「あれ?ここら辺では見ない子だね。」
今日も今日とて、ふらりと思うがままにしていた。すると、シャーレの先生と邂逅した。様々な事件や事態を収束してきたという割には、しゃんとしていない印象。この前の戦闘時とは、打って変わって。
そんな彼は、ビニール袋をぶら下げていた。買い物帰りだろうか。だとするなら、無防備ではないか?キヴォトスの住人は身体が強いが、外の世界から来た先生は、脆いはず。大丈夫なのだろうか。
……シャーレに属していないので、この心配も無意味ではあるのだが。
「……旅を、してるので。」
「旅かぁ……良いなぁ。」
等と言い、羨ましそうな表情を浮かべる。まぁ、一人でフラつけない世界だろうし、窮屈ではあるのだろう。皮肉にも、大人の……いや、先生としての責務に囚われてしまっている。ただ、彼の顔にそれらを彷彿とさせるモノは、無くて。
まるで、子どもを見てるようだ。あまりに無知で、あまりに実直。……誰か、懐かしい人物を、見ている気分になる。
「そうだ、名前は?」
思い出したかのように、私に尋ねる。
「……分かりません。強いて言うなら、リンネと言うかもしれないらしいです。」
私の言葉に、彼は困惑する。無理もない。
何処かで聞いた事がある、「名前を聞いても分からない」とかいう現実では有り得ない事が、現実に露見したのだ。自分の名前を知らない人なんて、殆どいる事が無い。結果、こうなる。
「……一つ、質問したいんだけど…良いかな?」
先程のふにゃっとした雰囲気とは裏腹に、真剣な雰囲気を纏いながら、私に言う。
静かに、頷いておく。その意図を察知したのか、彼は話を続けた。
「……君、トリニティにいたんだよね?」
「…………そうですね。」
随分と、踏み込んできたものだ。大人とは、デリカシーやプライバシーを何処かに置いてきた生き物なのだろうか。黒服といい、彼といい。
ただ、特段隠す必要も無い事実なので、肯定はしておく。段階というものがあるだろう、という言い分は飲み込んで。
「…………大丈夫、なの?」
「………………はい?」
おっと、いけない。つい零れ落ちてしまった。それだけ踏み込んで、大丈夫、とは何なのか。読解問題なのだとしたら、相当な難問であるが。
大丈夫も何も、今こうして生きてるんだから、大丈夫なのではないか。
「今、こうして、生きてますが。」
「ううん、心の事。」
どうやら、精神について問うてきたらしい。最初からそう言って欲しいものだ。足りない、主語が。
甚だ、遅過ぎる質問だ。
「……さぁ。私は、どうやら基準がおかしい、ようなので。何とも。」
こうとしか返せない。だって、
……こういう外れ物を、人は"異端"と言うのだろうか。だとすれば、私は"異端"なのだろうか。巫山戯た世界だ事。
何が、奇跡か。何が、正義か。
「……そろそろ、行くので。」
居心地が悪い。……いや、心持ちが、悪い。彼には申し訳ないが、ここを後にしよう。
……彼の正義は。それを聞きそびれた事が、唯一の心残りだった。
──────
「あっ、先生!何処に行ってたんですか!休憩時間、とっくに過ぎてますよ!」
「ゴメンゴメン、ちょっとね。」
彼女が立ち去って数刻、私もシャーレに戻っていた。どうやら思っていたより時間が経っていたようで、今日の担当であるユウカに怒られてしまった。
「……ねぇ、ユウカ。」
「何ですか!」
「…リンネって子、知ってる?」
それまで私に対して怒り心頭だったユウカは、私の一言によって一変した。顔のパーツを、取り替えたかのように。そして、考え込む。
そうして少し経ち、ユウカはこう言った。
何でも、時折指名依頼をしていたらしい。最初こそ不安だったが、依頼は確実にこなす上、口も堅い。契約内容を違える事も無く、成功率が100%だったとの事。
それに、当時はそれなりに仲良くしていたとも言う。私が今の彼女の性格を伝えると、「…嘘、ですよね?」と、表情に曇りが見えた。ユウカからすれば、その変わり様は受け入れ難いらしい。
……どうにか、してあげたい。何故あんな表情をしていたのか、何故学園で顔を見ないのか。
─何故、あれ程絶望していたのか。
──────
「……これは。」
ある書物を、拾った。私が散策していた、ある裏道で。
広げてみる。この書物は、果たしてどのようなテクストであるのか。どのような記号が、羅列されているのか。それらは、どのように作用しているのか。
「…………ッ」
捨てた。こんなテクスト、あまりに巫山戯ている。
何だ、アレは。あれ程、不快なテクストが存在するとは。我々が見知る言葉が、ここまでの不快を生成しうるとは。
あの大事件も、彼の帰還も、その他事象も。全てが、出来レースだと言いたいのか。この、異物は。
気付けば、ソレを燃やし尽くしていた。二度と、この様なものを見てたまるか。
──────
─このようにして生成されたソレを、私は