午後7時40分。
午後8時には閉店する
タキシード姿で、モップを持った彼女。勝気な笑みでこちらに近付いてくると、立てたモップに寄り掛かるようにしながら喋り出してきた。
「カンキ君おっつー。最後まで残ってもらっちゃってごめんね~」
「メーもお疲れ様。俺は用事が終わって、さっき来店したようなもんだから。こっちのことはあんまり気にしないで」
「あーい。……いやぁ、それにしてもさー、せっかくカンキ君がこの時間に居てくれてるんだから、どうせなら一緒に帰りたいなーって思うわけじゃん?」
「ラミアも一緒だろうけど、夜だから女性だけで帰るのは危ないもんね。俺のような男が虫除けになるんなら喜んで付き添うよ」
「あは、嬉しー! ありがとー! もう大好き、カンキ君ラビュ~」
そう言って、メーは右手で親指と人差し指を交差させたハートマークを作ってくる。
こちらの反応を眺めるかのような、からかい混じりの小悪魔な面持ち。
露骨な挑発に、自分は照れ混じりに視線を逸らしてしまった。この分かり切っていた様子にメーは勝ち誇るような微笑を浮かべてから、モップを持ち直すようにして佇んでいく。
「んじゃ~、最後の一仕事でも終わらせますか! 閉店した後に店内を清掃して、軽いミーティングをしてから着替えて解散って感じになるから、その辺よろ~」
「分かった。俺はここで休ませてもらっているから、人を待たせてるなんて考えずに店側のペースで区切りつけてもらって結構だから」
「ほいほーい、ユノさんにそう伝えとく~。じゃ、またあとで。ごゆっくりどうぞ~」
指をまばらに振るような手つき。手を振る仕草と同様なのだろうそれを見せながら、メーはモップをかけるようにその場から歩き去る。
近くでは、タキシード姿のユノが客の対応にあたっていた。帰り支度をする彼女らの見送りとして付き添うユノが、時折とこちらの様子を確認する視線を投げ掛けてはフッと微笑んできたものだったから、自分は女神の微笑に淡い気持ちを抱きながら軽い一礼などで反応を返したりしていた。
そんなこちらへと近付いてくる1つの靴音。メーではない別の人物と思しきそれへと振り向いていくと、次にも面識が無い“タキシード姿の女性”が、艶やかな声音を以てして声を掛けてきたのだ。
「こんばんは~、相席いいかしら~?」
真っ先に視界に入ったものは、タキシードの悲鳴が聞こえてくるほどの豊満な乳だった。
身に着けている、ピンク色のシャツ。そのボタンが今にも弾け飛びそうなくらいに張り詰めており、あまりの光景に自分は思わずギョッとしていく。その中で、女性は返答を聞くまでもなく向かい側の席に腰を掛けると、持ち前とも言えるお色気を振り撒きながら、オスを魅了するかの如く見つめ出してきたものだ。
167cmくらいの背丈であり、
彼女から見た右目が水色、左目がピンク色というオッドアイの持ち主。先ほどの乳から連想できるように肉付きの良いスタイルや輪郭が色っぽく、吊り下がった目尻にたぬき顔とも言える可愛らしい顔つきや、顔の印象とは相反してサキュバスを彷彿とさせる淫らなオーラが実にいかがわしい。
魔性の女夢魔。その個性を本人が活かしているのだろうか、彼女は今夜の獲物を見つけたかのように妖しい舌なめずりを行いながらも、巨乳をテーブルに乗せるように頬杖をつきつつ喋り続けてくる。
「初めまして。私は“
「ど、どうも、初めまして……。柏島です……」
「あらぁ、うふふ。そんなかしこまらなくてもいいわよ~? ……ウブな反応で可愛い。何ならいっそ、ここで食べちゃいたいくらい……」
「いや、それはさすがに……」
「冗談よぉ? 冗談。うふふ、本気にしちゃった? 期待を裏切ったようならばごめんなさいねぇ? ただ……あなた、わたし好みの草食系なカオをしているからぁ~……その希望、良ければ今夜にも叶えてあげてもいいけれど? どうかしら。今夜、空いてるかしら?」
お、思っていたよりもだいぶヤバめな人かもしれない……ッ!
男としての欲望が掻き立てられる一方で、捕食されるという一種の危機感を覚えてしまう。その、誘惑の効力が強すぎるがあまりに、むしろ肉食動物と相対したかのような恐怖さえ巡ってくる白鳥レダという存在を前にして、自分は固まった表情で頬を引きつらせてしまっていた。
こちらの反応に、レダは面白がるような魔性の笑みを浮かべながら言葉を口にする。
「うふふ、ちょ~っと刺激が強すぎちゃったかしらぁ? でも大丈夫、段々と慣れてくるから怖がらないで……」
「えっと、わ、分かりました……」
「あとそうそう、喋る時はタメで構わないわよ~? わたしが年上であることに代わり無いけれど、対等に接してくれるオトコ、わたしだ~いすき。……ウブで主張弱めな草食系男子から、敬意を込めたタメ口で名前を呼ばれるのが最高に堪らないの。だから~……まずは試しにわたしのこと、呼び捨てで呼んでみましょうか?」
「あ、あぁ……! その、よろしく。レダ」
「あぁん! いいわぁ! 最高よぉ! その調子っ!」
な、なんなんだ……!? 俺は一体、何の時間を過ごしているんだ……!?
こちらを玩具にして遊ぶレダの様子を、ユノは遠目で不安げに見遣っていた。今も女性客の団体を見送りに店の出入り口へと移動した彼女だが、そんなユノの視線が外へと向いた隙をうかがうようにして、レダは演技のように大げさな仕草を交えながら喋り出してくる。
「はぁ~……っ、カンキくんに要望を聞いてもらっていたら、なんだか体が火照ってきちゃったかも……?」
「か、体が……?」
「えぇ、そうよぉ。カラダが、熱く、火照ってきちゃった。……暑くて暑くてしょうがないの。だから~……ちょ~っとだけ、ちょ~っとだけ……放熱、しちゃおうかしらぁ?」
それを口にするなり、レダはシャツのボタンを1つ、2つと外し始める。
1個ずつ外れる度に、彼女の乳が迫力を増していく。これに自分は理性と反する意識を向けてしまい、顔を赤く染めながらもついつい凝視してしまったものだ。
これに気分を良くしたのだろう。レダは悪魔が如く細めた眼差しをこちらに投げ掛けながら、あろうことか3つめのボタンも外してみせた。
どたぷんっ、という音が聞こえてきたような気がした。共にして外界に晒された褐色の魅惑な谷間が姿を現し、放熱という名に相応しき熱気が見えてくるような雰囲気を伴いながら、いちいちと見せてくるオスの反応を心底から愉しんでいたようだった。
が、すぐにも背後から伸びた手によって、シャツのボタンが留められていく。
「レダ、貴女の嗜好は柏島くんの平穏を乱しかねないわ。彼に尽くさんとする心意気こそは評価に値するものではあるけれども、公共の規則に従った上で、常識の範疇に収まるアプローチにて彼をもてなしなさい」
「いやぁん、せっかくイイトコロだったのにぃ。カンキくんがいらっしゃっているって聞いたから、わざわざロッカーでブラジャーを外してから来たのよぉ? それなのに、あなたもお堅いわねぇ、ユノさん」
「私は全責任を負う立場の人間として適切な判断を下しただけに過ぎないわ。それがたとえ、敬うべき年上の女性であろうともひいきはしない」
「んもう、融通の利かない年下ねぇ。25歳のあなたなら、28歳になってちょっと焦り始めたオンナの気持ちくらい分かるでしょぉ?」
「彼という特別なお客様をもてなす対応に年齢は関係しないわ。いいから身だしなみを整えなさい」
「そうしないと、カンキくんじゃなくてあなたが肉欲を掻き立てられちゃうものねぇ? ……昔みたいに、わたしと“仲良し”でもして解消する? いつでもいいわよぉ? わたしは両刀。オトコでもオンナでも、タチでもネコでも何でもイケるものですから」
「相方を有する人間に、ふしだらな誘惑を振り撒く姿勢は感心しないわね」
「うふふ、あなたの堪忍袋を心配しての提案よぉ? あなたほど“欲”が強い人間を、わたしは他に知らないくらいですもの~。さぞ、相方さんは苦労しているのでしょうねぇ?」
「いいから身だしなみを整えなさい」
「はぁ~い」
段々とユノの語気が強くなってきた。それを受けてかレダは素直にボタンを留められていくと、パンパンになったシャツが苦しそうに張り詰めながらも、なんとか収まる様子を見せて落ち着きを取り戻した。
それとほぼ同時にして、ユノは残っていた1つの団体からお会計を呼び掛けられた。
やり取りを眺めていたのだろうか、女性客はうかがうような声で呼んでいく。客の要求にユノはすかさず反応を示すと、レダとこちらの2人に対して口早に言葉を掛けながら団体の下へと歩き去ったものであった。
「レダ、くれぐれも柏島くんに無礼を働かないよう、細心の注意を心掛けた丁重な接客を意識なさい。柏島くん、レダという女性に苦戦を強いられるかもしれないけれども、彼女は我々
「え? あ、はい……」
「彼女達に不手際が生じた際には、遠慮なく私に申し付けてちょうだい。それでは、私はこれで失礼するわ。閉店間際ではあるけれども、ごゆっくりどうぞ」
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他の団体客へと対応に向かったユノ。彼女がお勘定書を持ってレジカウンターへと歩みを進める最中にも、テーブルの向かい側に座っていたレダは悪びれない表情で笑みを浮かべながら、艶やかで魅惑的な声音を奏でるようにこちらへと喋り出してくる。
「うふふ、怒られちゃった」
「まぁ……ちょっと度が過ぎたかな?」
「あぁん、まだカンキ君の初々しい言葉責めで達してないのに~。おかげさまで不完全燃焼よぉ。これじゃあ下着を替えるまでもないわぁ」
「手間が省けたと考えればいいんじゃないかな……」
「あらぁ、素っ気ないのね? でもいいわぁ。おあずけにはされちゃったけれども、あなたを草食系から肉食系に魔改造する楽しみは相対的に増えたわけですもの。それに、今日は初対面を果たせただけでも一歩前進、カンキくんはチ〇ポが前進……。うふふ、そういうわけで~……今日から少しずつ、オンナのカラダに慣れていきましょうねぇ?」
「…………お手柔らかにお願いします」
ある意味で衝撃的な出会いを果たした女性、白鳥レダ。彼女との遭遇もまた、運命による巡り合わせであったことを自分は思い知ることになる。
何ならば、明日にでも自覚することとなるだろう……。