俺のハーレムは何かがおかしい   作:祐。

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プロローグ
レストラン『Le goût du péché』


 ――――東京。

 

 日給が入った封筒を抱え込むようにして、自分はとある駅前の通りを歩いていたものだ。

 

 先ほどまで、休憩も許されないブラックな仕事を手伝わされていた。

 尤も、その雇い主は実の父親だったからこその重労働だったのだろうが……。

 

「絵は描けるし作曲もできる、日本が誇るアーティストねぇ……。確かに男性としてはあまりにも美人すぎるし、本人も中性的なキャラを売りにして女性的なメイクもしているから、テレビやネット記事じゃあ『幻惑の奇術師』とか呼ばれて親しまれているもんだけれど……まぁ俺からすれば、息子使いが荒いただのスパルタな父親なんだよな……」

 

 ボヤきながら歩き進めるその道のり。ふと脇にあった柱へ意識を向けていくと、つい先ほどまで手伝わされていた公園の会場で開かれるという、あるイベントの告知が貼り出されていることに気が付いた。

 

「噂をすれば何とやら。『“世界的な芸術家ChalkI(チョーキ)”の特別公演ショー。会場では生絵描きも披露!』か。とうとう日本から世界にまで飛躍しちゃってるよ。こうしてみると親父って本当にすごい人なんだな。身内が芸能人だとその実感が薄れるなぁ」

 

 お茶の間でも人気者である父親の活躍に、自分は他人事であるように呟きながらその場を歩き去ったものだ。

 

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 芸術家として名を知らしめる父親。そんな身内とは相反して、自分こと柏島(かしわじま)歓喜(かんき)は特に美的なセンスに恵まれることもなく、至って普通の一般人として平凡な人生を送っていた。

 

 平均的な知能に、平均的な身体能力。目立った特技や趣味もなく、時間に身を任せるまま過ごすこと早22年。

 

 お酒は飲まないしタバコも吸わない。危険や冒険も避けてきた、安定思考の量産型。彼女ができた経験もなく、男友達と適当につるみながら生きてきたこれまでの人生は、武勇伝も不便もないザ・真っ直ぐの道のりを辿ってきた。

 

 強いて言えば、芸術家の親を持つ身として少しだけ洒落っ気を意識していたことが、唯一の個性であったのかもしれない。

 

 ブティックのショーケース前。そこに映った自分の姿が目に留まり、立ち止まっては髪型や襟を直すように左手でいじっていく。

 

 175cmの背丈で、黒髪のショートヘアーと琥珀色の瞳。

 服装は、ストリート系でゆったりとしたオレンジ色×黒色のフード付きパーカーに、下に重ね着していた薄手で黄色のフード付きパーカー。白色のシャツと腹部に巻いたアクセサリーの黒色ベルトに、黒色のボトムスとオレンジ色×黒色のシューズというこだわりの身なりで整えてある。

 

 まぁ、メイクをしている親父を見て育てばこれくらいの意識は持つよなぁ。

 という何気無い思考を巡らせながら歩き出し、今も右手に持っていた封筒を眺めながら昼食について考え始めていく。

 

「お腹減ったなぁ。なんか美味しいものが食べたいなぁ。せっかく重労働してお駄賃貰ったんだし、この働きに見合う贅沢でもしてみようかなぁ……」

 

 目につく店の並びに魅了される自分。

 

 ラーメン屋という誘惑から始まり、ハンバーガーショップやフライドチキンという様々なご馳走が視界に現れる。それらに釘付けとなりながらウキウキな気分で周囲を散策していると、何となく注目した道端の看板に意識はすぐさま掻っ攫われた。

 

「…………レストラン『Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)』?」

 

 ステンドグラスのように透き通る鮮やかな水色の看板。店の名前と思われる文字には黒色のキスマークや蝶のシルエットが添えられており、昼間から刺激的な存在感を醸し出す異彩のそれからは、他とは一線を画す特別な何かを感じてしまえる。

 

 付近には、外付けの階段が続いていた。それを目で追っていくと、2階建てである建物の2階の窓から、シャンデリアのような照明の煌めきをうかがうことができたものだ。

 

 なんか、色々とすごいお店だな……。

 看板的には、キャバクラやバーのような大人向けの雰囲気を醸し出すそのお店。だが、レストランと書いてある以上は食事処であるらしいことから、自分は「まぁ、たまには冒険でもしてみるか」と平凡な人生にちょっとだけスパイスを加える心意気で、外付けの階段を上り出したものだった。

 

 ……後に、この判断が運命の分岐点であったことを思い知らされる。

 

 ――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 階段を上り終え、『Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)』の店名が書かれたガラスドアを開いていく。

 

 カランカラン、という空気に透き通るような鈴の音。軽快なそれが響き渡ると共にして、視界には想像を上回る光景が広がった。

 

 外から見えたシャンデリアが、暖色の照明によって昼間から煌々と光り輝く様子。それが照らす空間は温もりを帯びたノスタルジックな雰囲気……かと思いきや、ステンドグラスが織り成す西洋風とプロジェクションマッピングの壁によって構成された実に斬新かつ鮮やかな景色を生み出していたものだ。

 

 主に、4人掛けとなる黒色のテーブルとイスが列を成して並んでおり、2階から東京の街並みを見渡せる開放的な大きい窓や、出入口付近にあるカウンターや部屋の奥にあるピアノといった代物は、割と一般的にうかがえたものだろう。

 

 しかし、まず床がアンティーク調のモノクロタイルと、4種類ほどの青色からなるステンドグラスのようなタイルという、相容れない2種類のタイルが入り混じる独自の景観が衝撃的だった。特に青色のタイルは踏んでしまえば今すぐに割れてしまいそうなほど、非常に繊細かつ鮮やかな美しさを放っている。

 

 壁には、プロジェクションマッピングと思われる映像が流されていた。

 水中を彷彿とさせる波打つ揺れに、ブクブクと下から上ってくる気泡のようなそれ。まるで自分が水槽の中にいるような感覚を覚えていくのだが、水中と呼ぶにはあまりにも淡泊とした映像であり、しかし映像と呼ぶには日差しを反射する水面のような表現が垣間見えることから、やっぱり水中にいるような錯覚をもたらしてくる。

 

 店内にはムーディーな音楽がかけられており、淑女の夫婦達といった雰囲気に見合った客層が優雅に食事を楽しんでいた。

 天井も、外から眺めた時よりもだいぶ高いような印象を受ける。そこに大きな窓ガラスと透明感あるプロジェクションマッピングが加わることで、大人の余裕たっぷりな外観以上の開放感を演出していたものだ。

 

 時に、芸術というものは人間の感性を狂わせる。

 現実と異世界の狭間に迷い込んだような気分だった。今も呆気にとられるよう自分は入口で立ち尽くしていると、直にも来店に気が付いたこちらへと、1人の女性が歩み寄りながら声を掛けてくる。

 

「いらっしゃいませ。本日はレストランLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)にご来店頂き誠にありがとうございます」

 

 落ち着きのある、大人の声音。気品が備わる余裕を含んだそれを聞き、自分は声の主へと振り向いていく。

 

 そこには、タキシードを身に纏う絶世の美女が存在していた。

 179cmという、こちらよりも背が高い身長を有する女性。彼女は腰辺りまで伸ばした白髪を分厚く束ねたポニーテールが特徴的であり、潤いを帯びた色白の肌に黒色の瞳、イケメンとも捉えられる凛とした顔立ちに、彼女から見た左目の泣きぼくろといった容貌が実にお美しい。

 

 黒色のタキシードを身に着け、ボタンを2つ外した赤色のシャツという緩急のある身なり。そんな女性に見惚れるがあまり自分は言葉を失ってしまうのだが、彼女は動じることなく落ち着きを払った声音で、穏やかな眼差しで見下ろしながら言葉を続けてくる。

 

「当店のご利用は初めてでございますね」

 

「え? あ、はい……! その、1名です……!」

 

「かしこまりました。2名席となりますが、お席へとご案内いたします。……ん?」

 

 と、眼前の美女と店内の雰囲気の両方に緊張するこちらの顔を、女性はまじまじと見つめてくる。

 

 彼女としても、何か予想外だったのだろうか。

 一瞬だけ、眉を上げてわずかに見開いてきた。その様子に自分は顔色をうかがうような視線を向けていると、女性はすぐにも気を取り直して喋り出してくる。

 

「いえ、失礼いたしました。それでは柏島(かしわじま)様、お席へご案内いたします」

 

「あ、はい。ありがとうございます……」

 

 ……?

 

 なんか、今の会話に違和感があったような……?

 そんな疑問がふと脳裏によぎってきたものだが、それ以上に男1人で来店した場違いな緊張からか周囲の目に意識が向いてしまう。

 

 尤も、ここの客層は他人を気にしなかったものだろう。

 それでもなお、冒険してみた己の行いに当時の自分は深く後悔していた。この心情はきっと、他者とも分かち合えるものであることを俺は信じている。

 

 ――――――――――

 

 

 

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 案内された窓側の席に座り、自分は姿勢を正しながら佇む女性従業員に一礼していく。

 こちらの動作に女性は柔らかく微笑んでくると、彼女は凛々しいサマで「ごゆっくりどうぞ」と口にしてその場を去っていった。

 

 彼女はすぐにも他の女性客に呼び止められ、そちらと談笑を交わしていく。どうやら同性から見てもその従業員は美しくて頼り甲斐があるらしく、OLと思しき客に黄色い歓声を上げさせていた。

 

 あんなに綺麗なんだから、モデルとか女優をすればいいのに。

 という内心を抱きながらも、自分は改めてと言わんばかりにメニュー表と向かい合う。

 

 ……確かにお賃金は少し多めに貰った。雇い主が親父だったから、身内補正が乗った日給は案外と馬鹿にならない。

 

 ただ、このレストランはあからさまに高級店すぎる……!!

 見誤ったか……! 心の中で歯を食いしばる自分は、恐る恐るとメニュー表を開いていく。その最中にも内心で「なるべく安めなコースでも頼もう」と呟きながら目を細めていき、さもこの世ならざる恐ろしいものを見る目で、目の前の現実と向かい合ったものだ……。

 

『ポワソン・ソース・ブール・ブラン ~白身魚、白ワインのバターソース添え~ ¥1,030』

 

『ル・トゥルヌド・ロッシーニ風 ~牛フィレのロッシーニ風、ジャガイモのピューレとジャガイモのドフィネ~ ¥1,200』

 

『マグレ・ドゥ・カナール ~鴨の胸肉のロースト~ ¥1,380』

 

 …………。

 

 ……書いてあることがよく分からないのに、心なしかリーズナブルに思えてくる良心的なそれ。

 というか、フランス料理っぽいのにコースじゃなくて単品で注文する形式なのか。という驚きが勝り、自分はある意味で度肝を抜かれた面持ちでメニューを眺めたものだった。

 

 取り敢えず、最初に目についたポワソン・ソース・ブール・ブランという白身魚の料理を頼んでみよう。

 値段で決定した自分は、付近に店員がいないか探していく。その動作の中で、女性客と会話をしていた先ほどの女性とは異なる、タキシードと紫色のシャツを身に着けた小柄の女性を見つけたため、自分は彼女へと呼び掛けた。

 

「あの、すみません」

 

 声の方向へと振り向いてきた小柄の女性。そうして目が合った瞬間にも、自分はまたしても見惚れるように店員の顔を眺めてしまった。

 

 158cmの身長である女性は、肘辺りまで伸ばしたヴァイオレットカラーの長髪と、アメジストのように輝く宝石のような同色の瞳が印象的だ。

 幼げな雰囲気と可憐な容貌は、女性というよりも少女と呼ぶに相応しいのかもしれない。まるでお人形のような存在感を放つ少女は、いたいけな輪郭にまん丸な目と、年相応とも言えそうなちょっと生意気そうな面持ちが特徴的。

 

 急ぎで駆け寄ってくるかと思いきや、少女はとても落ち着いた足取りでこちらの席まで歩いてきた。その様子に自分は意外と思いながらもオーダーを行っていく。

 

「こちらの、ポワソン・ソー……」

 

「ポワソン・ソース・ブール・ブラン、白身魚と白ワインのバターソース添えですねー。ご注文は一点だけでよろしいでしょーかー」

 

 可憐な声音であり、淡泊で適当な喋りでもあった少女のセリフ。

 

 少女のそれを聞き、自分は一息置いてから「お、お願いします……!」と答えていく。

 で、少女はメモをとることなく淡々とした調子で言葉を続けてくる。

 

「承知しましたー。10分ほどお時間を頂きますのでご了承くださーい」

 

「お構いなく……」

 

「はーい。…………??」

 

 去り際にも、少女はこちらの顔をじっと見つめるように立ち止まってきた。

 

 先ほどの女性店員も、似たような反応を見せていたな。

 内心でそれを思う間にも、少女は気のせいかと言わんばかりに足早と歩き出していく。そうしてプロジェクションマッピングでカモフラージュされた従業員用の扉を開いていくことで、少女は姿を消したものだった。

 

 ――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 10分ほど経過して、店員の少女が扉から出てきた。

 

 右手には銀色のお盆を持っていて、その上には皿が乗せられている。彼女は淡々とした足取りで真っ直ぐとこちらへ向かってくると、注文の品を丁寧にテーブルへ置きながら喋り出してきた。

 

「お待たせしましたー。ポワソン・ソース・ブール・ブラン、白身魚と白ワインのバターソース添えでございまーす」

 

 テーブルに置かれた料理を見て、自分は思わず感嘆の声を上げてしまった。

 

 火が通った白身魚は芳ばしい茶色の焦げ目をつけており、程よく赤みを帯びた表面は人間の食欲を煽ってくる。

 白ワインのバターソースと思われる白色のソースは、バジルの緑色も織り交ぜたクリーミーさを演出していた。また、白身魚の上や周囲には、アクセントとしてパセリやレンコン、オクラやプチトマトが用意されており、色鮮やかでお洒落な一品は芸術にも匹敵する美しさを放っていた。

 

 口に入れなくても分かる。これ絶対に美味しいやつだ……!!

 ナイフとフォークを手に持って、「頂きます……!」と呟きながら一口。

 

 う、ウマい!!

 たった一口目で感動を覚えるほどの美味と、あれだけ怯えていたのが嘘みたいにリーズナブルな価格。こんなに美味しいフランス料理をこんな値段で味わえて本当にいいのだろうかと、一種の罪悪感さえ抱いてしまえる心情に、自分は静かに悶えながら美味を堪能したものだった。

 

 来てよかった……!

 人目が無ければ涙を流したいほどの感動。今も口の中に広がる白身魚の風味とクリーミーなソースに加えて、バジルやパセリなどのサッパリとした味が食べやすさに拍車を掛けてくるのだが、正にその人目とやらが現在も真横から注がれていたことから、自分はゆっくりとそちらに振り向いて目を合わせていった……。

 

 ……可憐で適当な少女が、何故かこちらの顔をまじまじと見つめている。

 どうしても気になる。そんな様子がうかがえる彼女と目が合うこと数秒、次にも少女は突然「あーーーッ!!」と思い出したように声を上げてきた。

 

「やっぱりそーです!! 見覚えがあると思いました!!」

 

「え? え? なに? なに??」

 

「アナタ、ChalkI(チョーキ)さんの息子さんですよね!?」

 

 ChalkI(チョーキ)。世間を沸かす有名人の名に、周囲の客が視線を投げ掛けてくる。

 

 それを受けて自分が絶句していく最中にも、少女は気付いたように周囲へと軽く謝る素振りを見せながらも再び喋り出してくる。

 

「幻惑の奇術師ChalkI(チョーキ)。本名、柏島(かしわじま)長喜(ちょうき)さん。ご本人からアナタの写真を見せてもらったコトがありまして、ソレででしょーねー、どっかで見覚えがあるカオだなーと思って、ずっと気になってたんです」

 

「ちょ、ちょっと待って! 親父から写真を見せてもらったって、まさか君、親父の知り合いなの!?」

 

「まさかですけどアナタ、コチラが“ChalkI(チョーキ)プロデュースのお店”であるコトを知らなかったりします??」

 

「ここ親父がプロデュースしてんのッ!!?」

 

「ナンでしたら、内装のデザインもChalkI(チョーキ)さんが手掛けてますけど??」

 

「ここ親父がデザインしたのッ!!?」

 

 あまりにも怒涛の勢いだった。

 

 でも、言われてみれば納得だった。こんな幻惑的な空間、奇術師でもなければ生み出せない……か?

 

 という謎の納得を交える自分が唖然としていると、こちらの会話を聞きつけたのだろう長身の女性がコツコツと靴音を鳴らしながら歩み寄ってきた。

 

柏島(かしわじま)歓喜(かんき)くん。ChalkI(チョーキ)の名で親しまれる芸術家柏島さんの息子である貴方の来店を、心より待ち望んでいたものよ」

 

「あ、どうも……」

 

「貴方のお父様は憂いていたわ。『息子は自分の芸術や活動をいまいち理解してくれないものだから、夢でもあった自分プロデュースの飲食店を持つという悲願の報告も、息子にはまだできずにいるままだ』と。不完全燃焼といった具合に、従業員として雇用している私にそうボヤいていたものよ」

 

「いや、親父はすごい人だって思ってはいるので、理解していないわけではないんですけど……。ただ、その……ちょっと照れ臭いんですよ。なんか、親父が褒められている姿とか見ると、自分のことのように恥ずかしくなってきて、それで……」

 

「その本音を、彼に直接伝えてあげてちょうだい。彼は、貴方とは本質的な部分で相違してしまっていると信じ込んでいるが故に、世界へと躍進する現在においても彼は自身の芸術に対して未だと価値を見出せずにいるわ。……気恥ずかしい側面もあるのでしょうけれども、どうか彼を葛藤から解放してあげてもらえないものかしら」

 

 軽く腕を組んだ凛々しい佇まい。女性は優しい眼差しで穏やかにそう喋るものだったから、自分は少し考え込んだ後にその場で頷いていった。

 

「分かりました。ちょっと恥ずかしいですけど、先ほどの言葉を親父に伝えてみようと思います」

 

「ありがとう。貴方の前向きな心意気に感謝するわ」

 

「そんな! むしろこちらがお礼を申し上げないといけない立場にいますから! こんなに美味しいお料理を頂けた上に、親父の悩みも知ることができたんです。これからお支払いする金額ではとても足りないくらいに、俺はこの一瞬で大切なものを2つも知ることができました。……こちらに立ち寄らなければ、この先もずっと知ることがなかった物事だと思います。本当にありがとうございました」

 

「かえって、柏島さんの息子である貴方から感謝の言葉を頂いてしまうだなんて、光栄の一言に尽きるわ。それであるならば……足りない差額を多少でも埋めるべく、もう一品オーダーしてもらえると嬉しいのだけど、如何なものかしら」

 

「うっ、商売上手ですね……っ」

 

 非常に密度の濃いひと時を過ごしたものだと思う。

 

 その短時間で、自分は様々なものを得ることができた。それは親父の気持ちだったり、美味な料理の堪能だったり、美人である彼女らとの会話だったり、これらによる満足感だったり……。

 

 親父の話題をキッカケにして、自分はChalkI(チョーキ)の身内として店員の2人と長らく会話に耽ったものだった。

 

 充実感に溢れた、濃密な時間を送ることができたと心から思える。

 

 それでいて、この出来事を引き金に自分はある未来を迎えようとしていた。

 

 遠くない内に……何だったら数日後にでも、自分はひと癖もふた癖もあるLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の美女達に囲まれた生活を送る運命にあった。

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