投稿前に、今までの小説の行間を変更しました。少し読みやすくなっていると思いますので、再度読んでみてはいかがでしょうか。
──ネ─輩!
幽かに、聴こえる。知っているような、知らないような、誰かの声。それも、焦りの色を乗せながらの。誰かしら。記憶力は、良かった筈なんだけど。
色々と、言葉が聴こえる。私に向かって、言っているのかしら。沢山何かを言ってるのは分かるけれど、何を言ってるかは分からない。断片が、少し聞こえるに留まっている。
それにしても、私は何をしていたのかしら。トリニティを出てからの記憶が、殆どスッポリ抜けている。病んでいたのは、朧気ながら覚えているけれど。具体的な何をどう、とかは全く思い出せそうに無い。
それに、どうしてこんなに身体が重いのかしら。寝ていたのだとしたら、せめてもう少し身体の鈍さはないと思うのだけれど。……嗚呼、駄目。頭も回らないわ。
──かりし──さい!
相も変わらず聴こえる、掛け声。…………あら?何だか、聞き覚えのある声……?
─嗚呼、ナギサちゃんだわ。
こんなに凛々しい声になったのね。きっと、姿もしっかりしてるのでしょう。先輩として、とても嬉しいわ。トリニティを出てから、親しい人の殆どと連絡を断っていた為に、こうして後輩や友達の成長を知らないもの。今知れて、嬉しいわ。
声を、出そうとする。けれど、出ない。口をパクパク動かすだけに終わる。傍から見たら鯉みたいね、私。けれど、鯉ほど愛くるしさはないわね。
何度も何度も、声を出そうと努める。しかし、何一つ発する事が出来なかった。身体も、未だ動かず仕舞い。本当にどうしちゃったのかしら。
─輩!
先程とは違う、別の声。ちょっと低めで、だけど女性らしさがある。…………ハスミちゃん、かしら?間違ってたら、ゴメンなさいね。
目が霞んで殆ど姿が分からない。何とか、雑把な色の識別が出来る程度。顔の詳細や身体つきなんてものは、最早判別出来そうになかった。
……もしかして、死ぬのかしら。一度だけ、死について調べていた事があった。単に、興味が湧いたから。そんな時、「死ぬ前は、身体が思うままに動かない。さながら、鉛を纏った様だ。」などと書いていた本があった気がする。小説だったかそうでなかったかは、終ぞ思い出せない。
だとしたら、物足りないわ。後輩とも話をしてないし、ワカモをおちょくれていない。学生らしい青春も大して過ごさずに生きてきたし、何もかもが足りない。こんな終わり方、余りにも消化不良だわ。
何か、奇跡でも起こってくれないかしら。
──────
声を、掛け続ける。何かを発そうとはしてるリンネ先輩。しかし、声は響かない。次第に、色々な生徒が駆け寄ってくる。同じ様に声を掛けるが、返って来る声は一つとして無かった。
先の激戦で、身体が多大な損傷を受けたのだと思う。現に、身体も満足に動かせていないまま。自分達がこうしてしまったという罪悪感以上に、心配という念が湧いていた事は、違いない。我ながら、非情甚だしいとは思う。
私も皆も、ましてや先生も。非常に納得いかないが、誰もが、最早このまま息絶えるだけであろうと感じていた。先輩と話す事も叶わず、謝る機会すらも失せてしまうという、何とも耐え難き苦痛を味わう事になろうと、思っていた。
一欠片のソレが、舞う。先輩が纏っていた、光の装甲だ。装甲とは言うが、空を舞うその姿は、とても装甲であるとは感ぜられなかった。色の異なる、桜でも見ている気分だ。
ピトッと、先輩のおでこに着した。触れた瞬間にパラパラと砕け散ってしまった辺り、余程消耗していたのだろう。
「…………ぅ、っ。」
「!せ、先輩!私が分かりますか!?」
声が、聴こえた。懐かしい、あの声が。あの時の無機質さは一切失せ、人間味のある先輩の声が鼓膜を通る。漸く、戻って来てくれたんですね。
私達は必死に話し掛け続ける。まだ回復しきっていないのか、喋り始めたての様にして声を上げる。最早、意味のある言葉の羅列とは、程遠かった。
消えてしまうかもしれない。黒服の言葉を忘れた訳ではなく、寧ろ記憶の中に目立つ所で居座っていたからこそ、私は焦っていた。消えてしまったら、先輩と話せる可能性がゼロになる。正真正銘、不可能に。
無理をして欲しくないのと同時に、どうにか声が出ないかと祈る。最後まで、自己中心的な自分の姿が、随分と図太く思えて仕方なかった。
「……ナギ…サ……ちゃん…。」
「…!はい……!」
無理だと思っていた。半ば、諦めていた。必死に声を掛けてはいたけれど、叶わないとばかり思っていた。
けれど、先輩が言葉を発した。そして、私の名前を呼んだ。覚えてくれていたのか思い出したのか、この際どうでもよかった。先輩に呼んでもらう、先輩とこうして言葉を交わせるだけで、どれだけ嬉しい事か。
大きな夢が一つ、叶ったかの面持であった。
「…立派に……なったのね……。」
先輩の一言が、胸の内を抉る。悪意の無い屈託の笑顔が、それを助長するようであった。
いえ、いいえ。先輩。貴女には、届きそうにもありません。だって……だって。
次々に想起される言葉は、負の感情を孕んでいて。褒めて欲しいと思っていても、誇れる事が何も出てこなくて。そんな資格ないのに、先輩の言葉に嬉しさを感じて。
「……まだまだ、です。私は。」
言えたのは、たったのこれだけ。言いたい事こそ無限であったのに、出てきたのは、こんな僅か。緊張でも、苦手意識でもない。何なのかは、終ぞ分からず。
「リンネ先輩!」
後ろから、ハスミさんの声がする。彼女は、同じ委員会の先輩後輩関係だったと、記憶している。ハスミさんにも話をさせようと思い、私は先輩をハスミさんにお願いし、少し下がる。
するとどうだろう。ハスミさんは、まるで死者に呼び掛けるように、大きく声を荒げていた。リンネ先輩、リンネ先輩、と。最も、その声は震えに震えていて。命乞いの方が、近しい例えだとも思えるか。
何を話しているのか。先輩の声は段々と小さくなっているように感ぜられ、実際、声など聴こえなかった。私に聴こえているのは、ハスミさんの声と、僅かな外野の声のみ。いつも煩わしく聞こえる銃声など、何とも感じなかった。
ボロボロと、涙を流す。ハスミさんも、私も。後ろを見れば、ミカさんも。驚いた事に、あの七囚人の一人すらも、落涙していた。特徴的な仮面は、外して。
声が聴きたくなり、また少し近づく。声が聴こえる距離で止まったが、先程よりずっと先輩と近くであった。それが何を意味するか、残酷にも、私には理解出来てしまった。
──────
──!先─!
声が、遠のいていく。瞼も、また更に重さを増して。健康とかいう言葉とは、対極に位置していると痛感させられる。
夢かどうかの判別もつかぬ今、夢でないと信じて話をしてきた。ナギサちゃんと、ハスミちゃん。ミカちゃんらしい声も遠くから聞こえた気がした。…………ワカモは、いたのかしら。声が聞こえなかったから、分からないわね。
力が、いよいよ入らない。腕を上げる事も、最早叶わない。死の淵とは、正しく今立っている所なのだろうか。
けれど、苦しさは無かった。身体は怠いけれど、痛みは伴っていない。風邪で寝込んでいるような、そんな感覚を思い出す。…その割には、随分看病が多い気もするけれど。
…………思えば。私の旅路は、いよいよ奇妙だった。確固たる正義像を持ってこそいたものの、その行き着く先は、私が描いていたものとはあまりにも乖離し過ぎていた。皆から模範と言われ、それなりに青春を謳歌し、人の為に生きる。結果、ほぼ真逆の道を歩んでいた。
……ここまで来てしまえば、恨みなどは無い。悔いは、沢山あるが。何がいけなかったのか、それは知りたくて仕方無いがけれども。
─もっと、誰かの為に生きたかった……な。
次回、最終話(エピローグ)予定です。