俺のハーレムは何かがおかしい   作:祐。

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女帝の憂い

 Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)で昼下がりの食事を楽しんだものの、自分は空になった皿を物足りなげに眺めてしまう。

 

 なんか、もうちょっとだけ食べたいな……。

 気品に溢れたお洒落なフランス料理。日本では主に、紳士や淑女などが嗜むであろう上品なそれは、白米のおかわりをねだるようなお手軽さを求めるに相応しくない至高の品でもある。

 

 ユノの計らいにより、食事は全品無料で行えるようになっている。だが、やはり節度を気にしてしまう自分は常に1品、多くても2品だけ注文するという控えめな姿勢でLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)を利用していたものだ。

 

 今日だけ、もう少し食べてもいいかな。

 誘惑に負け、自分は店員を呼ぼうと手を上げる。だが、その際にも視界に入ったタキシード姿のユノを見てからというもの、食欲よりも心配が先行してしまったのだ。

 

 堂々とした凛々しい佇まい。その姿はまさに女帝を冠する威厳に満ちている。

 ……のが通常のユノだが、今日の彼女は覇気を感じさせない曇った表情で俯き気味に佇んでいる。

 

 自分から見ても、明らかに元気が無いようにうかがえる。

 どうしたんだろう。そんな心配や視線を悟ったのだろうか、ユノはふと顔を上げてこちらを見遣ってくると、目が合った自分の下へと足早に歩み寄りながら声を掛けてくる。

 

「柏島くん。本日の食事も貴方の空腹や幸福を満たすに等しい極上のひと時を提供できたものかしら」

 

「はい、それはもう大満足ですよ。今日もごちそうさまでした」

 

「貴方という特別なお客様に心から満足して頂く。それこそが、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)に辿り着きし我々に課された宿命。……いつでもいらしてちょうだい。貴方の来店を心より待ち望んでいるわ」

 

「ユノさんも、いつでも家に遊びに来てください。俺もみんなも待っていますから」

 

 ユノがこちらを見送ろうとした時にも、他の客からオーダーを呼び掛けられていく。これにユノは対応するべく駆け付けようとするのだが、この時、彼女は足をイスに引っ掛けてしまったのだ。

 

 ガツンッと音を立て、少しよろめいてしまう。そんなユノの姿に自分は「ユノさん!?」と驚きの声を上げてしまったが、彼女はすぐ体勢を立て直してから客の下へと駆け寄っていった。

 

 ……なんか、意外だな。あの人でも些細な不注意を起こすんだ。

 内心でよぎらせた言葉。視界の中では客に心配の声を掛けられるユノを眺め遣っていると、タキシード姿のラミアがこちらに近付きながらそれを口にしてきた。

 

「お客さんの前では涼しいカオをしてますけど、やっぱりケッコー来ているみたいですねー」

 

「ラミア。ユノさんに何かあったの?」

 

「外でお話ししますから、ひとまずウチに見送らせてください」

 

「分かった。今日もごちそうさま」

 

「どーも。コチラの代金、ウチらの宿泊代も兼ねてますからねー。イマのカンキさんのお食事じゃあ、むしろ安上がり過ぎて大黒字な勢いですけど」

 

「なら、次からはもう少し多めに頼んじゃおうかな」

 

「カンキさんも容赦ナイですねー。まー、アナタの性格からしてウチらの業務量が増えるという理由から、注文数をお控えなさっているんでしょーけれども」

 

「さぁ、どうだろうね。取り敢えず、外に行こうか」

 

 出入口の扉を指差して促す自分。このサインにラミアも同意すると、彼女に見送られる(てい)Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の外に出ていった。

 階段を下りて、店前の歩行者通路に出てきた自分ら。そこでラミアは何かを気にするように店の窓を見遣ってから、確認を済ませてこちらに喋り掛けてくる。

 

「以前に少しだけお話しをうかがったと思いますけど、ユノさんがパートナーと同棲していたコトは覚えていらっしゃいますよね??」

 

「あぁ、そうだね。深掘りはしなかったけれど、たぶん女性の方と一緒に住んでいるんだよね」

 

「別れたんですよ。ユノさん」

 

「え?」

 

 ラミアは口元に手をあてがい、小声で言葉を続けようとする。それに合わせて自分も屈む形で少女に耳を向けてから、ラミアはつま先をちょっと伸ばした姿勢で話し出してくる。

 

「パートナーに別れ話を切り出されたと本人からうかがいました」

 

「そうだったんだ……。なんか、2人の間で揉めたりしたのかな」

 

「いえ、パートナーさんが男性のヒトとお付き合いしたいと切り出してきたらしいんですよね」

 

「あー…………。まぁ、難しいところだよね。生物学的には正しい在り方なんだろうけれども、人間社会はそこに多様性も含まれるから、その分いろんな可能性や問題が出てくるわけだ」

 

「カンキさんも他人事じゃナイですよ」

 

「え? 俺が?」

 

「ユノさん、“コチラ”にお邪魔するかもしれないじゃないですか」

 

「…………あ、“家”にか」

 

「そーです。その際に、失礼がナイようウマーく振る舞ってくださいよ?? ユノさん思い詰めすぎちゃって、珍しく業務に支障をきたしているくらいなんですから。カンキさんも最低限の情報を知った上で、節度ある対応をお願いいたします」

 

「分かった。たぶん俺、ラミアから聞いてなかったらパートナーのこと訊ねてたかもしれない。本当に危なかったよ」

 

「今夜か明日か、時期は分かりませんけど、ユノさんすごく辛そうにしてますからね。もしかしたら、ウチらがカンキさんのお宅に連れて帰るかもしれませんし、その時はよろしくお願いしますよ」

 

「了解。ありがとう、ラミア。帰りにユノさんが飲みそうなお酒でも買っていこうかな」

 

「でしたら、赤ワインがオススメです。価格もお手頃なコスパ最強ワインで構いません」

 

「おっけ。じゃあ、部屋の掃除でもして待っているよ」

 

「ありがとーございます。また連絡します。では、ウチは業務に戻りまーす」

 

「引き続き頑張ってね。ラミアの好きなリンゴジュースも一緒に買っておくから」

 

「わー!! 嬉しいですー!! カンキさんはヒトを喜ばせる天才ですねー!! ではではー」

 

 個人的な会話も交えつつ、自分は階段を上っていくラミアの背中を見送ってから歩き出していった。

 

 ……それにしても、色々とあるんだなぁ。

 ワインなどの買い物も済ませ、エコバッグを提げながら帰路を辿る自分。ぼんやりとした思考でユノを案じながらも、彼女がいつ来訪してきても良いような心持ちで自宅に戻ったものであった。

 

 ――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 ラミアから事情をうかがったことは、結果的に正解だった。

 

 ラミアとメー、レダの3人が帰宅した際にも、彼女らに混ざるユノの姿も見受けられた。

 私服姿の皆がユノを気遣い、リビングに案内してソファに座らせる。無論、ユノも気遣われていることを承知いるのだろう。いつもは遠慮して様々な提案を断ってくる彼女ではあるが、本日は我々に甘えるよう至り尽くせりの接待を素直に受け入れていた。

 

 赤ワインが入れられたワイングラス。暖色の照明で輝きを帯びた水面と、そこに映し出された儚げな表情のユノ。

 

 正した姿勢で静かに座り込む彼女と、傍に佇む自分……。

 

 ……あれ、他のみんなは……?

 巡ってきた焦りと共に、階段の方を見遣っていく。すると、そこには2階に続く階段から覗き込むメーが、両手を合わせて「お願い!」と無言で懇願する様子がうかがえたものだ。

 

 うそでしょ?

 接待を丸投げされた……! と、内心で汗をかき始めた自分。その間にも正面を見遣るユノから言葉を掛けられた。

 

「柏島くん」

 

「は、はいっ!」

 

「ごめんなさい。貴方に気を遣って頂くなんて、お父様に面目が立たないわ」

 

「そんなことはありませんよ。完璧な人間なんてこの世にいませんから」

 

「ありがとう。すぐに立ち去るつもりだから、もう10分ほどこちらで落ち着かせてもらえると助かるわ」

 

「夜も遅いですし、こちらにお泊まりになられるのはいかがでしょうか……?」

 

「いえ、相方を待たせてしまっているものですから。……引っ越しの準備も進めなければならない以上、成すべき事柄が山積みとなっている。私には呆ける時間も残されていない。それが、彼女のためになるのならば尚更……」

 

 こちらが事情を知っていること前提で話している雰囲気から、自分は余計に気まずい面持ちで、軽く頷く程度の反応しか返せずにいたものだ。

 

 打開策を何とか考える自分。脳裏に浮かべた様々な手段から方法を探っていく中で、ふと思い浮かんだ“それ”に全てを託すよう、自分からユノにその提案を持ち掛けた。

 

「あの、ユノさん。よろしければ、親父と話してみませんか?」

 

「多忙である彼に、私の私情を抱え込ませたくないわ」

 

「むしろ、向こうから話を聞いてくると思いますよ。それで、話したくない話題が出てきたら、少し言葉を濁したり、はぐらかせばいいんです。そうしたら、親父は違う話題に変えてきますから。取り敢えず、声だけでも久しぶりに聞いてみませんか? 親父、喜びますよ」

 

「…………」

 

 頭の中には、様々な感情が目まぐるしく巡っていることだろう。

 葛藤と読み取れるユノの表情。クールで凛々しい存在感はそのままに、今にも爆発してしまいそうな感情の爆弾を抱え込んだ彼女は現在、非常に繊細で脆いガラスが如き心境で思考していたはずだ。

 

 だからこそ、ここは背中を押す程度の強引さで自分は行動を起こしていく。

 スマートフォンを取り出して、電話帳を開いていった。それから彼女の様子をうかがい次第、自分は通話の画面に切り替えて耳にあてがっていく。

 

 直にも電話は繋がった。端末越しの聞き慣れた声が響いてくる。

 

「親父? ……いや、今日は違うよ。移住の話じゃないんだ。え? いや父親シックってわけでもないって。待って待って違う違う、出演したバラエティ番組の感想でもなくって、てか放送されてたことにまず気が付けなかったって。ん? またなんか頼んだの? は? 蛇の標本!? 5m近くの!? それここに届くの!? いや俺は構わないけど女の子達が怖がるって!! ねぇ親父待ってくれ、今日はそういうのを話すために電話したんじゃないんだって。ユノさんが来てる。そう、そう。今代わるから」

 

 お喋り好きな親父の話を無理やり遮って、自分はスマートフォンをユノへと差し出していく。

 

 それを暫し見遣ったユノ。どこか遠慮を思わせる複雑な様相でひとり悩ましげに思い詰めていくのだが、少し経ってから彼女は一言のお礼と共にスマートフォンを受け取って、耳にあてがって親父と会話し始めた。

 

 電話をするだけでも絵になる女性。女神の生まれ変わりと呼ぶに相応しい彼女の容貌に見惚れてしまいつつ、自分は気兼ねなく会話してもらうよう、邪魔にならないように気配を殺しながら、静かにこの場を去ったものだった。

 

 ――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 2階に上ると、階段付近にはラミアとメー、レダの3人が神妙な表情で待機していた。

 上着を脱いである彼女らが、目で訴え掛けてくる。その、様子を聞きたげな視線を受けて自分は親父に託したことを説明すると、ラミアとレダが喋り出してきた。

 

「まー、ChalkI(チョーキ)さんにお任せするのが安牌ですよねー。ウチらを直々に集めた頼れる年長者のヒトですし、人生経験も豊富ですから相談相手に打って付けです。ウチもカンキさんの立場に居たら、きっとそーします」

 

「ユノさんは特に、ChalkI(チョーキ)さんのことを慕っているみたいだからねぇ。オトコに全く興味を持たない人だけど、ChalkI(チョーキ)さんとその息子のカンキくんだけに対しては本当に献身的な態度で接するものですから」

 

 ひそひそと交わす4人での会話。その中で、メーは意外そうに言葉を口にした。

 

「でも、なんか意外だったな~。ユノさんって何があっても動じない王様みたいな人だと思ってたからさ~、別れ話ですごい落ち込んじゃってる姿を見て、ユノさんも私達と同じなんだな~って初めて思えたかも?」

 

「メーの言いたいことは分かるけど、やっぱり人間である以上は完璧なんてことは無いんだろうね。ユノさんのようないつも頼れるような人でも、辛いものは辛いと感じるし、苦しいものは苦しいと思うよね。俺は正直、今でも完璧な超人だと思っている節はあるけれど、だからと言って持ち上げすぎるのも、かえってユノさんのプレッシャーに繋がるのかもしれない。……みんななら心配いらないことは承知しているけれど、陰ながらでもユノさんを支えていけるよう力を合わせていきたいね」

 

 こちらの言葉に対して、3人は頷く仕草で肯定してきた。

 彼女らの反応に自分も安堵を抱いてから、再び1人で、1階の状況を確認しに階段を下りていったものだ。

 

 リビングの向こう側。部屋の奥にあるソファで、親しい雰囲気で会話を行うユノの背中がうかがえる。

 そちらに歩み寄る最中にも、ユノは最後の挨拶を口にして通話を切った。共にして端末をローテーブルにゆっくり置いていくと、彼女は立ち上がりながらも落ち着いた調子でこちらに言葉を投げ掛けてきた。

 

「柏島くん。長時間お邪魔してしまってごめんなさい」

 

「いえ、お構いなく」

 

「ご馳走にもなった上に、親切な計らいによって柏島さんとも会話を行うことができた。貴方達の配慮に感謝するわ」

 

「俺としても、いつもユノさんにはお世話になっておりますから。お互い様です」

 

「また、こちらにお邪魔をすることでしょう。事態が終息した際には、皆で食事にでも出向けるといいわね。……私はこれでお暇するわ」

 

「いつでもいらしてください。ランチでもディナーでも、何か要望がありましたらご用意いたしますし」

 

「ならば、次回は柏島シェフの真心を賜りに顔を出すといたしましょう。……あの3人にもよろしく伝えてもらえると嬉しいわ。本当に……ありがとう」

 

 顔を合わせることなく、ユノは静かな足取りで玄関へと向かい出す。その様子を自分は遠くから見守るように眺めていき、直にも玄関扉を開いて家を出た彼女を見送ってから、自分はテーブルの上へと視線を移した。

 

 ……スマートフォンの端末に、空になったワイングラス。それと、くしゃくしゃに丸められたティッシュが複数個と置かれていた光景が、彼女の切なさを物語っていたものだろう。

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