正直、少し緊張していた。
ラム酒の話とは違う。
これは俺がこの世界でずっと考えていた夢の話だからだ。
この羊皮紙に描かれた船は完全に俺の趣味だ。
好きだからこそ熱が入る。
好きだからこそ伝わらない可能性もある。
「……綺麗。」
羊皮紙に描かれた設計図を見て最初に声を漏らしたのはケイティだった。
「え?」
「だって、この船。今までの船よりなんだか格好良いです。」
ケイティの言葉に商会のお偉いさんも頷く。
「確かに今までの帆船とは印象が違いますな。」
「俺は船の見た目より中身の方が気になるがな。」
ギルド長はそう言って羊皮紙を持ち上げた。
「見た事ねぇ艤装が多いな。キャラベルでもキャラックでも、コグでもねぇ。それにこの縦帆はなんだ、オーブリー。三角帆じゃないがやけに機能的だ。」
俺が差し出した三枚の羊皮紙を見ながら、ギルド長がそう呟いた。
商会のお偉いさんも隣から身を乗り出し、興味深そうに図面を覗き込んでいる。
「確かに見た事がありませんな。帆の数も大きさも配置も、今までの船とは全然違う。」
「それもそのはずですよ。」
俺は少しだけ笑った。
「この世界には存在していない船ですから。」
「は?」
ギルド長が顔を上げた。
「存在してねぇ?」
「正確には、俺が知っている船ですね。」
異界──現実の知識をどこまで説明するべきか一瞬迷う。
だが説明する以上今さら隠しても仕方がない。
この場にいる全員が、俺が異界の旅人である事を知っているのだから。
「異界には、もっと発展した帆船がありました。」
「ほぉ……」
ギルド長の目付きが変わる。
船乗りの顔だ。
新しい船の話を聞く時の顔。
俺は三枚の羊皮紙を順番に並べた。
一枚目は小型船。
二枚目は中型船。
三枚目は大型船。
大きさも用途も全く違うが、どれも俺なりにこの世界で再現可能な範囲で描いた船だった。
「俺が考えているのは、この三隻です。」
「三隻もか。」
「ええ。」
いきなり本命だけ見せても意味が無い。
技術というのは段階を踏んで発展するものだ。
だからまずは小さい船から。
その後に中型船。
そして最後に本命。
そう説明した方が理解してもらいやすい。
ギルド長もその意図を察したのか、一枚目の羊皮紙へ視線を落とした。
「まずはこれだな。」
「はい。」
俺は一枚目の船の絵を指差した。
「この一番小さい船から説明します。」
俺は一番左に置いた羊皮紙を指差した。
描かれているのは一本マストの小型帆船。
全長三十メートルほど。
三隻の中では最も小さい船だ。
「この船はカッターと呼ばれる船です。」
「カッター?」
ギルド長が首を傾げた。
当然だろう。
この世界には存在しない船なのだから。
「主に沿岸部や近海での運用を想定した小型帆船ですね。特徴は少人数でも扱いやすいことと、高い機動力です。」
そう言って船首部分を指差す。
「まずここ。船首から前方へ伸びているこの棒がバウスプリットです。」
「キャラベルに付いているのと同じだろう?」
「似ていますけど別物です。このバウスプリットには帆を着けません」
図面の上を指でなぞる。
「代わりにこのバウスプリットとメインマストの間に二枚の縦帆を張ります。」
「今までのラテンセイルじゃないんだな。」
ギルド長が鋭い視線を向ける。
やはりそこに目が行くか。
「はい。ラテンセイルではありません。」
俺は頷いた。
「この帆はジブセイルと呼ばれる帆です。」
「何が違う?」
「まず取り回しですね。」
俺は少し考えながら説明する。
「ラテンセイルは性能自体は悪くありません。ただ船が大型化すると扱いが大変なんです。」
「確かにな。」
ギルド長も納得したように頷いた。
この世界でもラテンセイルは未だ現役だ。
だからこそ欠点も理解しているのだろう。
「ジブセイルは比較的小人数でも扱えます。それに船首側へ風を受ける面積を増やせるので操船補助としても優秀です。」
「ふむ。」
「さらにメインマスト後部にはスパンカーを装備します。」
船尾側の帆を指差す。
「これも縦帆です。主に操舵補助として使います。」
「舵の効きが良くなるのか?」
「はい。風上への切り上がり性能も向上します。」
ギルド長の眉が僅かに上がった。
船乗りとして興味を引かれたらしい。
今の船乗り達にとって風上への航行性能は永遠の課題だ。
向かい風になれば大回りを強いられる。
だからこそ食いつきも良い。
「で、横帆はこれだけか?」
商会のお偉いさんが図面を指差した。
マスト上部に描かれた一枚の横帆。
「ええ。」
俺は頷いた。
「主推進力は縦帆です。横帆は補助ですね。俺が考えているのは、メインマストの上部に一枚だけ横帆を持つ形です。」
「横帆を減らすのか?」
「その分、操船人員を減らせます。」
これがカッター最大の利点だ。
帆船というのは大抵の場合、船そのものより人件費の方が問題になる。
帆を増やせば速度は上がる。
だが同時に必要な船員も増える。
だから商船では利益との兼ね合いが重要だった。
「乗員は四十人程度を想定しています。」
「四十人!?」
商会のお偉いさんが目を丸くした。
「そんな少人数で動くのですか?」
「十分可能だと思います。」
もちろん現実のカッターはもっと少人数でも動く。
だがこの世界の技術や運用を考えれば四十人程度が無難だろう。
「港での取り回しも良いですし、近海輸送や連絡船にも向いています。」
「なるほどな。」
ギルド長が腕を組んだ。
「軍船よりは便利屋って感じか。」
「そんなところです。」
俺は笑った。
実際、カッターは万能船に近い。
大型船ほどの積載量は無い。
だが速い。
扱いやすい。
維持費も安い。
だからこそ長く使われ続けた。
「それに。」
俺は船首部分を指差した。
「このバウスプリットは半固定式にするつもりです。」
「半固定式?」
「港が混雑している時は取り外せます。」
「外せるのか!?」
今度はギルド長が驚いた。
「はい。多少手間は掛かりますが、停泊時の全長を短く出来ます。」
港というのは意外と狭い。
特に交易都市ともなれば尚更だ。
船同士の接触事故なども珍しくない。
だから少しでもコンパクトに出来るのは大きな利点になる。
「面白いな。」
ギルド長が図面を眺めながら呟く。
「確かに大型船じゃねぇ。だが船乗りの立場からすると欲しくなる船だ。」
「ありがとうございます。」
「正直な話。」
俺は羊皮紙を軽く叩いた。
「この船だけでも今の連合王国なら十分需要があると思います。」
その言葉にギルド長は再び図面へ目を落とした。
先ほどまでの「変わった船を見る目」ではない。
船乗りが新しい商売道具を見定める目だった。
「そして二枚目です。」
俺はカッターの羊皮紙を横へずらし、その上から二枚目の羊皮紙を置いた。
描かれているのは二本マストの中型帆船。
船体も一回り大きく、船腹も深い。
一目見ただけでも先ほどのカッターとは用途が違うと分かる船だった。
「この船はブリック・スループ。」
「ブリック?」
「一般的にはブリックと呼ばれる事が多いですね。」
ギルド長が図面を覗き込む。
「確かにカッターよりデカいな。」
「全長は四十メートルほどを想定しています。」
そう言いながら船首から順番に指を動かした。
「まず船首にはカッターと同じくバウスプリットを設置します。そこにジブセイルを二枚。」
「ここまでは同じか。」
「ええ。ただし本番はここからです。」
俺は前方のマストを指差した。
「一番前のフォアマストには横帆を四枚。」
「四枚!?」
商会のお偉いさんが思わず声を上げた。
「そんなに張るのか!?」
「追い風性能を重視していますから。」
現在この世界で主流となっているキャラベルやキャラックは、横帆と縦帆を組み合わせているとはいえ帆装そのものはまだ発展途上だ。
それに対してブリックは横帆を積極的に使う。
追い風を受けた際の速度は比較にならない。
「そして後方のメインマスト。」
今度は二本目のマストを指差す。
「こちらには横帆を二枚。それにスパンカーを一枚。」
「後ろは減らしているのか?」
「操船性との兼ね合いです。」
大型船になればなるほど帆は増える。
だが増やせば増やすほど人員も必要になる。
その辺りのバランスが重要なのだ。
「さらに。」
俺はフォアマストとメインマストの間を指差した。
「ここに二枚の支持索帆《ステイスル》を張ります。」
「……何のためだ?」
ギルド長が眉をひそめる。
「風上への性能向上です。」
「風上?」
「はい。」
俺は頷いた。
「横帆船は追い風には強いですが、向かい風には弱いんです。」
「それは知ってる。」
船乗りなら当然の知識だ。
だからこそ皆、風向きを気にする。
「ステイスルはその弱点を補います。ジブセイルやスパンカーと合わせて使えば、既存船よりも鋭い角度で風上へ進めます。」
ギルド長の目が僅かに見開かれた。
「本当なら大したもんだぞ。」
「だからこそ価値があるんです。」
海上輸送で最も無駄なのは待機時間だ。
風向きのせいで足止めされる時間が減るだけでも利益は大きい。
商人にとっても船長にとっても魅力的な性能だった。
「積載量はどれくらいだ?」
今度は商会のお偉いさんが身を乗り出した。
やはり気になるのはそこらしい。
「交易船仕様なら七十五トン程度です。」
「七十五トン!?」
お偉いさんの目が丸くなる。
「今のキャラベルより遥かに多いじゃありませんか!」
「そうですね。」
実際、かなり多い。
この世界の標準的な商船からすれば倍近い積載量になる。
「しかも速度も上がる。」
「その通りです。」
積める量が増える。
速く着く。
運航回数も増える。
商人から見れば夢のような船だろう。
「……凄いな。」
お偉いさんが呆然と呟く。
「この船だけでも十分革命じゃないですか。」
「俺もそう思います。」
正直なところ、俺自身が最初に欲しいのもこのブリックだった。
速い。
積める。
扱いやすい。
そして何より格好良い。
海賊船として人気だった理由もよく分かる。
某海賊映画の主人公が海軍から奪った船もブリックだったし、某海賊ゲームでも主人公船として採用されていた。
万能性では帆船史でも屈指だろう。
「乗員は?」
ギルド長が尋ねる。
「六十人程度ですね。」
「思ったより少ないな。」
「最大まで詰め込めばもっと乗れます。」
実際には百人以上乗せる事も可能だ。
だがそれは戦闘艦として運用する場合の話。
交易船として使うなら六十人程度で十分だった。
「なるほどな。」
ギルド長は顎を撫でた。
「カッターが近海用なら、こいつは本格的な交易船か。」
「そう考えて貰って構いません。」
「しかも速い。」
「速いです。」
「積める。」
「積めます。」
「風上にも強い。」
「強いです。」
俺が即答すると、ギルド長は思わず吹き出した。
「お前なぁ。」
「事実ですから。」
「いや、分かるが。」
苦笑しながら再び図面へ視線を落とす。
その横では商会のお偉いさんが真剣な顔で何やら計算していた。
恐らく利益計算だろう。
七十五トン。
高速航行。
少人数運用。
商人なら興奮しない方がおかしい。
そして俺は最後の一枚へと視線を移した。
三枚目。
今回の本命。
俺が本当に造りたい船。
ブリックですら前座に過ぎない。
その事実を知らない二人はまだ余裕そうな顔をしていた。
だが次の羊皮紙を見た時、その表情は大きく変わる事になる。
「そして最後。」
俺は静かに三枚目の羊皮紙を二人の前へ置いた。
それまで興味深そうに図面を眺めていたギルド長と商会のお偉いさんの表情が、同時に変わる。
「……デカいな。」
ギルド長が最初に漏らした感想はそれだった。
無理もない。
三枚の中で最も大きく、最も多くの帆を持ち、最も異質な船だった。
三本のマスト。
高い舷側。
細長く伸びた船体。
そして大量の帆。
一目見ただけでも、それまでの二隻とは格が違う。
「こちらが俺の本命です。」
俺は羊皮紙へ手を置いた。
「フリゲート。」
「フリゲート……。」
ギルド長が聞き慣れない名前を繰り返す。
「三本マストの大型帆船です。」
まず最前方のマストを指差す。
「こちらがフォアマスト。」
次に中央。
「こちらがメインマスト。」
そして最後尾。
「こちらがミズンマスト。」
三本のマスト全てが高く聳え立っている。
「フォアマストとメインマストには四枚ずつの横帆。」
指を上へ滑らせる。
「さらにミズンマストにも二枚の横帆を装備しています。」
「……十枚か。」
ギルド長が呟く。
「それだけじゃありません。」
俺は首を振った。
「船首にはジブセイルを三枚。」
さらにマスト間を指差す。
「各マストの間にステイスルを三枚ずつ。合計六枚。」
そして最後に船尾。
「ミズンマストには大型のスパンカー。」
説明しながら改めて思う。
本当に帆だらけだ。
だがその全てに意味がある。
「追い風では圧倒的な速度を発揮します。」
「どれくらいだ?」
ギルド長が真顔で聞く。
「完成すれば世界最速です。」
応接室が静かになった。
ギルド長も。
商会のお偉いさんも。
ケイティすら口を閉じている。
だから俺は続けた。
「少なくとも現在運用されているキャラックやキャラベルでは追いつけません。」
「そこまで言うか。」
「言えます。」
帆船の性能差は想像以上に大きい。
船体形状。
帆装。
構造。
全てが洗練された船は、過去の船を置き去りにする。
それが技術というものだ。
「もちろん速いだけじゃありません。」
俺は船体部分を指差した。
「船体は既存船より細身です。」
「細いと積めなくなるんじゃないか?」
商会のお偉いさんが疑問を口にする。
「そこは船底形状で補います。」
俺は頷いた。
「船首から船尾まで流れるようなラインにして、水の抵抗を減らします。」
さらに腹部を指差す。
「ただし船底は十分な容積を確保する。」
「なるほど……。」
「結果として速度と積載量の両立が可能になります。」
商会のお偉いさんが唸る。
商人にとって最も魅力的な言葉だからだ。
速い。
積める。
この二つが同時に成立するなら、それだけで革命だった。
「積載量はどれくらいを考えてる?」
ギルド長が尋ねる。
「四百トン以上です。」
沈黙。
数秒後。
「よんひゃく……?」
商会のお偉いさんが固まった。
「四百トン?」
「はい。」
「四百?」
「四百です。」
「…………。」
言葉を失っている。
まあ当然だろう。
今の船と比較すれば桁が違う。
ブリックですら七十五トン。
それが一気に四百トン超えだ。
「おい。」
ギルド長が額を押さえた。
「お前、本気で言ってるのか?」
「本気です。」
「盛ってないな?」
「盛ってません。」
「夢物語でもないな?」
「この船のモデルは、俺の世界に実在した帆船です。」
「実在した?」
「ええ。」
俺は少しだけ懐かしくなりながら答えた。
「アメリカ海軍のフリゲート艦、USSコンスティチューション。」
当然ながら三人とも聞いたことがない名前らしい。
「二百年以上前に建造された軍艦ですが、今でも現存していて実際に航行出来る船です。」
「二百年……?」
ケイティが目を丸くする。
「そんな昔の船がまだ動くんですか?」
「保存と整備を続けているからですね。」
俺は図面を指差した。
「もちろん全く同じではありません。船体形状も艤装もこの世界向けに変更しています。」
「だが元になった船がある訳か。」
ギルド長が納得したように頷く。
「はい。」
俺は少しだけ笑った。
「向こうでは"Old Ironsides"――鉄の船体を持つ船と呼ばれていました。」
厳密には鉄で出来ている訳ではないが……それほど頑丈だったということだろう。
全長六十二メートル。
排水量二千二百トン。
速力十三ノット以上。
乗員四百五十名。
海面からマスト頂上まで約六十七メートル。
文字通り海に浮かぶ巨人。戦列艦なんて重くて鈍重で小回りも聞かない船なんかよりよっぽど使い勝手が良い。
少なくともこのゲーム内の技術でも実現出来る可能性はある。
だからこそ描いた。
「……頭痛くなってきた。」
ギルド長が呻いた。
一方で商会のお偉いさんは真逆だった。
目が輝いている。
危険なほどに。
完全に商人の目だ。
「速度は?」
「完成すれば世界最速。」
「積載量は?」
「四百トン超。」
「遠洋航海は?」
「問題ありません。」
「商船として使える?」
「もちろん。」
「軍艦としても?」
「文字通り世界最強です」
商会のお偉いさんが両手で顔を覆った。
興奮を抑えているのだろう。
「おぉ神よ……。」
小さくそんな声まで漏れていた。
「いや、神じゃなくて俺なんですけど。」
思わず突っ込んだらギルド長が吹き出した。
ケイティも慌てて口元を押さえる。
空気が少しだけ和らぐ。
だが俺はまだ説明を終えていない。
むしろここからが重要だった。
「そしてこの船には、もう一つ大きな特徴があります。」
俺は船底部分を指差した。
「海面下の外板に銅板を貼ります。」
「……銅板?」
ギルド長の目が細くなる。
「何のためだ?」
「フナクイムシ対策です。」
その一言で、船乗りであるギルド長の表情が変わった。
今までで一番真剣な顔になった。
「本気か?」
「本気です。」
フナクイムシ。
木造船にとって天敵とも呼べる存在。
気付かぬうちに船底を食い荒らし、最悪の場合は沈没すら招く。
「銅は奴らが嫌います。」
俺は続ける。
「それだけじゃありません。フジツボの付着も減る。」
「速力低下の防止か。」
「はい。」
ギルド長が図面を見つめる。
先ほどまでとは違う。
夢物語を聞く顔ではない。
本気で実現可能性を考える顔だった。
そして俺は確信していた。
このフリゲートこそが。
この世界の海を変える最初の一隻になるのだと。
「今回紹介した三隻の帆船はどれも
さらにフリゲートは海面下の船体へ薄い銅板を張ります。フナクイムシによる被害を抑え、フジツボの付着も減らせるので速力低下を最低限に出来る。船体形状も今までより細身にしながら、下部は十分な容積を持たせる設計です。速度と積載量を両立しつつ、荒天にも耐えられる船になります。」
「凄い船です! ブリック一隻だけでも商会にとっては大発明ですよ!」
興奮した様子で身を乗り出す商会のお偉いさん。
まあ無理もない。
俺からすれば帆船史を少し先取りしただけの話だが、この世界から見れば百年近く未来の技術だ。
「確かに完成すりゃ、今連合王国内を走ってる帆船の大半が時代遅れになるだろうな。」
そう言ったギルド長は、しかし渋い顔を崩さなかった。
「だがなぁ……」
何か問題でもあっただろうか。
初めてのプレゼンだった事もあり、俺は少しだけ不安になる。
そんな俺を余所に、ギルド長はフリゲートの羊皮紙を指で叩いた。
「カッターやブリックはまだいい。だがこのフリゲートだ。」
ぽん、と羊皮紙を叩く。
「デカすぎる。建造費が読めん。」
「……やっぱり、そこですか。」
「船底の銅板は面白い。下手すりゃ特許になるかもしれん。だがそれを差し引いても金が掛かり過ぎる。」
造船設備は問題ない。
造船官に頼めば正式な設計図にも出来る。
だが費用だけは別問題だった。
少なくとも既存の大型帆船を何隻も建造出来る額になるらしい。
俺は思わずフリゲートの絵へ視線を落とした。
この世界へ来てからずっと考えていた夢だった。
だからこそ少しだけ悔しい。
「……やっぱり、無茶でしたかね。」
ぽつりと漏れた言葉。
だが返ってきたのはギルド長ではなく、商会のお偉いさんだった。
「オーブリーさん。」
妙に上機嫌な笑顔だった。
「異界の旅人は定期的に元の世界へ戻るのでしたな?」
「え? まあ、そうですね。」
「次にこちらへ来るのは?」
「大体一週間後くらいです。」
「ふむ。」
何やら考え込む。
そして数秒後。
「なら何とかなるか。」
「……はい?」
「一週間後、もう一度お会い出来ますかな?」
妙に食い気味だった。
俺は若干引きながらも頷く。
「ええ、まあ。」
「結構。」
満足そうに笑うお偉いさん。
嫌な予感しかしない。
「ギルド長、一週間後に造船所の親方を呼べますか?」
「呼べるが……何する気だ?」
「それは一週間後のお楽しみという事で。」
にこにこと笑う。
怖い。
商人の笑顔は時々本当に怖い。
「それでは今日はここまでにしましょう。随分長く引き留めてしまいましたしな。」
そう言うや否や、お偉いさんは別れの挨拶もそこそこに応接室から出て行ってしまった。
ぱたん。
扉が閉まる。
残された俺とギルド長は思わず顔を見合わせた。
「……何考えてんだアイツ。」
「俺に聞かれても。」
二人同時にため息を吐く。
「まあ今日は終わりだ。」
ギルド長が立ち上がった。
「長い時間付き合わせちまったな。」
「いえ。話を聞いて頂いてありがとうございました。」
頭を下げる。
するとギルド長は少しだけ気まずそうに頭を掻いた。
「なんだかんだ言ったが、お前の船は面白かったぞ。」
「ありがとうございます。」
「アイツが何企んでるかは知らんが、オーブリーに損な話じゃないはずだ。あんまり深く考えず待っとけ。」
「そうします。」
俺はギルド長へ挨拶をして応接室を後にした。
色々あり過ぎた一日だった。
ラム酒の話から始まって、気付けば船のプレゼン大会だ。
もう頭が疲れている。
さっさと宿へ戻ってログアウトしよう。
夕闇に染まる港町を歩きながら、俺は大きく伸びをした。
そして数秒後。
「…………そういえば。」
足が止まる。
「あの商会の人の名前、聞いてなかったな。」
しばし考える。
思い出せない。
「……あのおっさん誰だったんだろ。」
結局最後まで分からないまま、ログアウトするために俺は宿屋への道を歩き出した。