福音の風を帆に   作:ミヤフジ1945

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第5話 酒気香る風29/05/30修正

 

 

廃糖蜜──モラセスからラム酒を作る。

 

俺からすれば当たり前の発想だった。

 

何しろラム酒とは、サトウキビや廃糖蜜を原料に造られる蒸留酒なのだから。

 

酒の歴史は古い。

 

古代メソポタミアのビール。

 

コーカサス地方のワイン。

 

発祥には諸説あるが蜂蜜酒《ミード》もその一つだ。

 

これらは全て酵母の力によって作られる醸造酒である。

 

日本酒や清酒も同じ分類だ。

 

もっとも、醸造酒には欠点がある。

 

酵母が生きられる限界以上にはアルコール度数が上がらないのだ。

 

大体十五パーセント前後。

 

それ以上になると酵母自身が死んでしまう。

 

そこで生まれたのが蒸留酒だった。

 

アルコールと水の沸点の違いを利用し、より高いアルコール度数を得る製法。

 

焼酎や泡盛を想像すれば分かりやすいだろう。

 

そしてラム酒もまた、その蒸留酒の一種である。

 

だからこそ俺は自然と口にした。

 

――モラセスを蒸留すればいいじゃないか、と。

 

だが問題はそこではなかった。

 

この世界には蒸留酒が存在しない。

 

ワインはある。

 

ビールもある。

 

蜂蜜酒《ミード》もある。

 

だというのにブランデーは無い。

 

ウィスキーも無い。

 

もちろんラム酒も無い。

 

最初は不思議だった。

 

だが考えてみれば、この世界の技術水準は大体十五~十六世紀頃がモデルになっているように見える。

 

一方で蒸留技術は昔から存在してはいても錬金術や薬学の分野で発展してきた技術だ。

 

運営が意図的に蒸留酒という分野を未実装にしていたとしても不思議ではない。

 

……とはいえ。

 

モラセスを見た瞬間にラム酒を思い付いてしまった俺からすると、正直なところ気付かなかった方がおかしい気もするのだが。

 

「そ、そんな方法があっただなんて……」

 

受領窓口でうっかり口を滑らせてしまった俺は、気が付けば船舶ギルドの応接室らしき部屋へ連れて来られていた。

 

目の前にはケイティ。

 

そして船舶ギルドのギルド長。

 

さらにケイティの妹が勤めているというパッシャーズ商会のお偉いさん。

 

どうしてこうなった。

 

俺はただ「モラセスからラム酒を作ればいいのでは」と言っただけだ。

 

それなのに今は、蒸留酒の仕組みとラム酒の製法について説明する羽目になっている。

 

「つまり蒸留器を使ってアルコールを濃縮する、と」

 

「はい。ワインやビールみたいな醸造酒とは別物ですね」

 

テーブルの上に置かれた紙へ簡単な図を書きながら説明を続ける。

 

アルコールは水よりも低い温度で蒸発する。

 

その性質を利用して蒸気を集め、再び液体へ戻せばアルコール濃度の高い酒が出来る。

 

それが蒸留酒だ。

 

「蒸留器なら錬金ギルド経由で手配出来るはずだな」

 

ギルド長が腕を組みながら唸る。

 

「実際に成功するかは分からんが……もし成功すれば、廃棄物同然だったモラセスが一気に商品へ化けるぞ」

 

「その通りです!」

 

商会のお偉いさんが机を叩いた。

 

興奮で顔が真っ赤になっている。

 

「砂糖を作れば必ず出る副産物ですよ!? 今までは処分に困っていたんです! それがお酒になるなんて……!」

 

今にも椅子を蹴飛ばして錬金ギルドへ走り出しそうな勢いだった。

 

……いや、本当に走り出しそうだなこの人。

 

まあ気持ちは分かる。

 

現実でもラム酒は元々サトウキビ産業の副産物から生まれた酒だ。

 

安価で大量生産が可能だったため、やがて船乗り達の酒として広く普及していく。

 

帆船とラム酒。

 

その組み合わせは、ある意味で切っても切れない関係だった。

 

「はい、オーブリーさん。紅茶のお代わりです」

 

「ありがとうございます」

 

ケイティが空になったカップへ紅茶を注いでくれる。

 

ふわりと漂う香りに少しだけ肩の力が抜けた。

 

普段はあまり紅茶なんて飲まないが、ケイティの淹れる紅茶は妙に美味しい。

 

「度数の高い酒、か……」

 

ギルド長が顎を撫でる。

 

「保存にも向いてそうだな」

 

「実際そうですね」

 

俺は頷いた。

 

「アルコール度数が高いので腐りにくいです。長期航海にはかなり向いていると思いますよ」

 

帆船時代、飲料水の確保は船乗り達にとって死活問題だった。

 

保存技術が未熟な時代、真水は簡単に腐る。

 

ビールやワインも多少はマシだが万能ではない。

 

その点、蒸留酒は長期保存が可能だった。

 

後の時代には水で割って飲むことも珍しくなくなる。

 

「なるほどな……」

 

ギルド長が感心したように頷く。

 

「船乗り向けの商品としても十分売りになる訳か」

 

「ええ。少なくとも需要はあると思います」

 

「しかし設備投資は必要になりますな」

 

商会のお偉いさんが難しい顔をする。

 

「テネルファ諸島で生産するにしても、本国でやるにしても相応の資金が必要です」

 

「そこは問題ありません」

 

だが次の瞬間には自信満々に胸を張った。

 

「新規参入とは言え、我が商会の資本力は十分です。成功の可能性があるなら挑戦する価値はあります」

 

ギルド長と商会のお偉いさんが利益計算を始める。

 

俺だけ完全に蚊帳の外だ。

 

何なんだこの空間。

 

もうリアル時間も遅い。

 

そろそろログアウトしたい。

 

そう思ってこっそり席を立とうとした瞬間。

 

「座れ」

 

「座って下さい」

 

二人同時に止められた。

 

逃げ道が無い。

 

なんだろう。

 

俺はただラム酒の話をしただけのはずなのに、いつの間にか国家規模の新産業みたいな空気になっている。

 

「オーブリー」

 

ギルド長が真面目な顔になった。

 

「今回の件が成功したら、お前のランクを上げることを考えている」

 

「え?」

 

「私達も成功した場合は利益の一部を還元するつもりです」

 

商会のお偉いさんも続く。

 

「何しろ独占市場になりますからな」

 

思わず固まった。

 

いや待て。

 

俺は別に発明した訳じゃない。

 

ただ知っていた知識を話しただけだ。

 

「……そんなに貰って良いんですか?」

 

「構いません」

 

商会のお偉いさんは即答した。

 

「問題解決の糸口を示して頂いた。それだけでも十分価値があります」

 

「こっちも同じだ」

 

ギルド長も頷く。

 

「お前の評判は前から聞いている。船舶ギルドへの貢献度も高い」

 

「別に損する訳じゃないんですし、貰っておいて良いと思いますよ?」

 

ケイティまで援護してくる。

 

三対一だった。

 

勝てる訳がない。

 

「それとな」

 

ギルド長が話題を変えた。

 

「お前、将来的には個人船主を目指してたよな?」

 

「はい」

 

「なら船をどうする?」

 

「……船?」

 

「ランクが上がれば今までみたいな日雇い仕事は出来なくなる」

 

言われて初めて気付いた。

 

下級士官以上になれば船長資格が与えられる。

 

さらに上級士官ともなれば複数船の指揮権まで得られる。

 

そうなれば他人の船へ手伝いとして乗る立場ではなくなる。

 

「…………あっ」

 

「やっと理解したか」

 

ギルド長が深々と溜息を吐いた。

 

「船長になりたいなら船が必要だ。仕事以前の問題だからな」

 

「だから今のうちに造れと?」

 

「そこまでは言わん」

 

ギルド長は首を振った。

 

「必要なら造船所への推薦状を書いてやる。しばらく船を持たないなら商会付き船長の口を紹介してもいい」

 

横で商会のお偉いさんが何度も頷いている。

 

どうやら本気で勧誘する気らしい。

 

「お前の人生だ。好きに選べ」

 

そう言って椅子へ深く腰掛けたギルド長へ、俺は少し迷った末にインベントリを開いた。

 

「実はですね」

 

 三枚の羊皮紙をテーブルへ置く。

 

「前から考えてた船があるんです」

 

「ほう?」

 

ギルド長が紙を手に取る。

 

そこに描かれているのは、製図スキルを使って苦労しながら描いた船の設計図。

 

正確には完成予想図だ。

 

「なんだこりゃ……?」

 

ギルド長の眉が上がる。

 

「見たこともねぇ船型だな」

 

ケイティと商会のお偉いさんも身を乗り出した。

 

そして俺は、自分が目指している船について説明を始めた。

 

 

 

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