みながら、次に端末へ映し出していた攻略サイトへ視線を移した。

 

サービス開始から一週間。

 

既にプレイヤー達による国家評価や効率攻略はある程度固まり始めているらしい。

 

【初心者おすすめ国家ランキング】

 

1位:共和国

 

2位:帝国

 

3位:魔王国

 

そんな記事が画面へ表示されていた。

 

共和国はニューマン種による高い魔法適性と冒険向けのバランス性能で、現在最も人口が多い人気国家。

 

帝国は獣人による高い身体能力と軍事力が特徴で、対人戦を好むプレイヤーから人気を集めている。

 

魔王国は癖が強いものの、圧倒的な高位魔法によって上級者人気が高いらしい。

 

商業連合は生産職や商人プレイヤーに人気で、ドワーフによる生産補正と商業特化スキルが評価されている。

 

そして、最後に申し訳程度に紹介されていたのが――連合王国だった。

 

【悲報】 連合王国、ガチの不人気国家だった。

 

そんな見出しが目に入る。

 

理由は単純。

 

連合王国の主要種族であるヒューマンには、魔法適性が存在しないからだ。

 

それだけではない。

 

島国である連合王国周辺にはモンスター自体がほとんど存在しない。

 

居たとしても、洞窟に棲み着いているコウモリ型モンスター程度。

 

経験値効率も悪く、ドロップする魔石の質も最低ランク。

 

攻略サイトでは、

 

『レベル上げするなら他国行った方が早い』

 

『金策効率が終わってる』

 

『移動が船ばっかでダルい』

 

『魔法無しとか縛りプレイか?』

 

など散々な評価が並んでいた。

 

「……へぇ」

 

思わず口元が緩む。

 

プレイヤー数が少ない。

 

つまり、人が少ない。

 

ひとりで静かに遊ぶには丁度良い。

 

俺はそのまま記事をスクロールする。

 

【連合王国まとめ】

 

・魔法使用不可

 

・モンスター希少

 

・経験値効率最悪

 

・船移動が多い

 

・初心者非推奨

 

・産廃国家候補

 

「海しかない、か」

 

記事の最後に書かれていた一文を見た瞬間だった。

 

画面端に映っていた港町の景色へ、自然と視線が吸い寄せられる。

 

灰色の空。

 

石造りの港。

 

波止場に停泊する小さな木造帆船。

 

その景色を見た瞬間、俺の中ではもうほとんど決まっていた。

 

「……ここでいいか」

 

効率も、最強も、どうでもいい。

 

ただ海へ出られるなら、それで良かった。

 

俺は静かにVRヘッドギアを手に取った。

 

初めてのフルダイブVRという事でおっかなびっくり説明書を読みながら本体を起動すると同時に意識が沈む感覚。

 

一瞬だけ視界が暗転し――次に目を開けた時、そこには真っ白な空間が広がっていた。

 

「……お?」

 

何も無い。

 

上下感覚すら曖昧な白い世界に、思わず機械の不具合を疑ってしまった。

 

だが次の瞬間。

 

ポコン、と妙に可愛らしい電子音が鳴った。

 

「ようこそ!『New World Online』へ!」

 

白い空間へ、小さな影が飛び出してくる。

 

手のひらサイズの少女だった。

 

水晶の様な透き通った羽を背中に生やし、ふわふわと宙へ浮かんでいる。

 

所謂妖精、というやつだろうか。

 

「私は案内役のナビゲーター、ニーナと申します!」

 

少女は満面の笑みを浮かべながら、ぺこりと頭を下げた。

 

「早速ですが、貴方のお名前を教えてください!」

 

「……名前、か」

 

俺は小さく呟く。

これは恐らくゲームの世界での名前──所謂プレイヤーネームというやつだろう。

 

ゲームを始める前にも名前について少し考えてはいた。

 

だが、そういう時に限って気の利いた名前は出てこない。

 

腕を組んで悩む俺を、ニーナは急かすこともなくニコニコと見上げている。

 

……妙な感覚だった。

 

相手はただのNPC。

 

そう頭では理解している。

 

それなのに、“待たせて悪い”なんて感情が自然と浮かんでしまう。

 

事前に見た記事では、このゲームのNPCには自己学習型AIが搭載されているらしい。

 

プレイヤーとの会話や行動から学習し、自律的に思考する――とか何とか。

 

正直、技術的な話はよく分からない。

 

だが少なくとも、目の前の少女はそこらのゲームNPCより遥かに“人間らしく”見えた。

 

……まぁ、深く考えるのは止めよう。

 

せっかくのVRMMOだ。

 

NPC相手に本物の人間みたいに接するのも、それはそれで面白い。

 

「…………オーブリー」

 

咄嗟に口から出たのは、つい先日も見返していた映画の主人公の名前だった。

 

「はい!オーブリーさんですね!」

 

ニーナは嬉しそうに笑う。

 

「それではオーブリーさん。これからチュートリアルを開始します!」

 

「まずはオーブリーさんのキャラクターを設定させていただきます!こちらをご覧ください!」

 

ニーナが両手を振ると、俺の目の前へ幾つもの立体ウィンドウが展開された。

 

そこに映し出されていたのは、様々な種族の姿だった。

 

筋骨隆々の獣人。

 

小柄ながら頑丈そうなドワーフ。

 

鋭い角を持つ魔族。

 

そして、俺達と変わらない姿をしたヒューマン。

 

他にも見たことのない種族が幾つか並んでいる。

 

中にはシルエットだけ表示され、“未実装”と書かれた項目まであった。

 

「気になる種族がいましたら、私が詳しく説明しますよ!」

ニーナは胸を張ってそう言った。

 

だが正直、俺は種族にそこまで興味が無かった。

 

強い魔法が使えようが、身体能力が高かろうが、船に乗る分には大差ない気がする。

 

「ヒューマンで」

 

「……えっ?」

 

ニーナが固まった。

 

「ヒュ、ヒューマンですか!?」

 

「そうだけど」

 

「えぇと、その……本当に?」

 

何故か確認される。

 

「現在人気なのはニューマンや獣人種ですよ!?高い魔法適性や身体能力を持っていますし、序盤攻略でも有利とされています!」

 

「別に最強になりたい訳じゃないしな」

 

「で、ですがヒューマンは魔法適性がありませんよ!?」

 

ニーナは慌てた様子でウィンドウを操作する。

 

すると俺の前へ、ヒューマン種の説明欄が表示された。

 

【ヒューマン】

 

・魔法適性:無し

 

・全能力平均値:低

 

・モンスター素材適性:低

 

・技術系スキル習得補正:有り

 

・交易/生産適性:微補正

 

【運営コメント】 扱いが難しい上級者向けロマン種族です。

 

「……ほらぁ!」

 

ニーナが涙目で説明欄を指差した。

 

「現在ヒューマンを選択されるプレイヤーはかなり少数なんです!特に連合王国スタートの場合、序盤の育成難易度が非常に高く――」

 

「ヒューマンで」

 

「うぅ……分かりましたぁ……」

 

しょんぼりしながらニーナが設定を確定させる。

 

だが俺としては、別に弱かろうがどうでも良かった。

 

魔法なんて使えなくても、船には乗れる。

 

それで十分だ。

 

「それでは次に、キャラクターパラメーターの設定へ移行します!」

 

「わ、分かりました……。では次に、オーブリーさんのキャラクターパラメーター設定へ移行しますね」

 

再びニーナが手を振る。

 

すると先ほどまで並んでいた種族達が消え、目の前にはヒューマンの男性モデルだけが残った。

 

その横へ、半透明のウィンドウが幾つも表示される。

 

身長。

 

体格。

 

顔立ち。

 

髪型。

 

瞳の色。

 

どうやら、ここで自分の分身となるキャラクターを作るらしい。

 

「身長、顔の造形、髪型などを自由に設定できます!オーブリーさんだけのキャラクターを作ってくださいね!」

 

「身長は……高めで」

 

「高め?」

 

「190くらい。他はニーナに任せる」

 

「えぇっ!?」

 

ニーナが目を丸くした。

 

「お、お任せですか!?普通こういうのってもっと悩みません!?」

 

「別に見た目で戦う訳じゃないしな」

 

「そ、そういう問題でしょうか……?」

 

困惑した様子で首を傾げるニーナ。

 

だが次の瞬間、何かを受信したようにピクリと動きを止めた。

 

「あ、GM権限から許可が下りました!」

 

「許可?」

 

「“ナビゲーターAIによるキャラクターメイク補助を限定解放”だそうです!」

 

……なんか凄そうなことを言ってるが、よく分からん。

 

「と、とにかく頑張りますね!」

 

ニーナは気合いを入れるように小さな拳を握ると、早速キャラクターの調整を始めた。

 

輪郭が変わる。

 

髪型が伸びる。

 

肌の色が変わる。

 

目の前でぐにゃぐにゃと姿を変えていくモデルが妙に面白い。

 

「うーん……違うなぁ」

 

「もう少し海っぽく……」

 

「でもワイルド過ぎるのも……」

 

ぶつぶつ言いながら調整を続けるニーナを眺めているうちに、気付けばそれなりの時間が経っていた。

 

やがて。

 

「――できました!」

 

ニーナが満足げに胸を張る。

 

「こちらが、ニーナ特製オーブリーさんです!」

 

そう言って表示されたキャラクターは、どこか現実の俺に似ていた。

 

浅黒く日焼けした肌。

 

潮風で色落ちしたような金髪。

 

全体的な顔立ちは元の俺に近いが、どこか西洋人寄りにも見える。

 

何より、妙に“海の上が似合いそうな顔”をしていた。

 

「どうでしょう!私、結構頑張ったと思うんですけど!」

 

「……良いと思う」

 

素直にそう答える。

 

実際、かなり好みだった。

 

「よかったぁ……!」

 

ニーナは露骨に安堵した表情を浮かべた。

 

本当に人間みたいなAIだ。

 

「では続いて、スキルシステムの説明へ移ります!」

 

そう言ってニーナが再びウィンドウを操作する。

 

「『New World Online』では、他ゲームのような固定戦闘スキル制は採用されていません!」

 

「ん? じゃあ、さっき言ってた戦闘スキルって何なんだ?」

 

俺がそう尋ねると、ニーナは「待ってました」と言わんばかりに胸を張った。

 

「はい! 厳密には“技術成長補正”と呼ぶ方が正しいですね!」

目の前へ新しいウィンドウが表示される。

 

「例えば剣術スキルの場合――剣の振り方、体重移動、重心制御。そういった“身体技術”の習得効率へ補正が掛かります!」

 

「つまり、使えば使うほど上手くなると」

 

「その通りです!」

 

ニーナは嬉しそうに頷いた。

 

「魔法スキルも同じですよ! 魔力制御や詠唱技術の成長率に補正が掛かる形ですね!」

 

「魔法ってことは、ファイアーボールとかもあるのか?」

 

 

「ありますよ!」

 

ニーナがパッと手を振る。

 

すると空中へ小さな魔法陣が展開され、その中心からボッと小さな火球が現れた。

 

「うお」

 

火球はゆっくりと空中を漂い、やがて霧散する。

 

「ただし、他のゲームみたいに“スキルボタンを押したら自動発動”ではありません!」

 

「へぇ」

 

「火魔法スキルを取得すると、火属性魔力の制御や詠唱効率へ補正が掛かります! そこから先はプレイヤー次第ですね!」

 

「つまり、自分で魔法を組み立てる感じか」

 

「はい!」

 

ニーナは得意げに頷く。

 

「同じ火魔法スキルでも、人によって全然違いますよ! 火球を撃つ人もいれば、炎を壁みたいに使う人も居ますし!」

 

「面白そうだな」

 

「その代わり難しいですけどね! 特に魔法はイメージ力が重要なので!」

 

なるほど。

 

よくあるゲームの“決められた技”というより、もっと感覚的なものらしい。

 

「そしてここでは、初期スキルを選択できます!」

 

ニーナが再びウィンドウを操作する。

 

すると、俺の前へ大量のスキル一覧が表示された。

 

【剣術】

 

【槍術】

 

【弓術】

 

【火魔法】

 

【鍛冶】

 

【調薬】

 

【採掘】 

 

【航海術】

 

他にも無数のスキル名が並んでいる。

 

「メインスキルを一つ。サブスキルを一つ選択可能です!」

 

「質問だけど」

 

「はい!」

 

「戦闘系以外をメインに選ぶことって出来るのか?」

 

「可能ですよ!」

 

ニーナは即答した。

 

「例えば採掘スキルなら、ツルハシやピッケルの扱いに補正が掛かります!」

 

「へぇ」

 

「しかもツルハシ自体に武器判定がありますので! 殴れば普通に戦えます!」

 

……なるほど。

 

案外自由度は高そうだ。

 

なら。

 

俺はスキル一覧を眺めながら、最初からほとんど決めていた名前を口にした。

 

「メインは測量」

 

「はい!」

 

「サブは観天望気で」

 

数秒、沈黙。

 

「…………ぶぇ?」

 

ニーナが固まった。

 

「えっ!? そ、それ選ぶんですか!?」

 

「駄目なのか?」

 

「い、いえ駄目ではありませんけど!」

 

ニーナは慌ててウィンドウを操作する。

 

【測量】

 

地形把握、距離測定、地図作成補正。

 

【観天望気】

 

天候変化予測補正。

 

※運営スタッフの趣味によって実装されました。

 

「ほら見てください! 観天望気なんて完全にネタスキルですよ!?」

 

「スタッフもそう思ってるじゃないか」

 

「ぶっちゃけ誰も取りませんし!」

 

ぶっちゃけたなコイツ。

 

だが俺としては、むしろ理想的だった。

 

海を走るなら。

 

風を読む技術は絶対に必要になる。

 

「流石に戦闘スキル入れません?」

 

ニーナが恐る恐る言う。

 

「剣術とか、槍術とか……人気ですよ?」

 

「いや、これでいい」

 

「えぇぇ……」

 

露骨に不安そうな顔をするニーナ。

 

だが構わない。

 

どうせ俺は、最初から効率プレイをするつもりなんて無かったのだから。

 

「……あ、でも!」

 

不意にニーナが何かを思い出したように顔を上げた。

 

「このゲーム、スキル構成だけで全部決まる訳じゃありませんからね!」

 

「どういうことだ?」

 

「『New World Online』には“発見型スキル”が存在します!」

 

発見型?

 

俺が首を傾げると、ニーナは「あっ」と口を押さえた。

 

「こ、これは本来まだ公開情報じゃ……」

 

「……」

 

「……まぁいいか!」

 

いいのか。

 

「例えば長期間同じ武器を使い続けたり、特定条件を満たしたり、NPCとの関係を深めたりすると、通常では取得できない特殊スキルが発現することがあるんです!」

 

「特殊スキル?」

 

「はい! 所謂“奥義”とか“固有技能”みたいなものですね!」

 

「へぇ」

 

少しだけ興味が湧いた。

 

「例えば火魔法でも、極めたプレイヤーは独自魔法を作れたりするらしいですよ?」

 

「独自魔法?」

 

「ベータテスト時代の噂ですけどね!」

 

ニーナは声を潜めながら続ける。

 

「あと、NPCとの関係性もかなり重要らしいです。この世界のNPCは自己学習型AIですから、接し方次第でイベントや習得技能まで変化するとか何とか……」

 

「なるほど」

 

つまり、本当に“世界で生きる”ゲームという訳か。

 

「な、なので! ネタスキル構成でもワンチャンあるかもしれません!」

 

「今ネタって言った?」

 

「言ってません!」

 

そんなニーナの説明を聞きながら、俺の内心は少しだけ浮き立っていた。

 

測量。

 

観天望気。

 

どちらも戦う為のスキルじゃない。

 

だが、海を渡る為には必要な技術だ。

 

風を読み。

 

潮を読み。

 

地形を読み。

 

空を読む。

 

俺が思い描く“理想の船乗り”へ近付くには、むしろこれ以上無い組み合わせだった。

 

「ま、まぁ……オーブリーさんが良いなら、それで大丈夫です」

 

ニーナはまだ少し不安そうな顔をしていたが、やがて気持ちを切り替えるように咳払いをした。

 

「では最後に、スポーン地点と職業について説明しますね!」

 

再び新しいウィンドウが展開される。

 

そこへ映し出されたのは、一枚の巨大な世界地図だった。

 

広大な大陸。

 

その周囲に浮かぶ島々。

 

未踏領域なのか、黒く塗り潰された海域まで存在している。

 

そして各地には、プレイヤーが開始地点として選択可能な国家名が表示されていた。

 

大陸西方の海に浮かぶ巨大な島国――連合王国。

 

大陸南部の温暖な地域を支配する魔法先進国――共和国。

 

大陸中央から東部へ広がる軍事国家――帝国。

 

大陸南東部に点在する交易都市国家群――商業連合。

 

そして極北の広大な寒冷地帯を支配する、魔族達の国家――魔王国。

 

「以上五つの国家が、現在選択可能なスタート地点となります!」

 

ニーナが地図を指差しながら説明を続ける。

 

「国家ごとに文化や主要種族、発展傾向が異なりますが、ゲームバランス自体は極力均等化されています!」

 

「ふぅん」

 

「……建前上は!」

 

「今なんか聞こえたな」

 

「キノセイデス!」

 

目を逸らされた。

 

「えーっと……初心者の方へ一番人気なのは共和国ですね!ニューマン種との相性が非常に良く、魔法適性も高いので序盤攻略が安定しています!」

 

地図上で共和国がキラキラと光る。

 

おすすめ演出らしい。

 

「帝国も人気ですよ!獣人種との相性が良く、戦闘職プレイヤーが多いですね!」

 

「商業連合は生産職向けです!ドワーフ種との相性補正があります!」

 

「魔王国は上級者向けですが、高位魔法が非常に強力で――」

 

「連合王国一択」

 

「そ、そうですかぁ……」

 

食い気味に答えると、ニーナは露骨に困った顔をした。

 

「ぴ、ピンポイントで一番不人気な国家を選びますね……」

 

「そんなに不人気なのか?」

 

「はい!」

 

即答だった。

 

「魔法適性ゼロのヒューマン国家ですし、周辺にモンスターも少ないですし、序盤効率もかなり悪いので!」

 

「へぇ」

 

「特に海移動が多いので、“移動が面倒”って理由で避けるプレイヤーさんが多いですね!」

 

まぁ、だろうな。

 

普通のプレイヤーなら。

 

だが俺にとっては、その“海移動が多い”という時点で既に当たりだった。

 

事前に見た攻略掲示板でも、

 

【連合王国は虚無】

 

【船移動しかやることない】

 

【モンスター居なさすぎ】

 

など散々な評価だった。

 

だが逆に言えば。

 

静かということだ。

 

「……連合王国でお願いします」

 

「分かりました。スポーン地点を連合王国へ設定します!」

 

ニーナが地図をタップすると、連合王国の周辺海域が淡く光った。

 

「では、本当に最後です!」

 

再びウィンドウが切り替わる。

 

「『New World Online』における職業ですが、これは固定制ではありません!」

 

「固定じゃない?」

 

「はい!特定のクエスト、行動、技能熟練度、偉業達成などによって変動していきます!」

 

「つまり後から変わるのか」

 

「その通りです!」

 

ニーナは嬉しそうに頷いた。

 

「最初は皆さん、“異界の旅人”という共通職業からスタートします!」

 

異界の旅人。

 

いかにもゲームらしい名前だ。

 

「そこから剣士になったり、魔導師になったり、商人になったり……あるいは全く別の特殊職へ派生したりもします!」

 

「特殊職?」

 

「秘密です!」

 

ニーナは人差し指を口元へ当て、悪戯っぽく笑った。

 

「ただ、“普通じゃない行動”を続けていると、変わった職業へ進化することもある……らしいですよ?」

 

「へぇ」

 

「例えばベータテストでは、鍛冶スキルばかり上げ続けていたプレイヤーさんが、“鍛冶師”じゃなく“王立工房技師”っていう専用職を取得したとか!」

 

「技師?」

 

「はい!普通の鍛冶職より道具作成に特化した特殊職だったらしくて、一時期掲示板で凄く話題になってました!」

 

「なるほど」

 

「他にも、ひたすら未踏地域ばかり探索していたプレイヤーさんが、“踏破者”って特殊称号を獲得したとかですね!」

 

「称号にも意味があるのか?」

 

「ありますよ!」

 

ニーナは得意げに胸を張る。

 

「称号によってNPCの反応が変わったり、隠しクエストが出たりすることもあります!」

 

つまり、このゲームは単純なレベル上げだけじゃない。

 

“どう生きたか”そのものが重要という訳だ。

 

「まぁ、運営も全部把握しきれてないらしいですけど!」

 

「大丈夫なのかそのゲーム」

 

「たぶん!」

 

不安になる返事だった。

 

だが、その自由さは嫌いじゃない。

 

「……ありがとう」

 

自然と口から礼が出た。

 

するとニーナは、一瞬だけ目を丸くした。

 

だがすぐに、花が咲くような笑顔を浮かべる。

 

「ハイ!」

 

元気よく返事をしたニーナは、くるりと空中で一回転した。

 

「それではこれにて、チュートリアルを終了します!」

 

その瞬間。

 

俺の目の前へ、白く輝く光のトンネルが現れた。

 

「この先が、“New World Online”の世界になります!」

 

ニーナがブンブンと大きく手を振る。

 

「オーブリーさんのご健闘を、お祈りしております!」

 

「ああ」

 

俺は小さく頷き、光のトンネルへ足を踏み入れた。

 

その瞬間。

 

潮風の匂いが、確かに鼻先を掠めた気がした。

 

 

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