花壇の水やりを済ませ、ホースの水で手を洗っていく。それから、今日の一仕事を終えた自分はやり切った充実感と共に家の中へ入っていくと、ソファの陰からはリズミカルな音楽が聞こえてきたものだった。
テレビから流れていたバラエティ番組。だが、音の出どころはモニターからではなく、ソファの背に隠れた“彼女”の手元からであることに気が付いていく。
広いリビングを横断し、ソファを覗き込む。すると視界には、ソファに寝転がっていたうつ伏せのメーが、スマートフォンを横に持った状態でゲームをしている様子が広がった。
画面の上部から流れてくるマーカーを、下部の印と重なり合った際に指でタッチするゲーム性。音楽ゲームというものを目にも留まらぬ速さでプレイする彼女のそれをしばらく眺めていると、直にもソファの背に肘を乗せていたこちらへとメーは顔を上げてきた。
……尤も、彼女の格好は男物の白色Tシャツに、あろうことか男物の青色トランクスというものだったが。
「メー、また俺のパンツ履いてるの……? しかもTシャツまで着てる……」
「やほー、カンキ君の下着借りてま~す。シャツもパンツも洗ったばかりのやつだから~、実質ノーダメージ、セーフ」
「そもそもとして、なにを以てしてのセーフなんだ……」
ごろにゃーん、と猫のように転がって仰向けになっていくメー。その際にシャツがめくれたことで、へそやくびれ、あとは胸元までもが晒される。
……とても綺麗な曲線で、ずっと眺めていられるくらいに魅惑的だ。
メーの腹部に意識が向き、ついつい視線を投げ掛けてしまう。もちろん、これに気付いていたメーは敢えてトランクスを下にずらしながら、背を伸ばすように両腕を上げたセクシーポーズと、こちらをからかうような小悪魔の微笑みで言葉を続けてきた。
「うぅ~~~っんぅ…………。……あは、どこに注目しちゃってんの~? カンキ君のエッチ」
「ひ、人の下着を平然と身に着けているメーも、あまり他人の事言えないだろ!」
「私はカンキ君が喜ぶと思って、“温めてあげている”だけなのだ~。それとも~……そんなに不服なら、ここで脱いで返すけど?」
と言って、メーはさらにトランクスを下げてきたものだったから、自分はつい悲鳴のような驚きの声を上げてしまう。この反応にしてやったりな顔を見せ付けてきたメーは、トランクスを引っ張り上げながら上体を起こし、平然としたサマでそれを喋り出してきた。
「ぶっちゃけた話、男のパンツが意外と私に合っててビックリしたんだよね~。ほら、ショーパンとかよくあるけどさ~、私あれなんかしっくりこなくって。でも、この前その場しのぎでトランクスを履いてみてから、こう、ビビビッと来たワケなのだよ。あれ……コレ、イイんじゃね!? って」
「履き心地的に発見があったんだ……?」
「私が求めてた快適性の条件をトランクスがクリアしてたんだよね~。マジでウケるでしょ。だからさ~、部屋着のトランクス、本気で買いに行こうかな~とか、割とガチめに考えてたとこだった」
「なるほどねぇ……。あ、それだったらさ……今から見に行く? 男の俺が傍に居れば、メーも気兼ねなくトランクス選びに行けるかもだし」
ふとよぎった提案を、そのまま口にしてしまった。
さすがに、モラル的にアウトだったかな……。
というこちらの心配とは裏腹に、メーは即座に食い付くようソファで膝立ちしながら飛び付いてくる。
「マ!? 行こ行こ! カンキ君とパンツデートしたい!」
「いやその言葉は御幣があるな」
「ついでだし、その足でゲーセン行かね!? パンツ見に行ってから2人でタイマンすっべ!」
「いやその言葉は余計に御幣があるな」
淡々とツッコミを入れるこちらを気にすることなく、メーはソファでボヨンッと跳ねながら床に着地し、リビングを颯爽と駆け抜けるようにして階段へと向かい出したものだった。
「ってワケで、言い出しっぺの法則~! カンキ君には、私がお気に召すパンツ探しを手伝ってもらうから~! 気合い入れてトランクス選ぶために、いつもの服に着替えてくるー!」
「いやなんか、女が気合い入れて自分用のトランクスを選ぶって構図から既に、色々と頭がバグりそうになるんだが……」
――――――――――
――――――――――
どんな経緯であれ、メーと一緒に駅前のデパートへ向かうこととなった。
晴天の東京には多くの人々が行き交っており、まさにお出掛け日和である外界を自分らは手を繋ぎながら歩み進めていく。
ラミアとも手を繋いでいたが、メーも自然にそれを求めてきたことから自分は彼女の期待に応えていく。そうしてメーの手を握ると、彼女は途端にピタッとこちらへくっ付いてきて、甘えるような仕草を交えながらそう喋り出してくるのだ。
「あは、カンキ君とのラブラブデートですな~?」
「そう言われると、余計に意識しちゃうから……」
「なに~? 余計にってことは、実はちょっとだけでも意識しちゃってたんだ? チョーウケる。じゃああれだね~。今日1日、私とカンキ君はしゅきぴ同士のぴっぴ族なワケだ?」
「ぴっぴ族って何……」
「今考えた。かれぴっぴと~……かのじょっぴ?」
「なんか響きが面白いことになってるけど」
「そこは気にしなくていいの~! 生意気なクチ利いてるとカンキ君のこと別の呼び方するぞ?」
「例えばどんな?」
「ん~…………? …………チ〇コ?」
「いや小学生男子か」
ビシッと空いている手でツッコミの仕草を交えつつ、自分はメーと共にデパートへ訪れる。
やはり混雑していた店内を進んでいき、メンズの下着売り場にやってきた。そこではブリーフやトランクスといった男物のアンダーウェアが並んでおり、その空間に踏み入れてもなお何食わぬ顔をしていたメーは、手当たり次第に物色してはセットなどで売っているそれらを手に取っていった。
時には自身の下半身にあてがい、メーは似合っているかを訊ね掛けてくる。無論、彼女はその度にからかうような表情でこちらを見遣ってきたため、これに自分は照れの様子を見せていくと、彼女はとてもご満悦に微笑みながら次の“玩具”を探し始めたりしたものだ。
そんなやり取りを交えた後に、メーは気に入った下着を購入。2人でデパートを出ていくと、次の目的地であった近くのゲーセンに立ち寄った。
愉快げな機械音が鳴り響くその空間。久々に訪れた遊戯場に自分は店内を見渡していく最中、何かを目的に歩き出したメーについていく形で1つのコーナーへ赴いていく。
そこは、様々な音ゲーが立ち並ぶコーナーだった。
マニア向けのデザインや難易度が特徴的な、個性溢れる筐体の数々。たまに覗いていた空間に自分は初めて踏み入る中で、メーは周囲の男性プレイヤーに混じるよう1つのゲームをプレイし始めた。
ピアノのような黒色のボタンと、DJを模したのだろうレコードのようなボタン。なんだか複雑そうだなぁという印象を受けていく自分の手前、印象通りとも言えるプレイ画面を目の当たりにする。
激しい音楽と共に上から振ってくるマーカー。細くてよく見えないそれに合わせて押しているのだろうメーの指。それはボタンの表面で弾けるように忙しなく動き続けており、たまに交えるスクラッチのような動作でレコードを擦っていく。
両手だけがタカタカと動かされる光景。画面もわちゃわちゃしていてよく分からず、自分はただただ雰囲気だけで楽しんでいた。尤も、周囲の男性プレイヤーは食い入るようにメーのプレイ画面を眺めていたものだが。
まぁ確かに、こんな美女がゲームセンターにいたら誰もが注目するよな。
小悪魔風でイタズラが好きそうな素顔。ギャル感満載な風貌の女の子がゲームに熱中するその姿。
なんか、いいな……。
映え……。という内心を胸に秘め、自分はしばらくの間メーがゲームをプレイしている様子を見守ったものだった。
――――――――――
――――――――――
音ゲーのコーナーから少し離れ、飲み物やアイスが売っている自動販売機付近のベンチで休憩していた自分ら。2人でアイスを食す最中にも、メーはご機嫌な様子で喋り出してきた。
「はぁ~~~~!!! やっぱゲームって楽しい~~~!! もう生きててサイコー! テンション爆上げ五郎丸~~~ッ!!!」
「よく家でもゲームしているもんね。メーはゲーマーだなーって思ってたんだ」
「そういうカンキ君はゲームしないの?」
「たまにするよ。友人に誘われて、付き合いでそのゲームをしたりする。ほら、あのレバーみたいなやつが付いた筐体のゲーム」
「ほ~ん、格ゲーねぇ。私もゲーセン来たらよくやるよ? いつもどんなのプレイしてんの?」
「ギルトゥギア」
「ウケる。友達もコアだね」
「メーは?」
「私もギルトゥギアやるし、他にはストレートファイターに鋼拳、ブレイヴレッドなんかもやってる」
「めっちゃやってんじゃん」
恐ろしいくらいにハードゲーマーだな……。
いろんなゲームに触れているメーに内心で静かに驚いてしまう。メーはそんなこちらをチラッと見遣ってくると、次にもこちらの肩に腕を掛けて、その自身の腕に頭を寄り掛からせながらそれを話し出したのだ。
「ゲームっていいよね~。退屈だらけなこの世界の中で、目に見えて色鮮やかで、驚くくらいに鮮明で、リアルでは味わえない新鮮な体験を提供してくれるんだもん。明確なルールが存在しているし、システムの仕様上、みんなは絶対にそのルールに則ってゲームをプレイする。あと、頑張った分だけの努力が形になって表れるから、本当に、ゲームの世界ってのは単純で、それだけ張り合いがあるよね! ……人間社会とか言うクソゲーなんて比にならないくらい楽しいよ」
どこか切実に語る彼女の様子に、自分は口を噤みながら聞いていた。
……きっと、メーなりの苦労があったんだろう。
自分は、無意識にもメーの頭を撫でてしまっていた。このシキンシップに彼女は、最初こそ驚いて見遣ってくる。
だが、メーは次第にも手の温もりでうっとりするように収まったものだ。
こちらに寄り掛かり、彼女はゲームセンターという騒音が鳴り止まない空間で目を瞑っていく。
それからしばらくしてパチッと見開くと、あざとさを残す仕草でこちらに振り向きながらも、メーは充填した元気でニッと勝気に微笑みながらそのセリフを掛けてきた。
「ありがと、カンキ君。さすがは私の『今日だけかれぴっぴ』よのぉ~? ……さてと、じゃあ~……そんなかれぴっぴを私好みに魔改造するために、まずは格ゲーで私の実力と威厳を知らしめてやるとしますかぁ! カンキ君をボコって私の凄さを思い知らせてから、私と対等に渡り合えるようみっちり鍛え上げて進ぜよう~。挫けても逃がさないからな? 覚悟はよろしいかな?」
――――――――――
――――――――――
陽が暮れるまでゲームセンターに滞在し、場面は居酒屋に移っていく。
座敷の席でメーと向かい合い、自分は烏龍茶が入ったグラスを持ち、彼女はビールが入った大ジョッキを掲げるようにしながら打ち鳴らした。
乾杯の合図と共にして、2人でそれらをグイッと飲んでいく。その内、自分は一口ほどでテーブル上の焼き鳥に手を伸ばしていき、メーは半分ほど一気飲みする勢いでのどごしを堪能してから、口に泡を付けた顔で「ぷはぁ~!」と満足げなため息をつきながら喋り出してきた。
「いやぁ~、ゲーセンの後のビールは格別ですなぁ~!」
「メー、今日はすごくたくさん喋っていたもんね。お疲れ様」
「おかげでね~、カンキ君の指導で喉カラッカラになっちゃった! だからこそ、一仕事終えた後のビールが格別で堪らんのよ!」
「俺は緊張で喉がカラカラになったよ。少しはメーに追い付けたかな?」
「ん~、カンキ君はまだまだ半人前の域を出ませんな~。師匠の背中を目指して日々精進したまえよ?」
「はは~、お師匠のありがたきお言葉」
互いに冗談めかしながら交わす会話。これに2人で苦笑と微笑を浮かべていく中で、次にもメーは穏やかな面持ちでそれを話し出してくる。
「……カンキ君さ、ぶっちゃけ私のノリってウザかったりする?」
「いや、特に何も」
「さすがに何かは思うでしょ。教えたがりの尻軽女が何様だよって実は思ってたりするんじゃない?」
「うーん、まぁ強いて言えば……家事を少し手伝ってもらえると嬉しいかなって思ったりはするかな」
「それだけ?」
「それだけ」
「ふーん」
焼き鳥を頬張るこちらを、メーはまじまじと見つめてくる。
ギャルな眼差しと長いまつ毛が現代的で煌びやかだ。そのハツラツとした美女に食事を見守られる恥ずかしさが巡る最中にも、メーはぱちくり瞬きしながら言葉を続けてくる。
「……私さ~、カンキ君のこと結構好きかも」
「今日はだいぶ長い時間を一緒に過ごしたから、メーの冷やかしに耐性があるよ」
「どこが好きか~って訊かれたら、正直うまく説明できる気がしないんだけど。でも、なんだろうね~? カンキ君と一緒に居るとなんか楽しくて、すっごく安心できるんだ」
「ありがと。今日は真面目オーラで攻めてくるから、いつもと違って少し新鮮に思えてくるよ。さすがにちょっとドキッとした」
烏龍茶を一口飲んで、平静を保っていく。
今もこちらを何気無く見つめてくる彼女の視線を、ついつい意識してしまう。内心ではかなり動揺していたためにこの心境を素直に明かすことも考えたのだが、ここでメーに負けていられないとも思えたことで、自分は対抗心を燃やすように張り合ってしまったのだ。
強がるこちらに対して、メーは懲りずに暫しこちらを眺め遣る。それから照れ混じりに苦笑すると、次にもアルコールの力を借りることによって、空元気な様子を見せながら日頃の感謝を伝えてきたものでもあった。
「あは、マジでウケる。やっぱ日頃の行いって大切なんですなぁ~。……よっしゃ! 今日はたくさんビールを飲んで、明日も平常運転でお店のお仕事頑張りますか! すみませーん!! ビールおかわりお願いしまーす!」